京都産業大学 名誉教授 駒井 亨
農林水産省統計情報部の畜産統計によると、平成10年2月1日現在の全国の採卵 養鶏場数(1,000羽以上飼養)は4,980戸であったが、15年にはこれが3,950戸に 1,000戸以上も減少している。表1に見られるように、飼養羽数10万羽未満の規模 の採卵養鶏場は、いずれの規模区分でも減少していて、10万羽以上の大規模養鶏 場だけが350戸から360戸に増えている。全国の採卵養鶏場1戸当たりの平均飼養 羽数で見ても、10年の1戸当たり平均29,150羽が15年には34,663羽に増えている。
このように採卵養鶏が大規模化し、しかもオールイン・オールアウト方式(鶏 舎単位の全群更新)が一般化した今では、数万羽の成鶏(産卵期間を終了した20 カ月齢前後の廃鶏)を数日でオールアウト(全群を鶏舎から搬出)するためには 、成鶏の処理場もまたこれに対応した規模でないと役に立たない。 実際、全国の成鶏処理場数は8年の395箇所から13年には377箇所に減っており、 また社団法人日本養鶏協会が農畜産業振興事業団の助成を得て15年2月に実施し た「成鶏処理場アンケート調査報告書」を見ても、有効回答23成鶏処理場の年間 成鶏処理羽数の合計は、全国のそれの約70%をも占めている。 一方、地域別の採卵鶏飼養羽数(平成15年2月1日現在)を見ると、大消費地に 近い関東、東海および近畿の合計飼養羽数が全国羽数(1億3,692万羽)の42%を も占めていて、東北と九州を合わせたシェア(30%)をはるかに上回る。 このように採卵養鶏の専業大規模化と大消費地近辺への集中の理由は、筆者が 2001年版食料白書「畜産物の需給動向と畜産業の課題」(食料・農業政策研究セ ンター発行)で分析したように、鶏卵の鮮度とコストの切りつめを要求される採 卵養鶏場にとって、消費地へのアクセスと量販店や外食・中食業者への均質鶏卵 の大量供給が最も重要な経営課題だからである。 首都圏に近い関東5県(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉)には大規模採卵養鶏 場が集中していて、この5県の合計飼養羽数は全国の約20%を占めており、最近、 超大規模採卵養鶏場の進出もうわさされているなど、この地域への大規模採卵養 鶏場の集中は更に進むものと予測されている。
図1 訪問調査先成鶏処理場(クリチク、境食鳥、三和食鶏、三和食品)と関東5県 の採卵鶏飼育羽数(平成15年2月1日現在)とその構成比(全国採卵鶏飼育羽数中の %)。関東5県で全国採卵鶏飼育羽数の20%を占める。 このように大規模採卵養鶏場が集中する関東で、産卵終了後の成鶏(廃鶏)がど のように処理加工され、利用されているかを明らかにするのがこの専門調査の目的 である。 調査対象となる成鶏処理場は、上述の(社)日本養鶏協会のアンケート調査に回 答を寄せた処理場の中から、群馬県の株式会社クリチク、茨城県の株式会社境食鳥 および三和食鶏グループの3社を選んだ(図1参照)。 この3社の年間成鶏処理羽数(注)を合わせると1,295万羽となり、全国の成鶏処理 羽数の15%、関東5県の合計成鶏処理羽数の51%を占める。
(注)成鶏処理場の集鳥範囲は、近隣だけではなく遠隔地にも及ぶため、地域内の成 鶏出荷数は処理羽数と一致しない。 例えば、平成13年中の関東5県(上記)の出荷羽数は1,923万羽だが、処理羽数は 2,553万羽となっている。
