★ 農林水産省から


ハイファット・クリームチーズをめぐる状況

生産局畜産部牛乳乳製品課 強谷 雅彦




ハイファット・クリームチーズ問題の背景

 チーズについては、ウルグアイ・ラウンド農業合意以前から既に自由化(ナチ
ュラルチーズは昭和26年、プロセスチーズは平成元年)されているが、最近の輸
入動向を見ると、他の乳製品が伸び悩む中で、国内需要の伸びを反映して2年度
以降一貫して増加しており、過去10年間の年平均増減率は5.7%の増加となって
いる。

 こうした中、急速な円高の進展、バターの内外価格差等を背景として、近年、
伝統的なクリームチーズとは異なる商品特性を有するハイファット・クリームチ
ーズ(HFC)が輸入されてきた。

 HFCは、伝統的なクリームチーズに比べ高い乳脂肪含有率、低いたんぱく質含
有率、あったとしてもわずかな発酵を特徴としている。用途としては、アイスク
リーム、乳飲料、冷凍食品のソース、デザート類や国産クリームチーズの原料等、
完全ではないにせよ、バターの代用品として使用されている。本品は輸送中変質
しやすいため、急速冷凍してわが国に輸送される。

 実需者は、農協系以外の乳業メーカーが中心であり、大手乳業メーカーが需要
の大半を占めてきたようである。その他としては製菓業界等がある。

 HFCの輸入量については、通関統計上ナチュラルチーズのうちフレッシュチー
ズ(非熟成チーズ)の分類に一括して集計されるため、正確な輸入量の把握は困
難である。しかしながら、業界筋によるとほとんどが豪州からであるが、9年度
における輸入量は全体で13,000トン程度に達し、10年度および11年度もほぼ同量
が輸入されたとみられる。

 HFCの輸入が著しく拡大したのは、ナチュラルチーズと比較してバターの関税
率が著しく高い(ナチュラルチーズ:29.8%、バター:29.8%+985円/kg、12
年度)ということから、バターの代用品としてHFCを輸入することで、安価に乳
脂原材料を調達できたという事情による。

 折しも、国内ではバター在庫が適正水準を大幅に上回って積み増してきた状況
の下で、酪農生産者団体はHFCがこの在庫積み増しの原因の1つだとして輸入抑
制を要請してきた。また、バターの需給状況が悪化するにつれ政治の場でも議論
になり、衆参両院の農林水産委員会(12年3月および11月:畜産物価格に関する
集中審議)において、「関税分類の見直しについて国際的な同意が得られるよう
努める」との付帯決議がなされるに至った。

 農林水産省としては、9年から、世界税関機構(WCO:末尾注1参照)の下部組
織である、関税分類の検討を行う統一分類システム(HS)委員会(末尾注2参
照)に対し、HFCをチーズ以外へ分類することについて同委員会の判断を求め、
審議を続けてきた。この結果、最終的に13年2月、HFCをチーズではなくバター
に類似の乳製品であるデイリースプレッドに分類するとの判断が正式に決定され
た。本稿ではこうした結果に至る過去3年の道程を振り返ってみたい。


世界税関機構(WCO)のHS委員会に対する分類照会と議論の展開

 3年前、HFCの輸入が増大しているとの情報を入手した農林水産省は、関税分
類を所管している大蔵省(当時)に対し、チーズとして分類することの問題点を
協議した。この結果、@国際規格を扱うFAO/WHOコーデックス委員会(末尾注
3参照)が定めるチーズ規格によると、規格は製造の工程を主な内容としており、
最終製品の姿ではこの工程を確認することは困難であり極めてあいまいなもので
あること、A輸出国側がチーズとして日本に輸出している実績があること等を考
慮すると、分類判断をHS委員会へ問題提起し、ここでの判断によりチーズの分
類から外すことがとりうる最善の策であるという結論となった。そこで9年11月、
HFCの分類照会をHS委員会(第20回会合)に対して行った。しかし、チーズとバ
ターの税率に大幅に差がある日本の関税制度のすき間を縫い、日本をターゲット
としてHFCの開発輸出が行われてきたという状況もあり、当初各国の関心は低く、
議論はなかなか進展しなかった。

