大臣官房企画評価課 松本 憲彦
「平成13年度食料・農業・農村の動向に関する年次報告」(食料・農業・農村 白書)は、14年5月17日閣議決定のうえ、国会に提出、公表された。 13年度の白書は、13年9月のわが国初のBSEの確認を踏まえ、食品の安全性およ び品質の確保に向けた取り組み方向に焦点を置いて記述を行った。また、経済社 会の構造改革が重要な課題となっている中で、米を中心とする構造改革や都市と 農村の共生・対流を通じた循環型社会の構築の必要性等についても分析・検討を 行った。そのねらいは、国民が安全と安心を、農業者が自信と誇りを得ることが でき、「食」と「農」の一体化と、都市と農村の共生を可能とする社会の実現に 向けた課題と展開方向等について国民的な理解を深めることである。 以下、食料・農業・農村白書の概要について、畜産関係の検討結果を一部紹介す る。 なお、最後に白書全体の構成も紹介するので、詳細等については白書本文をご参 照いただきたい。 ◇図 1:牛肉等生鮮肉の家計消費量(全国・全世帯、世帯員1人当たり)◇ 「食」の安全性に対する信頼を揺るがしたBSE問題 平成13年9月、わが国で初めてBSE(牛海綿状脳症)が確認された。患畜はすで に肉骨粉にされていたが、関係機関では連絡体制が十分機能せず、当初、当該牛 は焼却されたと公表するなど対応が混乱した。 その後、当該肉骨粉は焼却されたが、正確な情報が少ない中、上記の対応の混 乱等により行政に対する不信が生じたとともに、「食」の安全性に対する信頼が 大きく揺らぎ、多くの消費者が牛肉の消費を控える行動をとった(図1)。 このため、厚生労働省と農林水産省が緊密な連携のもと、13年10月からと畜場 におけるBSE全頭検査体制を確立するなど各般の措置が講じられた(表1)。同体 制等の確立後は、家庭での牛肉購入量も上向くなど消費回復に向けた動きは確か なものとなりつつあり、今後ともBSEに関する正確な情報伝達、正しい知識の普及 ・啓発が求められる。 消費者サイドへ軸足の移動が求められる農林水産政策 BSE発生に際し、その対応について種々の問題が指摘されたことを受け、農林 水産大臣および厚生労働大臣の私的諮問機関「BSE問題に関する調査検討委員会」 が設置され、これまでの行政対応上の問題の検証および今後の畜産・食品衛生行 政のあり方が調査・検討された。14年4月に同委員会報告が取りまとめられ、危機 管理体制の欠落、消費者保護軽視、情報公開の不徹底等、農林水産行政等に対し て厳しい指摘がなされるとともに、食品の安全性を確保するための包括的な法律 の制定や新たな行政組織の構築が提言された(報告全文は農林水産省および厚生 労働省ホームページで参照可能)。 今後は、同報告を尊重し、「食」の安全と安心を確保するため、農林水産政策 の軸足を消費者サイドに大きく移し、大胆な見直し・改革を行っていくことが必 要となっている。 BSEの発生は牛肉の需給および畜産経営に大きな影響を及ぼした 牛肉消費の減退を招いたBSEの発生は、牛肉生産および畜産経営に大きな影響 を与えた。 13年の牛枝肉の生産量を乳牛(交雑種含む。)めすと去勢和牛を例に見ると、 9〜12月(累計)では前年同期に比べ、減少幅が大きく拡大した(図2)。また、 これら枝肉の卸売価格は9月以降大幅に低下した。 こうした状況を受け、多くの肉用牛肥育経営および繁殖経営の収益性は悪化し ている。 一方、酪農経営については、副産物である廃用牛およびヌレ子の販売収入が減 少している。また、廃用牛の流通が停滞状況にあることから、円滑な牛の更新へ の支障が懸念される。 以上のような状況を踏まえ、今般のBSEの発生による畜産経営等への影響を最 小限に抑え、食料の安定供給を確保するため、国では各般の対策を講じていると ころである。 ◇図 2:牛肉の枝肉生産量および価格の変化(平成13年)◇ 表1 現時点までのBSEにかかる各国の対応 肉骨粉等資源の適切な循環利用に生産者等の果たすべき役割は大きい 畜産業から発生するくず肉等の副産物を肉骨粉等に加工し、飼料用等に供給する 過程は、畜産物の流通段階での環境問題の発生を未然に防ぐ役割を果たしてきた。 他方、肉骨粉については、昭和50年代半ばから、需要が拡大し、海外からの輸入量 も増加した(図3)。 こうした中、わが国でのBSE発生を受け、平成13年9月には反すう動物由来たん ぱく質の牛への給与が法的に禁止された。さらに、10月には肉骨粉等を含む家畜 用飼料の製造、販売および家畜への給与が法的に禁止されるなどの措置が講じら れた。 しかしながら、11月には豚、馬および鶏に由来する血粉等の豚および鶏への給 与が解禁されるなど畜産副産物のリサイクルが一部再開された。上述のようにこ の循環は畜産業の発展にとって重要なものであり、資源の有効活用の観点からも 大きな意義を有するものである。これを断ち切ることなく円滑な資源循環を確保 していくためには、生産者・団体においては、その負うべき責任の大きさを自覚 し、法令等を順守していくことが求められている。 ◇図 3:肉骨粉の国別輸入量の推移◇ 耕畜連携等を通じた自給飼料の生産拡大が重要である 自給飼料増産の推進が、極めて重要な課題となっており、生産努力目標の達成 に向け、今後とも、飼料作物の単収および作付面積の拡大が必要である。 飼料作物の単収については、農家間の水準に大きなばらつきがみられる(図4)。 