九州大学大学院 農学研究院 教授 甲斐 諭
わが国の農畜産物は、近年国際的なグローバル化による安価な輸入品との価格 競争にさらされ、価格以外の価値を生み出す努力が全国各地で活発になっている。 こうした動きの中、インターネットを利用した新しい販売形態も注目を集め、多 くの生産者や生産者団体がインターネットショップをオープンし、電子商取引に 参入しているが、経済的に利益を上げることができている生産者および生産者団 体は、まだまだ少ない 本稿では、農畜産物の中でも比較的商品価値が高い畜産物に焦点を当て、実際 にインターネットショップを経営する畜産主産地の九州における生産者への聞き 取り調査を行うことによって、農畜産物の電子商取引が容易に成功しない理由と その解決手段を検討する。
九州内でホームページを持ち、そのホームページ上で畜産物B to C電子商取引 を行うことが可能な、九州内の畜産農家および畜産物加工業者、計7件にインター ネットショップに関する聞き取り調査を行い、項目別比較を行った後、実際にど の程度の売上げがあれば、インターネットショップ単体で収益を上げることがで きるかを、ケーススタディを用い、インターネットショップの損益分岐点を計算 することによって探っていくこととする。 (畜産経営者A〜Gの調査結果があるが紙面の都合上C,F,Gを除く経営者のプロ フィールを紹介する。) 畜産物加工業者Aのプロフィール 畜産物加工業者Aの経営者N氏はもともと福岡県前原市で養豚農家を営んでい たが、土地売却を機に500万円の元手で平成元年、ハムの製造販売に乗り出した。 現在は、ハム、ソーセージ以外に地元ブランド牛乳の「伊都物語」を使用したア イスクリームの製造販売、レストラン経営を行っており、原料は全て前原市内の 精肉店等から購入している。12年8月〜13年7月の売上高は9,000万円で経営全体 の50%をハム製造販売が占めている。雇用人数は3〜4人(主にハムの製造担当) である。 N氏のパソコン歴は長く、養豚農家時代から豚の管理をパソコンを用いて行っ ていた。現在のパソコンは2年前にアイスクリームのラベル作成や、レストラン のメニュー作成のために購入したものであるが、13年初頭にホームページ作成会 社のすすめでホームページを開設し、インターネットショップの経営を始めた。 インターネットショップの経営は全くうまくいっておらず、運営委託会社の変更 を機に今後重点的に取り組む予定である。 通信販売は、毎年贈答品を中心に500件の注文があり、インターネット導入に よる更なる販路拡大を目指す一方、今後の先行きに対する不安も大きい。 有限会社Bのプロフィール 有限会社Bを経営するH氏は、昭和46年に80アールの土地を福岡県嘉穂郡頴田 町に購入し育すう業を始めた。52年には採卵も始め、規模が大きくなった56年に 資本金500万円で会社を設立し、現在の有限会社の形での営業をスタートさせた。 本業の育すうで強健で均一なひなの育成に努めると同時に、採卵部門では、高級 イメージの鶏卵の開発に取り組んでいる。また、その卵および、卵を使用した加 工品を直売所、インターネットショップで販売するなど、経営の多角化にも取り 組んでおり、農林大臣賞を受賞するなど高い評価を受けている。 事業内容(平成11年11月〜12年10月)の概要は次の通りである。育すう事業は 非常に手間がかかる上、高度な技術や独特のノウハウが必要なため、難しいと言 われている。また、ウィルス感染等で大きな被害を受ける危険性もあるため、経 営の中心を育すうに置いている農家は全国で5軒ほどしかないと言われている。 現在は19品種を飼育しており、年間出荷量は34万5,052羽である。 採卵事業は、養鶏農家の希望に添って多数の品種の鶏を育成しなければならな い不利な環境を逆手に取り、さまざまな品種の卵を特殊卵として商品開発し、商 標登録し有利販売を行っている。現在は18品種3万9,855羽を採卵用として飼育し ており、年間出荷重量は73万7,262.5キログラムである。収入などは表−1の通り である。
鶏ふん事業は、12年度には資源循環型畜産確立対策事業に取り組み、処理施設 の整備については、積極的な取り組みがなされている。661トンを販売している 他に、近隣農家に使ってもらい、生産された野菜や米を直売所内で販売するなど、 地域との連携も大事にしている。加工品販売事業は、10年11月より卵利用の菓子 およびアイスクリームを直売場やインターネットショップで販売している。 インターネットショップは、H氏の長女が店長であり、6年独学でパソコン技 術を習得し、7年にはパソコン通信による通信販売をスタートし、その後10年に は「楽天市場」に参入すると同時にホームページを開設した。