◎地域便り


島根県 ●信頼される肉用牛と将来を担う人材を育てる

調査情報部


 益田市の松永和平さん(49歳)は3,000頭を上回る肉用牛を飼養する農事組合法人松永牧場の代表理事。繁殖牛だけでも500頭近く、月平均での出荷頭数も100頭に達するが、このうちの40%を占める黒毛和牛は県内を中心に『まつなが黒牛』として流通しており、そのブランドには揺るぎない信頼が寄せられようとしている。

 その証ともいうべきが"ウシのパスポート"。トレーサビリティの法制化に先駆けて松永牧場が独自に作った牛の履歴書で、牛は1頭ごとに1通ずつ付けて出荷される。個体管理番号に始まり、生年月、品種、生まれた場所、エサ、生産者名等の情報、エサについての実物写真も添付されている。そして「これらに相違ない」旨確認した松永さんと獣医師が直筆サインしているのがパスポートの概要だが、「パスポートである以上は顔が見えなくては意味がない」。念には念を…ということなのだろう、2人の写真も入っている。

 「ここまでやってもBSE発生で失った信頼を取り戻すことができるかどうかわからない」。端的にいえば松永さん自身も被害者。遠い地で起こった事件に大きな影響を蒙ったが、時日の経過による風化を待っていることはできなかった。02年4月からは出荷する牛の血液を凍結保存することにしている。DNA鑑定で松永牧場の牛であることを証明・確認しようというのだ。出荷後、牛が完全に消費し終わるまで通常ならば2カ月もみれば十分だろうが、保存期間は5カ月。どんな問い合わせに対しても直ぐに回答できる万全の体制が確立されており、パスポートと連動して消費者からの信頼、期待に応えようとしている。松永さんが育てているのは牛ばかりではない。人も育てている。海外視察でたまたまホテルが同室だった九州の肉用牛肥育経営者は、長男を数年にわたって松永さんに託した。研修を終え、今では立派な後継者として父を助ける存在となっているが、こうしたケースは枚挙に暇がない。20人近い従業員は4週6休の1日7時間勤務が原則。年間2,000時間労働を既にクリアしており、5日間プラス臨時手当10万円の"リフレッシュ休暇制度"の恩典もあるが、問題はこの休暇を取る「手続き」である。基本的には「従業員同士の話合い」。休むとなれば他の誰かにその仕事をカバーして貰わなければならない。「オレ、明日から休暇を取ります」では牧場は大混乱する。そんな「感覚では良い牛は育てられないし、牧場の経営などできる筈もない」というのが松永さんの言い分。しかし一切口は出さない。「人とコミュニケーションする力をつけさせることが教育の第1歩」。後継者育成についてもその方針にはいささかの揺るぎもない。

繁殖段階の『まつなが黒牛』と松永和平さん



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