農林水産技術会議 事務局長 岩元 睦夫
平成13年4月1日をもって、農林水産省傘下の試験研究機関は8つの独立行政 法人へ再編された。国が農林水産試験研究に本格的に取り組むようになって100 年余り、これまで幾多の組織再編を経験してきた試験研究機関であるが、今回の 独立行政法人化は国の直轄機関でなくなったという意味で歴史的な出来事であっ た。 一方、試験研究機関の独立行政法人化に対応して、農林水産技術会議事務局の 体制も大幅に再編された。新たな組織では、試験研究の企画立案および評価の機 能を強化するために技術政策課が新設され、併せてそうした業務を専門的な側面 から支えるためのスタッフ職として5名の研究開発企画官が置かれた。また、技 術の安全確保の視点からの業務や情報発信機能を強化するための組織として、そ れぞれ技術安全課や技術情報室が新設された。 これら農林水産省としての取り組みに先立って、13年1月の省庁再編時には内 閣府に総合科学技術会議が設けられた。総合科学技術会議はわが国の科学技術に 関する総合的な企画立案等を役割としており、同会議の下で13年3月末にはこれ から先5カ年の科学技術のあり方を定めた科学技術基本計画がまとめられたとこ ろである。 この基本計画の中では、ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジ ー・材料等の重点分野とその推進方向とともに、新たな研究評価システムの構築 等を含む科学技術システム改革の方向が示されたところである。農林水産省とし ても、ライフサイエンスや環境分野を中心に重点分野の推進方向に沿った研究開 発を加速するとともに、新たな評価システムの構築に関しては、13年4月に農林 水産技術会議で決定された「農林水産省における研究・技術開発の政策評価に関 する指針」をもとに新たな評価体制をスタートさせたところである。 今後、各独立行政法人は、向こう5カ年で実施すべき研究として農林水産大臣 から指示された中期目標の実行のために自らが定めた中期計画の進捗状況をもと に、法律に基づいた第三者機関である独立行政法人評価委員会の評価を受けるこ とになった。一方で、農林水産技術会議事務局も法律で定められた政策評価の一 環として、自らの施策について自己評価を行うことが義務づけられることになっ た。この政策評価に当たって準拠すべきものは、食料・農業・農村基本法の第29 条にもられた「研究開発目標の明確化」の主旨に沿って、5〜10年間の研究開発 プログラムとして農・林・水全体で12の研究分野ごとに13年4月に策定された 「農林水産研究・技術開発戦略」である。
農林水産技術会議(表1)は農林水産省設置法において本省の特別の機関とし て位置付けられており、昭和31年に英国の制度にならって当時の河野一郎農林大 臣の指示により設置された機関であって、会長の他6名の委員から構成されてい る(表1)。農林水産技術会議の下には農林水産技術会議事務局(図1)が置か れ、月1回の割で重要事項が審議されている。 表1 ◇図1◇ 農林水産技術会議の任務の1つに、わが国の農林水産業に係わる試験研究の基 本的な計画の企画立案がある。このいわゆるオールジャパン的視点に立ってわが 国の農林水産業にかかわる試験研究のあり方を考える役割は、国の試験研究機関 が独立行政法人化された後も変わるものではない。むしろ今回の独立行政法人化 の機会を、歴史的に農林水産業にかかわる試験研究が主に国および都道府県の試 験研究機関のような公的機関が担ってきた背景から、試験研究の企画立案に当た って公的試験研究機関に偏重した発想に陥りやすい状況にあった農林水産技術会 議事務局の運営を見直すよい機会と捉えている。事実、今日の農林水産業にかか わる困難な問題の解決に向けた試験研究の推進に当たっては、公的試験研究機関 はもちろん国内外の民間、大学といった多様な研究資源を活用することが不可欠 となっており、現場に直結した試験研究の推進においては普及組織等との連携も 視野に入れなければならない。 このような状況の下、農林水産技術会議事務局においては農林水産研究の総合 化と戦略的推進の視点からの企画立案・調整機能の強化を図るとともに、社会と の関係を踏まえた科学技術の将来展望等に関しての情報発信機能の強化に努める こととしている。なお農林水産技術会議において審議された内容等に関しては、 農林水産技術会議事務局のホームページ(http://www.s.affrc.go.jp/)上で 公開されている。