群馬県伊勢崎市の成鶏処理加工会社(株)クリチク(代表取締役栗原俊夫氏)は、 主として群馬、埼玉両県の採卵養鶏場約70カ所から、年間260万羽の成鶏を集荷して 、処理加工し、そのうち約70%を解体した解体品の大半を大手冷凍食品メーカー関 東工場に調理食品原料として供給し、約30%は中ぬき丸どりのままスープ原料とし て焼肉のタレのトップメーカーに納入している。 成鶏の処理加工は、昭和39年に開始し、昭和60年に現在の工場を建設した。工場 敷地は7,500m2、工場面積延2,500m2のほか冷蔵庫100m2、冷凍庫350m2を設備してい る。 成鶏の処理は、オーバーヘッドコンベア・システムで1日10,000羽を処理し、解 体作業は大バラシ機、もも脱骨機、骨肉分離機などを設備して自動化されている。 採卵養鶏場からの集鳥は自社トラック12台(4トン積10台、2トン積2台)で行い、 養鶏場での捕鳥・カゴ詰、輸送のほか、オールアウト(採卵鶏搬出)後の鶏舎内の 除ふん、清掃、消毒、オールイン(採卵用大雛の搬入)作業も引き受けている。 これらの作業はすべて(株)クリチクの従業員によって行われる。
大規模な採卵養鶏場では、労働コストを切りつめるため、現場の作業員を極端に 減らしているから、オールアウト後の作業やオールイン作業は外部に依存せざるを 得ない。 (株)クリチクでの成鶏の解体作業は、冷蔵庫で1晩熟成した中ぬき丸どりから むね肉ともも肉を採取し、その後に残る手羽、頸つき胴がら、ささみつき胸骨から は骨肉分離機ですりみを製造、またはスープ原料として利用している。 製造した正肉の一部はひき肉として生協へ販売(250gパックで月間10〜15トン) し、またひき肉やすりみは、関連会社マルサフーズで外食産業向けの調理食品( 個別受注商品)に加工し、スープと共に販売している。 (株)クリチクで製造される成鶏肉はすべてX線および金属探知器で厳重に検査 した後出荷される(図3)。
図3 大手冷凍食品メーカーの加工・調理品原料となる新鮮な成鶏肉。 (群馬県伊勢崎市・株式会社クリチク工場) (株)クリチクから成鶏肉(正肉)を購入する大手冷凍食品メーカーの関東工場 は、年間約2万トンの調理食品(主として家庭用)を製造しており、製造品目は、し ゅうまい、ぎょうざ、グラタン、ドリア、中華どんの具、フライなど80〜100品目 に及ぶ。これらの調理食品の原料は、農産物(野菜など)60%、水産物(エビなど )20%、牛・豚肉10%、鶏肉10%である。その成鶏肉(正肉)は、ミンチ製造機( チョッパー)で用途別にさまざまなサイズ(メッシュ)のひき肉に加工した後調理 されるが、調理食品に成鶏肉を利用する理由は、成鶏肉が安全で、独特の食感が欠 かせないためであると言う。 一方、成鶏の中ぬき丸どりをスープ原料として購入している焼肉のタレの大手メ ーカーは、成鶏肉のスープを濃縮して焼肉のタレやカレーの製造に利用しているが、 エキス分の多い濃厚な成鶏肉の味がこれらの製品の原料として欠かせないとしてい る。 (株)クリチクの成鶏肉は、上記食品メーカーのほかにも各種食品メーカーの原 料として利用されており、また成鶏のトサカは化粧品原料として化粧品メーカーに 納入されている。
(株)境食鳥(茨城県猿島郡境町、代表取締役倉持忠氏)は、昭和49(1974)年 に創業、16,500m2の広大な用地に延 2,500m2の完備された成鶏処理場を持ち、1日 18,000羽、年間480万羽の成鶏を処理加工している。 (株)境食鳥の特色は、衛生的な外はぎ解体(図4)で製造された成鶏肉(正肉) を極めて鮮度の良い状態のまま至近距離にある大手食品メーカー(ハンバーグ、ミ ートボールなどを量産)やその他の調理食品メーカーに供給していることである。
図4 茨城県猿島郡境町・株式会社境食鳥では2,500m2の完備された成鶏処理場で、 衛生的な外ハギ解体で成鶏正肉を量産して、調理食品メーカーに供給している。 正肉採取後のガラ(1日約6トン)は濃縮スープの製造原料となる。 この大手食品メーカーは、当初は天然エキス調味料工場としてスタートし、そ の後ハンバーグの製造を手掛け、最盛時月間700万個のハンバーグを製造するほか、 ミートボール、春巻など約80種類の加工・調理食品を製造している(製品は急速 凍結して、冷凍食品として出荷する)。 食品工場の原料供給者である境食鳥は、自社トラック11台(10トン積3台、8ト ン積、6トン積各1台、4トン積6台)で、茨城県(55%)、千葉県・栃木県・群馬 県(40%)、福島県・宮城県(5%)の合計約100戸の採卵養鶏場から集鳥してい る。 