◎調査・報告


最近の研究課題− 搾乳ロボットについて

全国酪農業協同組合連合会 技術顧問 野附 巌 (元東京農工大学教授)




はじめに

 搾乳ロボットが、初めてオランダの酪農家で使用されるようになってからおよ
そ10年が経ち、今日、ヨーロッパを中心に世界中で1,000台以上の搾乳ロボット
が稼働しているものとみられている。わが国においては、平成6年から導入が始
まり、現在約80台が一般酪農家や一部は試験場等の牛舎で稼働しているものと思
われる。しかしながら、普及後の日が浅いため、搾乳ロボットについての情報が
不十分であったり、正しい知識を持たずに導入を希望するものも多い。そこで、
搾乳ロボットの開発の歴史、市販製品の種類と特徴、長所と短所、導入条件など
に触れ、今後の普及予測や課題について展望してみたい。


搾乳ロボットの開発の歴史

 牛の乳を人手を使わずに無人で搾ってみようという発想はかなり以前からあり、
いろいろの国でひそかに検討が行われていたようである。しかしながら、機密性
が高かったこともあるが、華々しい成果が上がらなかったこともあり、昭和50年
頃までに公表されたものは皆無であった。筆者らは、47年から当時の農林省畜産
試験場が中心となり、国や地方の試験研究機関とプロジェクトを組み、5年間に
わたって、どこまで無人で乳が搾れるかその可能性にチャレンジした。この場合、
最も困難な操作は何と言っても無人でティートカップを乳頭に装着する部分であ
った。

 当初はティートカップを常時牛に着けっぱなしにしておく方法、乳房の下部か
らロート状の誘導装置のガイドに沿ってティートカップを上昇させる方法、光束
で乳頭の位置を知りティートカップを誘導する方法などを検討したが、試行錯誤
の末、最終的にはマトリックスセンサーと称する方式を採用した。これは碁盤の
目のようなX軸とY軸の交点に、多数のスイッチを設けた盤を一度上昇させ、4
乳頭の先端位置を検知してその下部のティートカップの配列を乳頭位置に合わせ、
次に速やかにこの検知盤を移動させてからカップを上昇させるものであった。当
時は今日のようなハイテク技術が進歩していなかった時代であったが、それでも
無人でカップを装着することができたのである。

 この装置により全自動化の可能性は実証でき、54年にその成果を公表し、また
国内外の特許も取得した。しかしながら、この装置は、床の開口時の危険防止対
策、カップ装着の確実性の向上、無人の場合の不測の事態への対応並びにコスト
など、普及のために解決しなければならない幾つかの問題点があり、残念ながら
実用化には至らなかった。

 一方、ヨーロッパでは平成2年頃までは表だった研究発表はなかったが、4年
にオランダで行われたシンポジウムで、オランダ、イギリス、フランス、ドイツ
等の研究機関から、搾乳ロボットの研究成果の発表が、また、民間企業からは開
発した搾乳ロボットの紹介があった。

 搾乳ロボットの実用機が市販され始めたのは2年頃であり、オランダのプロラ
イオン社が最初でレリー社がこれに続いた。わが国には6年になってから輸入さ
れ、帯広畜産大学の農場に第1号機が設置された。その頃再びわが国においても
本格的な搾乳ロボットの研究開発が再開され、生物系特定産業技術研究推進機構
がつなぎ飼い用のものを、また、国等の支援を受けて、エム・エー・ティーとい
う研究会社が放し飼い用の搾乳ロボットの開発を行い、こちらはその技術をオリ
オン機械株式会社が引き継いで実用機の販売を行っている。現在わが国で市販さ
れている機種は国産を含めて5機種であるが,市販予定を含めると7機種である。


市販搾乳ロボットの種類と特徴

 搾乳ロボットには、分け方を変えて分類すると、次の種類がある。

搾乳ロボットの種類と特徴


設置場所による分類

 ミルキングパーラー内に設置して使用するパーラータイプと、放し飼い牛舎の
休息場内に設置して使用するボックスタイプとがある。前者は多頭数処理が可能
であるため、100頭程度以上の大型経営に適する。アームスおよびゼニスはこの
タイプである。後者は休息場内に置いて使用するためミルキングパーラーを必要
としないのでその分の経費が安くつく。1台の処理能力が50〜60頭と限定されて
いるので、その程度の規模には最も適しているが、大規模の場合はその整数倍の
規模とし、ロボットの台数を増やすことになる。アストロノート、デイリードリ
ームおよびヴイ・エム・エスはこのタイプである。
【搾乳時の乳房清拭
−乳頭こすり洗い方式】

