◎専門調査レポート


動き出した酪農教育ファーム

放送大学 京都学習センター 所長 宮崎 昭

 

 




注目される牧場体験

 子供は動物が好きである。とりわけ家畜はおとなしく、手でさわることもでき
る。そこで、小学校の近隣に畜産経営があると、写生の対象として家畜を見せて
欲しいなどと言われることがある。特に酪農は白黒の斑があるホルスタインを飼
っているので絵になりやすい。牛乳生産があるのも魅力的である。

 学校と牧場の連携が深まると、牧場体験学習へと発展する。このような事例は、
全国的に散見され、系統だった学習とまではいかないものの、それなりの教育効
果が認められてきた。その場合、牧場側のボランティア精神にほとんど支えられ
てきた。

 近年、わが国では、教育改革の一環として「生きる力の育成」が目標とされ、
「自ら学び、自ら考える力の教育」と「心の教育」が重要視されるようになった。
それは昭和30年代後半から、「生活経験重視の学習は学力を低下させる」として、
系統的学習に重点をおいてきた従前の教育方針を大きく変えるものである。それ
によって教育レベルが伸びても、子供の内面にさまざまな歪みが生じたことへの
反省でもあった。

 そうした中で、酪農などの生命産業が学校教育関係者の注目を集め始めた。牧
場体験による生き物とのふれあいは、情操教育に好ましい効果をもたらす可能性
があるからである。

 近年、文部科学省と農林水産省が協力して酪農教育ファームの推進を図ること
になった。社団法人中央酪農会議がその実践として、研修会を開き、全国116カ
所の牧場を酪農教育ファームと認証した。今回、その2カ所を訪れる機会を得た
ので、その実態および問題点について報告する。


民宿 遊牧民 ペブロノマダ/池田牧場

 広島県甲奴郡上下町にあるこの牧場は中国山脈の分水嶺にあり、山間地の林に
囲まれて広がる草地に立地している。そこは自然に恵まれ、季節によってはタヌ
キやキツネが出没するのどかな山村のイメージがある。昭和31年この地に先代が
開拓者として入り、徐々に飼料畑を拡げた。現在、池田氏夫妻と次女の3人で搾
乳牛30頭、育成牛20頭、肥育牛1頭を飼養している。

 飼料畑は5ヘクタールで、夏はソルガム(2回刈り)、冬はイタリアンライグ
ラスを栽培し、いずれもサイレージとして通年給与している。ほかに0.5ヘクタ
ールの転作田を借りて、育成中の子牛向けの乾草を生産している。粗飼料自給率
は70〜80%である。経営は自給飼料の生産を縮少して、乾草などを購入した方が、
楽になるし、また経済性も良くなるが、牧場には緑がなくてはならないとの信念
を貫いている。

 上下町の畜産農家はこの牧場だけである。そのため、地元の清嶽小学生が写生
会でここを訪れることになった。そのうち、少し離れた上下小学校、また福山市
からも写生をかねた遠足で生徒が来るようになった(写真1)。
【写真1 手造りの民宿(池田牧場)】
 池田氏は増頭を進め、60年までに搾乳牛を50頭として、夫妻で仕事優先の生活
を続けた。しかし、63年に10才の長女が病気で入退院を繰り返す間に、家庭生活
を重視しようと方針を変えた。飼養規模を現在と同水準に減らし、作業時間も子
供の登校後の8時に朝の搾乳、夕食後の8時に夕方の搾乳をすることにした。ま
た家族旅行も取り入れた。働くだけではだめだ、生活を楽しくしなくてはならな
いと夫妻は質の向上を求めた。

 平成元年、牛肉のオーナー制を思いついた。この牧場で肥育した牛のと畜予定
が決まると、参加可能のオーナーを募り、1口1万円、1人何口でもよいことに
して、焼肉パーティを牧場で開くのである。現在約100世帯が登録し、最初のパ
ーティでは20世帯から70〜80名が参加した。1頭分の枝肉を牧場に持ち込むので、
余った牛肉は参加世帯が持ち帰ることもあるし、手許に残すこともある。このパ
ーティ、以前は年に4回ほど開いたが、最近は回数が減っている。

 このオーナーの集まりの名称が「遊牧民」である。

 会場は当初は牛舎近くの草地であったが、まもなく、牧場に泊りたいという人
が現われ、牛舎の休息室に宿泊させた。しかし、希望者が多くなるので宿泊所を
建設することにした。8年に古材、古電柱などを無料で入手し、手造りのログハ
ウスを建て、10年に民宿営業許可を受けた。この宿泊所はフリーストール牛舎と
ミルキングパーラー(3頭連)と壁一枚で接していて、朝早く活発な音がするの
でモウニングコールと呼んでいる。

