◎専門調査レポート


レンタル牛が森を守り地域を活性化

 −林畜複合生産の宮崎県諸塚村−

農林業ジャーナリスト 増井和夫

 


  
  

育林放牧への期待

 わが国は、国土面積の7割近くを森林が占めており、これは先進国では例を見
ない高い比率である。その森林が良好な状態であることが、国土や景観の保全は
もとより、水源のかん養や温暖化防止につながり、山村の活性化を通じて均衡あ
る社会の安定、発展のために重要である。

 しかし、木材価格の低迷と森林管理労働力の不足や高齢化で、せっかくの植林
地も管理不足のまま放置されて荒廃し、治山治水の後退による災害の多発が懸念
されている。

 一方、輸入飼料に依存して規模拡大を進めてきたわが国の畜産は、家畜ふん尿
の有機質肥料資源化へ懸命に努力しているものの、地域によっては窒素過多など
土壌や水質汚染を引き起こしている。

 わが国の食料自給率を回復、向上させるためには、飼料の国内供給をいかに拡
大するかが課題であるが、飼料供給源の外延的拡大には、省力的な放牧の導入に
よる未利用草資源の活用が望まれるが、その究極が林内放牧である。

 ただし、「林内放牧」あるいは「林間放牧」という文言は、放牧用地として林
地も使う畜産側の意図が強いのに対して、育林と家畜飼養を協調・併存させる行
為を表現する目的のためにここであえて「育林放牧」という文言を使うのである。
これらの放牧行為を示す用語のほかに、「混牧林」という文言も使われるが、そ
れは放牧利用されている林地の状況を示すものである。

 雑草との戦いである普通作物同様に、植林地の雑草対策は重要な基本的作業で
あるが、適度な牛の放牧による草の採食で7〜8割もの省力効果が得られる。林
業と畜産が当面している課題の解決策の1つとなる育林放牧だが、その導入には、
林業側と畜産側両方の関係者の意識改革が前提である。

 宮崎県諸塚村では、8年から宮崎大学など4大学と共同で、杉植林地を試験地
として下草管理を放牧牛で行う林内放牧を研究してきた。その成果は畜産農家は
もとより、林業家にも高く評価され、村では諸塚方式の「林畜複合生産」として
普及に力を入れている。

 その先兵となっているのがレンタル牛である。無家畜の林家向けに、村有牛を
下草刈り目的に貸し出す制度で、全国に先駆けて創設したところ好評であり、育
林放牧が山村を活性化している。


森林面積95%の村で増える肉用牛

 諸塚村は宮崎県の北西部にあり、海岸から50キロメートルほど離れた人口約2,
600人の山村である。耕地率は1%弱で、95%を、傾斜の強い森林が占める林業
主体の村である。かつてのふるさと創生1億円事業では、村外からの若者も迎え
入れて国土保全森林作業隊を創設、育林作業の人材確保と雇用条件改善に努めた。

 昭和62年度の農林水産祭では、豊かなむらづくりの成果を評価されて天皇杯を
受賞しており、自他共に許す日本一の林業の村である。

 木材生産や加工の林業のほかに、椎茸、茶、高原野菜や花きの産地だが、もう
1つの重要な柱が肉用牛である。

 元年には300頭だった飼養頭数は牛肉自由化などで7年には210頭まで減少し
たが、12年には381頭、13年には400頭に増えた。

 林産物や椎茸が価格低迷で苦戦している中で肉用牛生産は健闘しているが、諸
塚村には、一般に草地と呼ばれるような放牧適地は皆無に等しく、粗飼料資源と
して期待されるのは広大な森林とその周辺の野草地であり、傾斜地ばかりで地形
も複雑であるので、育林放牧こそ飼養規模拡大の決め手となっている。

 諸塚村の肉用牛は畜産業として成果を挙げているだけでなく、地域振興の基本
的課題である育林にも貢献しているのが特徴であり、まさに多面的機能も同時に
発揮している。
【諸塚村風景】
 
