◎専門調査レポート


たい肥生産への果敢なる挑戦

−豊酪方式に内包された競争原理−

岡山大学 農学部 教授  横溝 功


はじめに

 わが国の畜産経営が持続的な展開を遂げる上で、家畜排せつ物処理は、欠かす
ことのできない問題である。制度的にも、平成11年11月1日に「家畜排せつ物の
管理の適正化及び利用の促進に関する法律」が施行され、畜産業を営む者が順守
すべき施設面および管理面の基準が定められたことは、周知の通りである。これ
に対応し、個々の畜産経営がたい肥化処理のための施設を備えるとなると、多額
の投資が個々の経営に必要になる。また、家畜飼養頭数を拡大している経営では、
たい肥化処理のための労働時間の付加は、さらなる過重労働をもたらすことにも
なる。そのため、各地に、共同のたい肥センターが設置され、個々の畜産経営の
家畜排せつ物のたい肥化処理に取り組む事例が出現している。しかし、多くのた
い肥センターでは、赤字経営に陥っているケースが多い。

 そこで、本稿ではかなり早い段階から家畜排せつ物問題に取り組み、ユニーク
なたい肥化の方式を実践している豊橋市酪農農業協同組合(以下、豊橋市酪農協
と略す)の事例を取り上げ、酪農経営に対するアンケートによる意向調査、なら
びに代表的なたい肥生産グループのヒアリング調査を基に、その現状と課題を明
らかにする。そして、最後にそこから得られる教訓を導き出したいと考えている。


豊橋市酪農協の概況

豊橋市の農業

 愛知県は酪農県である。乳牛の飼養頭数でみると、全国で7番目に多い県でも
ある。11年2月1日時点における愛知県の乳牛の飼養頭数は45,600頭である。しか
るに、豊橋市一円を管轄とする豊橋市酪農協における組合員の乳牛の飼養頭数は
7,218頭である。愛知県全体の約16%をも占めている。このように、酪農が盛ん
な愛知県の中でも、豊橋市は乳牛の飼養頭数が集中している地域でもある。

 豊橋市の地勢について、簡単に見ておくと、東は静岡県に接し、南は太平洋、
西は三河湾に臨み、温暖な気候に恵まれ、旧来から交通の要衝である。酪農経営
が主として立地しているのは、豊橋市の南部である。当該地域は台地になってお
り、土地はやせて、旧来、かんしょ等が栽培されてきた。しかし、豊川用水の通
水が地域農業をドラスティックに変化させ、露地野菜・施設野菜が導入されるよ
うになった。現在では、野菜は、豊橋市の農業生産額の半分を占めるに至ってい
る。

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 豊橋市は、人口36万人を擁する地方都市ではあるが、農業が極めて盛んである。
管内には、豊橋市酪農協以外に、養豚、養鶏、うずら、温室(大葉・シソ)、茶、
果樹(みかん、次郎柿、ブドウ、ナシ)の専門農協が存在する。総合農協は、豊
橋市農業協同組合があり、豊橋市酪農協と同様、豊橋市一円を管内としている。
酪農経営は、豊橋市酪農協の組合員であるだけではなく、豊橋市農協の組合員で
もあり、信用事業を利用している。


豊橋市酪農協の現在の組織と再編

 豊橋市酪農協が設立されたのは昭和23年7月20日である。現在、組合員戸数142
戸(うち生乳生産者が108戸)で、乳牛頭数は前述のように7,218頭(うち経産牛
5,233頭)である。役員数10名、正職員数29名で、役職員の構成は表1の通りであ
る。獣医師が嘱託も含めて6名いることが大きな特徴である。これら獣医師は、
診療業務以外に、酪農経営の営農指導を行っている。愛知県の酪農専門農協の中
でも、営農指導のスタッフが豊橋市酪農協ほど充実している農協は他にはない。
高度な営農指導というサービスを享受できる点で、豊橋市酪農協管内の酪農経営
は恵まれている。

