酪農学園大学 農業経済学科 助教授 丸山 明
東北大学大学院 農学研究科 講 師 伊藤 房雄
一般に財やサービスを購入する場面において、商品の価格と所得(予算)の果 す役割は大きい。しかし、価格と所得だけでそれぞれの商品購入量の変動をすべ て説明できるのかというと、必ずしもそうではない。 1つには、経済が成長し価値観が多様化することに伴って、消費者の商品購入 (選択)が価格や所得といった経済的要因からそれ以外の非経済的要因によって 影響を受けやすくなるからである。例えば、伊藤(1989論文発表)は1980年代中 頃に牛乳消費が急増した要因として、実質価格の低下や実質消費支出の上昇のみ ならず、健康を志向する消費者のニーズに合わせた差別化商品の開発と普及が進 展したことや、消費者のカルシウム不足の影響などが少なからず作用したことを 明らかにした。 いま1つは、食料品のような非耐久消費財の場合には、その消費が日常的に繰 り返し行われるため、そこに何かしらの消費習慣が形成されるからである。例え ば、伊藤らは1963-94年までの地域別食肉需要関数を計測し、多くの地域で牛肉 と豚肉のそれぞれについて、強弱の程度はあるものの堅調な消費習慣が形成され ていることを確認した。 このように、非経済的要因による消費変動への影響は年々強まっていると考え られる。しかし、その反面飽食の時代といわれる今日、新商品の商品寿命(サイ クル)が短縮化するなど、食料消費を規定する要因が一層あいまいになってきて いることも事実である。このことは、個人の価値観が多様化する中で食習慣に変 化が生じていることを示唆していると思われる。そしてまた、食習慣の礎石が幼 少年期の家庭の食事や学校給食を通じて形成されることに着目するならば、今日 の食習慣の変化は取りも直さず幼少年期におけるその形成過程に原因の一つを求 めることもできよう。 このような問題意識を背景に、本調査研究では学校給食事業が牛乳乳製品や食 肉の消費習慣形成にいかなる影響を及ぼすのか、またそれが「健全な食生活」の 形成にどのように関わるのかについて検討を試みる。
学校給食事業の効果を検討する前に、畜産物消費の習慣形成がどのような状況 にあるのかを確認しておこう。 表1は、1979-99年の総務庁「家計調査年報」を用いて世帯主年齢階層別に、 畜産物消費の習慣形成効果を整理したものである。理想的には世帯主の年齢階層 による区分ではなく世帯員個々の年齢階層別習慣形成効果を析出できればよいの であるが、現在それに適合するデータは整備されていない。このため表1は、習 慣形成効果のラフなスケッチであることをあらかじめお断りしておきたい。 表1 畜産物消費の習慣形成効果 Houthakker-Taylor型の動物的需要関数の計測による。 その詳細については、例えば門間(1984年論文発表)を参照されたい。 注1)正は習慣形成により消費が増加する可能性があることを、負は 習慣形成により消費が増加する可能性のないことを示す。 2)*は、計測結果の一部が不安定なため、符合が安定していない ことを示す。 3)空白は、価格変数の係数が理論的符号条件を満たさないなど、 考察不能であることを示す。 これによると、習慣形成効果は品目別に符号が異なるばかりでなく、同一品目 においても年齢階層によって異なり、効果の発現は一様ではない。例えば、全世 代平均の場合には、牛乳、牛肉、鶏肉消費に正の習慣形成効果がみられる(習慣 形成により消費が増加する可能性がある)のに対して、バター、チーズ、豚肉消 費には負の習慣形成効果(習慣形成により消費が増加する可能性はないこと)が あらわれている。 このように世帯主年齢階層別に習慣形成効果の発現方向が異なるのは、1つは 観測期間が短い(サンプルが少ない)ため十分な計測ができなかった、すなわち バブル経済崩壊後のサンプルが半数近くあるため、その消費撹乱を適切に処理で きなかったことによると考えられる。いま1つは、核家族化や単身世帯の増加、 少子化など、21年間(1979-99年)の観測期間中に世帯を取り巻く社会経済的条 件が大きく変化し、同一世代のデータに質的変化が生じている可能性が高いため と考えられる。 いずれにせよ世代間で見た場合には、畜産物消費の習慣形成効果は50歳代を境 に変化しているのが確認できよう。このことは、1954年に「学校給食法」が施行 され全国各地で学校給食が急速に普及したことを併せ考えるならば、畜産物消費 の習慣形成に学校給食が少なからず影響を及ぼしてきたことを示唆するものとい えよう。