農林水産省が所管する独立行政法人は、農業関係6法人、林業関係1法人、水 産関係1法人の合計8法人から構成されている。この他、かつての農業総合研究 所は独立行政法人化の流れとは別に国の研究機関として残り、大臣官房所管の農 林水産政策研究所と再編された(図2)。 ◇図2◇ この中で畜産研究分野に関しては、農業技術研究機構の下に一元的に統合され た畜産草地研究所(旧畜産試験場と草地試験場を統合改組)と動物衛生研究所 (旧家畜衛生研究所を改組)において、飼料生産、家畜生産、家畜衛生の3つの 分野を一体として推進する体制が整備された。また、地域における畜産研究の推 進に当たっては、従来と同様、同じく農業技術研究機構内組織として北海道、東 北、中国・四国・近畿、九州の各地域に整備された地域農業研究センターで実施 される体制となった。さらに、動物ゲノム等の基礎的研究に関しては生物資源研 究所内に設けられた動物生命科学研究所が主体となって実施する体制となった。
11年7月に食料・農業・農村基本法が制定されたのに続き、13年6月に林野基 本法および水産基本法の制定がなされ、わが国の農林水産行政にかかわる基本政 策はこれら新たな基本法に沿って進められているところである。試験研究との関 係で重要なことは、いずれの基本法にも「技術開発と普及」の重要性がうたわれ、 研究開発の目標を明確化すべきことがもられたことである。 こうした一連の流れと呼応して、農林水産技術会議は、11年11月に今後10年間 を見通したわが国の農林水産研究開発の目標を農林水産研究基本目標として策定 した。この基本目標では、大きく2つの重点化方向として「現場を支える農林水 産技術の開発等を推進する研究」と「農林水産技術の革新と創出を担う生命と環 境の研究」が定められ、併せてこれら研究の効率的推進方策等が示されたところ である。また、それぞれの基本法に示された研究開発の目標の明確化という指摘 に基づいて、昨年来農・林・水のそれぞれの分野における主要技術分野ごとに 「農林水産研究・技術開発戦略」が策定されてきた。 この「技術開発戦略」の中では、技術分野ごとに取り組むべき重点課題が示さ れるとともに、それぞれの重点課題ごとに現在の研究・技術開発水準等が整理さ れ、今後5年後(17年度)および10年後(22年度)までに達成すべき目標が数 値目標として示された。 なお、この「農林水産研究・技術開発戦略」は、農林水産大臣より各独立行政 法人に示された中期目標の達成に向け独立行政法人自らが策定した中期計画に反 映されるとともに、新たに導入された政策評価システムに対応して、農林水産技 術会議事務局が自らの施策に対して行う自己評価の根拠となるものである。
「農林水産研究・技術開発戦略」の中の畜産研究分野における重点課題は、 「家畜生産」、「飼料生産」および「家畜衛生」の3つの分野ごとにまとめられ ており、その概要は以下の通りである。 (1)家畜生産 ア 家畜改良増殖技術の高度化 (ア)ゲノム研究を活用した家畜改良法の開発 (イ)繁殖技術の高度化・安定化 イ 省力的な畜産経営のための飼料管理技術の開発 (ア)効率的生産のための生理・代謝機能の解明と制御技術の開発 (イ)ゆとりある酪農経営実現のための技術開発 (ウ)放牧管理技術の高度化 ウ 家畜排せつ物処理・利用技術の高度化 (ア)環境負荷低減化技術の開発 (イ)畜産環境負荷評価法の開発 (ウ)家畜排せつ物の資源変換・利用 エ 多様なニーズに対応した高品質畜産物の生産加工技術の開発 (ア)畜産物の品質制御技術の開発 (イ)新機能・高品質畜産物加工技術の開発 オ 地域の特色を生かした家畜生産技術の開発 (ア)北海道の大規模粗飼料基盤を活用した高品質乳生産技術の開発 (イ)東北地域における日本短角種等による健全赤肉生産技術の開発 (ウ)中国地域等の中山間地域における低コスト肉用牛生産技術の開発 (エ)九州・沖縄地域における暑熱時の生産性低下防止技術の開発 (2)飼料生産 ア 飼料自給率向上を促す新品種、省力・低コスト飼料生産技術の開発 (ア)飼料自給率向上を促す飼料作物新品種の開発 (イ)環境と調和した飼料作物の安定栽培技術の開発 (ウ)高品質飼料の収穫・調整・利用技術の高度化 イ 飼料生産基盤の拡充と整備手法の開発 ウ 草地生態系の動態解明と持続的生産管理体系の確立 エ 地域の気候・土地条件等に適合した品種と利用技術の開発 (ア)寒地における土壌凍結地帯向けの放牧用草種・品種の開発と利用技術 (イ)暖地における高品質飼料作物品種および利用技術の開発 (3)家畜衛生 ア 感染病・生産病の診断および防除技術の開発 (ア)疫学的手法による疾病の生態学的防除法の開発 (イ)重要感染病の診断および防除技術の開発 (ウ)生産病の発症機構の解明と防除技術の開発 イ 免疫・生体防御機構の解明に基づく次世代ワクチン等の開発 (ア)臨床免疫研究の強化 (イ)次世代ワクチン等の開発 ウ 飼料および畜産物の安全性確保技術の開発
国の試験研究機関が独立行政法人化されるなど研究開発をめぐる最近の動きを 紹介し、今後の研究開発に当たって重点的に推進すべき課題を整理した「農林水 産研究・技術開発戦略」を畜産研究について紹介した。これまでの30年余り、わ が国の畜産は選択的拡大の名の下で規模拡大が進み、わが国の農業分野で最も大 きな産出額を占めるまで成長し、今や畜産物は国民の食生活の中で不可欠な食料 となっている。 しかし、わが国の畜産は、その基盤である飼料を海外に依存するあまり飼料自 給率は25%と低く、そのことは毎年の排出量が1億トンといわれる畜産廃棄物が 原因となる畜産環境問題の元凶ともなっている。さらに、昨年の口蹄疫に続き今 夏の牛海綿状脳症(BSE)の発生に見られるように、家畜衛生にかかわる深刻 な問題が発生したことも飼料供給体制の有り様と密接に関係する問題である。 言うまでもなく、本来畜産は、畜産廃棄物を有機資源として飼料畑に還元し飼 料作物の生産に供することによって持続的な生産が可能となる、いわば形を変え た土地利用型農業の一形態という考え方が重要と考える。この視点で見た場合、 いびつな形態にあるわが国の畜産は、いわゆる畜産公害と言われる国内問題だけ ではなく、飼料輸出国の飼料畑土壌が疲弊することを助長する原因ともなってい る。 こうした畜産分野の問題を始め、わが国の農林水産業が抱える問題を解決する ためには「農林水産研究・技術開発戦略」の実行こそが重要な課題であり、その ためには農林水産技術会議事務局の行うプロジェクト研究の企画立案等において も、独立行政法人や都道府県の試験研究機関等の公的機関の他、大学や民間の開 発力を活用した取り組みを強化する必要がある。そのことを怠ると農林水産技術 会議事務局の施策の実効性や実績に基づいて本年度から実施される政策評価に耐 えられないことになると認識している。 今年から自給飼料生産基盤の強化に向けた取り組みとして、稲発酵粗飼料の活 用の促進が事業化された。さらに耕畜連携強化を目指した事業の推進も図られる ようになった。こうした行政上の新たな取り組みは、例えば土地利用型農業研究 分野では稲発酵粗飼料の調整技術、作物育種研究分野では遺伝子組み換え技術を 活用したTDN収量の高い飼料用稲の育種、さらに環境研究分野では有機性資源の 循環利用技術といった畜産研究分野以外の研究課題にも反映されており、結果的 にこれらの研究開発を担う研究陣営に対するインセンティブともなっている。 新たな基本法にもあるように、これからの農政には技術が先導する農政といっ た視点が必要である。また、多くの困難な問題を抱えた農林水産業現場からは問 題解決に向けた技術開発への期待が大きい。こうした期待へ応えるためには、現 場のニーズを的確に把握した上で技術開発を行い、できるだけ早急に適切な技術 を提供することに努めなければならないと考えている。研究開発のあり方につい て、関係各位から忌憚のないご意見・ご提案をいただきたい。
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