表1 豊橋市酪農協の役職員
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 さて、全国的に酪農協や連合会をめぐる統合が進んでいる。当地でも、12年10
月1日に、愛知県・岐阜県・三重県の3つの酪農農業協同組合連合会および長野県
経済連が出資して、東海酪農農業協同組合連合会(本所は名古屋市)が発足した。
愛知県には、愛知県酪農農業協同組合連合会の会員として、酪農専門農協が12組
合、総合農協が8組合あったが、前者の12組合のうち、10組合が12年12月1日に合
併し、愛知県酪農農業協同組合を設立した。よって、現在は、豊橋市酪農協は愛
知県酪農業協同組合豊橋支所であるが、本稿では調査時の名称を使用することと
する。愛知県では、酪農協は愛知県酪農農業協同組合1つに統合され、この組合
が東海酪農農業協同組合連合会の唯一の正会員になる予定である。

 以上のように、豊橋市酪農協をめぐる組織は大きく変わろうとしている。


豊橋市酪農協の家畜排せつ物処理への取り組み

たい肥化の歴史

 豊橋市の混住化が進む中で、都市住民との調和を図るためには、酪農経営は家
畜排せつ物処理に取り組む必要があった。そこで、河合正秋組合長が中心となり、
2・3年度の国の広域畜産環境対策事業で、農事組合法人の豊橋酪農リサイクル組
合を設立し、これを事業実施主体として、13カ所のたい肥舎を建設した。これら
13の施設は、3つのブロックに分かれる。すなわち、東部ブロックが4カ所、中部
ブロックが4カ所、南部ブロックが5カ所のたい肥舎からなる。そして、それぞれ
のたい肥舎ごとに、たい肥処理グループができている。合計13カ所のたい肥舎に、
13個のたい肥処理グループ、そして受益農家数は39戸であるので、1たい肥舎・
1たい肥グループ当たりに3戸の農家が参画していることになる。

 また、6年度の国の環境保全型畜産対策確立事業で、農事組合法人の豊橋バイ
オたい肥組合を設立し、これを事業実施主体として、5カ所のたい肥舎を建設し
た。これら5カ所の施設には、それぞれたい肥処理グループが一つずつできてい
る。5カ所のたい肥舎に、5個のたい肥処理グループで、受益農家数は15戸である
ので、こちらの場合も1たい肥舎・1たい肥グループ当たりに3戸の農家が参画し
ていることになる。

 なお、たい肥舎は、鉄骨スレート葺平屋建で、ブロアー槽・たい積槽・備蓄槽
からなる簡易な構築物である。

 以上のように、少数のグループによって、各地域に分散したたい肥処理システ
ムを採用しているところに、当該酪農協の大きな特徴がある。当該システムは、
豊酪方式とも呼ばれている。


豊橋市内のたい肥需要と流通

 豊橋市内のたい肥需要者は、大きく3つに分類することができる。第1に、果樹
の次郎柿生産地域である。当該地域は、豊橋市の北部の山地に展開し、地質は赤
土(粘土層)である。また、当該地域では、選果を徹底して行い、高単価を享受
している。そのため、土作りに熱心で、豊橋市酪農協の酪農家からたい肥を購入
してくれる上顧客でもある。ただし、果樹農家が高齢化しているので、酪農家が
圃場までたい肥を運ばなければならない。

 第2に、三河湾に臨む地域は、砂地になっており、園芸が特に盛んな地域でも
ある。それ故、たい肥購入量も多い。

 第3に、静岡県と隣接する東部地域は、ビニールハウス(セロリ)が盛んな地
域であり、こちらもたい肥購入量は多い。

 以上のように、豊橋市内のたい肥需要はかなりの程度存在することが理解でき
る。酪農経営が生産したたい肥の流通は、多元的になされている(図1参照)。
主な流れは、以下の3つである。第1に、たい肥処理グループと耕種農家とのつな
がりによるたい肥の相対取引である。

 第2に、たい肥処理グループと特殊肥料会社とのつながりによるたい肥の売買
である。多くの場合、会社がグループのたい肥の養分分析を行い、他の肥料と混
ぜて袋詰めし、ホームセンターなどで園芸資材として販売している。

 第3に、豊橋市農協がたい肥の需給の仲介をして、たい肥を流通させているこ
とである。この場合、豊橋市農協が2トン車1台につき500円の仲介手数料をとっ
ている。

◇図1 豊橋市酪農農業協同組合の共同たい肥処理システム◇
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 注:河合正秋「豊橋市酪農農業協同組合における家畜ふん尿処理・利用の取り
   組みについて」『畜産環境保全技術シンポジウム 中国四国地域』中国四
   国農政局・岡山県・畜産環境整備機構、11年10月28日を参照