 オーナー制の焼肉パーティのうわさを聞いて、見学者が増える中で、その後、
手造りで80人が入れるバーベキューハウスも建設された。これらは楽しい酪農を
目指す池田氏のもちまえの器用さと広い交友関係に支えられて実現した。

 12年には見学者に手軽に牛肉料理が出せるように、またソフトクリームが食べ
られるように喫茶館を手造りし、ミルク食感と名付けて食堂営業許可を受けた。

 牧場には楽しい工夫が数多くこらされている。ホルスタイングッズも多く展示
され、ポニー、ヤギ、うさぎ、烏骨鶏がいて心がなごむ。

 牧場を写生などで訪れる子供たちは、無料で年間300名ほどである。

 しかし、家族連れは牧場で搾乳体験がしたいなどと言い出した。そのため、搾
乳、給じ、チーズ作りなどの体験を有料とし、一律500円とした。最近、月に2
組ほどが有料の牧場体験を試みている(写真2)。
【写真2 池田牧場のメンバー
(右端筆者)】

リバティヒル広瀬牧場 ウエモンズハート/十勝農楽校

 北海道帯広市にあるこの牧場は十勝平野の中央の平坦な農用地にあり、遠く日
高山脈をのぞむ、風光明美の地に立地している。防風林に囲まれ、北海道らしい
牧場である。

 先々代が開拓者として昭和13年に入植し、当初は豆づくりをしていたが、23年
に牛を導入し、徐々に酪農に向った。現在、広瀬氏と男女2名で搾乳牛98頭、育
成牛57頭を飼養している。夫人はアイスクリームなどの加工や新製品の開発に当
たっている。

 経営土地面積は55ヘクタールで、うち26ヘクタールは借地である。牧草地は30
ヘクタールで、チモシー主体で、レッドクローバーが少し混ざっている。20ヘク
タールはデントコーンを栽培し、サイレージとして通年給与している。粗飼料自
給率は100%である。

  帯広市内西南のこの地域では1,000人規模の小学校の地域内に酪農はここ1カ
所というわけで、子供が訪れるようになった。特に小学3年生は副読本をつくり、
1年がかりで地域の産業の勉強をするので「広瀬君のお父さんの牧場を見せても
らおう」と、3年生60〜70名が先生に連れられて来ることになった(写真3)。
【写真3 搾乳がみえる2階建
(広瀬牧場)】
  広瀬氏は酪農2代目の経営者として、十勝の農業をこよなく愛していたが、55
年以降、日本経済が右肩上りで大発展し、国民がバブルに踊っている間に、食料
自給率が低下の一途をたどったことに疑問を抱いた。特に畜産はコスト低減のた
めに飼養規模を拡大した結果、3K現場と言われた。その影響もあって、農業王
国十勝でも例外なく離農が増えた。これが続くと、農業を継ぐ人に夢がなくなる、
何とか酪農を発展させる道はないかと考え、消費者を味方につけることを思いつ
いた。

 平成3年、育成牛舎と乾草庫を改造したフリーストール牛舎とミルキングパー
ラー(8頭ダブルのパラレルタイプ)を導入する機会に、作業見学ができるよう
に、隣接してログハウス2階建てを建設した。2階の広い窓越しに搾乳が見える
のである。そこには多目的に使用できるホールもあって、多くの見学者に来ても
らい酪農に対する理解度が深まると良いと考えた。

 施設を建設した直後、酪農仲間が訪れたが、続いてご子息の通う小学校の3年
生が社会科の勉強に訪れた。その結果平成4年には年間1,000人が牧場見学にや
ってきた。翌年も3年生がやってきたが、転勤された先生が別の学校の小学生を
連れてこられ、見学者が増えた。その後農業改良普及所や乳業メーカーの人々が
この牧場に行けば酪農の話がきけると口伝えに宣伝し、5、6年には旅行業者が
修学旅行コースにここを入れたいと言い出した。帯広市の紹介で、関東の中学生
なども見学に来るようになった。6、7年には年間2,000人程度、その後は3,0
00人という年もある。最近は14年度導入予定の総合的な学習にこの牧場を活用し
たいと申し入れる小学校が出始めている。