分析方法とデータ 畜産物消費の習慣形成に及ぼす学校給食の影響を検討するために、本調査研究 では仙台市、神戸市、福岡市の一般世帯を対象にアンケート調査を行った。調査 の概要は、次の通りである。 ○調査項目:詳細は丸山・伊藤(2001年論文発表)を参照されたい。 ○調査対象:仙台市、神戸市、福岡市の各800世帯、計2400世帯 上記の3都市を調査対象に取り上げた理由は、食肉消費の地域性(伊藤らによ る、豚肉の1人当たり消費量が多い東日本、牛肉の1人当たり消費量が多い西日 本、鶏肉の1人当たり消費量が多い九州)による。なお、調査世帯の抽出は、各 都市の電話帳(最新版)からそれぞれ800世帯となるように無作為に行った。 ○調査期日:2001年2月 ○回答状況:回収数は831世帯、回収率は34.6%であった。このうちクロス集計に 用いる属性(年齢/性別)統計量が未記入の回答10世帯を除いた結果、有効回 答数821世帯、有効回答率34.2%となった。 アンケート調査の結果と考察 ・回答者の概要と畜産物の消費状況 はじめに、回答者の概要を示したのが表2である。約3分の2の回答者は週1 回以上「自分で食事を作る」と回答しており、週平均調理回数も11.7回に達して いる。ただし、ほとんどの女性が週平均14回(約2回/日)調理しているのに対 して、男性の場合には約5回程度調理するにとどまっている。自宅で食事をする 回数についても同様で、男性回答者の約半数が週14回未満と答えているのに対し て、女性回答者の約4分の3は週15回以上(約2〜3回/日)と答えている。一 方、家族のライフサイクルに着目すると、同居家族人数は男女共に40歳代でピー クを迎え、それ以降は核家族化や単身世帯化により低下している姿がうかがえる。 また学校給食の経験についてはほとんど性別の区別はなく、60歳代までと70歳代 以上の間で格差が存在していることが見て取れよう。 表2 回答者の概要(調理、自宅での食事、同居家族人数、学校給食の経験) 次に畜産物の消費状況である。アンケート調査の集計結果を見ると、牛乳乳製 品は加齢に従って週平均消費回数が増加する傾向を示すのに対して、食肉は逆に 加齢に従って減少する傾向を示した。また回答者全体の2割程度であるが、牛乳、 バター、ヨーグルトについては明示的に消費習慣が形成されていると回答してい る。牛乳、チーズ、ヨーグルトの場合には、「好きだから」とか「健康のため」 に消費していると回答した割合が7割を超えており、それらを広義の消費習慣に 含めるならば、実に9割以上の回答者に習慣形成が認められる。 これに対して食肉の場合には、週平均1〜2回程度利用するという回答が大半 で、消費が「習慣になっている」という回答はわずか3%前後にとどまっている。 ただし、食肉を食べる理由として「料理に必要だから」という回答を広義の消費 習慣に含めるならば、3〜4割の回答者に習慣形成が認められる。 なお、食肉の選好順序をたずねた設問に対しては、多少豚肉消費圏で変化の兆 しがみられるものの、「豚肉の東日本」、「牛肉の西日本」、「鶏肉の九州」と いう傾向は依然支持される結果となった。 ・献立の決定と子供のし好 ところで、家庭での食事の場面において、子供はどのように関わっているのだ ろうか。この問いかけに答えるために、先に「自分で食事を作る」と回答した者 に献立の決定要因をたずねたところ、全体的に「栄養バランスを重視する」とい う回答がもっとも多く、次いで「家族や自分のし好に合うもの」、「できるだけ たくさんの種類の食品を使用する」、「食費や家計費に見合うもの」という回答 がそれに続いた。さらに誰の嗜好に合わせて食事を作るのか尋ねたところ、女性 回答者の約3分の2は「家族全員のし好」に合わせる、男性回答者の約6割は 「自分のし好」に合わせると答えている。しかし、ここでは全体の約1割が「子 供のし好」に合わせると回答していることに注目したい。特に小中学生の子供を かかえている50歳未満の階層では、「子供のし好」に合わせて献立を決定する割 合は2割を超えていた。