広島大学大学院 生物圏科学研究科 教授 西村 敏英
近年、消費者の健康志向並びに嗜好の多様性から、食肉の中でもとりわけ鶏肉 の消費が増えている。これまで肉用鶏として主流であったブロイラーとは、ひと 味違うおいしい鶏肉供給を目的として、各地で新しい地鶏の生産も盛んになって いる。 また、最近、これまで牛肉や豚肉で行われていた熟成処理が鶏肉にも応用され、 よりおいしい鶏肉の供給が行われるようになってきた。鶏肉を熟成すると、イノ シン酸だけでなく、遊離アミノ酸やペプチドが増加する(引用文献1-4)。遊離ア ミノ酸やペプチドは、食肉のうま味やまろやかさに寄与すること(引用文献5,6) から、鶏肉の熟成に伴うこれらの増加は、肉質の改良に重要な役割を果たしてい ると考えられる。 しかし、日本在来鶏や地鶏について、熟成に伴う肉質変化を詳細に検討した報 告はほとんどない。また、地鶏はブロイラーに比べて成長が遅いため、と殺直後 の熟成速度もブロイラーとは異なることが予想される。 このような事情から、地鶏の熟成に伴う肉質変化を多面的に解析し、ブロイラ ー肉と比較検討することは、地鶏の特徴を生かしたおいしい鶏肉を供給する上で 重要な課題である。 そこで、本研究では、地鶏としてシャモとロードアイランドレッドを交配した F1の12および20週齢鶏を用い、まず脱骨時間が肉の硬さに及ぼす影響を調べた。 次に、8、12および20週齢のシャモF1について、解体後の肉質、特に呈味成分 (遊離アミノ酸、ペプチド、イノシン酸)の変化を解析した。
シャモF1胸肉の熟成に伴う破断応力の変化 12週齢および20週齢のシャモF1胸肉を骨付き状態あるいは脱骨した正肉状態で 熟成した。各熟成肉を加熱した後、その破断応力をレオメーター(Model; R-DM- 2、(株)サン科学)で測定した。 12週齢のシャモF1の胸肉は骨付き状態で熟成すると12時間までは貯蔵時間が長 いほど軟らかくなることが明らかとなった(図1)。 一方、と殺直後に骨をはずして、正肉で貯蔵すると軟化速度は遅く、8時間以上 貯蔵しても軟らかさに変化は認められなかった。また、と殺直後に脱骨すると、 骨付き状態で保存した場合の軟らかさが得られないことも明らかとなった。 20週齢のシャモF1を骨付き状態で熟成した場合でも、12週齢の場合と同様に貯 蔵時間と共に軟らかくなることが判明した(図2)。20週齢の場合には、24時間ま で軟化が進むことも明らかとなった。 一方、と殺直後に骨をはずして、正肉で貯蔵すると、12週齢の場合と同様に軟 化速度は遅く、12時間以上貯蔵しても軟らかさに変化は認められなかった。と殺 直後に脱骨すると、12週齢の場合と同様に、骨付き状態で保存した場合の軟らか さが得られないことも明らかとなった。 これらの結果から、少なくとも24時間骨付き状態で熟成した時には死後硬直が 終了すると判断し、以後の肉質解析では、と殺24時間後に脱骨し、さらに熟成す ることとした。 図1 12週齢シャモF1胸肉の熟成に伴う破断応力の変化 図2 20週齢シャモF1胸肉の熟成に伴う破断応力の変化 ブロイラー胸肉の熟成に伴う破断応力の変化 20週齢のブロイラー胸肉についても、脱骨時間の硬さへの影響を調べた(図3)。 20週齢のブロイラー胸肉は骨付き状態で熟成すると24時間までは貯蔵時間が長い ほど軟らかくなることが明らかとなった。 一方、と殺直後に骨をはずして、正肉で貯蔵すると軟化速度は遅く、12時間熟 成してもあまり軟化は進行しなかった。 しかし、12-24時間に急激に軟化が進行し、と殺後24時間熟成すると骨付き状態 で熟成した肉の硬さに近づくことが明らかとなった。 ブロイラー胸肉のと殺直後における硬さは、シャモF1のものより著しく大きい ことが判明した。これは、ブロイラー胸肉の死後硬直が、シャモF1のものより大 きいことによると考えられる。また、ブロイラーの軟化速度も、シャモF1に比べ て大きいことが判明した。これらは、ブロイラーの代謝回転が、シャモF1よりも 大きいことに起因すると推定された。 図3 20週齢ブロイラー胸肉の熟成に伴う破断応力の変化