集荷した成鶏は全量解体し、1日7.5〜9.0トンの正肉を製造する。成鶏の平均 重量は、頭および足を除去したと体重量で平均1.5kgで、この成鶏1羽から約500g の正肉(むね肉およびもも肉)を採取する。正肉解体コストは1羽当たり110円で あると言うが、成鶏の正肉歩留は、採卵養鶏場の飼育状態、鶏種、輸送条件など により大差があり、また成鶏の個体差も大きいと言う。成鶏の出荷前の給じ、給 水も大きく影響する。 正肉を採取した後の鶏体からは、ももの骨と手羽(約150g)、頸つき胴がら(約 200g)、ささみつき胸骨(俗称ヤゲン:約60g)の合計約410g(1羽分)が1日約6 トン採取されるが、これらの全量は、(株)境食鳥が食品会社、製薬会社などと の共同出資で設立、運営しているスープ(チキン・エキス)製造会社・ローズテ クノ(株)で濃縮スープに加工される。 この濃縮スープの製造量は1日に1トン〜1.2トンで、同時に生産されるチキン・ オイル約500kgと共に加工・調理食品メーカーなどに販売される(図5)。
図5 茨城県猿島郡境町・ローズテクノ株式会社(境食鳥の関連会社)の濃縮スー プ(チキン・エキス)製造設備の一部。 (株)境食鳥では、1日の処理羽数18,000羽のうち約2,000羽は自社でミンチに加 工し、ウインナー、フランクフルトなどの加工食品の原料としてハムソーセージ・ メーカーなどに販売している。 処理場で解体した正肉の一部は、有名ブランドとして全国に販売されているマー ボどうふメーカーの工場(全国3カ所)にも濃縮スープと共に供給されているが、 このマーボどうふの素および同じメーカーが製造しているトリ釜めし(いずれもレ トルト食品)は、新鮮で安全な国内産の成鶏肉だけを使用している。 (株)境食鳥では、成鶏肉(生鮮品)はすべてX線および金属探知機を通すなど、 羽毛、骨その他の異物の完全除去に注力して、厳重な品質管理を実施している。 加工・調理食品メーカーが、加工・調理食品の原料として成鶏肉を使用する理由 は、国内産成鶏肉が新鮮で安全であること、食感が良いこと、結着力が強いこと、 および供給量と価格が安定していることであると言う。 成鶏肉の独特の食感と濃縮スープ(チキン・エキス)の味が、全国で販売されて いる成鶏肉加工・調理食品の人気の決め手となっている。
三和食鶏グループは、成鶏処理場を運営する(株)三和食鶏(茨城県猿島郡三和 町、代表取締役稲毛田康男氏)と成鶏肉をミンチに加工する(株)三和食品(茨城 県猿島郡猿島町、代表取締役稲毛田国雄氏)が協同して、年間555万羽の成鶏を処 理加工している。 成鶏の処理を担当する(株)三和食鶏は、10,000m2の敷地に2,000m2の処理場建 物(築11年)、100人の従業員で、1日22,000羽の成鶏を処理している。 この処理場の成鶏集荷範囲は、茨城県(30%)、千葉県・埼玉県・群馬県・栃木 県(40%)、福島県・宮城県・新潟県(30%)と広域に及び、集荷対象となる採卵 養鶏場は80カ所を数える。 集鳥コストは、成鶏1羽当たり、県内22円、近県25円、遠隔地35円(いずれも、 捕鳥・カゴ詰・運送)で、自社トラック19台(10トン積11台、4トン積8台)で集荷 している。 この処理場では、1日22,000羽処理のうち約70%を中ぬき丸どりのまま(株)三 和食品に出荷し、残りの30%を正肉に解体して、むね肉10%、正肉(むね肉ともも 肉混合)20%、ひき肉70%の割合でハムソーセージ・メーカー、そうざいメーカー などに販売している(図6)。
