生産局畜産部飼料課 吉田 稔
飼料として利用される遺伝子組み換え農作物の安全性めぐる事情については、 本誌2000年4月号の「組換え体利用飼料の安全性について」において、紹介した。 そこでも述べたが、組み換え体利用飼料については、「組換え体利用飼料の安全 性評価指針」(農林水産事務次官通知)に基づき、専門家からなる農業資材審議 会の意見を聴いて、農林水産大臣が安全性確認を行い、安全性確保を図ってきた。 ところが、平成12年秋、米国産の「スターリンク」という、食品、飼料とも安全 性確認を受けていない組み換えとうもろこしが食品や飼料へ混入し、社会的な問 題となった。このため、「スターリンク問題」の経緯について説明することとし たい。
スターリンクとは アベンティス・クロップサイエンス社(本社:フランス)が開発した遺伝子組 み換えとうもろこしの商品名であり、遺伝子組み換えにより殺虫性のたんぱく質 (Cry9C)を産生する遺伝子を挿入している(別名は、CBH−351)。米国におい ては、飼料用および工業用のみに限定され、食品用にはまだ認可されていない。 食品用として認可されるためには、アレルギーに関する追加データを提出するこ とが求められ、いまだ認可されない状況にある。このため、「スターリンク」は、 飼料用および工業用のみに分別して出荷、流通されることとなっていたが、米国 において食品に混入する事態が生じ、また、日本向けをはじめとする輸出用のと うもろこしにも「スターリンク」が混入し、大きな問題となった。 安全性確認の状況 1.米国 スターリンクについては、10年5月、環境保護庁(EPA)は飼料としての栽培を 承認した。しかしながら、食品用としては、スターリンクのたんぱく質Cry9Cの アレルギーに関する追加データの提出が求められ、審査中となっており、認可さ れていない。また、殺虫性のたんぱく質(Cry9C)は、飼料に含まれることは許 容されているものの、食品には含まれてはならないとされている。 2.日本 環境への影響については、農林水産省農林水産技術会議が11年、環境に対する 安全性を確認している。 食品については、11年、安全性審査の申請が提出され、現在、厚生労働省に設 置されている薬事・食品衛生審議会において審査が継続されている。 飼料の安全性については、アベンティス社から安全性確認の申請が提出されて いない状況にある。 米国におけるスターリンクの作付面積 米国におけるスターリンクの作付面積については、次のとおり。このように作 付割合としては、ごくわずかなものとなっている。
10年:4千ha、とうもろこし全体(32,451千ha)の0.01% 11年:100千ha、とうもろこし全体(31,335千ha)の0.32% 12年:138千ha、とうもろこし全体(32,204千ha)の0.43% |
1.飼料からのスターリンクの検出 12年5月25日、ある消費者団体が配合飼料6検体中鶏用配合飼料1検体か らスターリンクを検出したと発表した。 2.米国における食品へのスターリンク混入問題 12年9月18日、市民団体「地球の友」が米国において市販のタコスからス ターリンクを検出したと公表した(米国においては、食品にスターリンクの持つ 殺虫性たんぱく質Cry9Cは含まれてはならないとされている)。これを受けて、 企業による製品の自主回収、スターリンクの作付け中止、米国政府による12年 産スターリンクの買い上げ等の一連の措置がとられた。 また、米国農務省シデキ特別補佐官が9月26日に来日し、わが国の農林水産 省等に対し経過の説明を行った。 3.わが国における食品からのスターリンク検出 12年10月25日、ある消費者団体が食品(コーンミール)からスターリン クを検出したと公表した。厚生省もこれを確認するとともに、独自の検査でも2 0検体中7検体から検出した(11月7日公表)。 4.飼料用とうもろこしのモニタリング検査 飼料用とうもろこしについては、12年度から肥飼料検査所がモニタリング検査 を実施しており、12年11月16日、同年4〜6月に採取した米国産とうもろ こし15検体中10検体からスターリンクを検出したことを公表した。陽性10 検体におけるスターリンク混入率は平均0.53%であった。このモニタリング検査 の結果は、その後4半期ごとに公表している(表−1参照)。