 子供には、わかりやすい説明が必要となる。広瀬氏は当初、原稿を見ながら早
口で説明したが、学校の先生だった夫人の助言で、次第に上手に話せるようにな
った。乳牛のこと、飼料のこと、牛乳のことなど、現物を目の前にした説明を聞
いた子供は家に帰って、「広瀬牧場の70歳のおばあちゃんは、牛乳を毎日飲んで
いるので虫歯がなく、骨も強いんだ。ぼくもこれから牛乳をもっと飲む」と言っ
たと人づてにきいて、「俺って、こんな良い仕事をしているんだ」と酪農経営を
誇りに思い、また、こうして子供の周りが牛乳について知ることで、酪農の将来
に明るい展望が開けたような気持になるという。

 広瀬牧場には十勝農楽校という学習講座があり、実習ができる。@講義、A搾
乳体験(機械と手搾り)、Bアイスクリーム作り体験がメニューとしてあり、利
用時間、学習内容によって組合せは自由で金額も相談に応ずる形をとっている。
ちなみに上記@+A+Bは1,500円である。このうち、アイスクリーム作りは、
ウエモンズハートというモダンな建物内で行われる。そこは小さいプラントで、
衛生的に十分な配慮がされている。また、建物の中はチロル風の飾りがあって、
いかにも牧場に来たという気になる。ちなみにこの名称は北海道に入植した先々
代、右衛門さんにちなんだものである。大通りに面したこの建物には、観光バス
も立ち寄るとのことで、夏の日曜祝日には2,000人ほどが来るし、平日でも500
人ほどが来るという(写真4)。
【写真4 アイスクリーム工房と
広瀬夫妻(中央筆者)】

教育ファームの特徴

 訪れた2つの牧場には共通的な特徴が認められた。まず、教育ファームを目指
した動機である。その1つは、小学生に牧場のありのままの姿をみせることで、
酪農に対する理解度を深めれば、畜産に対する応援が大きくなると考えたことで
あった。酪農につきまとうふん尿のにおいなども、牛乳生産過程である程度出る
ものと知った人々は、においに対する嫌悪感が薄らいだに違いない。また、子供
がそうしたことを知れば、その周囲の大人も理解度を増していくことであろう。
その結果、将来、酪農を続けて行く上で良い環境も生まれるとの期待感があった。

 2つ目の動機は食物への感謝の気持を通じて農畜産業そのものへの理解を深め
ることであった。作物であれ家畜であれ農畜産業はいのちを育て、それを利用す
る産業であり、人間生活の基本はそれに支えられている。牧場に来れば、子供は
大自然で物質循環を繰り返すいのちの輪を知ることになる。それは将来、畜産物
を利用する消費者が、いのちをもらって人間は生きていることを知り、食べもの
に感謝する気持を強くさせるに違いない。

 次に教育ファームの担い手についてである。酪農教育ファームはそれにふさわ
しい牧場が実践の場にならなくてはならない。その点これらの牧場には共通点が
あった。まず牧場で働く人々が皆、明るい性格で、酪農を楽しんでいる様子であ
った。そして器用で、創意工夫を上手に実現させる能力を持っていた。手造りの
建物をプラモデルで遊ぶ感覚で作った池田氏、小学生に酪農をわかりやすく説明
するための工夫をこらした広瀬氏、やはり適任者が努力したので、教育ファーム
がうまく展開しているのであろう。夫人たちも活発でアイスクリームやソフトク
リーム作りにさまざまなアイデアを盛り込み、ミルク食感とウエモンズハートを
見事に飾りつけ、訪れる人々を楽しませている。

 人づき合いがよく、地域の異なった職業の人々を寄せつけ、その輪を拡げ、牧
場を活性化させたことも注目できる。池田氏は人とのつながりの中で、手造り施
設の材料のほとんどを無料で入手した。また、広瀬氏は牧場を開放していなかっ
たら出会うことができなかったに違いない人々との親交が深まり、人生が豊かに
なったと述べている。

 ボランティア精神が旺盛な点も共通していた。子供の学習に牧場を開放するこ
とは、本来の経済活動にさまざまな悪影響を及ぼす心配がある。また子供の安全
面にも特段の配慮が必要となる。それにもかかわらず、ともに思い切って地域の
希望を受け入れてきた度量の大きさは見上げたものである。


教育ファームの問題点

 酪農教育ファームの問題点も2つの牧場で共通していた。まず、それが牧場の
ボランティアに強く依存する形で進められてきた点が挙げられる。子供が先生に
連れられて牧場へ来るものの、そこには大動物や、さまざまな作業用機械がある。
施設も子供が来て安全という設計では必ずしもない。安全と衛生管理のため、立
入禁止区域を決めたり、危険物や車両の管理や保管に高度の配慮が必要となる。
それは日常の作業面で支障を来たすことにもなる。家畜を展示し、触らせ、搾乳
させれば、牛に副次的な影響が出る心配がある。特に高能力牛は敏感で生産活動
へ悪い影響が出る恐れがある。