    
【ボックスタイプの搾乳ロボット】

    
【パーラータイプの搾乳ロボット】

    
【搾乳ロボットに適する牛舎構造
(ボックスタイプの場合)】
搾乳ユニットの形式による分類

 搾乳ロボットには、ティートカップを自動装着する部分(装用マニピュレータ
ー)と搾乳ユニッットとが分離しているものと、一体になっているものとがある。
前者は一台の自動装着機で3〜4台のユニットを操作できるので合理的であり、
もし、万一装着機が故障しても、ユニットは手で装着できる利点がある。アーム
ス及びゼニスはこのタイプである。後者は装着機とユニットが一体となっている
ためコンパクトで機構も比較的シンプルで取り扱いやすく、ボックスタイプとし
て使用することが多い。アストロノート、デーリィドリーおよびヴイ・エム・エ
スはこのタイプである。


稼動時間帯による分類

 搾乳ロボットの稼動時間帯によって分類すると、牛がいつでも自由に搾乳スト
ールに入れる終日自由搾乳方式と、特定の時間帯にだけ入る定時搾乳方式とがあ
る。いずれの機種も両方式で使用できるが、市販搾乳ロボットは、終日自由搾乳
を基本に設計されているものが多い。


乳頭のセンシング法による分類

 搾乳ロボットがティートカップを乳頭に自動装着する際には、まず乳頭の位置
を検出して次にその位置にティートカップを誘導して装着するが、乳頭の位置検
出のためのセンシングには種々の方式がある。(次の( )内は採用している機
種名。)

@超音波方式;超音波距離計で乳頭位置を計測・検出する。(アームスおよびゼ
 ニス)

Aレーザー光方式;レーザー光線で乳頭位置を計測・検出する。(アストロノー
 ト)

B光束遮断方式;乳頭による光束の遮断位置を検出する。(デーリィドリーム)

Cレーザー光線とCCDカメラ併用方式;乳頭にレーザー光線を当て、カメラで映
 像処理をして検出する。(VMS)


乳頭の清拭法による分類

 搾乳時の乳頭の清拭の方式には、大別すると、ティートカップ内流水式と乳頭
こすり洗い方式とがある。

@ティートカップ内流水式;これにはティートカップ兼用式と専用式がある。前
 者は装着後の搾乳用のティートカップライナー内に、搾乳直前に洗浄水を流し
 て乳頭を洗う方式で、アームスおよびゼニスが採用している。後者は、搾乳と
 は別の洗浄専用のカップを装着して洗う方式で、ヴイ・エム・エスが採用して
 いる。

A乳頭こすり洗い方式;回転する二本の布又はプラスチック製ローラー内に乳頭
 を挟んでこすり洗いする方式、アストロノートおよびデーリィドリームが採用
 している。

【搾乳時の乳房清拭−乳頭こすり洗い方式】


その他の分類

 以上の他に搾乳終了判断機能、異常乳の分離および乳頭ディッピングのしかた
などによる分類もあるが、これらはどの機種もほぼ同じ方式を採用している。

市販搾乳ロボットの製品名とその特徴



搾乳ロボットの長所と短所

 搾乳ロボットは、乳房清拭、ティートカップ装着・離脱などの搾乳に関する作
業を人に替わって行ってくれるため、作業者の肉体的な労働時間は非常に短縮さ
れ、疲労も少なくなる点が最大の長所である。そのため、労働力が一定の場合は
規模拡大が可能となり、飼育頭数が一定の場合は雇用者数を減らすことができ、
家族経営の場合はゆとりある楽しい酪農が展開されるという。

 ところが、搾乳ロボットによる搾乳は、ロボット稼動中の搾乳所要時間はかえ
って長くなるため、精神的拘束時間が長くなる点が短所である。とくに終日自由
搾乳の場合は、離れた場所にいても昼夜の別なく常時ロボットに異常がないかど
うかの気配りが必要となる。また、搾乳ロボットは稼動の主要部分がコンピュー
ター制御であるため、非常に正確な仕事をしてくれる利点があるが、コンピュー
ターが苦手の人には不向きな場合があるのも短所かもしれない。

 以上が主な長所と短所であるが、このほか搾乳ロボットの導入により、多回搾
乳が可能になり乳量が増加した、牛がおとなしくなった、乳房炎が減った、後継
者が定着しやすくなったなどを挙げる人もいる。反面、搾乳ロボットは、従来の
搾乳という収穫物を得る喜びを奪うものだとか、1日のうちで最も重要な牛との
コミュニケーションのチャンスがなくなる、および、経済性や故障時の対応に不
安が残るなどを挙げる人もいる。


