◎今月の話題


さらなる食品の安全性の確保に向けて
−新たな食品安全行政の展開と食品安全委員会−

内閣府食品安全委員会 委員長 寺田 雅昭






食を取り巻く状況

 いうまでもなく、国民にとって最も重要な関心事は自分の健康であり、家族、友人の健康である。財産、地位等は健康に比べると重要性は低いと考えていることが様々な世論調査でも明らかである。日々摂取する食品は、この大切な健康に影響を与える。

 もともと「安全なもの」と考えられていた食品に対する安心感、信頼感は近年揺らいでいる。直接の大きな原因は、平成13年に我が国で初めて発生が確認された牛海綿状脳症(BSE)の問題をはじめ、近年、腸管出血性大腸菌O157の問題や、輸入野菜の残留農薬問題、国内における無登録農薬の使用等、食の安全を脅かす事件が相次いで発生したことによる、食の安全に対する国民の関心の高まりが挙げられる。

 その根本的な背景にあるのは、国際的に共通の潮流として食をめぐる状況が激変したことが挙げられる。もともと食品は身近なところで生産され、流通し、消費者の食卓に届くのが普通であった。しかし、カロリーベースで食品の60%を外国からの輸入に頼っている我が国では、特に生産者から食卓までの行程(フードチェーン)が極めてわかりにくいものになっている。このような世界的な食のグローバル化の進展に伴い、食品の危害要因も複雑・多様化するようになった。異常プリオンなど新たな危害となり得る要因が日本にまで出現したことなどは、特にこのグローバル化によるところが大きい。また、遺伝子組換え農産物や体細胞クローン等、新たな食品も開発されてきている。さらに分析技術の進歩等を背景に、食の安全に絶対はなく、リスクの存在を前提にこれを評価し、コントロールしていく必要があることが広く認識されるようになった。これらの情勢の変化に対応するため、世界各国の食品安全行政はリスク分析手法の導入を核とした新たな食品安全行政を展開するようになってきている。

食品安全基本法の概要

 我が国においても、食を取り巻く情勢の変化に的確に対応するために、国民の健康の保護を最優先とする食品安全行政の確立を目指して食品安全基本法(平成15年5月23日法律第48号)が制定された。

 食品安全基本法のポイントとして、次の三点があげられる。

(1) 食品の安全性の確保についての基本理念として、
 @ 国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下に、
 A 食品供給行程の各段階において適切に、
 B 国際的動向や国民の意見に十分配慮しつつ、科学的知見に基づいて必要な措置が講じられなければならない旨定められた。
(2) 関係者の責務や役割として、
 @ 国は施策を総合的に策定・実施し、地方公共団体は国との適切な役割分担を踏まえてそれぞれの条件に応じた施策を策定・実施すること、
 A 食品関連事業者は食品の安全性の確保について一義的責任を有する者として、食品供給行程の各段階において適切な措置を講じ、正確で適切な情報を提供するよう努めること、
 B 消費者は、食品の安全性の確保についての知識と理解を深めるとともに、施策について意見を表明するよう努めることにより積極的な役割を果たすこととされた。
(3) 食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっての基本的な考え方として「リスク分析手法」を導入した。

 「リスク分析」という考え方が国際的にも食品安全行政の共通の潮流となってきた背景には、分析技術の向上等により、食品には何らかの危害要因が含まれ、いわゆるゼロリスクはあり得ないということがわかってきたからである。

 リスク分析手法は、リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションから構成され、リスク評価とリスク管理を機能的に分離して行う。

 「リスク評価」とは、リスク(食品を食べることによって有害な要因が健康に及ぼす悪影響の発生確率と程度)を科学的知見に基づいて客観的かつ中立公正に評価することである。評価は、化学的要因(農薬、添加物等)、生物学的要因(微生物等)、物理的要因(異物、放射線等)等ごとに行われる。

 「リスク管理」とは、リスク評価の結果に基づき、日本人の食生活の状況といった要因等も考慮した上で、具体的な規制や指導等を行うことである。

 「リスクコミュニケーション」とは、リスク評価やリスク管理に際して、消費者や食品関連事業者等の関係者にわかりやすい情報を提供し、意見や情報の相互交換を行うことである。

 この三つの過程を経ることで、食品の安全性を確保するために、多くの関係者の理解が得られ、従来のシステムに比べて、科学的な知見に基づいた整合性のとれた食品安全行政が確立されることになる。

食品安全委員会の活動について

平成15年7月1日、食品安全基本法の施行とともに、リスク管理を行う行政機関から独立して、内閣府に、リスク評価を科学的な目で客観的かつ中立公正に行う機関として食品安全委員会が設置された。食品の安全性の確保に関して優れた識見を有する7名の専門家からなる食品安全委員会の下には、延べ200名程度の専門委員からなる専門調査会及びこれらを支える事務局が設置されている。

 専門調査会は、
 @ 食品安全委員会の活動に関する年間計画や基本的事項等を調整審議する企画専門調査会、
 A 委員会が行うリスクコミュニケーション及び関係行政機関が行うリスクコミュニケーションの調整に関する事項を調査審議するリスクコミュニケーション専門調査会、
 B 緊急時の対応のあり方等を調査審議する緊急時対応専門調査会が設置されている。特に企画専門調査会及びリスクコミュニケーション専門調査会には、消費者の他、生産、流通、メディアなど幅広い方々が参加している。

 また、個別のリスク評価について専門分野ごとに検討する13の専門調査会を設置している。13の専門調査会は、添加物、農薬、動物用医薬品、器具・容器包装、化学物質、汚染物質、微生物、ウイルス、プリオン、かび毒・自然毒等、遺伝子組換え食品等、新開発食品、肥料・飼料等から構成されている。

 なお、第1回プリオン専門調査会は8月29日に開催され、伝達性海綿状脳症に関する牛のせき柱を含む食品等の安全性確保について審議がなされた。その結果を踏まえて、食品安全委員会における食品健康影響評価が実施され、背根神経節のリスクについてはせき髄と同程度であると考えられること、背根神経節を含むせき柱については特定危険部位に相当する対応を講じることが適当であると考えられることが厚生労働省に通知された。

 また、10月7日に開催された第2回プリオン専門調査会において、アルカリ処理をした液状の肉骨粉等を肥料として利用することについて審議され、11月5日まで、広く国民に意見・情報を募った上で、食品安全委員会に報告されたところである。

 他の分野についても、9月以降着実に評価審議を始めている。

さらなる食品の安全性の確保に向けて

 食品安全行政を進める上では、省庁の谷間に案件が落ちないようにすること、責任体制をしっかりしておくことが重要であり、特に緊急時の対応のあり方について、食品安全委員会が中心的な役割を果たしていかなければならないと考える。

 また、食品安全委員会は、消費者はもとより各種事業者、研究者、関係行政機関等の関係者間で常に幅広いコミュニケーションを保ちながら、仕事を進めることが重要であり、我々専門家に課せられた使命だと考えている。

 私としては、微力ながら他の委員の方とともども、関係者の皆様のご協力を得ながら、国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識に立って、私たちに課された新たな任務に取り組んでまいりたいと思っている。


図 食品安全委員会の構成

 

てらだ まさあき

プロフィール
 92年 国立がんセンター研究所長
 99年 国立がんセンター総長
 2001年 財団法人先端医療振興財団副理事長
 2003年7月より現職( 内閣府食品安全委員会委員長(初代))


元のページに戻る