三重県/企画情報部
阿山郡伊賀町のJR関西本線・新堂駅は無人駅。ホームの南側には一面の水田が 広がり、夏場は緑のじゅうたんを敷き詰めたような景観だ。その向こうの小高い 山を越えた所に黒毛和種「伊賀牛」を生産する農業生産法人有限会社中林牧場が ある。 中林牧場の飼養規模は繁殖135頭、子牛100頭、肥育650頭。この構成からすれ ば普通は繁殖・肥育の一貫経営となるのだが、代表の中林正悦さん(53歳)によ れば「繁殖・肥育の『複合』一貫経営」が正しい。 長い間、全国各地に良質の素牛を求め歩いた中林さんだが、素牛自体を自分で もつくろうと決意し、宮崎県内に分場を設けた。牧場は西都市、児湯郡木城町、 新富町の3カ所。 ここで産まれ育った素牛は年間120頭のペースで児湯市場に上市される。一方 で別に雌牛120頭が肥育され、30カ月齢間近い仕上げの段階に入った時点で、伊 賀町の本場に持ち込まれる。これが中林さん独自で築き上げた繁殖・肥育の「複 合」一貫経営システムである。 「伊賀牛」はすべてがメスの未経産牛であるが、これは三重県内のライバル松 阪牛も同じである。一方、松阪牛の素牛は兵庫県からのものだが、「伊賀牛」の それは全国一円に広がる。 肥育期間も異なり、「伊賀牛」が20カ月(通算30カ月齢)であるのに対して、 松阪牛は30カ月(同40カ月齢)。しかし最大の違い、というよりも生産者のポリ シーとして守り通されているのが「伊賀地方一帯の外へは供給しない」という方 針。「伊賀牛」が食べたければ、伊賀上野でも良いし、名張でも可能だが、とに かく伊賀地方に行かなければならない。 中林さんが率いる伊賀牛肥育生産組合全体での年間出荷頭数は1500頭とそう大 きくはない。ステーキ専用などと高級し好をねらうのではなく「家庭での惣菜、 友人同士での会食など、手頃な値段で気軽に食べられる牛肉料理向け」とするの が組合員生産者の率直な気持である。 本場・分場合計での従業員数は8人。「牛の能力に盛衰がある以上は牛の力に 頼っているだけでは経営は成り立たない」。中林さん自身、ある意味でのプライ ドはとうに捨て去っており、「牛をつくる職人から経営者になろう」と努めて心 掛けるようにしている。
【出荷間近い「伊賀牛」】 |
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【伊賀町の本場前で】 |