たい肥化の過程

 たい肥化は、各酪農家ごとに発生する家畜排せつ物を、たい肥舎に各自が搬入
し、図1の右上に書かれているように、3カ月間、たい積発酵させる。この間、ブ
ロアー槽・たい積槽で5〜6回切り返しが行われる。たい肥の販売価格は、たい肥
舎渡し(庭先)で、2トン車3,000〜6,000円で販売される。また、半年以上たい積
発酵させたものは、5,000〜7,000円で販売される。

 水分調整のための副資材については、オガクズ、生木の粉砕、段ボールのチッ
プなど多種多様のものが使われている。この副資材の調達に当たっては、各グル
ープが業者と個々に契約を結んでいる。現在、副資材は比較的潤沢に入ってきて
いる。これは、近隣に製材所を多く抱える豊橋市の立地条件におけるメリットと
いえる。


たい肥化の意向調査 −アンケート調査を基に−

アンケート回答者のプロフィール

 アンケートは、12年9月に、豊橋市酪農協の助力を得て、生乳生産している
組合員108戸全戸に配布してもらった。有効な回答数は69戸で回収率は約64%に
も上った。回答者の経営主の年齢について見たものが、図2である。40代・50代
が多く、中堅層が頑張っていることが分かる。また、図3からも分かるように、
たとえ経営主が高齢化していても、50歳代で5割以上、また60歳以上で6割以上も
農業後継者が存在している。また、図4では、基幹的家族労働力と常時雇用労働
力を加えたものを基幹的労働力と定義したが、2人または3人と回答した経営が多
いが、4人以上と回答した経営も8戸見られた。

 以上のことから、アンケート回答農家の経営構造は極めてしっかりとしたもの
であることが理解できる。

 図5では、アンケート回答農家の経産牛飼養頭数について見たものである。40
〜59頭層が多いことが分かる。また、80頭以上層の大規模層が6戸も見られた。
平均では、51.46頭にも上る(有効回答数68戸)。図には表わしていないが、未経
産牛の平均飼養頭数は16.85頭であった(有効回答数67戸)。それ故、アンケート
回答農家のトータルの乳牛頭数では4,628頭に上る。これは、前述の豊橋市酪農協
の乳牛頭数7,218頭の64%にも上るのである。このことから、当該アンケート結果
が、全体を代表しているといえる。

 ちなみに、飼料作経営について見たものが、図6である。乳牛の飼養規模の割
には、飼料作経営面積が少ないことが分かる。全く飼料作を行っていない経営が
16戸、2ヘクタール未満が20戸にも上ることが分かる。これは、港が近く、輸入乾
草が比較的安価に調達できる豊橋市の立地条件、ならびに乳牛の飼養頭数規模が
多いことと関係している。なお、飼料作では、イタリアンと燕麦を作付けしてい
る経営が多かった。

◇図2:経営主の年齢◇

◇図3:経営主の年齢と農業後継者の関係◇

◇図4:基幹的労働力◇

◇図5:経産牛飼養頭数◇

◇図6:飼料作経営面積◇


たい肥処理に関する意向

 現在の酪農経営のたい肥処理方法の満足度について見たものが、図7、8、9で
ある。満足度は、「たいへん満足」、「少し満足」、「やや不満」、「たいへん
不満」の4つのカテゴリーからなる。満足度だけの集計は図にしていないが、図
8に全有効回答数が現れている。すなわち、全有効回答数が67戸であり、「たい
へん満足」が13戸、「少し満足」が19戸、「やや不満」が30戸、「たいへん不満」
が5戸である。「たいへん満足」と「少し満足」を合わせた満足派が32戸、「や
や不満」、「たいへん不満」を合わせた不満派が35戸であり、両者が拮抗してい
ることが分かる。

 図7は、たい肥処理の満足度と経産牛飼養頭数規模との関係を見たものである。
これより、飼養頭数規模が大きくなるほど、不満派が多くなっている傾向が分か
る。

 図8は、たい肥処理の満足度と共同たい肥処理への参加の有無との関係を見た
ものである。共同たい肥処理に参加している経営では、「やや不満」と回答した
割合が高かったが、逆に「たいへん不満」と回答した経営はなかった。

