★ 事業団から


地方特定品種生産流通等強化対策事業と
地方特定品種に関する動向について

食肉生産流通部 肉用子牛第二課 石井 清栄
(現農林水産省 生産局 畜産部 畜産企画課)


はじめに

 平成3年4月に牛肉の輸入が自由化されたことに伴い、自由化の影響による肉用
牛経営の悪化を防ぐため、国の事業や農畜産業振興事業団による指定助成対象事
業等によりさまざまな対策が講じられてきた。特に放牧適性に優れている等の品
種特性を有しているものの、生産頭数が少ないことや肉質面での評価が低いこと
等の理由から、流通・販売面で不利な状況に置かれている地方特定品種(褐毛和
種、無角和種、日本短角種等)についても、平成4年度から地方特定品種生産流
通等強化対策事業によりさまざまな対策が取られてきたことは、周知のことであ
る。

 しかしながら、これら地方特定品種は、輸入自由化以降、子牛価格の低迷、枝
肉価格の低下が続いたこと等から飼養戸数、頭数ともに減少し続けている。そこ
で、今回、これまでの当該事業と地方特定品種の動向について検討を行った。

地方特定品種の主な特徴

 まず始めに地方特定品種の主な特徴を挙げてみたい。これらの主な特徴は、以
下のとおりである。

褐毛和種

 ・ 主な飼養地域は、熊本県および高知県であり、改良の基礎となった牛は両
  県で異なっている。熊本県はシンメンタール種、高知県は韓牛となっている。

 ・ 体積に富んでいて発育が良い。

 ・ 草の利用性が高く、また体質強健で放牧に適している。

 ・ 性質が温順で飼いやすく、群飼育に適している。



日本短角種

 ・ 主な飼養地域は、岩手県、青森県並びに秋田県の北東北地域であり、在来
  種の「南部牛」にショートホーン種が交配されて改良が行われてきた。

 ・ 泌乳能力が高く、子育てが上手である。

 ・ 寒さに強く放牧に適している。

 ・ 性質が温順で飼いやすい。



無角和種

 ・ 現在は、山口県にしか飼養されておらず、アバディーンアンガス種と黒毛
  和種の交配を基に改良が行われてきた。

 ・ 繁殖能力が高く、成長が早い。また、放牧にも適している。

 ・ 角が無いことから、群飼育に適している。



 以上が地方特定品種の特徴であるが、これらに共通して挙げられる短所は、現
在のわが国の枝肉評価が肉質的に脂肪交雑や「きめ」や「しまり」などを中心と
した基準となっている中で、肉質面の評価が黒毛和種よりも相対的に低いことで
あり、これが地方特定品種の子牛価格、枝肉価格の低迷をもたらしている。


林間放牧の風景

地方特定品種生産流通等強化対策事業

 本事業は、地方特定品種が肉質評価の面で黒毛和種よりも相対的に評価が低い
中、牛肉の輸入自由化により、これら品種の子牛価格の低迷が繁殖部門を弱体化
して生産基盤、ひいては草地に立脚した地域畜産の崩壊を防ぐため、都道府県の
全部若しくは一部の区域をその地区とする農業協同組合連合会等が事業実施主体
となって、@放牧地の整備に対する奨励金の交付、A地方特定品種の牛肉販売促
進活動に対する補助、B地方特定品種の生産振興に係る会議の開催に対する補助
などさまざまな事業を行ってきている。現在、7道県(北海道、青森県、岩手県、
秋田県、高知県、山口県、熊本県)が事業を実施している。

本事業等と地方特定品種の飼養動向等

 平成4年度から12年度までで事業実績の多い道県は、@熊本県(褐毛和種)、
A岩手県(日本短角種)、B北海道(日本短角種ほか)の順となっており、熊本
県および岩手県は放牧利用等促進事業や食肉安定販売確保体制事業、北海道は放
牧利用等促進事業や繁殖基盤等強化事業を中心に取り組んできている。また、子
牛価格の低落による生産意欲の減退、肉用牛飼養からの離脱を防止するための一
定所得の確保を図るための制度としての、肉用子牛生産安定等特別措置法に基づ
く肉用子牛生産者補給金については、制度発足以来これまで7道県の褐毛和種約9
万3,000頭、日本短角種約6万1,000頭、無角和種527頭合計で約21万9,000頭に交
付されてきている。

 このように、地方特定品種には本事業および肉用子牛生産者補給金制度による
補助金等が支出されてきたが、総飼養頭数等はどのように推移してきただろうか。
各道県からの報告によると、4年度以降、総飼養頭数は各品種、各道県とも軒並み
大幅に減少している。7道県合計の飼養頭数で4年度と12年度を比べると、褐毛和
種については、51.4%減の約4万8,300頭、日本短角種については、61.3%減の約
1万1,200頭、無角和種(山口県のみ)については、67.8%減の252頭などとなっ
ている。また、農家戸数も軒並み大幅に減少しており、褐毛和種が63.5%減の4,
369戸、日本短角種が60.3%減の1,223戸、無角和種が91.3%減のわずか13戸とな
っている。

 この原因としては、当該事業参加県に対する調査によると、やはり牛肉の輸入
自由化以後、現在の枝肉の評価基準が脂肪交雑等を基準に行われている中で、褐
毛和種については、地方特定品種の肉質面の評価が黒毛和種よりも相対的に低い
こと、また、日本短角種および無角和種については、これと併せて直接輸入牛肉
と競合したことが挙げられる。また、安定的な流通経路が確立できなかったこと
も一因であり、当該品種の生産者が高齢化し経営を中止したこと等も遠因として
列挙される。