図6 茨城県猿島郡三和町・(株)三和食鶏は年間555万羽の成鶏を集荷・処理し、 そのうち70%を中ぬき丸どりとして姉妹企業である(株)三和食品の成鶏肉ミンチ の原料として供給している。 成鶏の処理はブロイラーより難しく、特に脱羽が困難であるため、湯漬(脱羽前 のスコールディング)は湯の温度をブロイラーの場合より高くする(62〜64℃で80 〜90秒漬ける)上、残毛処理のための毛焼を2回実施する。脱羽後のと体は塩素200 ppmの予冷槽で滅菌した後、更に塩素50ppmの冷却槽で冷却する。 中ぬきまでの処理コストは成鶏1羽当たり約65円、正肉解体は約110円で、人件( 労務)費がコストの約60%を占めると言う。 (株)三和食鶏で処理して中ぬき丸どりになった成鶏は1晩(12時間)熟成(0℃ で)した後、(株)三和食品でミンチに加工される。 成鶏の中ぬき丸どり(頸つき)は、先ずコンベア(金属検出機付)で脱骨機に投 入して脱骨した後、カナダのPOSS社製のミンチ・マシン(1時間1.8トン加工) を使用して各種サイズ(メッシュ)の成鶏肉ミンチを製造する。成鶏肉ミンチは加 工食品の種類、用途によってサイズ(メッシュ)が異なるので、客先の注文に応じ たサイズのミンチが製造される。こうして製造された成鶏肉ミンチはSCMの商品名 でハムソーセージ・メーカーや調理食品メーカーに販売される(図7)。
図7 茨城県猿島郡猿島町・(株)三和食品では、カナダのPOSS社から輸入したミン チ製造機などを完備した新鋭工場で成鶏肉ミンチを量産し、ハム・ソーセージメー カーなどに供給している。成鶏肉は金属検査機で厳重に検査される。 またSCM製造工程で発生する端材は、更にチョッパーやマスコロイダーを使用して 、すりみを製造する。この成鶏肉すりみもまたソーセージその他の加工食品の原料 となる。 (株)三和食品の製品(ミンチ、すりみなど)はすべて−30℃以下の急速凍結庫 で凍結(12時間以上)した後、再度金属探知機で検査後に出荷する。また製品は− 20℃以下の冷蔵庫に保管される。 成鶏肉のミンチやすりみの荷姿は、10kg詰2袋、20kgの段ボール箱詰として出荷さ れる。 成鶏肉のミンチ、すりみなど製品の出荷量は月間350トンで、これらの製品は、ソ ーセージ、フランクフルト、ハンバーグ、ミートボールなどの加工食品の原料とし て使用される。 成鶏肉のミンチやすりみは、加工・調理食品の原料として使用する場合、骨の混 入を排除しなければならないが、平成8年に新設された(株)三和食品のミンチおよ びすりみ製造設備で製造される製品は、この点でも高く評価されていると言う。
鶏卵産業(採卵鶏を飼育して鶏卵を生産する産業)の産出額は年間4,208億円(平 成12年)で、農業総産出額の4.6%を占める。鶏卵は自給率95%以上の数少い農業生 産物の1つで、日本人の食生活に不可欠の主要食料である。 しかしこの鶏卵産業も、その終末処理(産卵期間終了後の成鶏の処理)が円滑に 行われなければ成り立たない。 今回訪問調査した群馬県および茨城県の成鶏処理場3社は、いずれもトップクラ スの規模と設備と経営内容をもつ優良企業で、大規模な専業養鶏場の多い関東の中 心に位置して成鶏の集荷に有利なだけでなく、近隣の大手加工食品メーカー(冷凍 食品、ハンバーグ、ハム・ソーセージ、焼肉のタレ、スープ、調理食品など)と堅 く結び着いて、これらのメーカーに原料、食材(新鮮な成鶏肉製品)を大量かつ安 定的に供給するという食品産業への原料供給者としての重責をも担っている。 成鶏肉製品(正肉、ミンチ、すりみ、スープ、鶏油)は、加工食品の原料として 他の食肉では得られない特色、例えば肉の食感、濃厚なエキスなどを持っており、 食品メーカーや外食業者は、この成鶏肉の特色を活用した多種多様な加工食品や調 理食品を消費者に提供している。 1年間に全国で出荷される9千万羽近い成鶏の生体総重量は16万トン近くに上り、 これを処理して6万トン近い上記成鶏肉製品が得られるが、残りの3分の2である10 万トン以上の残滓の大部分は家畜残滓と共にレンダリング処理されるために、BSE 発生以降利用されずに廃棄されている。成鶏処理場専用のレンダリング施設をつく ることによって、採卵養鶏の資源リサイクルを完結させると共に、成鶏処理場の経 営基盤を強化することが強く望まれる。