    
【諸塚林業の拠点の1つである木材加工所】

ウッドピア諸塚の活動の一環として

 財団法人ウッドピアは、森を意味するウッドと理想郷のユートピアを合成し、
森林理想郷をイメージして、7年に創設された。かつての森林作業隊を発展的解
消させ、森林の適正管理のほか、村内に多様な就業の場を確保して、若者を含め
た年齢構成のバランスがとれた地域社会を実現するのが目的である。

 基本財産として村が5億円、森林組合、農協、個人なども出資して、現在約10
億円の基金規模で5部門の事業をもつ。

 11年度の事業報告によると、主力の森林管理では、造林では地拵え約12ヘクタ
ール、植栽約6ヘクタール、育林では下刈り約55ヘクタール、枝打ち約1ヘクタ
ール、除伐など約21ヘクタールであった。このほかに間伐、皆伐、森林管理道路
の整備などの林業関連の業務があり、後述する畜産振興センター、ハーブ園の管
理運営、椎茸とその加工品の販売促進などを行っており、黒字経営であることも
すばらしい。


林畜複合のかなめ、諸塚村畜産振興センター

 村での大家畜飼育は、肉用牛繁殖経営だけだが、木材、椎茸に次ぐ村の重要産
業である。しかし、飼養農家はほとんどが農林業の兼業であり、他産地同様に高
齢化、後継者不足などで飼養戸数は減少しており、20年ほど前は220戸を超えて
いたが、12年には62戸まで減少している。

 こうした状況に歯止めをかけるために、村の畜産振興の核になる施設として作
られたのが諸塚村畜産振興センターである。施設を村が所有し、ウッドピア諸塚
に管理運営を委託しており、職員2名とパート1名が従事している。

 各種補助事業を活用して、160頭収容の牛舎や、農家からのふん尿も受け入れ
て処理加工するたい肥加工場を持つほか、下記のように、多岐にわたるキメ細か
い事業内容である。
【畜産振興センター全景
(写真:諸塚村役場提供)】
(1)子牛飼育委託事業

 センターで生産された子牛を、生後4カ月齢までセンターで飼育した後、農家
に飼育を委託する。飼料代はセンター負担で委託料として1日当たり300円を払
う。6カ月で54,000円が農家収入になる。

(2)妊娠牛飼育委託事業

 妊娠牛とその妊娠牛から生まれた子牛の飼育を委託する事業。母牛は離乳後に
返却してもらい、子牛は販売まで委託飼育する。委託料は子牛の販売価格の70%
を支払うが、飼料代は農家負担。13年は65頭の計画が達成見込み。

(3)妊娠牛供給事業

 センター所有の妊娠牛を農家での増頭や更新牛として払い下げて、村内の増頭
を図る。価格は評価委員が決める。

(4)不妊牛受託事業

 農家所有の牛で、不妊あるいは受胎率の悪い牛をセンターで入院させて治療。
入院費用は1日500円。

(5)ヘルパー事業

 冠婚葬祭、病気や事故で農家での飼養が困難になった場合にセンターが飼育を
代行する。1日成牛500円、子牛400円。子牛の販売代行も1頭8,000円で実施し
ている。

(6)たい肥供給事業

 たい肥舎で生産された良質たい肥(名称は太伯たい肥)を耕種農家に供給して
有機的生産を助長する。たい肥代、運賃が必要だが村外には5割増の料金設定。
特に茶栽培農家に好評である。

(7)体験学習の受け入れ

 村内の中学生を対象に、体験学習を受け入れて、畜産農家の役割や畜産理解の
促進、センター活動の紹介等を実施。

(8)林内放牧事業 後述の通り。


普及への基礎となった共同研究

 わが国では、育林も視野にいれた林間放牧は、主に椎茸生産用ホダ木を供給す
るクヌギを対象に行われていた。

 クヌギ林に牛を放牧すると、やっかいな蔓性雑草(クズなど)も採食されるな
ど、下草管理労働が大幅に軽減され、ホダ木として収穫できる年限がやや短縮さ
れる効果もあり、中四国や九州地方を中心にクヌギ林放牧が行われていた。