 以上のことから、おおむね豊橋市酪農協の酪農経営では、共同たい肥処理への
参加の有無にかかわらず、約半数の経営が現在のたい肥処理に満足しており、経
産牛飼養頭数規模が大きくなるほど、不満派が多くなることが分かった。

 そこで、次に現在のたい肥処理システムに対する不満の理由について、共同た
い肥処理に参加している経営と、個別でたい肥処理(その他を含む)をしている
経営の2つのグループに分けて見たものが、表2である。これは、7つのカテゴリ
ーに対して、1位から3位まで順位をつけてもらったものである。不満理由で圧倒
的に多かったのが、「たい肥処理に多くの労働時間がかかる」である。そして、
「製品たい肥の販売が困難」、「たい肥処理に多くの経費がかかる」、「たい肥
を備蓄する場所が困難」が続く。前述のように、経産牛飼養規模が大きくなるほ
ど、不満派が多くなることにかんがみると、酪農本来の家畜飼養にかかる労働時
間とたい肥処理にかかる労働時間との競合を読み取ることができる。

 また、「副資材の確保が困難」と回答した経営が少なかったのは、比較的、副
資材が確保しやすい豊橋市の立地的な特徴といえよう。なお、共同たい肥処理に
参加しているグループと個別でたい肥処理をしているグループの間で明確な差異
は見られない。

◇図7:現在のたい肥処理方法の満足度と経産牛飼養頭数規模◇

◇図8:現在のたい肥処理方法の満足度とたい肥処理の形態◇

表2 現在のたい肥処理システムに不満の理由
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 資料:12年9月実施のアンケート調査結果より
 注 :アンケートの有効回答数は、「やや不満」と回答した30戸および
   「たいへん不満」と回答した5戸の合計35戸

◇図9:共同たい肥処理グループに参加しない理由◇

 ちなみに、アンケート回答農家69戸のうち、共同たい肥処理に参加している経
営が32戸、個別でたい肥処理をしている経営が34戸、その他が3戸であった。そ
こで、個別でたい肥処理をしている経営と、その他の37戸を対象に、共同たい肥
処理グループに参加しない理由について見たものが、図9である。近隣にグルー
プがないという経営が11戸と多い。比較的、酪農経営が密集している豊橋市酪農
協管内ではあるが、酪農経営が点在することによって、グループ化が難しいとい
う点を浮き彫りにしている。また、近隣に乳牛の飼養頭数が少頭数であったり、
グループができる前にすでに個別で設置した経営がそれに続いている。


アンケート回答経営の今後の動向

 今後5年間で、経産牛の頭数規模を増加または現状維持と回答した酪農経営は、
有効回答数68戸のうち56戸であった。全体の8割以上である。この56戸に対して、
今後5年間での経営の展開方向について、1位から3位まで順位をつけてもらった。
表は割愛するが、合計で見ると、「牛舎を増築したい」が15戸も見られた。前述
のようにアンケート回答経営68戸における経産牛の平均飼養規模が51.46頭とすで
に大きな規模であったことにかんがみると、豊橋市酪農協の酪農経営の積極性を
読み取ることができる。さらに、「フリーストール・ミルキングパーラー方式の
導入」が7戸、「法人経営にしたい」が6戸と続いている。

 逆に、経産牛の頭数規模を減少または廃業と回答した酪農経営は、有効回答数
68戸のうち12戸であった。この12戸に対して、共同たい肥処理に参加している経
営と、個別でたい肥処理(その他を含む)をしている経営の2つのグループに分
けて、その理由について、1位から3位まで順位をつけてもらったものが表3であ
る。共同たい肥処理に参加しているグループの該当数が3戸、参加していないグ
ループの該当数が9戸と後者の方が多いことが分かる。縮小・廃業理由の合計欄
の計で見ていくと、「家畜排せつ物に関する法律が施行」と回答した経営が10戸
も見られた。それに次ぐカテゴリーは、「乳価の先行きが不透明」の9戸であっ
た。以上のように、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」
の影響は大きいが、有効回答数68戸のうち10戸(14.7%)の酪農経営が、それを
契機に規模縮小および廃業と回答した。また、注目すべき点は、「酪農技術が劣
っている」および「経営収支が赤字」と回答した経営がそれぞれ1戸ずつに留ま
り、「負債が累積」と回答した経営がゼロであることである。ちなみに、廃業と
回答した経営はわずか3戸に留まっている。表には記していないが、これら3戸の
経営は、共同たい肥処理に参加していない9戸の中に含まれている。