1.米国政府による買い上げ 米国農務省(USDA)は、開発業者であるアベンティス社の負担で、1ブッシ ェル当たり25セントのプレミアムを付けて農家等からのスターリンクの買い上げ 措置を実施し、米国内で飼料用、工業用に用いられるよう監視下においている。 これまでに12年の生産量の約99%が買い上げ済みであり、残りは非常に少量と なっている。 2.米国でのスターリンクの作付け中止 開発業者であるアベンティス社がスターリンクの栽培認可を自主的に辞退した ため、10月12日付けで環境保護庁(EPA)が栽培認可を取り消した。 従って、13年以降はスターリンクの作付けは行われなくなった。 3.米国産飼料用とうもろこしの輸出前検査 (1)民間ベースでの輸出前検査 10月27日以降、輸入業者による自主的な検査が実施されるようになった。 (2)日米合意に基づく輸出前検査手続 農林水産省は、米国政府に対して飼料用とうもろこしの米国における輸出前検 査を行い、スターリンクがわが国に輸出されないようにすることを、米国農務省 に対してねばり強く要請し、日米間で協議を重ねた。この結果、12年12月18日に 米国産とうもろこしの輸出前検査手続が日米政府間で合意に達した。これを受け て、新規契約分から同手続に基づく米国における輸出前検査が実施されている。 このことにより、日本向けのすべてのはしけ等について検査が行われ、スターリ ンクが検出されないもののみが輸出される仕組みが構築された。また、この仕組 みが有効に機能していることを確認するため、日本から検査職員を派遣できるこ ととされており、第1回目として13年2月4日から14日まで、検査職員2名を派遣し た。 4.わが国におけるモニタリング検査(表1 ) 飼料用とうもろこしへのスターリンクなどの安全性未確認の組み換え体利用飼 料の混入の有無を調べるため、肥飼料検査所は12年度からモニタリング検査を実 施し、4半期ごとに公表している。このモニタリング検査については、逐次拡充・ 整備を図っているところであり、今後、分析機器の拡充(PCR分析用装置、 ELISA分析用装置等の増加)等を計画している。また、12年度において当初 60検体の予定を100検体程度に増加させて実施しているところであり、今後 とも必要に応じ検体数を増加させるなど適切な対応をとることとしている。 表1 組み替え体利用飼料のモニタリング検査結果 陽性率:陽性検体数/検査検体数 混入率:検体中にスターリンクが含まれている割合、ELISA法で測定 5.ブロイラー等の飼養試験(別紙) スターリンクとうもろこしの家畜や畜産物への影響を調査し、消費者、畜産農 家等への情報提供を行うことを目的として、スターリンクをブロイラーに7週間 (11月9日〜12月27日)給与する試験を実施した。その結果、鶏の健康や 成長に影響は認められていないこと、遺伝子組み換えにより生じたたんぱく質が 筋肉、肝臓および血液のいずれにもに移行しないという従来からの科学的見解が 確認され、この試験結果を13年2月2日付けで公表した。 このほか、乳牛(開始11月17日)、豚(開始1月31日)、採卵鶏(開始 1月25日)についても飼養試験を実施中であり、結果については、まとまり次 第公表していくこととしている。
以上のように、スターリンクについては、米国からわが国に輸出されない仕組 みを構築するとともに、家畜を用いた給与試験により畜産物へ移行しないこと等 を実証し、情報提供を行ってきた。今回のスターリンクの問題は、わが国におけ る組み換え体利用飼料の安全性確保のあり方に大きな課題を投げかけたと言える。 こうした課題については、昨年11月に設置された飼料製造(輸入)業者、畜産農 家、消費者、学識経験者などで構成する「組換え体利用飼料等に関する懇談会」 等で検討が進められているところである。この懇談会の意見などを踏まえ、わが 国の組み換え体利用飼料の安全性確保等に努めていきたいと考えている。 (別紙) 平成13年2月2日 ブロイラーに対するスターリンク給与試験結果 1 試験目的 ブロイラーに対してスターリンクとうもろこしを給与し、ブロイラーの健康状 態、DNA及びCry9Cの筋肉、臓器等への移行状況について検討する。 2 材料及び方法 (1)試験動物 ブロイラー専用種256羽(雄雌各128羽) (2)飼育期間 平成12年11月9日〜12月27日(餌付けから7週齢(通常の出荷週齢)まで) (3)試験区の設定 試験区(雄雌各64羽):スターリンクを前期用飼料(開始〜3週齢に給与)、 後期用飼料(4〜7週齢に給与)ともに70%配合した飼料を給与。 対照区(雄雌各64羽):スターリンクを含まない米国産とうもろこしを前期用 飼料、後期用飼料ともに70%配合した飼料を給与。 3 調査項目 (1)体重 (2)飼料摂取量 (3)健康状態(観察、血液検査) (4)筋肉、肝臓及び血液における組み換えDNA及びCry9Cの有無 (3週齢時(11月29日)及び5週齢時(12月13日)に各区8羽、 7週齢時(12月27日)に各区10羽を調査) 4 結果 (1)発育成績及び健康状態 両区とも順調に発育。 飼料摂取量に差は認められず。 健康状態に異常は認められず。 血液検査において血液性状、肝機能、腎機能に異常は認められず。 (2)筋肉、肝臓及び血液における組換えDNA(PCR分析) (3)筋肉、肝臓及び血液におけるCry9cたん白質(ELISA分析) 5 まとめ スターリンクを70%配合した飼料をブロイラーに7週齢(通常の出荷週齢) まで給与したが、ブロイラーの発育成績、健康状態に影響は認められなかった。 また、鶏肉等への組換えDNA及びCry9Cたん白質の移行も認められなかった。
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