 諸塚村や隣接の椎葉村(本誌8年12月号で九州の屋根椎葉に広がる林間放牧で
報告)でも同様であったが、それは広葉樹林を対象としたものである。

 諸塚村にとって、またわが国全体でも最も重要な用材林であり、植林面積でも
最大の杉林に育林放牧の原理を応用できないか、また試行錯誤的に行われている
林内放牧を、普遍性のある技術とするのは総合的な研究が必要と、椎葉村の林間
放牧の調査指導に当たっていた宮崎大学の杉本安寛教授などに相談した。

 その結果、8年度から11年度にかけて宮崎大学など4大学の畜産、林業など幅
広い専門分野の研究者チームと林内放牧の共同研究が行われた。目的は「林業と
畜産を統合して、複合化することによって低コスト生産方式(林畜複合生産シス
テム)を確立すること」であり、農業と林業を複合させる「アグロフォレストリ
ー」と同じ考え方とされている。

 そのような経過をまとめたのが第1図である。題名は林間放牧とあり、これは
一般論としての呼び方だが、下段にある村としての考え方が畜産的放牧から林業
畜産複合放牧、さらに育林放牧に変化しているのが注目される。

 期待された共同研究に充てられたのは、諸塚村飯干峠付近の標高1,000m前後の
造林地約3ヘクタールで、杉とクヌギが植えられていたが、基礎的研究のため杉
はあえて新しく植え替えられた。

 研究は環境測定、植生調査、牛の行動・採食調査、家畜の健康、ダニの調査、
樹木に対する放牧の影響、土壌の浸透性などである。

 対象地を電気牧柵で囲い、5月から10月まで黒毛和種3頭を放牧した。

◇第1図 諸塚村の林間放牧の過程◇



樹木の被害少なく家畜は健康

 研究成果の詳細は省略するが、ここでは3点について述べる。

 まず、林業者が林内放牧で最も警戒するのが、牛による踏み倒しや食害である。
まして杉植林地、それも新植地に牛を入れることは、いくら下草刈り労働が軽減
されても、樹木被害の心配が絶えない。

 飯干試験地でも樹木の被害が皆無ではなく、放牧区域では14.7%あったが、人
が下草刈りをした区域でも15%の被害があり、慣行方式と大差なかった。

 樹木の被害が、育林放牧の障害にならないことは、後述のように林業者が村の
牛を借りて、植林地管理に乗り出したことが雄弁に物語る。
【草木に囲まれて暮らす放牧牛
(写真:諸塚村役場提供)】
 畜産としての心配は、かつてひどかったダニの被害であるが、新しい特効薬で
解決し、3段張りのバラ線が主体だった牧柵問題は簡便な電気柵に置き代わり、
電源は太陽電池となった。この牧柵関連技術や資材の普及が、森林だけでなく山
間地の旧棚田などに多い荒廃農地、荒廃桑園、さらには転作田、水田裏作地放牧
などに簡易に放牧を導入し、国土や景観の保全に寄与しつつ、畜産振興に果たす
役割は大きい。
【電気柵と放牧牛】
 また、従来は林間放牧の障害であった牛の飲み水確保も、ポリタンクなど容器
の改善、自家用車による補給により楽になっている。

 森は水源地でもある。牛のふん尿が水質に影響するようでは村最大の林業や伸
びが期待される畜産への貢献があっても、村当局が推奨するわけにはいかない。

 水質汚染問題は、風評被害など感情問題を含めて複雑だが、1ヘクタール1〜
2頭程度の放牧密度では、研究結果でも問題なしと確認されている。放牧地に輸
入飼料などを持ち込まず、そこに自生する粗飼料で飼育できる頭数に制限してい
る限り循環生産の範囲であり、ふん尿による汚染は起こらない。そのことを住民
も良く見ており、住民も野生の鹿、猪の生息密度と大差ないと認識されているよ
うだ。