 見学は牧場に緑の多いシーズンに集中しがちである。それは牧場にとって、か
き入れどきとも言える忙しい時でもある。しかも見学時間は日中で、作業しやす
い時間帯でもある。しかし、そういう理由で学校に変更を求めても、子供のこと
を思うと、たいてい、牧場が折れてしまう。連日の見学に困っても、それぞれの
学校にとっては1回だけなのだから、何とか都合してと言われ、断ることもでき
ない。14年度になると、小学校で総合的な学習が始まるが、そうなればもっと多
くの学校から見学希望が出るに違いない。それはうれしい悲鳴となる。

 教育効果を高めるために、フランスの教育ファームで行われるような、作物や
家畜の成長について、日を追った観察などを取りあげると、牧場には年間何回も
子供が訪れることになろう。担任の先生が詳しく酪農の説明ができるのはまれで
あるから、牧場側がその説明をすることになりがちで、その分、時間をさかれて
しまう。かといって、専任の説明者を雇用することは、よほど規模の大きい観光
牧場的なところでないと無理である。

 牧場を訪れた子供に対する学習効果を上げるためには、良い解説が必要である。
しかし今までは、牧場ごとに自由に説明が行われていたので、濃淡がどうしても
みられた。それは牧場の規模とか装備に大きな差異がある中で、ある程度、やむ
をえないものの、いわば教育に素人とも言えるボランティアであるから、時には
片寄った説明となることもある。聞き取り調査では、近くのある牧場では、自ら
の信念を吐露するあまり、別の牧場を批判していたこともあったという。これで
は教育上、問題が生じる。

 大部分の牧場は小学生の学年に応じた説明などに工夫をしているので、教材の
準備に時間と労力をかけている。それでもなお、適切な指導があれば、もっと良
いものになろうと考える。


教育ファーム発展のために

 酪農教育ファーム認証制度ができても、なお当分は牧場のボランティアに負う
ところが大きいものと考えられる。そうだとしたら、牧場の教育的行為に対価を
支払うことが望ましい。牧場はお金を取りたいと思っても、なかなか言い出せな
い。また、学校側も、牛を触らせてもらうのにお金を払わなければならないこと
に理解が低いことが多い。その点をはっきり理解し合えるようになることが必要
である。それは牧場体験を教育の一環と考える教育行政が調整すべきことである。

 子供の安全面についても、見学するときに傷害保険に加入しているのはまれで
ある。すなわち、学校は子供を危険が生じる恐れのある牧場へ安易に連れてくる
こともある。もちろん、連れてくること自体は、教育的に立派な決断ではあるが、
牧場を全面的に信頼している点はかえって気になる。そこで、体験入牧料をとっ
て、その一部を保険の掛け金に回そうと思っても、なかなか理解が得られそうに
ない点も、牧場の悩みである。

 次に牧場体験を教育上実り多いものにするためには、学習内容のレベルアップ
と斉一化が重要である。幸い、社団法人中央酪農会議のテキストは、牧場にとっ
て強い味方であり、今後活用されていくであろうが、説明に当たる人に対して、
しかるべき処遇がなされるべきである。ボランティアではなく、学校の非常勤講
師として、学校教育に組み入れることが重要であろう。学校と牧場の連携を深め
ようとすれば、牧場体験のもち方についての十分な協議が必要となろう。

 家畜の中で、展示用として子供が触れたり、搾乳したりするものは教材と位置
づけることも考えるべきである。家畜は経済動物であるから、教育用に利用する
場合、少しでも経済的補助をしてこそ、教育ファームが長続きするのである。同
じように、展示説明用資料の作成に対して支援が考えられてもよかろう。

 子供にとって牧場体験でもっともエキサイティングなことは搾乳した牛乳が飲
めることである。しかし、たいていの牧場では、殺菌など加工処理するプラント
がないので、搾りたての生乳を子供に提供するわけにいかない。プラントを作る
には多額の費用が必要となる。そのため、生乳はアイスクリームなどに加工され、
子供はそれを食べることになる。このあたりは酪農行政に関わることであるが、
一工夫望めないものであろうか。実習用小型プラント設置なども教育上必要な気
がする。

 酪農教育ファーム認証制度は始まったばかりである。これを初めの一歩として、
さまざまな肉付けをしながら、酪農をはじめ畜産経営が生きものを通して、ここ
ろの教育に役立っていくことが望まれる。

元のページに戻る