 HS委員会の検討においては日本と豪州がそれぞれのチーズ論を延々と述べると
いう状態が続いたが、これは技術的議論ということでHS委員会の下部組織で技術
専門家からなる科学小委員会の場に持ち込まれた。11年1月に開催された科学小
委員会では改めて現物を見て判断する必要があるとされ、豪州にサンプルの提出
を求めることとなり、豪州側は希望する各国にサンプルを送付した。

 豪州提出サンプルの検討結果の報告が各国から出そろったのは11年11月となっ
たが、それ以前に開催されたHS委員会ではこう着状態の議論が続いた。検査結果
がすべて出そろった後初めて開催された科学小委員会(12年1月開催)において
は、豪州が提出したサンプルの分析を行った各国により初めて具体的な議論が展
開された。この会合の議論においては、サンプルのようなHFCについてはチーズ
ではないとする国が大部分を占め、日本にとって一抹の光明が見えたものとなっ
た。しかし、この小委員会には直接分類判断を下す権限はなく、その議論の内容
は次回HS委員会に報告され、これを踏まえた検討が行われることとなった。


IDFおよびコーデックス委員会での議論

 こうしたHS委員会の対応の一方で、わが国としては、チーズの規格をあいま
いなものではなく明確なものとするよう、国際酪農連盟(IDF:末尾注4参照)お
よびコーデックス委員会の場に、HFCをチーズから除外できるような規格の変更
を求めることとした。

 乳製品の専門家による国際機関であるIDFは、コーデックス委員会に対し専門
的見地からアドバイスをなしうる立場にある。11年に開催された一連のIDF会合
(計4回)においては、わが国の主張に基づきHFCの特徴について科学的な議論
がなされ、回を重ねるごとにこれはチーズではないとの認識が増してきた。しか
し、豪州側代表は常に反対の立場をとっており、全会一致方式で議決するIDF
としては、コーデックス委員会に具体的な提案ができない状況が現在でも続いて
いる。

 一方、11年6月に開催されたコーデックス委員会総会において、チーズの凝固
には一定量のたんぱくが必要とのわが国の主張を展開した結果、検討の最終段階
であったチーズの規格改正案に対し、最低たんぱく質含有率基準を追加して設け
るべきか否かの検討の必要性が認められ、規格案は採択されたものの、これを一
部修正するか否かさらに検討することが決定された。

 これを踏まえ、i12i年2月に開催された第4回コーデックス乳・乳製品部会に
おいて議論が行われた結果、最低たんぱく質含有率6%を暫定値として同基準の
検討を開始することが合意された。この会合ではノルウェー提案により、チー
ズは「乳たんぱく質の凝固により作られる。」との文言を盛り込んだ規格改正
案も合意され、この案は次回コーデックス総会(13年7月に開催予定)で採択の
見込みとなった。こうした動きは、HS委員会メンバー国の本件への関心を一
層高めることとなった。


第25回および第26回HS委員会で判断が下る

 12年3月に開催された第25回HS委員会では、チーズの技術論について日本、
豪州の他、サンプル検査を実施した他のメンバー国を交え、長時間議論がかわさ
れたが、事前に各国へのわが国の考え方を説明して理解を得ていたこと、ならび
にHS委員会々合前にわが国の主張に有利なコーデックス乳・乳製品部会の報告
を得たことで日本側の主張に圧倒的な支持が集まった。この結果HS委員会は、
HS委員会としての独自の分類判断はなしうるとして、コーデックス委員会での
チーズ規格の検討結果を待つことなく、HFCはデイリースプレッド(バター類似
の乳製品)に分類すべしとの判断を投票により下した。しかしながら、豪州はこ
の判断に対し5月末に異議申し立てをしたことから、その判断は確定するには至
らず、11月の次回HS委員会において、再度審議が行われることとなった。