単収の向上は生産コストの引き下げにも寄与し得ることから、生産者における基 本技術の励行、優良な草種・品種の普及等を通じて、その高位平準化を図ること が重要である。 他方、作付面積の拡大については、近年、農地の有効利用等の観点から水田等 既耕地の活用等が重要となっている。こうした中、通常の水稲の栽培方法を準用 でき、かつ、湿田でも生産できる稲発酵粗飼料の作付面積は、12、13年度には急 増した。 今後とも、稲発酵粗飼料をはじめ、水田等での飼料作物生産の一層の推進を図 るため、稲作農家をはじめとする耕種農家と畜産農家の連携が重要であり、国に おいても、耕畜連携促進のため各般の支援をしている。こうした動きは、地域段 階にも徐々に浸透しており、国産稲わらの飼料利用の拡大も見込まれているなど、 農業生産現場での耕畜連携への機運の高まりがうかがわれる。 ◇図 4:飼料作物および米の単収水準階層別の農家数の分布(平成12年)◇ 家畜排せつ物の適正な管理と利用のための取組みが進められている 家畜排せつ物については、不適切な管理の解消や資源としての一層の有効活用 が求められている。 家畜排せつ物の酪農経営での処理・利用の状況を見ると、北海道においては、 必要量を超えて耕地に還元している経営体が大規模層ほど多くみられる(図5)。 また、都府県においては、経営規模が大きいほど、経営内外で処理できずに困っ ている経営体も多く、また、必要量を超えて耕地に還元している経営体も各規模 層である程度みられる。 こうした状況を踏まえると、今後は、畜産農家と耕種農家の連携強化による家 畜排せつ物のたい肥としての流通利用の促進が一層重要である。この点に関して、 実需者の一角を占める花き類生産者のたい肥利用に対する意識を見てみると、そ の利点として、「土壌物理性の改善」、「根の発生や伸長を良くする」等を挙げ る者が多く、たい肥の性質や利点が基本的に理解されている一方、利用する際の 問題点としてとりわけ「腐熟が不完全」、「雑草種子の混入」等を挙げる者が多 く、品質面で懸念を感じている実態がうかがわれる。 以上のことを踏まえると、耕種農家のたい肥に対する需要を喚起し、その流通 利用を促進する上で、たい肥の品質向上が極めて重要である。 ◇図 5:経産牛飼養頭数規模別に見た家畜排せつ物の経営内外での利用状況(酪農)◇ 平成13年度白書全体の構成 第T章 食料の安定供給システムの構築 ●今後の「食」の安全性確保への取り組み方向について検討。併せてわが国の食 生活の現状と「食生活指針」の推進の課題や食品産業の動向等についても記述 ●海外の動向については、「リスク分析」手法の適用が主流となっている諸外国 の食品安全行政の動向や中国のWTO加盟の影響等を検討 ●わが国の食料自給率の動向を分析し、目標の達成に向けた生産、消費の両面か らの取り組みの必要性を指摘するとともに、「不測時における食料安全保障マニ ュアル」の策定等、食料安全保障の確保に向けた取り組みを紹介 ●わが国の食生活と密接な関係にある将来の世界の食料需給について、多くの不 安定要因があることを指摘するとともに、わが国の農産物貿易の動向、国際備蓄 構想の具体化へ向けた取り組み等を紹介 ●昨年から始まったWTO新ラウンドについて、わが国の交渉提案の内容と諸外国 の反応、今後の交渉課題等を紹介するとともに、農業をめぐる国際交渉等の経緯 を参考年表として整理するなど、WTO農業交渉の位置付けを分かりやすく紹介 第U章 構造改革を通じた農業の持続的な発展 ●米を中心に構造改革が遅れているわが国の農業構造の現状等を分析し、「育成 すべき農業経営」が経営規模の拡大等に取り組むことのできる環境を整備する必 要性を指摘 ●新規就農者や認定農業者、農業法人等の動向をはじめ、農業の持続的な発展の 基盤となる人(経営)、農地、農業技術等の最近の動向について分析・整理 ●生産資材価格の下方硬直的な動きにより悪化している農業の交易条件指数の改 善のため、生産資材の流通等の合理化とコスト低減が必要であり、特に、流通の 大宗を担う農協系統の取り組みが重要であることを指摘 ●米、麦・大豆、野菜、畜産等の品目ごとに需給動向や生産構造の改革に向けた 課題等を整理。なお、野菜についてはわが国初となった一般セーフガード暫定措 置の発動の経緯等も整理 第V章 農村と都市との共生・対流による循環型社会の実現 ●地球環境と農業との関わりを考察し、環境と調和した持続的な農業の展開を通 じた循環型社会の構築の重要性を指摘。また、食品や農業生産に由来する廃棄物 の循環利用システムの構築、環境保全型農業の取組状況等について整理 ●農業の有する多面的機能の内容を平成13年11月の日本学術会議の答申やイラス ト等により紹介。また、農業の持つ情操かん養機能を活用した子どもたちの農業 体験の取り組みについても紹介 ●高齢化、混住化等の進展により、集落機能の低下等が進む農村の現状について 分析。また、「中山間地域等直接支払制度」の浸透状況等を紹介 ●都市と農村が互いの魅力を享受できる互恵的な関係を築き、人・もの・情報が 「対流」する社会を構築する必要性を指摘するとともに、都市と農村の共生・対 流を通じた地域活性化等に向けた多様な取り組みを紹介
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