以来、斬新なアイ デアと真心のこもった消費者サポートで売上げを伸ばし、11年には楽天市場の 「SHOP OF THE YEAR 1999アイデア賞」を受賞し、12年には同「SHOP OF THE YEAR 2000フード部門賞」を受賞し、インターネットショップの成功例として業 界の注目を集めている。現在、インターネットショップ上で販売されているのは 卵、卵菓子であり、一番の売れ筋は「卵(日常使い80個入り)」である。 現在のインターネットでの売上げは1カ月当たり200万円であり、最近1年半は 安定してこの数字を保っている。しかし、需要は限界点に達しているわけではな く、卵の生産量やインターネットショップの労働力が売上げを伸ばすことに対す る阻害要因となっている。従って、資本投下によって売上げを伸ばすことはまだ まだ可能であると考えられる。 卵という価格が安い商品の特性上、購入者の平均単価は2,000円であり月間の 平均受注件数は約1,000件である。また、インターネットショップを始めてから 始まった電話通販にもインターネットショップからの顧客の流入が見られ、全体 の売上高に対する影響は数字以上のものであるといえる。
有限会社Dのプロフィール 有限会社Dを営むK氏は、先代の後を受け養豚業を継ぎ4年9月に現在の有限会 社を設立した。8年6月には「手づくりハム工房」を設立し、同時に自家製ハムの 製造・販売にも着手した。現在は、宮崎県小林市内にハム工房、子豚生産農場、 育成豚用の肥育農場を所有し、全体の従業員数は18名である。有限会社Dで生産 されている豚は黒豚であり、授精から肥育まで自社農場内で行なわれている。そ のため、血統、飼育管理、環境衛生管理において素性明瞭な黒豚を消費者に提供 することができている。 有限会社Dのホームページ上には、注文フォームがありホームページ上からの 発注も可能となっている。しかし、現在までインターネットでの注文は無いとい う。3年前、K氏の弟の知り合いのA氏に委託し、ホームページを開設した。そ の際、インターネットシに伝えられるシステムが取られていた。しかし、A氏と トラブルがあり、つきあいが切れてしまった為、ホームページは管理されなくな ってしまった。その後、現在の管理人であるM氏が息子の力を借りてホームペー ジを開設したが、M氏一人では更新を行う技術が無いため、現在はホームページ は存在しているが管理はされていない状態が続いている。
インターネットショップ管理者は40代の女性であり、パソコン利用歴は3年で ある。パソコン技術取得の方法は独学である。ホームページは10年に開設された が、更新されていない。アクセス数は不明である。インターネットショップの販 売品目は自社生産のハム・ソーセージであるが、販売件数はない。決済手段は、 銀行振込、郵便振替、代金引換である。モールには加盟していないし他にリンク もしていない。現在、ホームページは事実上休止状態であるが、M氏の息子に時 間ができるのを待っている状態である。今後、インターネット通販の割合を伸ば していきたいと考えてはいるが、まだまだ時期尚早との見方で、オンラインモー ルへの出店も出店料が高いため出店を見合わせている状態である。電話、FAXで の通信販売は以前より行っており、1万件近い顧客リストを抱えているので、今 後はそのリストをインターネット通販にも活用していくことを模索中である。 畜産物加工業者Eのプロフィール 畜産物加工業者Eの社長のT氏は「本物の黒豚」を生産するため、昭和63年9 月に黒豚生産農家6戸(現在の霧島黒豚会生産グループ)と契約し、黒豚肉卸・ 販売会社を設立した。1990年には、黒豚専門レストランをオープンし、以来、厨 房に立ち接客することで消費者の生の声を聞き、それをヒントに商品開発や販売 戦略に取り組んでいる。 T氏が説く「本物の黒豚」とは、肥育期間が8カ月のもので、肥育後期に60日 間さつまいもを10%〜20%添加した飼料を給与しているものである。ビタミンB1 を多く含むその肉色は艶のあるピンク色であり、弾力があるが歯切れがよく水っ ぽさがない。また、県畜産試験場と協力し、造成した「系統豚」を導入したこと により発育が良く、赤肉と脂肪のバランスがとれた黒豚を個体間のバラツキを抑 えて生産することが可能となった。畜産物加工業者Eでは、こういった黒豚肉や それを加工したハム・ベーコンなどを販売している。T氏は情報発信を目的とし、 9年にホームページ制作会社に委託しホームページを開設した。消費者の利便性 を高めるため13年にはインターネットショップを開店しているが、現在までの販 売実績は3〜4件しかなく、E−Commerce全体の流れを静観している状態である。 電話やFAXによる受注は、以前から行っており毎月平均100件の注文がある。決 済手段は「代金引換」が中心であるがギフトなど贈答品では「代金引換」が使え ないため「銀行振込」も利用している。トラブル経験も多く、それ故インターネ ットショップでも決済手段は今のところ「代金引換」のみと慎重である。通信販 売での顧客リストは既に2万人分を超えており、今後はその情報をどれだけ活用 していけるかが課題である。