搾乳ロボットの導入条件

酪農家側の条件

 わが国で今日普及しつつある搾乳ロボットを導入する場合の酪農家側の必須条
件@および望ましい条件A〜Fを列記すると次のとおりである。
必須条件

@:現在、放し飼い式乳牛舎を用いて乳牛を飼育しているか、これから放し飼い
  式に移行しようとしているもの。すなわち、今日の搾乳ロボットはいずれも
  放し飼い牛用に作られているためである。

望ましい条件

A:牛舎構造が、おおむね搾乳の場、給じの場、休息の場の区分ができる牛舎の
  場合。すなわち、搾乳後の牛が給じ場へ行き、その後休息場へ移動してから
  搾乳の場へ行く行動型がとれるものが望ましく、給じ場と休息場間には一方
  通行のゲートを設置する方がよい。

B:規模はボックスタイプの場合は、1台が50〜60頭の牛群に適合する。それよ
  り多いときは台数を増やすが、整数倍の規模が合理的で半端な頭数はコスト
  高となる。パーラータイプの場合は1台の自動装着機(装着用マニピュレー
  ター)が3ストールを受け持つときは100頭程度の牛群。従って、これより
  頭数が多いときは自動装着機を増すが、この場合はストール数を変えること
  によって、中途半端な頭数にも対応しやすい。

C:牛の体型が均一で、とくに乳頭の垂れ具合や4乳頭の間隔等が適正な牛群。
  すなわち、搾乳ロボットのユニットが乳頭の下に入らないような垂れ乳房の
  牛や、乳頭間隔とくに後乳区の乳頭間隔が極端に狭い牛は、現在市販の搾乳
  ロボットでは対応が難しいので、その点に配慮して牛群をそろえる必要があ
  る。
  
D:牛の気質がおとなしく、また極端に動作が鈍くない牛群。神経質な牛および
  極端にスローモーションの牛などは、終日自由搾乳方式の場合、牛が自発的
  に搾乳の場に入っていかないことが多い。これを人手で追い込むと手間がか
  かる。

E:飼料の給与法は濃厚飼料と粗飼料の分離給与方式がよく、濃厚飼料を搾乳時
  に与えることにより、牛の搾乳ストールへの入室を促す。従って、常に腹一
  杯食べているTMRの給与方式の場合は、搾乳ストールへのえさによる自発
  的誘導が行いにくい。この場合は、低レベルのTMRを不断給与し、搾乳の
  場で濃厚飼料の個体別給与を行う方法がよい。

F:人件費が比較的高く雇用の賃金より搾乳ロボットの経費の方が有利な場合。
  現在ボックスタイプの搾乳ロボットは50〜60頭用でどの機種も1台3,000万
  円程度であり、パーラータイプは自動装着機一台が3ストールを受け持って
  100頭程度の搾乳をする場合、約4,000万円程度(ただしこのタイプはこの
  他にパーラーの建設費が必要)である。従ってこれらの価格と導入によるメ
  リットを評価して判断する。経済的な原則は以上の通りであり、実際には現
  在の価格ではなかなか採算は合いにくいが、最近は重労働からの解放やゆと
  りを重視して導入をする場合も多いようである。


販売店についての条件

 次に搾乳ロボットを導入する場合の販売店側のサービス体制の条件であるが、
搾乳ロボットは、故障やその他のトラブルで作動しなくなったら一大事であるた
め、異常のあった時、少なくとも数時間以内にはもと通りに復旧してもらえるサ
ービス体制の整った販売店から購入する必要がある。そのためには、車で1〜2
時間以内の場所にサービスの拠点がある必要がある。当然、メンテナンス契約を
行っておくことや、異常時の通報体制を整備しておくことが重要である。


酪農経営における搾乳ロボットの将来性

 わが国における搾乳ロボットの将来性は、今後の日本の酪農情勢によって大き
く影響を受けることは言うまでもないが、現在酪農家は搾乳ロボットをどのよう
に見ているのかを知った上で、日本の今後の酪農を予測しながら搾乳ロボットの
将来性を考えてみよう。


現在、酪農家は搾乳ロボットをどのように見ているのか

 われわれは一昨年、一般酪農家約2,500戸を対象に搾乳ロボットについてのア
ンケート調査を行った。その中に、搾乳ロボットについての認識の程度、導入予
定の有無および今後の普及予測などを質問した項目がある。アンケートの解答率
は34%であったが、解答者中搾乳ロボットのことを「よく知っていた」と、「う
わさ程度しか知らなかった」人は約50%ずつであった。また、搾乳ロボットの
「導入予定がある」と答えた人が約12%、「導入を考慮中」を含めると約50%が
導入したい意思のあることが示された。これらの導入の意思のある人のうちの80
%は、搾乳ロボットのことをよく知っていた人であったが、残りの20%はうわさ
程度しか知らない人たちであった。このことは、この時点では、搾乳ロボットに
関する情報が十分でなく、搾乳ロボットを導入しさえすれば仕事が楽になるとい
う点だけが強調され過ぎて、導入に必要な条件や問題点が知らされていないので
はないかと思われた。また、今後、普及すると思うかに対しては、「急速に普及
すると思う」は、15%で少なかったが、「特定の経営にのみ普及すると思う」は
82%もあり、「普及しないと思う」は、わずか3%であった。すなわち、わが国
では今後、特定の経営においてはかなりの普及が見込まれると見られていること
が明らかにされた。


