秋田県/企画情報部
まだ東京・立川市に食肉市場があった頃、上物率で70%台を常に維持する秋田 県産の銘柄牛「由利牛」が存在した。 由利町に肥育牛団地協議会が結成されたのは昭和50年12月。5年後には立川市 場で由利牛枝肉共励会の開催にこぎ着け、20頭を陳列した。その事務局を切り回 した熊谷典夫さん(54歳)は長く勤めた県JA経済連を既に退職。いま「由利牛」 ブランドの再興を期し、自らの手で黒毛和牛28頭を肥育している。 肥育牛は12×8尺(3.6×2.4メートル)の牛房に2頭ずつ収容する。1頭では 「いつでもエサを食べられると牛は思ってしまう」し、3頭では「イジメられる 牛が出る」ので、思うような増体につながらない。その点、「理想的なのが2頭 で、互いの競争心をあおりながらエサを食べることを覚え込ませる」。 その結果、枝肉ベースで楽に370〜380キログラムは確保できる。ちなみに4頭 収容のケースでは320〜340キログラムにしかならず「1頭当たりで7〜8万円の 減収にがっかりさせられた」こともある。 飼養牛はすべて雌。技術的に高く評価されるよりも「安定した経営」が熊谷さ んの基本方針で、格付でいえばA3〜4を狙う。たまたまA5が出ても「それはそ れで儲けもの」にすぎない。 本荘家畜市場で購入する9〜10カ月齢の素牛は平均18カ月間肥育される。その 前期においては穀物類を少なめに、糟糠類を多めに、後期ではそれを逆転させる が、これらはすべて「過去の失敗を蓄積した」ノウハウである。 立川市場に上場していた頃、周囲がこぞって反対するような冒険も行った。肩 の第5、6関節を切り開いて見せたのである。恥をさらすようなもの!…との声 も上がったが、「本物を売るためには必要な決断」。市場から相手にされなくな ることを恐れるよりも「市場からの情報を生産者にフィードバックすることの方 を優先させる」判断に基づくものだった。 評価が得られなければ飼養管理に間違いがあるのか、それとも血統が問題か? こうした試行錯誤を繰り返しながら、確信を得るものについてはその母牛に「由 利牛」としての認定証を出し、そのブランドの確立と地位向上に努めた。 13年4月、24頭収容規模の牛舎を新設した。電信柱等古材を活用したシンプル な造りで、屋根もトタン張りだ。既存牛舎の横に増設する形で建設されたもので、 48頭を上限に「4年間で「由利牛」の復活を図る計画」である。「肥育経営は自 分1代だけ。残る人生を「由利牛」にかけたい」という熊谷さんは意気軒昂。長 年保存したデータを手に牛の話となると止まるところを知らない。
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【牛舎内での熊谷典夫さん】 |
【建設が進められていた新牛舎】 |