トラブルについては、@客からの注文のE−mailを子供が先に開いてしまい発 送が遅れた。Aホームページ上の商品カタログと実際のチラシカタログに違いが あったため、ホームページを見た客とチラシカタログで確認をとっていたT氏の 間に誤解が生じた。などの基礎的なミスによるものである。 T氏の下にもオンラインモール営業担当者が頻繁に訪れるが、T氏は今のとこ ろオンラインモールに加盟する意思は全く無い。T氏がオンラインモールに加盟 しない理由は、@商品特性上、大量生産が不可能であるため拡販する気がない。 A上記のトラブル例にも見られるように、ホームページ自体や取引条件が完成し ていないため、販路を広げてもクレーム発生につながるだけであるというもので ある。しかし、決済リスクはオンラインモールに加盟することによって回避でき るので、T氏に必要なのは在庫を確保し「限定」の形態で販売することと、ホー ムページ専属の労働力を確保することではないかと思われる。 インターネットショップの管理者は40代の男性であり、パソコン利用歴は5年 である。パソコン技術取得方法は独学である。ホームページは13年に開設されて いる。更新は不定期で新商品発売時等で行っておりアクセス数は不明である。イ ンターネットショップで自社生産の加工豚肉であり、販売件数は年に3件であっ た。決済手段は代金引換、銀行振込であり、モールには加盟していないし、リン クもしていない。 多忙なT氏は、現在のところホームページ管理にあまり時間を費やしていない。 自社製品販売に対して妥協を許さないT氏はすべて自分で管理したがる傾向にあ り、ホームページに関してもホームページ制作会社に制作を依頼してはいるもの の、自社で専属を付けて管理する気は無いようだ。マスコミにも頻繁に取り上げ られ、全国的にも知名度が高い畜産物加工業者Eなので、インターネット上でも コストをかけて販売すればすぐに利益を出す商品力はあると思われるが、商品特 性上の問題で大量生産ができないため、現在のところインターネット通販にはあ まり力を入れず、ホームページ管理に対する省力化と自社の限界生産能力を見極 めている状態である。 今後、T氏が本格的にインターネットショップに取り組む条件として以下のこ とを挙げている。@ホームページ上で在庫管理ができるシステム開発A黒豚の部 位別バランスに偏りが出ないための工夫B現在のホームページの問題点を解決し、 クレームを減らす。 以上の条件が揃った時、販売の1手段としてインターネットショップにも力を 入れていくが、T氏の販売に対する基本理念は「相対取引」であり、インターネ ット通販はあくまでそれをサポートするための1手段にすぎないと言う。T氏が ホームページやインターネットショップに求めているのは販売量を増やすための 手段では無く、情報発信によって商品の質を高めるためである。
オンラインモールの利用 7件の調査対象のうち、オンラインモールを利用しているのは2件のみである。 そこで、オンラインモールに出店しない理由を残りの5件から聞き取り(表−3)、 次にオンラインモール利用の有無とホームページ制作の外部委託の有無を分類し たところ(表−4)、各項目に分類された調査事例が似たような傾向を示すこと が明らかになった。
決済手段の種類 A〜Fの決済手段対応表と売上件数の関係を検討した(図表1参照)。
図表1より、BやCのように決済手段が多いインターネットショップでは売上 件数も多くなることが判った。消費者の視点で考えると、決済手段が豊富である ほど利便性が高く、利用しやすいということは明白である。しかし、ここで取り 上げた「コンビニ決済」や「カード決済」は導入するのにコストがかかるため、 実質オンラインモールに加盟することによって初めて対応できる決済手段である。 オンラインモールへの加盟は、このような決済手段の多様化の費用と捉えること もできる。 労働力投入時間 インターネットショップに対する労働力投入時間と、売上件数の関係は次のよ うになっている(図表2参照)。 図表2より、インターネットショップにおける売上件数は、労働時間に比例し ていると言える。これは、売上件数が多いため労働時間が多いと捉えることもで きるが、売上件数の多いBやCでは、他のショップに比べてホームページ更新頻 度も高く、メールマガジンを発行している点などからも労働時間が単に受注件数 主導のものではないと予測される。
