愛知産業大学 経営学部 教授 梶原 禎夫
日本での食肉はブランドを確立し、また販売店が特定されていてもそのブラ ンドは小売店の協力の下で維持されているもので、ブランドの維持システムは 脆弱である。平成14年2月の産地ブランドの偽装問題は、正にここをついて消 費者を欺いたものである。 生産と消費の間での情報交流/相互作用を活性化する、ブランド形成への社 会的要請が高まっている。 日本では、食肉品揃えによって店舗を選択することはないにしても、食肉品 揃えが店舗選択に影響するとしている者が30%程度は既に存在し、また小売店 側では食肉品揃え、特に牛肉の品揃えは客動員の主力とみているものが50%に 近い。ブランド力強化の機会は開かれている。市民側からはすべての商品のマ ーケティングにおいてブランド形成/強化を基軸として凝集する開放性、革新 性、信頼性の高いシステム形成が期待されている。 日本のブランドは欧米、特に米国と異なり価格競争の過程で形成されたもの ではなく、市民の行動が問題解決型への傾向を強めているとはいえ、欧米に比 べればまだ低水準で、ブランドへの監視、偽装への制裁も低水準にある。米国 や欧州では食品、自動車、あらゆる商品で競争企業が起動するものも含めて消 費者によるブランドボイコットがしばしば起こっている。 日本市場での消費者のブランド意識は高級品について鮮明に見られ、高価格 を実現している。一方、米国市場では消費者のブランド意識は一部の高級品に 限らず、広範囲の価格水準の商品について行き渡っている。日本でも情報化や 価格競争の進展と共にブランド意識は一般化するきざしがみられる。食肉につ いても高級肉に限定されることなく、ブランド形成の機会が拡大しつつある。
Brand Focused Marketing(ブランド形成を中核とするマーケティング戦略) は大量市場創造を目指すsolutionに代わって消費者の自立性の高まり、情報の 評価・利用能力の拡大の中で追求される新しいmarketing solutionである。 情報化社会におけるブランドは、製品差別化と選好を基礎として成立するが、 実体はその商品のマーケティング/流通に参加する生産者、素材供給者、流通 業者、消費者等の間の、継続的な情報交流と相互作用の関係、パートナーシッ プの維持である。それは単なる反復される取引関係ではなく、マーケティング /流通に関わる者の情報交流、相互作用、同調、そして情報創造の関係である。 これは、食肉については、今回のBSE問題と関係して商品の安全性保証のた め商品のtraceability、供給に関係する主体の責任の明確化、一方通行の情報 の流れではなく消費者の要求を反映するシステムの確立等を個別にではなく相 関させて、情報創造的に環境への迅速かつ適正な水準での応答を可能にする、 高機能で強靱なシステムの形成を意味する。当然、critical pointでの厳格な 制御も形成されていることが条件となる。Traceabilityや表示の適正化は、 Brand Focused Marketing展開の中で初めて確実なものとなる。 食肉についてのBrand Focused Marketingは、情報交流の水準を高めること で、市場への応答性を高めるために形成されるシステムである。近年、地産地 消の活動の高まりもあり、これを基盤としてBrand Focused Marketingの急速 な展開も期待できる。
BSE問題は、牛肉についての飼料や肥育プロセス、流通への消費者の関心を 高めた。平成14年に入って、管理が行き届いているブランド肉から需要の回復 が見られたように、消費者のブランド意識の高まりを、飼料供給者、生産者、 流通業者間の情報交流強化の絶好の機会として捉えることができる。ブランド は肥育過程について充分な情報を消費者に提供する使命を持つものとしての認 識も高まりつつあり、BSE問題を契機に情報開示による日本の食肉産業のブラ ンド強化の機会が拡大しつつある。 食肉はブランドを確立し、また販売店が特定されていてもそのブランドは現 状では小売店の協力の下で維持されているもので、ブランドの維持システムは 脆弱である。ここでブランド強化戦略とは、生産と消費の間での情報交流/相 互作用の活性化と消費者要求への対応、供給への信頼性の向上とによる購買意 思決定に当たっての消費者の負担を少なくする、情報化社会に対応したシステ ムの形成がその中心となる。この場合、情報共有度の高い巨大システムの形成 に成功する場合もあり得る。しかし、このシステムは大量生産・流通を直接目 指すものとしては形成できない。むしろ、限られた地域での流通を重視する結 果に至るのが自然の成り行きである。市場の無差別拡大は、需要に即応する供 給量制御力の問題もあって、ブランド崩壊に至ることもある。充分な供給力の 欠如に起因するともみられる今回の産地ブランド偽装は、これを物語っている。 14年夏に入って牛肉需要の回復が順調でBSE5頭目感染牛発生も需要への一般 的影響が見られないことと併せて、現在のところBSE発生後の牛肉供給体制の 安全性についての信頼度は高まっており、ブランド強化戦略の効果を高める環 境は整ってきている。今後の食肉流通の発展は、信頼性、開放性の高い、そし て強靱で情報創造力のあるシステムを通じてのみ可能となるのであり、食肉供 給者にとってブランド力強化は必須の戦略となりつつある。
米国では、1980年代、特に1990年代に入って健康、栄養のバランス、低脂肪、 ダイエットに関心をもつ消費者が増加し、鶏肉、魚肉の消費が増える一方で、 牛肉消費が減少していくが、この消費者のライフスタイルの変化に対応し、 lean(赤身の肉), tender(柔らかい肉), palatable(うま味のある肉), fresh(新鮮な肉)という新しい消費者の好みに合わせた牛肉ブランドの開発 が進み、需要増大に結びついた。それもchoice以上の品質が中心に伸びた。さ らに婦人の労働時間の拡大とも関係し、ready-to-cookの商品などvalue added items(stuffed peppers, meat-loaf, seasoned steaksなど)による需要増進 策も成功している。 最近では家きん肉との競合もあってtexture, flavor, colorへの消費者要求 への対応の過程でのブランド強化もみられ、ほぼ60%の消費者はブランドを意 識するに至っている。米国の食肉産業もここでようやく供給者、需要者間での パートナーシップの形成、Brand Focused Marketingの展開によりproduction focusedからcustomer focusedに転換した、その成果と言える。日本では、BSE 発生前までにもブランド肉の売上減退がみられ、主要ブランドにおいても消費 者や販売店との交流事業の縮小などブランド力強化努力が低下しつつあったの とは対照的である。 また、日本ではBSE発生後、枝肉価格の下落に対応した小売価格の引き下げ が浸透せず、需要の早期回復、拡大の機会を逸し、日本の流通機構の反応性の 低さが改めて鮮明になる、という側面も見られた。 米国では多くの消費者が購入経験を基礎に安全性を重視する買い方を強めて おり、これがnational brands離れを促している。次第に多くの人がlocal fam ily farmの産物を購入する傾向を強めている。 消費者は、情報源として販売店で見る新鮮さや色彩を安全性の評価の手がか りとしている。殆どの消費者が、安全性についての情報は販売店から得ている。 日本以上に栄養や健康維持に配慮した購入をしていて、必ずしも有名ブラン ドに執着しない。 しかし一方、高品質を強調するブランド強化戦略が一般化しており、消費者 のブランド意識は高まりつつある。ただし、日本と異なり常に同一ブランドを 指定することはしていない。 しかし安全性の問題との関係で、ブランド選別は強化されており、それだけ 供給側はマーケティング努力を強いられている。小売店も自店を差別化するst ore brandsの開発に努力しており、必ずしも有名ブランドを店に置かない傾向 を強めている。