熟成に伴う遊離アミノ酸の変化 シャモF1腿肉の熟成に伴う遊離アミノ酸の変化 8、12、および20週齢のシャモF1のと体を骨付き状態で4℃に24 時間保存した 後、脱骨し、胸肉および腿肉を取りだした。それぞれをさらに4℃でと殺後48お よび72時間まで熟成した。 腿肉の熟成に伴う遊離アミノ酸の変動を図4に示した。8、12、および20週齢の シャモF1腿肉の総遊離アミノ酸量は、熟成前ではそれぞれ、18.1、15.7、14.7μ モル(1グラム肉当たり)で、若い鶏の肉ほど大きかった。熟成に伴い、いずれの 肉でも遊離アミノ酸は増加することが明らかとなった。熟成後の肉では、グルタ ミン酸、アラニン、セリン、グリシンが主要な遊離アミノ酸であった。遊離アミ ノ酸の増加速度は、週齢が大きいほど遅いことが判明した。従って、72時間の熟 成した肉では、総遊離アミノ酸量は20週齢の肉で最も少なかった。20週齢の腿肉 は、さらに長期の熟成を施すことにより、遊離アミノ酸の増加が認められると推 定された。このような遊離アミノ酸の増加速度の違いは、代謝回転の違いに起因 すると推察される。これらの結果から、鶏の週齢の違いにより熟成日数を変える ことが必要であると結論された。 図4 シャモF1腿肉の熟成に伴う総遊離アミノ酸量の変化 8週齢のシャモF1とブロイラー胸肉の熟成に伴う遊離アミノ酸の変化 図5に、8週齢のシャモF1とブロイラー胸肉を熟成したときの総遊離アミノ酸量 の変化を示した。 いずれの肉でも、熟成に伴い遊離アミノ酸が増加することが明らかとなった。 また、と殺直後のシャモF1とブロイラーの胸肉に含まれる総遊離アミノ酸量は、 それぞれ7.0と6.9 μモル(1グラム肉当たり)であったが、72時間熟成したら、 15.2と14.3μモルまで増加した。しかし、熟成前後の総遊離アミノ酸量は、両者 で差が認められなかった。これらの結果から、品種が違っていても週齢が同じ鶏 の胸肉では熟成速度に差が認められないことが示唆された。三枝氏らも、9週齢の シャモとブロイラーの胸肉に含まれる遊離アミノ酸含量を調べ、アンセリンおよ びカルノシンを除く遊離アミノ酸含量に差が無いことを報告している(引用文献 7)。 週齢の大きいシャモF1およびブロイラーの肉で熟成に伴う遊離アミノ酸の変動 に違いが認められるか否かについて本研究では解明できなかった。これまで、20 週齢の大シャモと白色レグホンの胸肉を48時間熟成したときの遊離アミノ酸量は 有意に差のあることが知られている。また、シャモF1、比内地鶏、土佐ジローを 48時間熟成したときの遊離アミノ酸量も3者間で異なることが報告されている(引 用文献8)。このように、週齢の大きい鶏の肉では品種により熟成速度に違いがあ る可能性が十分に考えられるので、今後この点を検討する必要がある。 図5 8週齢シャモF1とブロイラー胸肉の熟成に伴う総遊離アミノ酸量の変化 シャモF1腿肉の熟成に伴うペプチドの変化 8、12、および20週齢のシャモF1腿肉の熟成に伴うペプチドの変化を図6に示し た。いずれの週齢でも、熟成に伴い腿肉のペプチド含量は増加した。しかし、そ の増加パターンは、週齢により異なっていた。 最も増加速度が大きかったのは、12週齢の腿肉であった。遊離アミノ酸の増加 の大きかった熟成48-72時間では少し増加速度が小さくなったが、それ以外の熟成 期間では、多くのペプチドが増加していた。 これらのことから、12週齢の腿肉では、ペプチドの生成に寄与する筋肉内エン ドペプチダーゼの活性が高い可能性が示唆された。 図6 シャモF1腿肉の熟成に伴うペプチド量の変化 熟成に伴うイノシン酸の変化 シャモF1腿肉の熟成に伴うイノシン酸の変化 8、12、および20週齢のシャモF1腿肉の熟成に伴うイノシン酸の変化を図7に示 した。と殺直後のイノシン酸量は、20週齢の腿肉で最も大きい値を示した。イノ シン酸は、いずれの週齢の肉でも熟成に伴い減少したが、イノシン酸の減少速度 は、週齢の大きいものほど小さくなる傾向が認められた。これらのことから、72 時間熟成した腿肉では、20週齢のもので最も含量が大きくなったと推察された。 20週齢のものでイノシン酸の減少速度が小さかったのは、遊離アミノ酸の増加速 度の場合と同様に、代謝回転の速度が小さいことに起因していると推定された。 