 4大学との共同研究が終了した12年からも、宮崎大学と水質調査、放牧で発生
した裸地の修復など、環境面に関する調査を続けているのも環境保全と両立させ
るためである。

 このほか、林業労働軽減のための育林放牧のシステム作成、牛の力による自然
林等の整備や管理を進めて、牛の能力と山の保水力の調査、ノシバを利用した景
観形成も進めている。

 ノシバは再生力が強いため、ごく短い草だが案外生産力もあり、表土をしっか
り保護するなど土壌保全効果も高く、傾斜地にも向いている重要な牧草である。

 林間放牧地でも、野草のほかに牧草も何種類か播かれ、その土地に適合した草
種が残って生育している例が多いが、飯干試験地に隣接して新たに育林放牧が始
まった森林は、部分的に樹木が少なく、日照が豊かであるので、ノシバの導入が
始まっている。多くの林地では地形が複雑で樹木の粗密があり、日照も異なる。

 在来の野草に加えて、ノシバや牧草類も部分的に導入すると、飼料供給面の安
定化が図れる。


25戸で51ヘクタールに84頭の実績

 12年10月段階で、諸塚村の肉用牛飼養農家は62戸で、繁殖牛229頭が飼育され、
畜産振興センターで村有牛152頭が飼育されており、村内合計は381頭であった。
13年4月現在では、農家で240頭、センターが160頭で合計400頭に増えた。

 12年の林内放牧は25戸の農家で実施された。その分の放牧面積は20ヘクタール
で、放牧頭数は50頭である。これに加えて畜産振興センターの牛34頭も31ヘクタ
ールの林地に放牧されており、合計51ヘクタールに84頭の牛が放牧されている。

 この畜産振興センターの放牧実績には無家畜林家に放牧用に無料で貸し出した
牛11頭が、10ヘクタールの下草刈りをしたものが含まれる。

 13年には育林放牧地が12ヘクタールほど増え、村有牛の借り入れ希望が65頭
あり、それに対応する方針だ。

 牛は妊娠確認後に放牧され、分娩2カ月前に畜舎に移され、生まれた子牛は畜
舎で飼育される夏山冬里方式が取られている。諸塚村では、もともと肉用牛を飼
育していた農家での増頭も着実に進んでおり、自己所有の森林や、近隣の林地に
も下草刈り効果を期待して無償で放牧を受け入れられる事例も増えている。しか
し、ここでは家畜飼育がない林家が、村の牛を借りて森林管理に放牧している事
例を主に紹介したい。


森林管理に真剣だから固定概念打破

 これまで、放牧家畜による下草刈り効果が認められながら広範に普及せず事例
も点の存在であった理由として、林業側の抵抗が強いことが指摘されている。

 それは、放牧家畜による樹木被害を重く見る傾向が林業側にあり、精ちな管理
で良質な木材を生産するには、家畜も外敵の1つとさえ認識されていた。

 しかし、それは林業労働力が豊富に得られ、木材生産も有利に展開できた時代
の感覚であり、今日では労働力不足や高齢化で育林作業は遅れ、荒廃に任せる植
林地も増えている。いまこそ発想の転換が必要であり、猫の手ならぬ牛の舌を借
りる(牛による下草刈りは舌刈りとも称されている)のが現実的対応である。

 材木等の安さから、育林を放棄している地域も多くなっているが、早く手を打
たないと森林は荒れ、表土が流亡すると地力復元には数百年かかると警告されて
おり、新植の造林地の下草刈りは牛に任せて、牛ができない間伐など別の管理作
業を強化すべき時代にきている。

 諸塚村は林業に生きる村であるため、林地の荒廃が強く懸念されており、林業
振興にあらゆる可能性を懸けている。

 固定概念だった舌刈りなど邪道としているより、森林管理に良いことならとに
かくやってみようとの柔軟かつ確固たる意志が伺える。


無家畜林家に聞く育林放牧の実情

 以前から知られていたクヌギ林放牧での育林効果に加えて、新植の杉林や桧林
への放牧が、育林にも貢献する状況が村内各地で見られるようになるにつれ、林
家の反応もでてきた。家畜飼育経験がなくても牛がレンタルされ、家畜管理もや
ってくれるので安心である。村からの働きかけに応じた林家が、村有牛の放牧用
貸し出し制度を活用するようになった。

