財団法人 外食産業総合調査研究センター 主任研究員 小田 勝己
21世紀の食料・農業・農村政策の骨格をなす「食料・農業・農村基本法」が 平成11年に施行され、「食料の安定供給」、「農業の有する多面的機能の発揮」、 「農業の持続的な発展」、「農村の振興」の4つの基本理念に基づいて、具体 的な取り組みが各分野で策定されている。 このうち、食と農に関する取り組みについては、消費者に軸足を移した 「『食』と『農』の再生プラン」を策定し、「食の安全と安心の確保」のため に、@食の安全と安心のための法整備と行政組織の構築(具体的には「食品安 全委員会」の設置と農林水産省、厚生労働省の組織再編)、A「農場から食卓 へ」顔の見える関係の構築−トレーサビリティの導入−、B食の安全運動国民 会議の発足−みんなで考える「食育」と「リスクコミュニケーション」の推進 −、CJAS法改正で食品表示の信頼回復、D新鮮でおいしい「ブランドニッポ ン」食品の提供等具体的な取り組みが進められようとしている1)。 その底流には、食料の生産、加工、流通、消費に至る一連の流れを示す「フ ードシステム」が高度化し、「農」と「食」の時間的、空間的な拡大が諸問題 の根源ではないかとの認識がある。 このような認識が、「スローフード」といった考え方や、「地産地消」「産 地連携」の推進といった新しい動きを生み出してきている。
最近、さまざまな機会で「スローフード」という言葉が使われるようになっ ている。「スローフード」の語源は、1986年に北イタリア、ピエモンテ州の小 さな村に設立された「スローフード協会」にあり、社会的分業システムにより 同じ味と価格の商品をいつでもどこでも提供するファストフードチェーンがイ タリアの消費社会に浸透していく中で、食に対する見方・考え方を足元から見 直す運動が始まったとされている。 そこでは「消えつつある郷土料理や質の高い食品を守ること」、「質の高い 素材を提供してくれる小生産者を守っていくこと」、「子供たちを含めた消費 者全体に、味の教育を進めていく」という3の基本方針を定め、それに沿った 各種の運動が取り組まれている。日本にもNPO団体として「日本スローフード 協会」2)、「ニッポン東京スローフード協会」3)が活動を行っている。 「スローフード」という考え方あるいは運動が、どちらかといえば消費に近 いところから生まれたとすれば、農業生産に携わる関係者の間には、「身土不 二」という言葉が語り継がれてきているように思う。 その意味は、「『人と土は一体である』『人の命と健康は食べ物で支えられ、 食べ物は土が育てる。故に、人の命と健康はその土と共にある』という捉え方」 で、「明治時代の人は、四里四方(16キロメートル四方)でとれる旬のものを 正しく食べようという運動をスローガンに掲げた」4)と説明され、この2つの 考え方には、「食」と「農」の時間的、空間的な拡大に伴う大量生産・大量供 給される食品に依存した画一化された食生活への反省、という共通した認識が あるように思われる。 確かに、現在のわが国の食・あるいは食生活は、供給熱量ベースでわずか40 %の自給率しか確保できておらず、多くの食料を海外に依存し、しかも製品化 された輸入食材により支えられ、グローバルな食料供給システムの枠組みの中 に組み込まれ、生産と消費を時間的・空間的に一層拡大させており、作り手は、 誰のためにその食料を生産しているのか、消費者は誰がその食料を生産あるい は加工し、どこにいつまで保管されどのような経路でもたらされたのか、分か らないが故に関心が薄れがちになっているのではないだろうか。
「『食』と『農』の再生プラン」に取り組む農林水産省では、食の安全を確 立するための各種の取り組みを行っているが、その一環として、食生活指針に 基づく「食を考える国民会議」の充実や「食を考える月間」の設置を通した運 動の強化や、「ブランドニッポン」の確立を目指した「地産地消」や、地域資 源を活かした特色のある農林水産物の生産・販売体制の整備等を進めている。
このうち、「地産池消」をテーマとした取り組みは、平成13〜14年頃から各 地で盛んに行われており、その代表的な事例を取り上げるとすれば、岩手県に おいて昨年開催された「地産地消全国の集い」などである。 「地産地消全国の集い」いわて大会 平成14年10月11日に岩手県盛岡市内のホテルにおいて開催された。もともと 岩手県では、13年6月より、県と関係団体が連携しながら、県産食材を県内で 積極的に消費してもらうために毎月第4週の土曜日をはさむ3日間を「いわて食 材の日」に設定し、一般消費者や消費者団体はもちろんのこと小売業や外食産 業を含めた「県産県消」キャンペーンを進めてきた経緯がある。このような地 道な取り組みが、「地産地消全国の集い」として結実したのである。 大会当日には、食に関わる関係者の多くが注目している「スローフード」に ついて、その提唱者の1人である作家の島村菜津氏が、「スローフード運動」 の生まれた背景や経緯、自らの実践談を基調報告し、その後、北海道、青森県、 秋田県、岩手県の各地で「地産地消」運動に自ら取り組まれている5名の有識 者によるパネルディスカッションが行われた。 その中で、北海道恵庭市で行われている「食の問題は生産者ではなく消費者 の問題であり」、「消費者が生産者を支えなければ自らの食は守れない」とい う考え方に基づいた「農業トラスト運動」が紹介された。その具体的な取り組 みは、消費者が生産者に望む農産物を前払金で生産してもらう「委託生産」で あり、「消費者視点」が叫ばれる中での新たな視点が提示された。 そして、岩手ならではの豊かな食文化を伝承するために、150の個人・団体 を「食の匠」に認定し、その方々の中から県産食材を生かした48品目が展示さ れ、夕方には、岩手県を代表する和牛である前沢牛や短角、野菜類や水産物を 活用した食材を囲みながら、参加者の交流も行われた。 その他の地域での取り組み 地産地消への取り組みは、岩手に限らず、全国の県、市町村、農業関連団体 に広がりをみせている。例えば、表はインターネットで「地産地消」をキーワ ードに検索した結果を整理したものである。 これを見ても分かるように、各県で、消費者や関係団体と連携しながら県産 農産物や料理方法に関する情報提供や意見交換会、アンケートによる県民要望 の把握等、各種の取り組みが盛んに進められていることがわかる。 表 各県における「地産地消」への取り組み概要 資料:各県のホームページより作成