搾乳ロボットの今後の普及予測

 前述のアンケート調査の結果によれば、搾乳ロボットが「急速に普及する」と
思っている人は、わずか15%に過ぎないが、「限られた経営にのみ普及する」は
82%で、「普及しない」という回答は非常に少なかった。この結果の中で最も多
かった「限られた経営にのみ普及する」という回答の意味は、今後わが国におい
て搾乳ロボットが普及するかどうか占う上で、重要な示唆を与えるものと思われ
る。すなわち、「限られた経営にのみ普及する」の「限られた経営」とは、搾乳
ロボットの導入条件が整っている経営と解釈できるため、わが国の酪農において、
導入条件の整っている酪農家が現在どのくらいあるか、および今後、整えられる
酪農家がどのくらいになるかの予測が重要である。

 この導入条件の最大の決定要因は、搾乳牛の飼育形態である。現在普及しつつ
ある搾乳ロボットは、すべて放し飼い用に作られているが、つなぎ飼いが圧倒的
に多いわが国の乳牛の飼育方式が、今後どのようなテンポで変化するかの見極め
がまず必要である。また、必須ではないが導入条件の中にはより好ましい条件が
ある。すなわち、乳牛の管理体系、飼料の給与体系、乳牛の体型・気質などが搾
乳ロボットに向くものであることが望まれている。これらの条件がどれだけ整え
られるかが今後の普及の成否を決定する要因であろう。

 また、このほかに今後の普及予測において必要な検討項目には次のものも含ま
れる。

 第1点は、市販搾乳ロボットの性能の安定性と価格である。現在の市販搾乳ロ
ボットは100パーセント完成したものではなく、まだいくつか改良の余地がある。
性能の安定性と価格の低廉化が今後の普及のスピードを左右する大きな要因であ
る。

 第2点は、販売店側のメンテナンス体制である。搾乳ロボットはトラブル発生
時に早急な対応が必要であり、そのため販売店側には適切なメンテナンス体制が
要求される。今後はサービス網の細かさやサービス内容が個別機種の売れ行きを
左右し、搾乳ロボットの普及に影響を及ぼすものと思われる。


むすび

 今日、酪農家の耳に入ってきている搾乳ロボットに関する情報は、概してうま
い話が多い。それは、知識の豊富な第三者が市販搾乳ロボットを適正に評価して
提供する情報よりも、むしろ各種の宣伝文が情報源となっていたり、搾乳ロボッ
トは酪農の救世主だと単純に信じている人たちによって、その利点のみが強調さ
れて報じられているためである。その結果、搾乳ロボットは万能であり、これさ
え入れれば眠っていても乳が搾られているという甘い期待と錯覚に陥っている場
合が多い。従って、現時点における酪農家の搾乳ロボットに対する認識は、かな
り偏った不正確なものとなっているのではないかと思われる。

 今後、搾乳ロボットがわが国の酪農家において、健全な普及を遂げるために必
要な第1の課題は、酪農家が正しい情報を知ることである。すなわち、搾乳ロボ
ットの特性、利点と欠点、経済性、導入に適する条件、市販製品の機種別特徴と
性能、機種選定上の留意点、適正な使用法と点検整備の方法などを酪農家が知る
ことで、そのために、関係者は酪農家に対して正しい情報を提供し、周知徹底さ
せることが特に重要である。

 一方、現在市販されている搾乳ロボットは、乳頭への装着成功率や搾乳能率お
よびメンテナンス体制等からみて、いずれも100%完成したものではない。従って、
もう1つの重要な課題は、搾乳ロボットを供給する側のメーカー・ディーラーに
対するものである。すなわち、搾乳ロボットの一層の性能の向上、コストの低廉
化、メンテナンス体制の整備、メンテナンス要員の養成・研修、緊急時の適正な
対応等について、さらなる努力と技術の向上が望まれている。

 このように、利用する酪農家側と供給するメーカー、ディーラー側がそれぞれ
の課題について十分検討して対応したときに、両者の努力によって健全な普及が
図られるものと思われる。

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