 12年11月に開催された第26回HS委員会では、これまでのHS委員会での議論の
内容から、前回会合と同様の判断が下される公算が高いと見込まれたものの、豪
州側の異議申し立て理由としてどのようなものが出されてくるかが注目された。
しかし、会合開催に先立って提出された異議申し立て理由にはこれまでの技術上
の議論に対し新たな論点は盛り込まれていなかった。こうした状況で開催された
会合において、豪州側はHFCはコーデックスのチーズ規格に合致しているが、判
断に際してはIDF、コーデックス委員会の検討の状況を見極めるべきとして判断
の先延ばしを訴えたのに対し、わが国はは本件の議論には既に3年余りも歳月を
費やし議論は尽くされており、判断を先延ばしするべきではないとして主張は対
立した。しかし、前回会合の判断を再確認するか否かで投票が実施された結果、
前回会合の判断が前回を上回る支持を得て再確認された。


HS委員会後の対応

 HS委員会の手続き上、委員会の判断後2カ月間の異議受付期間中(本件の場合
1月末まで)に申し立てがない場合、分類変更が確定するとのルールがある。本
件については、いずれのメンバー国からも異議申し立てがなかったことから、本
年1月末をもって判断が確定し、HS委員会での3年以上に及ぶ議論が決着する
に至った。

 このHS委員会の判断に基づけば、関税率表注釈の規格に基づき、乳化タイプ
が油中水滴型のHFCは関税分類上デイリースプレッドと分類変更されることとな
り、財務省はHS委員会の判断が確定したとの情報を得た2月2日、この分類の
実施を3月1日に施行することを決定した。

注1:世界税関機構(WCO:World Customs Organization)

 昭和27(1952)年に設立された関税制度の国際的な調和と統一を目的として、
研究協力活動を行う国際機関である。139の国・地域が加盟しており、平成8年
(1996)年現在、本部はブラッセルにある。

 主要な活動は、専門的な事項を検討する委員会に基づいて、開催・運営・問題
の検討・情報収集・解説書の作成等を行っており、委員会は品目表委員会、HS
委員会、評価委員会、関税評価技術員会、監視委員会、常設技術委員会、原産地
規則技術委員会等がある。

注2:統一分類システム(HS:Harmonized System)委員会(商品の名称および分
類についての統一システムに関する国際条約に基づく委員会)

 分類問題に関わる技術的内容の検討および統一的運用を確保することを主目的
としており、HSの条約の解釈、適用上の国際的な紛争を解決するための委員会
である。また税関が処理している関税行政事務に関わる国際条約を管理している
ところでもある。その下部組織として関税分類の専門技術者が科学的検討を行う
科学小委員会が設置されている。

 分類問題については、輸出国・輸入国のそれぞれの利害関係が絡んでいる部分
が多くセンシティブな問題であるが、HS委員会で結論が出るとメンバー国は当
然の義務としてその法令に従うべきとされている。 

注3:FAO/WHOコーデックス委員会

 コーデックス委員会は、昭和37(1962)年FAO/WHO合同食品規格会議におい
て「消費者の健康の保護、公正な食品貿易の確保」を目的として、食品の国際規
格を策定するため、コーデックス委員会が設置された。同委員会は30の下部組織
で構成され、乳製品については下部組織の1つである乳・乳製品部会(議長国N
Z、隔年開催)において規格の審議が行われている。

注4:国際酪農連盟(IDF:International Dairy Federation)

 国際酪農連盟は明治36(1903)年にベルギーのブラッセルに設立された、世界
規模で酪農・乳業界を代表する唯一の機関であり、わが国を含む41ヵ国が加盟し
ている。同連盟は、非営利団体であり、国際的な酪農・乳業分野における科学・
技術・経済的発展の推進を目的としている。

 同連盟は、各種常設委員会での検討を基に、コーデックス乳・乳製品部会に対
して企画案の提出を行っている。

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