輸入食料と並ぶ、「農」と「食」の時間的、空間的な拡大を最も象徴するの が、食料消費に占める外食、中食の利用度合いを示す「食の外部化」である。 13年の「食の外部化」比率は44%に達しており、外食・中食を経由した食消費 が食生活全体の中で大きな地位を占めている。 外食産業の発展は、国民の実質所得の上昇に伴う食サービス需要の拡大とい う需要側の要因と、飲食業を近代的な企業経営の集りである外食産業に発展さ せた「経営革新」という供給側の要因が両面から作用してきたといえる。 経営革新の具体的な内容は、ファストフード、ファミリーレストランに代表 されるように、同一業種・業態の「チェーン展開」と、ハンバーグ・ハンバー ガーに代表される戦略食材を、セントラルキッチンやメーカーへの仕様書発注 による大量生産・安定供給(調理の外部化)システムという2つの内容に集約 できる。 外食産業は、このような技術的・経営的な革新により昭和40〜50年代に飛躍 的な発展を遂げ、この社会的分業システムは、競合他社と同じ社会的分業の便 益を享受することにより外食産業全体のサービス水準の向上に資することにつ ながった。 しかし、平成年代に入り、外食市場が拡大期から成熟期に移行すると、それ は「どこのチェーンでもほぼ同じ品質のメニューを選択することができる」と いう競争力の平準化をも生み出すことになり、新たな戦略が求められるように なっている。 その対応の方向は、ファストフード分野を代表とする熾烈な価格競争と消費 者の「国産=安全・安心」という価値観を背景に、国産食材を産地と連携しな がら積極的活用する新たな調達システムの構築とそれによる製品差別化の実現、 といった内容に集約できる。 つまり、外食の産業化の時代が終わり、大規模な同一業種・業態チェーンと それを支える調理品の大量生産・同一品質の安定供給というビジネスモデルだ けでは、成熟した外食需要に応えることができなくなったことも事実である。 しかしながら、数百店規模のチェーン展開を成し遂げた巨大な外食企業は、 巨艦であるが故に標準化・システム化された経営体系により支えられており、 各店舗がそれぞれに地元の優れた食材を利用したメニューを弾力的に取り込め るようなオペレーションシステムにはなっておらず、どんなに優れた食材であ ってもチェーン全体の中で利用できる量的、質的、期間的な条件が整わなけれ ば活用できないというジレンマを抱えている。 もちろん、オーナーレストランのように季節毎の素材を調理人のセンスと技 術で調理することで、「スローフード」あるいは「地産地消」に取り組むレス トランは数多く存在するが、巨大なチェーン外食企業が、それを取り込むこと はこれまで構築してきたシステムをある面では否定することにつながる。 むしろ、チェーン外食企業が構築してきたシステムを活かしながら「地産地 消」が目指す「顔の見える関係」を実現するのであれば、もう少し広がりのあ る特定産地、生産者との「連携関係」の促進ということになるのではないだろ うか。 確かに、平成7〜8年頃を起点とする数年間は、それまで一部の消費者向けや 生協関係で扱われてきた有機野菜類、当時の「特別栽培」に区分されていた野 菜類を、サラダや付け合わせ用に積極的に取り上げてきた。しかも野菜仕入担 当者自らが流通部門を担う関係者とともに、求める品質、規格、価格条件で栽 培を依頼できる既存あるいは新興産地、さらに農業法人や生産者グループを求 め、積極的に産地現場に入り込んだ時期との印象が強い。そして、作柄、品質、 鮮度保持等のさまざまな面で不安定な生鮮野菜という素材を、一定期間を通し て安定的に調達するために、産地との「連携関係」を深めることはもちろんで あるが、取り引き内容の試行錯誤、産地、流通過程、店舗配送等の各段階にお ける新たな仕組み作りを進めながら、調達した「こだわり」食材を積極的にメ ニューに活かすことで、成熟市場での競合他社との差別化を実現してきたとい える。 ただ、こういった取り組みもJAS法が改正され、表示に対する監視・罰則規 定が強化される中で、特定の産地・生産者に限定した食材を全店舗で毎日間違 いなく100%確保できる保証がないため、その成果を積極的にメニューに表示 することを控える動きがあるように見受けられる。 外食産業、特にチェーン展開を遂げた外食企業における「地産地消」(顔の 見える生産と消費の関係)は、「産地連携」(産地・生産者と実需者の信頼関 係)により、その趣旨を具体化する方向性があると考えられるが、そのための 具体的な工夫がこれから一層重要になるのではないだろうか。 参考資料 1.農林水産省「『農』と『食』の再生プラン」 http://www.maff.go.jp/syoku_nou/syoku_nou.html 2.日本スローフード協会ホームページ http://www.slowfood.gr.jp/ 3.ニッポン東京スローフード協会ホームページ http://www.nt-slowfood.org/ 4.身土不二のホームページ http://www.shindofuji.com/ 5.上記「『農』と『食』の再生プラン」 http://www.maff.go.jp/syoku_nou/syoku_nou.html