表3 頭数減および廃業の理由
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 資料:12年9月実施のアンケート調査結果より
  注:アンケートの有効回答数は、「頭数減少」と回答した9戸および
   「廃業」と回答した3戸の合計12戸

 以上のことから、豊橋市酪農協では、現在の酪農経営の技術水準・経営成績は
良好で、8割以上の経営が経営継続し、2割以上の経営が牛舎を増築しようとして
いることが分かる。また、酪農経営にみられる固定化負債問題も、豊橋市酪農協
では無縁であることが分かる。この背景には、高い地価による担保能力という、
都市酪農のメリットがある。そして、何よりも、「家畜排せつ物の管理の適正化
及び利用の促進に関する法律」の影響を受ける経営が極めて少ないことに注目す
る必要がある。このことから、豊橋市酪農協では、たい肥処理システムに成功し
ていることが分かる。


たい肥化システムの現状と課題 −ヒアリング調査を基に−

豊橋バイオ堆肥組合の事例

 ここでは、まず、豊橋バイオ堆肥組合のSグループの事例を基に現状を紹介す
る。ヒアリングの対象者はSグループの代表者のH氏(48歳)であった。Sグルー
プは、3戸の酪農経営で構成されている。たい肥の製造方法は、家畜排せつ物30
%に対して、オガクズ70%を混合して、30日間ブロアー槽、60日間たい積槽、30
日間備蓄槽の4カ月をかけて製造していた。その間、出荷までに5回の切り返しを
行っている。オガクズの調達は現在のところ順調とのことであった。

 たい肥の販売も今のところ順調で、全体を100%とした場合、特殊肥料業者を
通じた販売が60%である。これに関しては、業者がたい肥を引き取りに来てくれ
ている。残り40%のうち20%は園芸が盛んな三河湾に臨む地域へ、10%は豊橋市
農協の仲介を経て次郎柿生産地域へ、残りの10%は静岡県の湖西市にあるセロリ
のハウス地域へ、それぞれSグループ自ら配達して販売している。以上のように、
現在のところ、たい肥は順調に販売できている。しかし、Sグループ自ら配達し
ている割合が、40%にもなる。配達販売の場合、2トン車6,000円で販売している
が、次郎柿生産地域では農協に2トン車1台につき500円の手数料を支払っており、
また、湖西市へは往復1時間もの輸送時間をかけて配達している。このように、
仲介手数料や輸送コストを負担して、製品たい肥を全量さばいているのである。
そのために、Sグループでは、たい肥製造およびたい肥販売に多くの労働時間が
とられることを、大きな問題として挙げていた。
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【豊橋バイオ堆肥組合
Sグループのたい肥舎】



豊橋酪農リサイクル組合の事例

 次に、豊橋酪農リサイクル組合のTグループの事例を基に現状を紹介する。Tグ
ループのたい肥処理施設と前述のSグループのたい肥処理施設とは目と鼻の先で
ある。ヒアリングの対象者はTグループの代表者のK氏(50歳)であった。Tグル
ープは、3戸の酪農経営で構成されていた。たい肥の製造方法は、家畜排せつ物
3分の1に対して、副資材を3分の2混合して、30日間ブロアー槽、150日間たい積
槽の6カ月をかけて製造していた。副資材は、オガクズ、籾がら、生木を4:1:1
の割合で利用していた。副資材の調達は現在のところ順調とのことであった。当
該グループのユニークさは、たい肥の切り返し・移動に関して、労働の不足を克
服するために、当該作業を地元の建設業者に委託している点である。K氏は「苦し
紛れの対策」と言うが、地元の産業を活用した面白い取り組みである。

 たい肥の販売も今のところ順調で、特殊肥料業者を通じた販売が90%である。
これに関しては、業者がたい肥を引き取りに来てくれている。10%は近隣の園芸
農家に販売している。これについても、園芸農家がたい肥処理施設へ引き取りに
来てくれている。業者への販売の場合、2トン車7,000円で販売しているが、園芸
農家へは軽四1台1,500円で販売している。このように、Tグループでは、たい肥
販売に関して、前述のSグループに比較すると有利な条件になっていることが分
かる。これは、豊橋酪農リサイクル組合が2・3年度の事業、豊橋バイオ堆肥組合
が6年度の事業であることからも分かるように、最初にスタートしたTグループが
まずたい肥需要者の開拓を有利に進め、後から参入したSグループがたい肥需要
者を新規に開拓する場合、どうしても遠方の需要者にならざるを得なかったから
である。

