神奈川県/松下 憲司
1mの深さの敷料で事故率が激減 松下憲司さんが代表を務める神奈川県愛甲群愛川町の(有)海老名畜産では、この1月から土着微生物を活用した自然養豚に取り組んでおり、健康に育った豚の肉でつくられた食肉加工品は、消費者に好評を呼んでいます。 豚だって身土不二 「身土不二」という言葉は、「地産地消」や「スローフード」と並んで最近の食のキーワードとなっています。平たく言えば「身体と暮らす土地とは切っても切れない関係で、地域の自然が育てたものと共に暮らせば健康でいられる」といった意味で、もともとは中国の仏教書に出てくる言葉なのだそうです。 地域の自然、特に作物を育てる土を育む重要な要素のひとつに、土着の土壌微生物がありますが、神奈川県愛甲群愛川町の(有)海老名畜産(母豚330頭規模)では今年の1月から、この土着微生物を活用した「自然養豚」に取り組んでいます。代表の松下憲司さんによると、その最大の効果は「とにかく豚が健康になる」ことなのだとか。どうやら身土不二という言葉は、人間だけではなく豚にも当はまるようです。
この自然養豚のミソは、農場の裏山の土に米ぬかを積んで採取した土着微生物を再び新しい米ぬかと土に混ぜ合わせて培養し、その微生物でおがくずを発酵させたものを敷料として使用していること。豚舎の床には、この敷料が1mの深さで敷き詰められています。 「これは、韓国自然農業協会の名誉会長である趙漢珪(チョウ・ハンギュ)という方が広めている方法で、私も韓国でこのような豚舎を何度か見てきました。また熊本にも、この方法を取り入れている方がいて、そこにも視察に行っています。そこの豚の健康状態がとても良いので、興味を持ったんです」 (有)海老名畜産では、この方式を用いた自然豚舎を2棟建設。この豚舎は敷料の土着微生物が活発に活動できるように、天窓から自然光が差し込み、また新鮮な空気が常に対流するように設計されています。1豚房の広さは間口3.5m、奥行7mと少し大きめになっており、現在は18〜55kgの成長期の子豚を約40頭ずつ入れて育てています。 発酵熱が床暖房効果 この自然豚舎には、敷料の土着微生物がふん尿を分解してくれるため、基本的には敷料の補充だけで、いわゆるボロ出しの必要がなく、ふん尿処理の省力化という効果があります。また豚舎の消臭にも効果を挙げています。これらの環境対策とともに、豚が健康に育つことがこの豚舎の大きな魅力。 「コンクリート床豚舎の時と比べて、事故率はグンと減りました。どうしても虚弱に生まれてくる子豚はいるのですが、そういった子豚も落ちこぼれることなく、元気に育つんです。それは、風通しが良かったり日が差したりといった環境が良いこともありますが、発酵熱でお腹が冷えないということが大きいようですね。床暖房をしているようなものですから。これから冬に向かって、もっと効果が出てくるのではないかなと期待しているところです」 自然豚舎は地域の自然を取り入れた豚舎であり、また豚の習性に合った豚舎でもあります。鼻先で土を掘り返す習性のある豚にとって、フカフカの敷料を掘り返して遊ぶ事はストレス解消にもなり、このことも豚の健康の一因になっているようです。 日本方式の"豚にやさしい養豚" 松下さんは、昭和54年に食肉加工を行う(有)中津ミートを立ち上げ、原料肉から加工までの一貫経営で、無添加にこだわったハム・ソーセージづくりにも取り組んでいます。 「中津ミートの取り引き先も『これだけ健康で育った豚でつくった商品ですよ』と自然養豚を宣伝してくれています。やはりそのことは、消費者の方々に対する大きなセールスポイントになっています」 食の安全志向が高まっている現在、添加物や遺伝子組み換え飼料などとともに、いかに家畜にやさしい飼育方法がなされているかということも、消費者の関心事になっています。「デンマークでは300坪で1頭の母豚といった飼育環境じゃないとオーガニックの認証が下りないんですよ。とてもじゃないけれど日本では無理です。それに、コストアップによって値段は通常の2.5倍。これでは売れません」と松下さん。自然養豚は、合理性や経済性も視野に入れながら日本で出来うる可能性を模索している松下さんのチャレンジなのです。 「今後、経営規模を拡大する時には、自然豚舎で飼育する期間をもう少し伸ばしながら、自然養豚と既成の手法をうまくミックスした飼育方法を考えていきたいと思っています」
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