聞き取り調査を行い、インターネットショップに参入するには数多くの障壁が あり、ある程度以上の経営規模がなければ、参入することが難しいのではないか と感じた。そこで、調査対象の中で、比較的売上げが大きかったBが収益を上げ ているか否かを、Bをモデルとしたインターネットショップを用いて検討する。 また、雇用を入れた場合の損益分岐点も計算し、インターネットショップの人件 費と損益分岐点売上高の関係を見ていく。 売上高との対応関係で費用を分析するとき、売上高から変動費を引いたものを 「限界利益」といい、限界利益の売上高に対する割合を「限界利益率」と呼ぶ。 図−4から見てとれるように、企業にとって利益が出るか出ないかは限界利益で 固定費を回収できるか否かで決まる。
図−4から見てとれるように、企業にとって利益が出るか出ないかは限界利益 で固定費を回収できるか否かで決まる。 この固定費・変動費の分類に関連して、収益がトントンになるときの売上げを 損益分岐点(売上高)という。上図で考えると、それは限界利益と固定費が等し くなる売上高を意味する。従ってこれを定式化すると、 限界利益(=売上高×限界利益率)=固定費 これより損益分岐点売上高は、次の式で求められる。 損益分岐点売上高=固定費/限界利益率 インターネットショップは、2年前から卵や卵を原料とした加工食品の販売を 始めたものとする。インターネットショップの売上げは1カ月当たり200万円/月 であり、月に1,000件の受注ペースをこの1年間保っている。卵だけで全体の7割 の売上高(140万円/月)である。インターネットショップで販売している卵は 全体の1割に過ぎないため、特殊卵をつくっているものの、その生産原価は低く、 1個当たり10円である。 インターネットショップは基本的にWebマスターであるZさん1人で経営してお り、月給は30万円(固定)である。受注から発送までの作業をすべて一人で行う ことは不可能であるため、発送作業のみを店舗のパートが担当している(パート の人件費=α)。 家族経営型インターネットショップの最低規模 家族経営の時(α=0)の試算は次の通りである。 売 上 高・・・140万円 平均販売価格 ・・・35円/個 月間販売個数・・・40,000個 生 産 原 価・・・40万円 10(円)×40,000(個) 送料・料金回収手数料・梱包費用は、1注文当たり700円とする。 700(円)× 700(個)=49万円 人 件 費・・・・・・・・・・ 30万円+α(パート費用の一部) 通信費・プロバイダー費・・・・・1万円 オンラインモール出店費・・・・・5万円 電気代+減価償却費+その他・・・5万円 固定費=人件費+通信費・プロバイダー費+オンラインモール出店費 +電気代+減価償却費+その他 =30万+1万+5万+5万 =41万(円) 変動費=生産原価+送料・料金回収代行費用・梱包費用 =40万+49万 =89万(円) 従って、家族経営(α=0)のとき、このインターネットショップの場合、卵 のみでの損益分岐点売上高は1,125,446円であり、売上高である140万円を大きく 下回るため、インターネットショップは収益をあげていると言うことができる。 この分析結果は、家族だけでインターネットショップを開設するとしても、月 間販売額が112.6万円以上必要であることを示している。
雇用型インターネットショップの最低規模 次に、インターネットショップが更なる規模の拡大も考慮し、インターネット ショップ専属の発送係を月15万円で雇ったと仮定すると、損益分岐点売上高はど のように変化するであろうか検討しよう。 固定費=41万+15万=56万(円) この場合、売上高140万円を上回っているため、インターネットショップは赤 字になる。月15万円のパート支払いは過大であることが分かる。 インターネットショップにおける雇用労賃限界 パートに支払うことが可能な金額は、損益分岐点売上高を140万円とすると計 算することができる。このように、人件費と損益分岐点売上高との関係を示した ものが、図−5である。 パートに支払うことが可能な金額 140万(円)×0.3643=510,020(円)510,020(円)−11万(円)−30万(円) =100,020(円)=α
図−5の@、A、Bを別のグラフで表したものが図−6であり、人件費を加える ことによって、固定費が上昇し、総費用が増加したことによって損益分岐点が右 上にシフトしていることが見てとれる。 また、この図から@、Aにおける卵の販売個数(Q'、Q'')も読み取れ、それ ぞれの値はQ'=32,157(個)、Q''=43,922(個)であることが分かる。これらを、 現在の卵の販売個数(40,000個)と照らしあわすことによっても、インターネッ トショップは@においては収益をあげているが、Aでは赤字になっていることが 分かる。