 しかし、Tグループにおいても、たい肥処理施設のたい肥販売でカバーできる
のは、副資材や動力光熱費などの変動費部分に留まっており、施設などの減価償
却費や自己の労賃などの固定費部分は赤字になっているとのことであった。

 ちなみに、アンケートで固定費部分も回収できるたい肥販売の最低価格を質問
したが、有効回答数は47戸で、その平均価格はトン当たり4,594円であった。そ
れに対して、Tグループではトン当たり3,500円で販売しており、約1,000円の価格
アップでたい肥施設の収支が償うものと推察される。


おわりに

 豊橋市酪農協では、前述のように、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の
促進に関する法律」が施行される前に、先行的に家畜排せつ物のたい肥化に取り
組んでいる。これは、豊橋市酪農協が、都市酪農という環境に極めて厳しい条件
下にあったことはいうまでもないが、河合組合長をはじめとするトップマネージ
メントの先見性、また、トップマネージメントの意向を酪農経営に的確に伝える
優秀なスタッフの存在、さらには、それに呼応した先導的酪農経営の存在を抜き
に語ることはできない。正しく、三位一体の努力が結合したものといえる。

 本稿では、たい肥処理システムの現状、課題、酪農経営の評価を中心に分析を
試みてきた。課題の中で、個々のたい肥処理グループが、たい肥処理部門だけを
取り上げると独立採算にまでは至っていないこと、ならびにたい肥処理に多くの
労働を費やさなければならないという課題は理解できた。しかし、アンケートに
回答した酪農経営の約半数が、たい肥処理の現状に満足していたのである。

 このシステムのユニークさは、豊酪方式とも呼ばれ、少数のグループによって、
各地域に分散したたい肥処理システムを採用しているところにある。すなわち、
ハード面の設計などは豊橋市酪農協が責任を持って進め、ソフト面は各たい肥生
産グループに委ねているところに、特徴がある。それぞれのグループが、たい肥
生産・販売に関して競い合うようなシステムになっているが故に、さまざまな工
夫がなされ、ノウハウが蓄積されてきている。また、競争相手が多い故に、耕種
農家の信頼を獲得し、長期的な売買契約を勝ち得るために、各グループでは、良
質なたい肥生産に取り組まざるを得ない構造になっている。

 Tグループのように、たい肥生産に関わる労力不足を、地元の建設業者に外注
するというユニークな発想も生じている。すなわち、たい肥部門で赤字が出ても、
本来の乳牛飼養管理部門に専念して所得を上げて、たい肥部門の赤字を吸収する
という発想である。経済学で言うならば、労働の限界価値生産力を考慮した経済
合理的な労働配分ということになる。

 また、本文では紹介しなかったが、経産牛飼養頭数が166頭のN氏は、共同のた
い肥生産施設を利用しつつも、たい肥量そのものを減じるためのプロジェクトに、
ある機械メーカーと独自に取り組んでいる。プロジェクトの概要は、ふん尿混合
の家畜排せつ物から完全に水分を分離して、汚水部分は曝気槽で河川に放流でき
るまでに処理し、残りの固体部分は副資材なしで完熟発酵させる。それ故、未経
産牛・育成牛も含めると200頭に近いN氏の経営でも、年間に生産されるたい肥量
は、通常の5分の1まで減じることができるのである。それ故、当該プロジェクト
が正常に稼働するようになれば、乳牛40頭規模の酪農経営レベルにまで、たい肥
量を抑えることが可能になるのである。ただし、ハード面での初期投資コストは
7,000万円にも上る。確かに、プロジェクト導入のリスクは大きいが、たい肥に
関わる労働を乳牛飼養管理部門に振り向けることによる所得の増大、副資材費な
どの節約効果を評価して、N氏はプロジェクトに果敢に取り組んでいるのである。

 豊酪方式は、個々の酪農経営が持つ潜在能力や個性を引き出すことに成功して
いる。それは、たい肥という製品の生産・販売に対して、市場原理を適正に導入
したことが大きいと、筆者は考えている。
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【河合組合長(左)と筆者】

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