東京大学農学部 応用免疫学
教授 小野寺 節
国連・世界食糧機構(FAO)は、2000年12月に西ヨーロッパ以外の国に対して もBSE(牛海綿状脳症)に対して十分な対策を立てるように勧告した。 FAOの現状分析では、「1980年代から欧州(特に英国)より、牛の肉・骨粉 (meat and bone meal, MBM)を輸入した国ではBSEの危険性がある。特に 欧州以外の数カ国が大量にMBMを輸入している。従って、欧州以外の国において 緊急にBSEの発生危険度分析(risk assessment)を行い、動物飼料・食肉産 業を規制すべきである。また、と殺した牛について十分な検査を行い、牛臓器・ 副産物の処理法を改善すべきである。」と述べている。 欧州および欧州からMBMを輸入した国においては、HACCP(Hazard Analy sis and Critical Control Point system)を実行し、問題点を明らかにし、 食物連鎖における改善を促している。食物連鎖における点検には、動物用飼料・ 生鮮食品の処理、動物用飼料間(例えば牛と豚の間)における混入の可能性、食 品・飼料の産地証明、食品・飼料の輸送方法、輸入動物の検査方法、動物と殺法、 レンダリング(化製)産業の立入調査、臓器・廃棄物の処理法等を含む。 日本においては、10月18日からと畜場で全頭を対象にBSE検査をすることを決 定した。従って、プリオン試験陰性の牛しか流通しないこととなり、ヒト食物連 鎖における安全性は確保されたものと考える。しかしながら、特定危険部位(眼、 脳・脊髄、回腸遠位部)については、これからも除去操作を行わなければならな い。 また、FAOの勧告の内容は、 1.英国において厳格な規制が行われているが、EU全体において同じ内容が実行 されるべきである。 2.EU以外の国においても家畜衛生のために十分な対策を行い、肉および肉加工 物の安全性を保証すべきである。そのためには産業に対する立法化、有効な徹 底法が必要である。 3.その実施のために新たな行政部門、政府職員の訓練や協力が必要である。 と述べている。 FAOは各国に対して万全を期した対策を求めている。緊急対策として、 1.過去に汚染国からMBMを輸入した国は、反すう動物のMBMを反すう動物を含め たすべての動物に与えることの禁止 2.と殺方法、内臓・副産物の処理法の改善 3.レンダリング産業については立入検査を行い、global standardの実施 を求めている。 今後、FAOは世界保健機関(WHO)および国際獣疫事務局(OIE)とともに意見 の調整を行い、世界各国ごとに個別に勧告を行おうとしている。
過去にMBMを給与した牛については、特定危険部位について特に注意を払わな ければならい。また、その他の臓器を医薬品材料に用いることができない。しか し、プリオン検査陰性の保証が示されるなら、特定危険部位以外をヒト食用に用 いることはできる。 日本においては、年間130万頭の牛を全頭、ELISA法で一次スクリーニングを 行い、ウエスタンブロッティングで二次検査を行うこととしている。一次スクリ ーニングには多くの疑陽性が見込まれることから、情報管理が重要となってくる。 いずれにせよ、確定した段階での速やかな情報開示が検査機関の支持を高めるこ とになると考える。 現在、米国は東欧がBSEの発生が無いのにもかかわらずこれらの国を高リスク 国に分類している。その理由としてBSEに対するサーベイランスが十分に普及し ていないことを挙げている。現在西欧では、サーベイランスは発病後の病理診断、 免疫組織化学診断から、発病前のウエスタン・プロッティングおよびエライザ法 診断へ切り替えられつつある。しかし、この方法もpreclinical(症状を発現す る前)な状態としては末期の発病1〜2カ月においてのみ検出可能と考えられて いる。さらにこの検査材料は延髄であるため、と殺をしなければ得られない。時 として検査材料に正常型プリオンたんぱくが含まれ、酵素等の処理によってもな かなか分解されない。その結果異常プリオンの量が多めに測定され、疑陽性の結 果を生むと考えられる。この問題については、さらなる改善が必要である。従っ て、欧米ではさまざまなバイオ関連の企業が高感度検出法を開発中である。3社 のキットがEU委員会で認定されたが、さらに5社のキットが申請中である。これ らの検出法の研究開発により、たんぱく質化学は飛躍的に進歩すると予想される。
フランスにおいては、1990年に全国的なBSE(牛海綿状脳症)検査体制が構築 され、BSEは法定(notifiable)感染症となった。同時に一般獣医師もへい死牛 の報告を義務付けられた。1991年には発生牛群全体の淘汰、牛群由来牛、同牧場 育成牛すべての淘汰が決定された。2000年にはすべての廃用牛のサーベイランス、 2001年には24ヵ月齢以上の牛について、と畜、農場での安楽死、へい死に関わら ずプリオン検査を行なうことが決定された。 牛のと体や副産物は結果が明らかになるまで留めおかれる。一次検査で陽性の 疑いのあるものは、隔離される。また陽性の疑いのある結果についてはフランス 食品安全庁(French Food Safety Agency :AFSSA)において確認され、その後 牛の淘汰がなされる。これらの欧州におけるマニュアルは日本においても良い参 考になると思われる。
おのでら たかし 昭和49年東京大学農学部博士課程終了(農学博士)、同年東京大学医科学研究 所助手、52年米国国立衛生研究所(NIH)上級研究員、59年農水省家畜衛生試験 場製剤研究部主任研究官、61年同免疫研究室長、平成3年より現職。 EU(欧州連合)委員会伝達性海綿状脳症委員会委員、農水省牛海状脳症に関す る技術検討会座長。