図7 シャモF1腿肉の熟成に伴うイノシン酸の変化 8週齢のシャモF1とブロイラー胸肉の熟成に伴うイノシン酸の変化 8週齢のシャモF1とブロイラー胸肉を熟成したときのイノシン酸の変化を調べ た(図8)。と殺直後のシャモF1とブロイラーの胸肉に含まれるイノシン酸含量 は、全く異なり、それぞれ6.2と9.0μモル(1グラム肉当たり)であった。イノシ ン酸は、いずれの胸肉でも熟成に伴い減少した。また、しかし、イノシン酸の減 少速度は、シャモF1とブロイラー間であまり差が認められなかった。このように 両者でイノシン酸の減少速度に差が認められなかったが、と殺直後のイノシン酸 含量が違うため、72時間熟成したシャモF1胸肉のイノシン酸含量は、ブロイラー 胸肉より低い値を示した。 20週齢地鶏の胸肉に含まれるイノシン酸含量は、4-7μモル(1グラム肉当たり) の範囲で、品種によりバラツキのあることが明らかにされている(引用文献8)。 従って、シャモF1とブロイラー間でイノシン酸含量に大きな差が認められたのは、 品種の違いに起因していると推察された。 図8 8週齢シャモF1とブロイラー胸肉の熟成に伴うイノシン酸の変化
本研究から、シャモF1を熟成する場合にと殺後24時間までは、骨付き状態で保 存することが、より軟らかい肉を得るために必須であることが明らかとなった。 また、週齢の異なるシャモF1腿肉に含まれる主な呈味成分の熟成に伴う変化を 解析した結果、週齢の異なる鶏肉で呈味成分の変動速度に違いが認められた。呈 味成分として重要な遊離アミノ酸の増加およびイノシン酸の減少は、週齢の大き い鶏の肉で、小さいことが判明した。従って、週齢の大きい鶏肉は、より長い熟 成を必要とすることが推察された。 これらの変化の違いをもたらす要因の解明は熟成条件の制御を可能にすると考 えられる。本研究で得られた成果は、地鶏の熟成に伴う肉質改善条件の最適化に 少なからず貢献できたといえよう。 最後になりましたが、本研究の遂行に助成して下さいました農畜産業振興事業 団に厚く御礼申し上げます。
【引用文献】 1) Nishimura, T., Rhue, M.R., Okitani, A. and Kato, H., Components Co nditioning to the Improvement of Meat Taste during Storage, Agric. Biol. Chem., 52 (9), 2323-2330 (1988) 2) Kato, H. and Nishimura, T., Taste Components and Conditioning of B eef, Pork and Chicken, in“Umami: A Basic Taste”(Eds. By Kawamur a, Y. and Kare, M.R.) Marcel Dekker Inc. (New York) pp. 289-306 (1987) 3) Miller, J.H. and Dawson, L.E., Free Amino Acid Content of Chicken Muscle from Broilers and Hens, J. Food Sci., 30, 406-411 (1965) 4) 西村敏英、奥村朋之、「食肉の熟成に伴う風味向上とその客観的指標の検 索」、食品工業、43 (8), 23-30 (2000) 5) 駒井 亨、西村敏英、三船和恵、笠原 猛、都築政起、「鶏肉のおいしさ を探求する(座談会)」、鶏鳴新聞、4月1日号、4月15日号(2001) 6) 西村敏英、「食品の呈味形成におけるペプチドの役割を探る、ペプチドの 呈味性および味覚変革作用」、化学と生物、39 (3), 177-183 (2001) 7) 三枝弘育、平野直彦、尾沢進二、合田之久、島田直吉、斉藤季彦、「軍鶏 交雑鶏とブロイラーの浅胸筋及び大腿筋における遊離アミノ酸の差異」、 日畜会報、58 (8), 707-710 (1987) 8) 西村敏英、都築政起、藤村 忍、長坂直比路、「日本在来鶏、外国由来鶏 およびその交雑鶏における肉質」、食に関する助成研究調査報告書、 14, 105-144 (2001)