これは「夫や祖父母のし好」に合わせると回答した割合 よりも大きく、往々にして「子供のし好」が「家族全員のし好」を規定する場面 が少なくないことなども併せ考えるならば、家庭での食事(献立)に及ぼす子供 の影響は2割以上に達していると思われる。 ・学校給食と消費習慣形成 このように子供のし好は献立作りを媒介にして大人の消費習慣形成に少なから ず影響を与えているが、子供のし好や家庭の食事メニューは学校給食から影響を 受けることも少なくない。両者は、学校給食のメニューに対する子供の評判や、 「給食だより」などの家庭配付資料を通じてつながっているからである。そこで、 学校給食が家庭の食事にどのように影響を及ぼしているのか、両者の相互関係に ついて考察してみよう。なお、以下の表3〜5は、現在学校給食を利用している /かつて利用していた小中学生をもつ回答者だけの集計結果である。 はじめに、学校給食のタイプと「給食だより」などの家庭配付資料との関わり 方をまとめた表3によると、回答者が関わる学校給食のタイプは単独校調理方式 が全体の半数弱(45%)で、センター方式は全体の3分の1程度(34%)である。 ただし、学校給食のタイプには地域性があり、仙台市ではセンター方式が優勢で あるのに対して、神戸市では単独校調理方式のウェイトが圧倒的に高い。そして 福岡市では両者はほぼきっこうする関係にある。 表3 学校給食のタイプと給食関連資料との関わり方 「給食だより」との関わり方については、全体の7割が「必ず読む」もしくは 「一通り目を通す」と答えている。これを50歳代以下の女性回答者に限ってみる と、その割合は8〜9割にまで達しており、学校給食情報はかなりの程度家庭に 浸透していると思われる。 次に、「給食だより」で参考にする情報をまとめた結果が表4である。それに よると、全体的にもっとも参考にしているのは「学校給食の献立」(41%)で、 以下「食品の栄養情報」(23%)「添加物などの安全性情報」(14%)「料理の 作り方」(10%)となっている。ここで「学校給食の献立」は、性別や年齢を問 わず広く参考に供されていることが見て取れよう。しかしその一方で、「食品の 栄養情報」や「料理の作り方」「行事食や食文化の情報」が、50歳代以下の女性 層で相対的に高いウェイトをもっていることに注目したい。すなわち、このこと は「食の簡便化/外部化」と「核家族化」が進展したことにより「食の生産/流 通とのつながり」や「おふくろの味の継承」が希薄化し、それを背景に比較的若 い世代(特に母親)がそれらの必要な情報を学校給食から入手しようとしている 表れと考えられるからである。 表4 学校給食に関連する資料で参考にする情報 注)複数回答可能なため回答数計は回答者数と一致しない。 そして、このような学校給食情報が家庭での献立作りにどのような影響を及ぼ しているのかをまとめた結果が表5である。それによると、「毎日の食事でメニ ューが重複しないように気をつけている/気をつけた」という回答が全体の約4 割(39%)を占め、以下「家庭でも栄養バランスに気をつけるようになった」 (23%)、「子供に評判のよかった学校給食のメニューを家庭の食事に取り入れ る/取り入れた」(19%)、「子供の評判に関係なく家庭での食事のレパートリ ーが増える/増えた」(8%)となっている。子供の評判の善し悪しを別とすれば、 学校給食のメニューを家庭に取り入れている/取り入れた割合は3割弱(27%) にまで達する。また、ここでも50歳代以下の女性の回答に着目すると、毎日の食 事でメニューが重複しないよう注意しながら学校給食のメニューを家庭の食事に 取り入れる/取り入れた割合が相対的に高くなっていることを確認できよう。 このように学校給食は家庭の献立作りに影響を及ぼしているが、その一方で近 年単独校調理方式を採用している学校において、給食の献立作りに子供の意見や 希望を取り入れるケースが増えている。このことは学校給食と家庭の食事との相 互依存関係を深めることにつながるのであり、結局子供の「食習慣」は多少の相 違はあるにせよ、両者の影響下で形成されると結論づけられよう。 表5 学校給食が家庭の献立などに与える影響 注1)選択肢の内容は以下の通りである。 @:毎日の食事でメニューが重複しないように気をつけている /気をつけた A:子供に評判のよかった学校給食のメニューを家庭の食事に 取り入れる/取り入れた B:子供の評判に関係なく家庭での食事のレパートリーが増え る/増えた C:家庭でも栄養バランスを気にするようになった D:忙しいので栄養バランスなどは学校給食に任せて過程での 調理は簡便化している/した E:特に関係ない 2)複数回答可能なため回答数計は回答者数と一致しない。 ・「食生活の健全性」と学校給食 最後に、「食生活の健全性」と学校給食との関係について考えてみよう。ここ で「健全性」とは、栄養面のみならず健康面や食に対する姿勢がまっとうである ことを指している。具体的には、偏食や食べ残しを無くし、栄養バランスを心が け、食事の正しいマナーを身につけると共に、食の生産と流通へ適度な関心をも つことと解釈していただきたい。 このような「食生活の健全性」についての調査結果を見ると、偏食や食べ残し については7割以上の回答者が「全くない」「ほとんどない」と回答し、栄養バ ランスや食事の正しいマナー、食の生産流通への関心については半数以上の回答 者が「かなりある」「ある」と答えている。年齢階層別には加齢に従って「健全 性」が高まる項目があるものの、偏食や食べ残しに関しては階層間に格差はみら れなかった。このことは、裏を返せば偏食や食べ残しは成人になる前に、習慣と して固定される可能性が高いということである。 それでは学校給食と家庭のどちらが強く食生活の改善(健全性の形成)に影響 を与えるのだろうか。調査結果によると、実に6〜7割の回答者は家庭の影響が 強いと答えている。この点において、子供のまっとうな食習慣を形成し、彼らの 食の健全性を高めていくためには、何よりも家庭での「食教育(しつけ)」がも っとも重要であると言わざるを得ない。しかし、小中学生の子供をかかえる50歳 代以下の女性回答者は、それ以外に属するどの回答者よりも学校給食の影響を相 対的に高く評価しており、現実に『食教育(しつけ)』を担わなければならない 多くの母親にとっては、学校給食に期待する想いも少なくないようである。
本調査研究では、学校給食事業が畜産物消費の習慣形成にいかなる影響を及ぼ すのかについて、需要関数分析とアンケート調査から検討してみた。両者の結果 を突き合わせて見ると、今後牛乳乳製品は習慣形成効果をより発揮させることで 需要を拡大させることが可能と考えられる。これに対して食肉の場合には、多く の世代で習慣効果がマイナスであり、このままでは食肉需要を拡大させることは 困難であろう。しかし、もし仮に現在の小中学生がこれまで以上に食肉を消費す る習慣を身につけることができるならば、遠くない将来、食肉需要は習慣形成効 果によって拡大する可能性がある。そのためには、一般家庭向けの需要拡大策も 必要であるが、学校給食での習慣形成を促進させる方策も重要と思われる。 アンケート調査で学校給食のイメージを尋ねた自由記入欄をみる限り、明らか に30歳代中頃を境に学校給食のメニューは大きく改善されている。40歳代以上の 世代にほぼ共通してみられる学校給食=「脱脂粉乳、コッペパン、まずい」とい うイメージが、30歳代前半以下では学校給食=「おいしい、楽しい」に変わって いるのである。また今日、少子化の時代背景に合わせて空き教室を給食専用のラ ンチルームに転換したり、バイキング形式の給食に切り替える学校も増え始めて いる。このように楽しめる学校給食へと環境整備が進む中、食肉のみならず牛乳 乳製品についても、いかに素材の特性を生かしながらおいしく食べられる新メニ ューを開発できるのか、さらにはその新メニューを間髪入れず円滑に学校給食の 献立に取り入れてもらえるよう提案できるのかということが、長期的に畜産物需 要を拡大させていく重要なポイントと思われる。 【参考文献】 1)伊藤貴子・伊藤房雄・長谷部正「地域別食肉需要の変化に関する計量分析」 農業経済研究報告第30号,pp.69-90,(1998). 2)伊藤房雄「最近の飲用乳需要の要因分析」酪農総合研究所編 『わが国乳業の国際競争力強化に向けて』酪農総合研究所,pp.1-29,(1989). 3)門間敏幸「牛肉の需給構造と市場対応」明文書房,(1984).