インターネットの出現は、畜産物のみならず食品全体の流通構造に少なからず 影響を与えている。多くの生産者がインターネットで商品を販売したり、情報を 発信できることに可能性を感じているが、実際にどのような可能性が考えられる であろうか。ここで、もう一度聞き取り調査から得られた情報を基に、畜産物を インターネットで販売するメリットについて整理する。 他の食品(農産物)と比較して商品価値が高い 同じ量の野菜や果物等の農産物と比較して畜産物は価格が高い。このことがイ ンターネットショップでは有利に働く。なぜならば、インターネットショップに は送料が発生するため、単価が低いと送料の占める割合が大きくなり割高になっ てしまうからである。発送の手間を考えても商品単価が高いことが有利である。 受注から発送までの一連の作業は、どの商品でもほぼ同じである。つまり、商品 の単価が高いほど、人件費や作業時間が効率よくなると言える。 また、畜産物商品が比較的差別化しやすいという特性も、畜産物の商品価値を 高めている1つの要因である。地域ごとのブランド化が定着し、それぞれが全国 各地で購入できる訳ではないことが、畜産物がインターネットショップに向いて いる要因として挙げられる。 ギフト商品としての需要が大きい わが国において、御中元、御歳暮時期は大きなマーケットであり、ハム・ソー セージ・アイスクリーム等の畜産物加工商品は既にギフト商品として定着してい る。「人とは少し違うものが送りたい」というこだわりが、商品価値が高い畜産 物をギフトに選ぶ要因となっている。インターネットショップでは、この時期に 売上げで大きな変化が見られるショップはなかったが、電話・FAXでの通信販売 では、聞き取り調査を行った7件すべてで、ギフトシーズンが最も販売量が大き いということが分かった。今後は、特に売上げが大きい畜産物および畜産加工品 を販売するインターネットショップで、時期による販売格差が生じてくることが 予測される。 トレイサビリティの確保が可能 昨今の国内におけるBSE発生や、食品会社の原産地虚偽によって、消費者の畜 産物に対する不信感は募る一方である。これには、従来のわが国における畜産物 流通構造が消費者にとってわかりにくいことも要因の1つと考えられ、生産段階 の情報公開や流通過程の明瞭化を消費者は求めている。こうした点から、生産者 が消費者と直接取引することができるインターネットショップは、消費者に安心 感を与えると同時に万が一事故が起こったときもトレイサビリティが確保されて いるため、原因究明しやすいと言える。 販路拡大 これまで、農協などの団体に卸すか、地域の直売場で販売するしか販売手段が なかった生産者にとって、インターネットは販路を拡大するメリットがある手段 であり、特にこだわった商品を生産していると自負している生産者や、消費者の 声を聞きたいという生産者にとっては、単に利益を追求するだけの販路拡大では なく、生産意欲を高める手段としてインターネットショップを位置付けることが できる。
聞き取り調査でインターネットショップでの売上げが最も大きかった生産者は、 卵を販売している生産者であった。畜産物の中で最も安価な部類に属し、鮮度の 面でも不利な卵がインターネットショップで売れることは、ある程度の価格以上 で、ある程度の鮮度維持が可能、かつ差別化ができる他の農畜産物においても、 インターネットショップで売れる可能性があることを意味する。 要するに、商品は販売阻害要因にはならず、インターネットショップにおける 収益の差は、消費者が敬遠する理由や生産者側に発生する問題点を分析している かどうかである。つまり、畜産物に限らずインターネットショップで収益を上げ るには、@まずインターネットショップを開店する目的を明らかにした上で、自 社のある程度の価格以上で、ある程度の鮮度維持が可能、かつ差別化ができる商 品の生産能力に見合った売上げ目標を設定する。Aインターネットショップ責任 者は、最低限の技術を身につけ、毎日パソコンに向かう時間を確保する。B受注 責任を明確にするため、受注管理システムを構築し、クレームに対しては実際の 店舗と同様迅速に対応する。といった条件に開店前から取組み、開店後はホーム ページ自体に対するアクセス数向上や頻繁な情報発信、顧客情報管理といったこ とに取り組んでいかなければならないと思う。 障害が多いインターネットショップだが、今後、生産者が消費者に情報を発信 していくためには欠かすことができないツールである。特に、昨今の日本国内に おけるBSEの発生や食肉卸業者の不祥事で消費者からの信頼を失っている畜産業 界においては、畜産農家や畜産物加工業者と消費者が直接結びつき情報を開示す ることによって、始めて消費者からの信頼を得ることができるのではないかと思 う。今後は、こうした生産者側の活動を行政がサポートすることを期待したい。
追 記 本稿は、北海道大学大学院農学研究科の飯沢理一郎助教授と東北大学大学 院農学研究科伊藤房雄講師との共同研究のうち、筆者の分担部分の要旨である。