 畜産センターからの牛の貸し出しは無料で、牧柵などの施設費は村が日本型放
牧モデル事業など国の事業や、村単独の事業を活用し、林家側の持ち出しはなく、
放牧牛の見回りや管理も村の責任、手配で行っている。

 以下はその事例紹介であるが、林家3氏とも牛に下草刈りを任せてゆとりがで
きた労働力を別の森林管理に向けており、育林放牧の効果は結果的ながら、放牧
対象林地に限らないことを証明している。

(1)西田延運氏(戸下地区)

 8年生の杉林1.8ヘクタールに昨年から4頭の牛を入れた。放牧経験牛と初め
ての牛を組み合わせている。今年は草の生育が遅く、6月になってからの入牧だ
が11月まで大丈夫だろう。下草刈りは10人分ほどの手間が必要だったが、牛がほ
とんどやってくれるので、トゲのある雑草を整理刈りするだけで済み、楽になっ
たと奥さんも言う。

 下枝を枝打ちして見たが、樹液がでると牛が体をすりつけるので、もうすこし
様子を見て、幹が太くなってからにするつもりだ。放牧している森林は分収契約
で管理をまかされているもので、牛を入れることを地主に了解してもらった。
【西田延運氏】
(2)吉永勝馬氏(吉野宮地区)

 1ヘクタールに2,500本植え植林7年目の杉や桧の林に、3.7ヘクタールの牧区
を設けて牛4頭を放牧している。育林放牧は4年経験しているが、牛はかなり良
く草を食べてくれるので下刈り作業が実に楽になった。刈り取りの仕上げが要る
のは雑木で、葉を食べるが木が残るので切り倒す。もっと頭数が多くても下刈り
には良いと思うが、多すぎて樹木被害や水源の森として水質に影響がないことが
重要だと思う。杉は葉先がとがっているので、牛の食害はほとんどなく、植えて
1〜2年と早くから入牧できるが、桧は3〜4年たってからが良い。

 最初の除伐は植林後12〜3年位に行うので、頭数を調整すれば植林地放牧は15
年位は続けられよう。放牧している植林地は、分収契約で管理を任されているも
のも含まれている。
【吉永勝馬氏(右)と筆者】
(3)奈須高光氏(浅薮地区)

 浅薮地区では、13年から4名の林家が合計12ヘクタールの育林放牧を受け入れ
るため、牧柵設置など準備が進んでいる。訪問時も、山仕事に慣れたウッドピア
の森林作業班が牧柵設置など育林放牧に関連する作業を行っていた。

 奈須氏の祖父の時代は牛もいたが、現在は林業で牛はいない。椎茸のホダ木用
のクヌギ栽培にも、牛の放牧効果を期待している。祖父が飼料用にとわざわざ増
やしたクズの始末が大変で、除草剤を使えば楽だが環境への影響を避けたいので
牛に任せたい。毎年10ヘクタールほどの下刈りを行っており、自家労働で3ヘク
タールほどで残りを委託すると30万円ほどかかっており、林業収益が少ない中で
コストダウンが迫られている。
【那須高光氏】
 仲間と12ヘクタールの林地放牧を始めるが、畜産地帯のように、道路を横切る
牛道をつけるにはまだ抵抗があり、長い牧柵になってしまう。ただ、バラ線でな
く電気柵になり、格段に便利になった。牛を待っている林地は多くあり、育林放
牧が広く理解され支援されることを望んでいる。

(4)畜産農家吉田豊治氏

 吉田氏は20ヘクタールほどの山林を所有しているが、茶と茶の苗木栽培と畜産
が主業である。牛は数頭規模が長かったが、5年ほど前から役場の勧めもあり林
内放牧を始め現在は7頭規模で、将来は20頭規模を目指して、飼料タンクを設置
したばかりだ。息子さんはウッドピアの職員として森林作業等に従事している。

