◎今月の話題


酪農の教育的価値

広島大学大学院 教育学研究科 教授 角屋 重樹









はじめに

 今日、「他者に対する思いやり」や「命の大切さ」に関して子どもの意識が希薄
化しているということが多くの人々によって指摘されている。今までであれば、
「他者に対する思いやり」や「命の大切さ」は、主に、植物の栽培や小動物の飼育
を学習する生活科や理科などの教科、あるいは道徳など学校教育で育まれてきたも
のである。しかし、現在は、学校教育だけでは子どもに「他者に対する思いやり」
や「命の大切さ」という意識を育むことは難しい状況にある。

 そんな中、例えば、子どもが牛などの大型ほ乳類と関わることによって、豊かな
人間性が育まれるという酪農教育の可能性が注目されるようになってきた。

 そこで、私の研究室では、この酪農に注目し、酪農の教育的効果を平成12年度か
ら研究してきている。この研究では、主に、次の2点を行っている。まず、子ども
が牛などと関わる、幼稚園や小学校、中学校、および高等学校の各校種におけるカ
リキュラムを立案する。次に、子どもが酪農体験を行うことによって、どのような
気持ちが育まれるかを調査する。

 これらの研究の概略を述べてみる。

カリキュラム開発の基本的な考え方

小学校低学年のカリキュラムのねらい

@ 牛(大型ほ乳動物)の世話をしたり、牧場の植物を観察したりして、それらの
 育つ場所、変化や成長の様子に関心を持つようにする。

  また、それらが生命を持っていることや成長していることに気づき、生き物に
 親しみを持ち、それらを大切にする気持ちを持つようにする。

A 年間を通して牧場を訪問し、その自然の事象を観察することから、四季の変化
 や様子の変化に気づき、自分たちの生活を工夫したり楽しくしたりするようにす
 る。

B 牧場の自然の事象を利用したり、自然のものを使ったりして遊びを工夫し、み
 んなで楽しむことができるようにする。

小学校中、高学年のカリキュラムのねらい

 酪農を用いた一連の活動の中で、豊かな心を養うとともに、体験活動により協調
性や社会性を育成できるようにする。

中学校のカリキュラムのねらい

@ 酪農という産業を学ぶことによって、学び方やものの考え方、問題解決に向け
 ての主体的、創造的な態度を育成できるようにする。

A 自ら問題を発見し、よりよく解決する資質や能力を育成できるようにする。

B 地域の人々や乳牛などとふれあうことによって自己の生き方について考えるこ
 とができるようにする。

C 各教科で身に付けた能力を総合的に働かせる力を育成できるようにする。

高等学校のカリキュラムのねらい

@ 酪農という生産活動の場をみつめ、課題研究などを通して、能力や適性に応じ
 た主体的、かつ創造的な問題解決への態度を育成できるようにする。

A 家畜とふれあい、誕生から成長、成熟そして死に至るまでの生命のプロセスを
 扱う中で、命の大切さや他者を思いやる心などの豊かな人間性を育成できるよう
 にする。

B 勤労体験を通してたくましく生きるための健康や体力を養う。さらに、職業や
 産業社会への認識を高め、自己の在り方、生き方について考え、自己の将来の生
 き方を選択する能力や態度を育成できるようにする。

おわりに

 以上の開発したカリキュラムによって、以下のことが期待できると考える。

@ 相手の立場で考えることができるようになる

A 相手を命あるものと考え、その命を大切にするようになる

B 相手と関わることからその関わりに関して責任を持つようになる

 そこで、畜産農家の方々は、学校の先生方と協力して未来にはばたく子どもを育
成することに積極的に関わっていただくことを願っている。また、このように畜産
農家の方々が学校教育に関わることによって、学校が地域の人々とともに、子ども
を育てることになり、このことはこれからの社会を形成するためには極めて有意義
なことであるといえよう。

かどや しげき

平成11年 広島大学教育学部教授、平成13年 広島大学大学院教育学研究科教授
著書:目標に準拠した評価の考え方と実際(金子書房)(2002)、教科とリンクす
   る「総合的な学習」のデザインと評価(東洋館)(2002)、総合的な学習の
   授業展開と新しい評価(小学館)(2002)など著書多数

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