◎今月の話題


食肉礼讃−食肉と健康−

東京大学・お茶の水女子大学       

  名誉教授 藤巻正生






はじめに

 食肉は栄養があり、おいしいから好んで食べられる。食肉には、私たちが文部
省特定研究(昭和59〜61年)で初めて提唱した"食品機能"の1次機能(栄養)、
2次機能(おいしさ)はもとより、3次機能(生体調節)のあることが、最近の
研究の結果、続々と明らかにされつつある。

 牛肉を食べた後の満足感から、さらに一歩進めて、牛肉はエネルギーとバイタ
リティを与えるとともに疲労からの回復に影響することも期待されている。マウ
スを強制遊泳させ、その遊泳に耐える時間を測定してみると、牛肉投与群の遊泳
時間はコントロールのカゼイン群に比べて10〜40%延長し、牛肉に抗疲労効果の
あることが示唆されている。


食肉たんぱく質の機能

 免疫機能には栄養が影響する。動物性たんぱく質の摂取増によって、例えばB
型肝ウイルスの排除など免疫力が高まることが示されているし、徳島県の栄養調
査でも、食肉のたんぱく質は豆、魚介類、卵、牛乳などのたんぱく質と比べてNK
細胞(ガン細胞やウイルスに感染した細胞を排除したり、ガンの転移を抑える働
きがある)をより活性化することが報告されている。マウスを用いた実験でも、
牛肉たんぱく質がカゼイン食に比べて急性運動後の免疫機能賦活作用のあること
が示唆されている。


食肉ペプチドの機能

 食肉をはじめ、動物性たんぱく質由来の短鎖(アミノ酸2〜4くらい)ペプチ
ドには血圧の上昇を抑える(アンギオテンシン変換酵素の阻害)ものが発見され
ている。豚肉たんぱく質のサーモリシン酵素水解物から阻害ペプチドが、また鶏
肉たんぱく質の水解物からイソロイシン−リジン−トリプトファン、ロイシン−
リジン−プロリンといった構造をもつ阻害ペプチドが得られている。豚肉たんぱ
く質のパパイン水解物にはコレステロール低下活性があり、また牛コラーゲンペ
プチドや牛心臓水解物は、カゼインや大豆たんぱく質と比べて、血清総コレステ
ロール、LDL+VLDL−コレステロールを顕著に低下させる他、ヒトの血小板凝集
を阻害することも明らかにされている。カルノシン(β−アラニル−L−ヒスチ
ジン)は食肉の骨骼筋中約10mM含まれ、その濃度ですぐれた抗酸化性を示し、体
内で生じ易い過酸化脂質を抑制して老化制御につながる。この作用はα−トコフ
ェロールと一緒に摂取すると一層の効果が発揮される。豚肉のパパイン水解物は
カルノシンよりも強い抗酸化活性を有することで注目されている。


アミノ酸の機能

 「人は血管とともに老いる」とよくいわれる。
 血管の健康にはアミノ酸が関連している。リジンは血管を丈夫にするし、アル
ギニンは脳卒中や脳血管障害による痴呆を防ぐし、含硫アミノ酸のタウリンやメ
チオニンには血圧降下、ストレスの抑制、コレステロールの排出、フリーラジカ
ルを消去する抗酸化作用などの働きがある。これらのアミノ酸は体内で合成され
ないからこれらを多く含んでいる食肉などの動物性たんぱく質を摂る必要がある。
神経伝達物質のセロトニンは必須アミノ酸であるトリプトファンが脳内に入り、
代謝されて産生される。脳内でセロトニンが増加すると、自信など精神の活性化、
充実感、幸福感が味われるし、適度な睡眠も得られる。逆に脳内のセロトニンが
減少すると、自殺、不安感(アメリカ人はセロトニンによる心配症が全体の50%、
日本人は90%といわれる)、不眠、凶暴性の発現も見られる。


食肉の脂肪とカルニチン

 食肉を食べて幸福感のもたらされるメカニズムには、上述のトリプトファンの
ルートの他に、脂肪からのルートもある。食肉の脂肪を考えると、代謝によって
リノール酸からアラキドン酸を生じ、アラキドン酸からできるのがそのエタノー
ルアマイド(アナンダマイドという、アナンダとはサンスクリット語で至福の意)
である。牛肉など食肉を食べることで至福物質が生成する訳で、食肉中の動物性
のたんぱく質や脂肪を摂ることはそれぞれの意味がある。一方、肉を食べるとコ
レステロール値が上がるから肉食は良くないなどというのは正しくないことが最
新の研究成果からわかってきている。

 L−カルニチンは明治38年、肉エキスから初めて発見された物質で、ヒトでは
リジンとメチオニンから生合成されるが、体内のカルニチン量は生合成されるの
が約25%で、残りの75%くらいは食べ物から摂取される。カルニチンは体内で脂
肪を燃焼させるとき不可欠の物質であるが、脂質代謝促進の効果もあって、その
投与により血中中性脂質も減少するし、脂肪肝も防止される。その効果は運動と
の併用で相乗的に増加し、L−カルニチンを投与して運動すると、運動持続時間
が顕著に延長し、最大仕事量が有意に増加するという。欧米では、スポーツでの
スタミナアップや疲労回復に合成L−カルニチンが広く使用されている。わが国
では、その合成品は許可さていないので、もっともその含量の高い牛肉やその加
工品を摂取することがよいと思われる。

 日本が世界一の長寿国となったのも動物性食品の摂取増と大いに関係がある。
「長寿の源は食肉」は現代の養生訓ともいえよう。

ふじまき まさお

 昭和41年東京大学教授、52年東京大学名誉教授、同年お茶の水女子大学教授、
57年お茶の水女子大学長、62年お茶の水女子大学名誉教授、專本農芸化学会元
会長、專本栄養・食糧学会元会長、日本学術会議元副会長、農学博士

元のページに戻る