 しかしながら、このような中で、主要県(道)からの報告による市町村ごとの
地方特定品種の総飼養頭数および農家戸数の動向(別表1)を見てみると、北海
道の日本短角種、その他の肉専用種を除いて事業を実施している市町村等の飼養
頭数の減少は、他市町村に比べ減少割合が少ない。各道県の担当者や数県の事例
調査先の関係者によれば、本事業がなかったら、当該品種はここで示した数字以
上に減少し、まさしく地域畜産、引いては地域の自然環境等崩壊の危機をもたら
していたかもしれないとのことである。

 なお、農林水産省の「家畜改良関係資料」(別表2)に基づく、それらの県の
黒毛和種の雌牛の飼養頭数を4年度と12年度で比較すると、熊本県、北海道、青
森県、高知県では増加しており地方特定品種から黒毛和種へと置き換わったこと
が伺える。特に、熊本県では倍以上の増加を示している。また、秋田県、岩手県、
山口県では当該品種も地方特定品種と併せて減少しているけれども、その減少率
は地方特定品種と比較すると小さい。全体で見ると、平成12年度の黒毛和種の雌
牛の飼養頭数は4年と比べると7.1%減の約13万6,000頭となっている。


親子放牧

主要県の今後の対応等

 このような状況に対して、地方特定品種の主要県(青森県、秋田県、岩手県、
高知県、熊本県)については、今後、どのような対応を考えているのだろうか。

 まず、いずれの県にしても、品種改良や販売体制の確立がうまく行かなかった
ことを反省し、地方特定品種の役割について当該品種の特性を踏まえおおむね以
下のような3点に区分評価している。

(1) 当該品種は概して中山間地域で飼養されていることから、中山間地域農業
  の複合経営における不可欠な作目である。また、採草や他品種での利用が困
  難な急傾斜地や遠隔地においても飼養が可能なことから、飼料資源の有効活
  用に寄与しており、放牧により牧野生態系の維持を行うことから、自然環境
  の保持および国土保全に貢献している。

(2) 牛海綿状脳症(BSE)問題などによる消費者の食の安全性に対する意識の
  高まりや健康意識の向上などから、今後の消費者の需要が高まると見込まれ
  る。また、消費者との産直活動に係る交流活動を一層推進することなどによ
  り、今後の中山間地域の活性化に役立つと思われる。

(3) 輸入飼料への依存度が低いことから、食料自給率の向上に資すること、お
  よび有機的畜産の先鞭となり得ることと考えられる。

 こうした役割評価を踏まえ、主要県はおおむね今後、以下のような対応を図っ
ていきたいとしている。

(1)生産対策

 ・ 放牧を一層活用するための公共牧場等の再編整備

 ・ 飼料供給等を行うコントラクターの育成

 ・ 肉用牛ヘルパー体制の整備による担い手の確保およびオーナー制度の導入
  による頭数の確保

 ・ 繁殖・肥育の経営内一貫経営の推進

 ・ 肥育マニュアルの策定と普及推進

 ・ 育種価および受精卵移植技術を用いた優良な種雄牛および雌牛の造成

(2)	流通対策

 ・首都圏の消費者等との産直活動に係る一層の推進

 ・県内におけるイベントやマスメディアを通じた消費の更なる拡大等

(3)	その他

 ・ 地方特定品種推進協議会の組織活動の一層の強化  

 ・ 公害防止とたい肥の有効活用に対する対策強化等

 ・ 肉用子牛生産者補給金制度、肉用牛肥育経営安定緊急対策事業等に対する
  県としての支援等

おわりに

 これまでの本事業と地方特定品種の飼養動向等を見ると、生産者補給金等も含
め多大な補助金等が支出されたにもかかわらず、飼養頭数等は大幅に減少してき
ている。これは、否めない事実である。

 しかし、筆者は数県の事例調査に行き、農家等の生の声を実際に見聞きしたが、
筆者の見込みとは違い、@本事業等により一部の地域(地方特定品種)では立派
に経営を成り立たせている人達もかなりいること、A地域環境や社会の維持保全
にかなり貢献していることが見受けられた。

 今後の動向を考えると、上記で主要県が示しているように消費者の食の安全性
に対する意識の高まり等や将来的な食料自給率の向上などの点から、地方特定品
種はこれから注目が集まるに違いない。

 費用対効果として即物的に早計な経済的評価をするのではなく、飼養頭数のお
おむね増加といった表の評価は今のところ見えないが、現在の地域社会および環
境の保全等といった計量的に計れない効果等を考慮した別の観点からの効果を見
る必要があるのではなかろうか。

 費用対効果を過去やある一面だけで見るのではなく、総合的な観点及び将来的
にも見ることも必要なのではなかろうか。

 最後となったが、個人的ではあるが、本事業を担当していた者として地方特定
品種を飼養している農家および関係者の方々にエールを送りたい。


地方特定品種生産流通等強化対策事業


(別表1) 地方特定品種生産流通等強化対策事業実施県における参加市町村と非参加市町村との比較











 注1:各県(道)からの報告による。また調査月日は各県によって異なる。
  2:12年度の頭数が判明しなかった市町村については、11年度で比較した。



(別表2)地方特定品種生産等流通強化対策事業参加県における黒毛和種(雌牛)飼養頭数の推移


 資料:農林水産省畜産部「家畜改良関係資料」
  注:各年2月1日現在の頭数。


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