 放牧は近くの道路沿いの5ヘクタールほどの傾斜地で、雑多な樹木が部分的に
生えている。吉田氏は放牧向けに山林を購入しているが、買わなくても牛の放牧
に自由に使ってくれと言われる林地には事欠かない状態だという。山を荒らし放
題にするより、牛が下草管理をしてくれるほうが良いとの認識が根付きはじめて
いると実感している。脱柵した牛がいるとすぐに電話してくれる。
【吉田豊治氏】
 放牧していると、頭数が増えても手間はほとんど変わらない。放牧地が自宅に
近いこともあり、ほぼ通年放牧しており、牛は自由に牛舎に出入りする。放牧地
に小屋を作ったが、雪の日も外に出ており通年放牧でも放牧地に特別な牛舎は要
らないようだ。放牧牛の健康は良好で、2回ほど放牧地での自然分娩があった。

 後継用繁殖牛は育成中も放牧して足腰、腹を作るが、子牛市場に肥育素牛とし
て販売する子牛は、放牧すると運動量が多くなるので、舎飼いにしている。

 ところで、太陽電池を含む牧柵費用は、1ヘクタール分が13〜16万円で、耐用
年数は5年以上の実績があり、飼料費と下草刈り費用の節減による投資効果は確
実にある。労働力は不足し労賃は値上がりしてきたが、牧柵など放牧用資材は毎
年安くなり、改良されている。

 村内各方面で聞いた感触では、育林のために林業側で牧柵設置(各種助成を活
用して)することを検討してみる段階に近づいている。下草刈り費用との兼ね合
いだが、反面で牛を預ける側も公共育成牧場に預託すれば料金を払うので、無料
で預託する前提として一定の設備費負担は当然とも見られる。

 育林放牧で得られる林畜双方のメリットに対して、応分の負担を図るルールが
合意されると、普及が加速しよう。そのことが山村振興や国土保全の観点から大
いに期待される。


まず周辺地域から普遍化へ

 第2図は、諸塚村の林間放牧の今後について、村が作成した展開図である。

◇第2図 諸塚村の林間放牧の今後について◇


 諸塚村の特徴であり、先進的な部分は主に右側にある。出張放牧で放牧の産業
化を図り、村内外の森林管理の省力化によって、高齢者の森林管理の軽減や不在
地主の森林管理を目指すと意欲的だ。

 中本正洋村長によると「畜産農家のみか、林家も放牧効果を認識し始めている。
近隣の町村も森林管理に苦労しており、諸塚方式を自治体として取り組むか思案
中のようだ」と見ている。諸塚方式が周辺に広がるのは確実と筆者も感じた。

 レンタル希望の増加に対応するためには、放牧経験牛を増やす必要がある。現
在のセンターでは満杯であり、施設も放牧の事前訓練(放牧馴致)向きではない。

 吉田氏など村内でも通年放牧を簡易施設で行っている事例を参考に、貸出用村
有牛の増頭を図る場合も、飼養頭数の拡大を目指す農家でも、慣行にとらわれず
に育林放牧を最大限に活かすとの観点から飼育形態を構築することが望まれる。
そのためには、他の放牧先進地で増えている親子放牧を逐次拡大していくのも一
案である。

 役場産業課の畜産担当甲斐光治氏や堀博獣医師は「山も牛も手間を惜しまず管
理した時代は過ぎた。林間放牧を含め牛が自活するようどう仕向けるかが課題で
あり、山仕事を牛に任せる際には、それまでの過保護的な牛飼いから脱皮しない
と成功しない」と言う。
【諸塚村役場産業課の堀氏(左)
甲斐氏(右)】
 反面で、村の牛が増頭するほど深刻になるのが放牧期間以外の粗飼料確保であ
る。耕地は狭く一般草地もなく、多頭飼育農家では輸入乾草も利用している。

