◎調査・報告


ウシゲノム解析の現状と展望

社団法人畜産技術協会 附属動物遺伝研究所 動物遺伝研究部長 杉本 喜憲




はじめに

 平成13年2月にヒトゲノムのドラフト配列が公開されて以来、生物学関連分野
における研究様相が急変している。膨大なヒトゲノムデータベースは、ゲノム創
薬という治療薬の開発を目指した言葉さえ生んだ。今後、遺伝子情報が農業分野
にも影響していくと思われる。この小論ではウシゲノム解析の現状と将来の展望
について紹介する。


これまでのウシゲノム解析の状況

 数年前のことである。われわれは、クローディン−16欠損症の責任遺伝子を捜
していた。連鎖解析を行い、責任遺伝子を染色体1番のほぼ中央にマッピングし
たが、この領域はヒト染色体3番と21番が接合している領域であり、遺伝子の並
び方もヒトとウシで異なっているので、ヒトの情報を利用することは困難だった。
ウシのこの領域の一部を調べたところ、幸運にも広範な領域が欠損していること
がわかった。これがきっかけとなり、責任遺伝子に到達することができた。これ
までのウシゲノム研究の成果が表1にまとめられている。幸運があれば、責任遺
伝子が同定できる状況といえる。

表1 ウシ遺伝形質のマッピングと遺伝子の同定

 MGF, mast cell growth factor ; 
 MCSU, molybdopterin cofactor sulfurase, LOD; 
 ロッドスコア(対数尤度比),
 P ; 有意水準

 

これからのウシゲノム解析に必要なツール

 現在も遺伝性疾患のゲノム解析で苦闘していることは変わらない。経済形質に
至ってはゲノム解析から責任遺伝子が同定された例がない。ゲノム解析は、いか
に困難な研究なのかを物語っている。しかしながら、状況は変わりつつある。ウ
シのDNAクローンから読んだ配列についてヒトゲノムとの相同性を検索すると、
ヒト染色体の特定の領域にそれらの配列がずらっと並ぶ。ヒトゲノムの情報がい
かに豊富であるかがわかる。ヒトの情報をウシで利用するためには、大量のウシ
発現遺伝子配列座(EST)(Expressed Sequence Tagの略)を開発し、RH
(Radiation Hybridの略)(放射線照射雑種細胞)パネルの物理地図(RH
マップという)を作れば、ウシ−ヒト比較地図として役に立つ。表2にESTの開
発の状況を示している。

 われわれが開発した32,000個のウシESTを公開した2年前には、約200個のウ
シESTしか知られていなかった。われわれは、このESTデータベースを駆使し、
4,000種のウシ遺伝子を並べた物理地図を作成した。3万から4万種あると言わ
れる遺伝子の大部分の位置が分かれば、ウシとヒトのゲノム構造の違いや類似性
が明らかになるだろう。

表2 GenBankに登録されているEST数(2002年1月現在)

 注:Gen Bank(家畜遺伝子を登録する機関)


展 望

 ウシゲノム研究のターゲットになっている遺伝性疾患や経済形質は、産業的に
も重要な形質である。それらの責任遺伝子を同定するには、次のような条件が欠
かせないと思う。

(1)ヒトゲノム情報を利用できるウシ遺伝子地図
(2)目的とする表現型が分離(ばらついている)している家系のDNA材料の確
   保
(3)マーカーの型判定やDNA塩基配列解析などの大量処理を可能とする機関
(4)困難な課題をブレークスルーできる優れた研究者


(1)の遺伝子地図は世界共通のものであり、加速度的に整えられるはずである。
しかし、(2)については、明確な目標を設定し、収集のシステムを作って対応
しなければならない。実際、ヒトの難病のゲノム解析が困難なのは、解析に適し
た家系を集めるのが難しいからである。(3)は実現の段階にある。(4)は無
い物ねだりかもしれない。

 すでに、ゲノム関連技術の平準化は、全国のウシ育種現場において実施されて
きた。遺伝性疾患や経済形質の遺伝情報を調べることで選抜できるわけである。
残されているのは、産業に有益な遺伝情報をいかに生み出していけるかである。

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