琉球大学農学部 助教授 川本 康博
畜産経営において最も重要なことは家畜を健康的に飼育し、消費者にとって安 全で良質な畜産物を多く生産し、資源循環型システムの下で収益を高めることで ある。近年、化学肥料や農薬・抗生物質等薬剤を極力使用しない農畜産物あるい は「オーガニック食品」に対する消費者の需要が増加しつつある。また、家畜福 祉の観点から、EU諸国では、鶏の単飼ケージの床面積を大きくしたり、あるいは ケージ飼育が禁止されている例も見られる。 USAでは「Pastured poultry」(放牧鶏あるいは牧草養鶏)と称して、移動式 鶏舎で放飼草地内を輪換放飼する養鶏が行われている。この方式も前述の安全な 鶏肉生産と家畜福祉あるいは環境保全を考慮したものである。わが国では1960年 代の「草養鶏」に関する研究報告が散見される。著者はこれらの研究を踏まえ、 さらに一歩前進させて牧草地で放飼養鶏(あるいは放牧養鶏)を行う技術と生産 性に対する効果について調査を行っている。今回は産卵鶏について調査した。
【写真1 草地における放飼ケージ】 |
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【写真2 放飼ケージ内の岐阜地鶏】 |
供試鶏として用いた岐阜地鶏は日本鶏の中で最も早い時期に日本に渡来した地 鶏であり、天然記念物にも指定されている代表的な在来鶏の1つである。そのた め、高い生産性を目的に改良された一般の採卵鶏より草地への放飼に適性を有す る可能性が高いと考えた。 試験は総エネルギー摂取量の約30%を牧草で代替する区(以下、放飼区と略) と市販の産卵鶏用の配合飼料のみを給与する慣行的平飼い飼育区(以下、慣行区 と略)を設定し、227日齢の産卵を開始した岐阜地鶏(50%初産日齢205日)を 用いて行った(第1期45日(12〜1月):平均気温20℃、平均日長時間10時間40 分、第2期45日(2〜3月):平均気温22℃、平均日長時間11時間30分)。 放飼区ではこれまで定期的な施肥と刈り取りによって維持管理された、ほふく 型の暖地型イネ科牧草パンゴラグラス草地に、1.8メートル×1.8メートル×高さ 1.2メートルの移動式ケージを2個設置し、各ケージに6羽を入れ放飼試験を開 始した(写真1と2)。牧草乾物摂取量は放飼前後の収量差によって求め、慣行 区で摂取した総エネルギー量全体の約70%になるように、放飼区の配合飼料の給 与を調整しながら行った。鶏による牧草の採食の程度によって、2〜3日間隔で ケージを移動し輪換放飼させた。退牧後、窒素、リン酸、カリを10アール当たり 3キログラム施した。排ふん、掃除刈り等の施肥以外の管理は行わなかった。慣 行区として、同様の大きさのケージを隣接する植生のない裸地に設置し、放飼区 と同様の飼養設備で平飼い飼育を行った。 卵質調査として、毎日集卵した卵(合計で各期間約50個)は試験区毎に室温20 ℃、湿度70%の培養器で1〜15日間、無作為に期間を変えて貯卵した後、卵重、 卵殻重、卵殻厚、卵黄色、卵殻強度および卵白高を測定し、卵形係数、ハウユニ ット(注)を算出した。 (注):ハウユニットとは、卵の新鮮さを表わす値(卵の盛り上がりの計算値) である。
摂取した飼料成分と代謝エネルギー 放飼試験に用いたそれぞれの区の総エネルギー含量、粗たんぱく質含量および カルシウム/リン(Ca/P)比は放飼区と慣行区で同等と考えられる(表1)。 表1 摂取した飼料成分と代謝エネルギー 1):括弧内の数字は飼料組成割合を示す。 2):値は平均値±標準偏差で表す。 慣行区で給与する配合飼料の摂取エネルギー量の約30%を草地からの牧草によ って代替すると、放飼区の合計乾物摂取量は増加し、1日1羽当たりの総エネル ギー摂取量は増加する。しかし、繊維成分が高い牧草給与によって、消化率は低 下し、ふん尿のエネルギー量が高くなるため、代謝エネルギー摂取量は放飼区と 慣行区とで同じ値(160−164kcal/日/羽)となった。なお、放飼区での牧草と 配合飼料の摂取エネルギー比率は総エネルギー量換算で3:7とほぼ設定通りと なった。 放飼試験開始時(227日齢、753グラム)および放飼試験終了時(270日齢、80 5グラム)の体重は放飼区と慣行区とで差は認められなかった。 産卵率の比較 放飼試験におけるヘンディー産卵率(注)は、それぞれ第1期の放飼区では16 .9%、慣行区では18.1%であった。第2期ではそれぞれ22.2%、23.8%であり、 放飼区はわずかに低い値であったが有意な差ではなかった。なお、報告されてい る岐阜地鶏の30〜40週齢の産卵率は20〜40%である。 卵質に関する諸形質に及ぼす効果 卵質に関する諸形質に及ぼす放飼による牧草摂取の効果を第1期と第2期のそ れぞれについて示した(表2-1、表2-2)。いずれの期間共にハウユニットは 放飼区で高い傾向があった。放飼区の卵黄色は慣行区の値より明らかに高い値を 示した。このことは、牧草摂取によってカロチノイド色素が増加したためである。 また、第1期と第2期の両期間の結果を通じて、卵形係数、卵重および卵殻強度 についても放飼区の方が慣行区より高い傾向を示した。 表2−1 卵質に関する諸形質(第1期:12月−1月) *、**:慣行区との間にそれぞれ5%、 1%水準で有意差あり。 表2−2 卵質に関する諸形質(第2期:2月−3月) *、**:慣行区との間にそれぞれ5%、 1%水準で有意差あり 貯卵日数に伴うハウユニット値の推移 室温20℃、湿度70%の培養器で貯蔵した場合の貯卵日数に伴うハウユニット値 の推移を図2-1、図2-2に示した。ハウユニット値は貯卵日数の経過(室温20 ℃、湿度70%の培養器で貯蔵)に伴い、両区共に減少するが、放飼区の方がその 低下割合が低い傾向が見られ、貯卵期間中の平均値も放飼区で高い傾向となった。 また、第1期においても、貯卵日数の経過に伴う低下傾向は、第1期と同様、放 飼区の方が低いことを示した。特に、貯卵日数が12日以降の値は、1期および2 期共に放飼区が慣行区より有意に(P<0.05)高かった(図1-1、図1-2)。 ◇図1−1:貯卵日数に伴うハウユニット値の推移第1期(12−1月)◇ ◇図1−2:貯卵日数に伴うハウユニット値の推移第2期(2−3月)◇ 卵の新鮮度を示すハウユニット値は日齢や産卵率等に影響されるが、日長時間 が長くなり、両区の産卵率が高まった2期でも、貯卵日数の経過に伴う低下傾向 は、1期と同様、放飼区の方が低いことを示していることから。このような影響 は排除してよいと考えられる。
草地における産卵鶏の放飼あるいは牧草摂取は卵質を向上させる効果があるこ とが示唆された。このことにより、放飼における鶏の生産環境がこれまでの平飼 い飼育よりも優れているのか、あるいは飼料成分の影響によるものなのかの詳細 な作用機作については引き続いて調査する必要がある。 今後、鶏をはじめ家畜の畜産物は食品としての安全性はもとより、家畜福祉、 環境保全に基づいた飼養形態が求められている。欧米で行われている形態を直ぐ に組み入れることはできないまでも、我が国の農業環境に応じた飼養技術を早め に形作ることが必要である。