◎今月の話題


牛乳と栄養素密度

中京短期大学 名誉教授 土屋 文安





 




はじめに

 健康や食品・栄養に関する情報が、世間にあふれている。それにもかかわらず、
栄養ということが正しく理解されていない面が少なくない。その1つが栄養とカ
ロリーの混乱である。つまり、「栄養がある」→「カロリーが高い」→「太る」
という誤解である。19世紀末に栄養学が興った頃、ビタミンやミネラルなど微量
栄養素の知識がなく、栄養価とはカロリーの多寡であるとされた。このような初
歩的な栄養学が、21世紀の今日に生き残っているかのようである。

 牛乳の栄養価が高いことは、常識として定着している。しかし、栄養があるこ
とは太ることだとする誤解が、若い人たちを中心にまん延しているように思われ
る。牛乳を飲むと太るという誤認から、牛乳を避ける風潮がある。そのため、生
涯の中で最もカルシウムを蓄積できる若い人たち、特に若い女性にカルシウム不
足がみられることは、わが国の将来の健康問題にとって大きな心配の種となって
いる。

 牛乳は、牛乳自体が持つエネルギーの割に、各種栄養素の含量が高い。つまり、
太ることなく栄養補給ができるということである。牛乳のこの重要な特性につい
て、考えてみたい。


肥満とやせの現状

 近年、生活習慣病の1つの原因として、肥満が重視されるようになってきた。
国民栄養調査によれば、男性の30〜60歳代、女性の50〜70歳代のほぼ3人に1人が
肥満とされている。一方、20、30歳代の女性では「やせ」が増加しており、5人
に1人前後となっている。しかも、同調査によれば、15〜19歳の女性では、客観
的に普通体型であるのに、自己評価では「太っている」と回答したのが約6割、
客観的に「やせ」と判定される体型であるにも関わらず、自己評価で「太ってい
る」としたのが約1割いたという。また、学校保健最新情報によれば、女子中学
生・高校生の約9割が、自分の体型について「かなりやせたい」か「少しだけや
せたい」としているという。男子中学生・高校生のそれが、約4割であることか
らみて、若い女性の痩身願望がいかに強いかがうかがわれる。

 若い女性のスマートな体型、それ自体は誰にとっても好ましいことに違いない。
しかし、行き過ぎると「やせ」となって、健康の上からいろいろな問題を引き起
こしている。

牛乳の栄養素密度

 牛乳がヒトに必要な栄養素のほとんどを含む優れた食品であることは、広く知
れ渡っている。しかし、牛乳の栄養価を「栄養素密度」の視点から論じた例は少
ない。

 栄養素密度とは、簡単にいえば、その食品が持つエネルギー当たりの栄養素の
量ということである。

 栄養素密度は、元来は、栄養所要量におけるエネルギーと栄養素の比率と比較
して用いられるものである。例えば、エネルギー所要量を2,000キロカロリー、
カルシウム所要量が600ミリグラムとすると、100キロカロリー当たりでは、30ミ
リグラムとなる。一方、牛乳の成分組成を五訂食品成分表で見ると、100グラム
でエネルギー67キロカロリー、カルシウム110ミリグラムであるから、100キロカ
ロリー当たりのカルシウムは164ミリグラムとなる。この値は上記30ミリグラム
の5.5倍であり、牛乳のカルシウムの栄養素密度は5.5である。

 同様の計算をビタミンB2について行うと、6.6となる。このように牛乳の各種
栄養素は、鉄やビタミンCを除くといずれも、栄養素密度が高いことが特徴であ
る。

 このような栄養素密度の求め方は、単位も所要量も違う各種栄養素の密度を比
較するには便利であるが、実用的な面で考えると、あまり有効とはいえない。な
ぜならば、栄養所要量は、性・年齢・生活活動強度などで異なり、エネルギー当
たりの所要量は一義的に決められないことと、エネルギー所要量を単一の食品で
補給するなどということはあり得ないからである。従って、栄養素密度を単に一
定のエネルギー量−100キロカロリーあるいは1,000キロカロリー−に対する栄養
素量としておく方が理解しやすい。

 100キロカロリーは18〜29歳の女性の所要量のほぼ20分の1であるが、カルシウ
ム164ミリグラムは、所要量の3.7分の1である。換言すれば、所要量の5%のエネ
ルギーで、27%のカルシウムを補給できることである。

 栄養素密度が高いことは、少ないエネルギー摂取で栄養素の補給ができるとい
うことである。

ダイエットには基礎食として牛乳を

 上述のように、若い女性層のダイエットには疑問があるが、問題は壮年期以後
の肥満である。生活様式の変化から必要エネルギーは減少したのに、食物摂取量
はあまり変わっていないからであろう。従って、生活活動強度を高め、エネルギ
ーの消費を高めることが推奨されているが、その実現はかなり困難である。現実
にはエネルギー摂取量の低減、いわゆるダイエットを志向することが多い。この
場合、エネルギー源となる脂質や糖質を減らすだけならよいが、食事量を減らす
と、必要栄養素の補給が不足する懸念が出てくる。また高齢者の中には、食事の
量が少なくなってしまう場合も少なくない。

 このように、摂取エネルギーが少ない場合、栄養素密度が重要となる。牛乳は、
各種栄養素の栄養素密度が高いので、少ないエネルギー摂取でも必要栄養素を補
給できるからである。このような牛乳の栄養学的特徴を踏まえて、栄養補給の基
礎食としての牛乳を再認識されることが望ましい。


つちや ふみやす

昭和27年 東京大学農学部農芸化学科卒業、同年 明治乳業株式会社入社、50年 
同社中央研究所長、平成元年 中京短期大学教授、14年 同大学名誉教授、昭和62
年 科学技術庁長官賞受賞 業績「育児用調製粉乳の開発」、牛乳読本−だれで
もわかる牛乳の新知識(平成13年 NHK出版)など著書多数

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