 輸入粗飼料依存は他産地でも多いが、少しでも自給飼料に置き換えたい。

 村外に牛をレンタルする構想があるが、地域の農協であるJA日向は海岸の平坦
水田地帯も管内である。隣接の町村にも耕作放棄地、裏作放棄水田が多い。

 諸塚村での林内通年放牧の拡大と、村外の荒廃あるいは低利用農地での委託放
牧や粗飼料生産の道はないだろうか。

 宮崎県は水田農業確立対策関連での飼料稲やわら用の稲栽培が全国一に盛んで
ある。水田裏作放牧の事例も各地に増えている。自治体に加え、広域JAや、広域
合併した森林組合等が協調して、管内の資源(人材やノウハウを含め)循環調整
機能を発揮するよう期待したい。


地域から全国的普及への課題

 諸塚村の育林放牧は、林業側も極めて積極的であるのが特色だが、村外からの
視察者には、林業関係の研究者、森林組合関係者などが増え、従来の畜産関係者
中心とは少し違ってきているそうだ。

 育林放牧の普遍化の機は熟しつつあるが、それは最初に述べたように、林業、
畜産両方からの必然性があるからで、普及のカギは固定観念からの脱皮である。

 諸塚村の試みを育林放牧と呼んだが、過去には林間放牧、林内放牧、混放林な
どと呼ばれて、注目されながら消えていく事態が繰り返された。森林総合研究所
が旧林業試験場であった当時は、すばらしい混牧林研究成果がありながら、それ
を活用する気運が乏しかった。

 昭和42年から12年間、全国10ヵ所の国有林を使い大規模な林間放牧実験が行わ
れた。育林効果を認められながらも、管理・運営の硬直性や未熟さから赤字にな
り中止され、それが多くの林業関係者が林間放牧を忌避する理由の1つになって
いる。

 しかし、当時とは林業労働力事情や、電気放柵など放牧関連技術・資材事情は
一変している。

 林業関係者の固定概念打破には、まず日本最大の森林所有者であり、官業行政
の本家である林野庁が、諸塚村の育林放牧効果を正面から受け止め、適地には積
極的に導入を図ることを期待する。

 現在、森林総合研究所はこの種の研究をしていないようだが、諸塚村のような
試みを、技術や経営の視点から研究テーマとして積極的に採用することを望んで
いる。

 諸塚村には、日本型放牧モデルの林間放牧場としての看板がある。農水省生産
局畜産部の事業活用を示すものだが、農水省全体として放牧牛の育林効果活用の
実験・展示的な事業を展開してはどうか。
【山々に囲まれた日本型放牧モデルの
吉野林間放牧場】
 そうすれば森林組合などでの導入に弾みがつき、高齢化した作業班に牛パワー
が加わり、総作業量が増す。

 まずは、百聞は一見にしかずで、現地を見るのが先決である。諸塚村に類似し
た動きは全国的に見られる。

 北海道旭川市の山地酪農の斎藤晶氏は、著書「牛が拓いた牧場」の中で、牧場
の中に森林公園とも呼べそうな景観を、牛と共に作り出した経過を述べている。

 斎藤氏は、山寄りの立地でもあり、全部を草地にするのではなく、3割程度は
森を残すのが、結局は牛のためにもなると樹木の重要性を解説している。

 山口県防府市の山本喜行氏は、全国各地で混牧林に取り組む人が多い中で、木
材生産を強く意識して、肉用牛放牧を行っている代表的な実践家である。

 山本氏の30ヘクタールほどの里山は、放牧されている牛だけでなく、一般市民
にも開かれている。その里山を以前見られたような豊かな里山にしたいと、生態
や牛の行動研究をかねた学者や学生も出入りしている。2事例以外にも、ほとん
どの府県に、牛のパワーを育林や荒廃農地管理に活用しようとする動きがある。

 今回、諸塚村の育林放牧を紹介したが、林業、畜産の関係者が一人でも多く、
予断を持たずに現場を見て欲しい。育林放牧が、宮崎県から全国に普及するため
の基本的課題は、新事実を謙虚に学び、大胆に実践する姿勢を持つことであろう。

◇諸塚村案内図◇

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