農林水産省 食品総合研究所 所長 鈴木 建夫
食品企業の企画、開発担当者や試験研究機関を対象にしたアンケートによれば、 21世紀の食品開発のキーポイントは「安全・安心・健康」にあるとされる。これ らの要素は、味や外観と比較して本質的なものではなく、付随する因子と考えら れ、食品の外枠に付ける「情報」として取り扱われる。生産者が丹精込めて育成 した畜肉でも、店頭で正当な評価を受けているとは言い難い。一方、消費者は生 産者の顔が見えず、Y乳業事件などでブランド信仰が揺らいでいる現在、情報へ の要望は極めて強い。当研究所ではインターネットを使ってこれらの情報を商品 に付与し、販売するシステムを提案している。 茨城県つくば市内の地元スーパーで、山形県特産(鶴岡市)のだだちゃ豆の販 売に適用した例を挙げる。データセンターでは、開発したデータ入力ソフトを生 産者に提供し、生産者は生産地、生産者、品種、栽培方法、収穫日などを入力し、 相当するID番号を付した商品を消費者に提供する。消費者は、商品に付いてきた ID番号により、ホームページやファックス情報として生産者の情報を自由に取り 出すことができる。生産者の顔が見える商品が手に入り、場合によっては、意見 を直接生産者に届けることができる。このような双方向通信は、生産者にはマイ ブランドとして誇りとやりがいを、消費者には安全・安心・信頼を与える。実際 の店頭では予想以上の好評判が得られ、順調に販売が行われた。実際に模擬体験 を試してみていただきたい(http://vip2.nfri.affrc.go.jp/)。
575キロカロリーの典型的和食(ご飯、ワカメのみそ汁、サンマの塩焼き、き んぴらゴボウ、ホウレンソウのおひたし)では、たんぱく質23.7%、脂質30.7%、 炭水化物45.6%であるのに対し、ほぼ同じ582キロカロリーのファストフード (チーズバーガー、フライドポテト、コーンスープ)では、たんぱく質13.7%、 脂質45.6%、炭水化物40.7%になる。このような知見の延長上で、肉に含まれる 中性脂肪は諸悪の根元のように言われてきた。では、「肉はおいしい」という以 外に未来はないのか。情報食品としての肉を考えてみると、まずそしゃく機能が 考えられる。歯列矯正の進んでいない日本では、先進国中、最も歯の寿命が短く、 50代後半である。平均寿命が80歳であるから20年以上は自分の歯で食べられない ことになる。ちなみに、欧米では歯と寿命はほぼ同じである。従来、味覚につい ては甘み、苦み、塩あじ、酸み、うまみなどの化学的要素について、遺伝子レベ ルまで研究されたきたが、歯ごたえや歯ざわりなどの物理的味覚(テクスチャー) については、特に食品機能面での研究が遅れ気味である。神奈川歯科大学名誉教 授の斉藤滋氏らの復元食によるそしゃく回数と時間の計測によれば、弥生時代は 4,000回、50分であった食事が、徳川時代や戦前には1,500回、22分程度と「合理 的」になっている。しかしながら、現代では600回、10分程度と、軟食化傾向が 顕著で、骨格や筋肉の未発達、だ液不足による免疫機能の低下が懸念されている。 つまり、そしゃく回数や食事時間の減少により、@おいしさを十分味わえないA 病気になりやすいB食事のだんらん時間が少なくなる−などのデメリットが考え られる。さらに、そしゃくは脳への血流量を30〜60%も増加させることが知られ ており、ぼけ防止への効能も期待できる。サシの入った肉を珍重する日本独特の 既成概念にとらわれることなく、健康な赤肉の歯ごたえを楽しむニーズも増やす よう、一層努力すべきである。幸い、シルバーフード開発に関連して食品の物理 的規準に関する法律も制定されており、新しい機能性食品開発の可能性が推測さ れる。
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ソバにはポリフェノールの一種であるルチンが含まれている。血管壁を強化す る作用があり、古くはビタミンP(Permeability)と称された。この作用はビタミ ンCと共存することで増強される。人工毛細血管を使った血液のドロドロ度、サ ラサラ度の測定器械は、当研究所が開発したものであるが、中性脂肪による血流 の悪化には、酢の作用が有効であるとの成果が出た。また、黒豆などのアントシ アンや梅肉エキスの効果が絶大であるとの研究もある。ハンバーガーにピクルス があるように、中性脂肪量を低下させる、あるいは当面の血流を改善する食材に ついての情報を付与してはいかがであろう。 編集担当の方から「食肉と関連づけて書くこと」とのご注文があった。門外漢 のざれ言とご看過いただきたい。
すずき たてお昭和44年東北大学大学院(農学研究科修士課程食糧化学専攻)修了後、同大学 に勤務。この間、米国国立衛生研究所(NIH)客員研究員。62年農林水産省食品 総合研究所へ出向、農林水産省研究開発課長、食品総合研究所食品理化学部長、 同企画連絡室長を経て、平成11年10月より現職。農学博士。