★ 農林水産省から


家畜の生産段階における衛生管理ガイドライン

生産局 畜産部 衛生課  松岡 鎮雄




はじめに

 わが国の畜産は、農業の基幹的部門として発展してきており、畜産物の安定
供給という基本的な役割を始め、地域社会の活力維持、国土や自然環境の保全
等、その果たす多面的な役割は一層重要なものとなっている。特に、近年、腸
管出血性大腸菌O-157やサルモネラ等による食中毒の発生等、畜産物を介して
発生する食中毒はわが国ばかりではなく、世界的にも増加の傾向にある。この
ような背景の下に消費者の求める食品は安全で、品質の高いものへとその意識
が変わってきており、こうした中で、衛生的で高品質な食品を製造し、流通さ
せるためには、合理的に計画された日常の自主的な衛生・品質管理が重要とな
る。このため、衛生・品質管理方式として国際的にHACCP(ハサップ、危害分
析・重要管理点)システムの活用が推進されているところであり、わが国にお
いても、平成7年の食品衛生法の改正に伴い、i8i年にはHACCPシステムを取り
入れた「総合衛生管理製造過程」と称する衛生管理方法が承認制度として導入
された。さらに、10年には「食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置
法(HACCP手法支援法)」が施行され、HACCP手法導入のための取り組みが進め
られているところである。


生産段階におけるHACCPシステム

 HACCPシステムは、「食品の生産から消費に至る一連の過程において、危害
の原因となり得るすべての危害要因を特定し、その発生を防止するための管理
手続を定めてこれを監視する」ことにより、より安全性の高い食品を消費者に
供給する衛生管理方法である。これは、飼料工場から、農場・と畜場・加工場
・流通を経て、消費者が手にするまでの一連の工程を漏れなく管理・記録する
ことで食品に対する安全性を確保するという点で、従来の消費者が食べる「最
終製品」の検査に重点を置いた衛生管理方法とは異なっている。

 一方、家畜の生産段階にHACCPシステムを導入する場合、家畜の飼養環境が
食品の製造過程のような外部から遮断された閉鎖環境ではなく、開放された畜
舎ならびに放牧等、常に外界と接触している状況であること、素畜の導入から
出荷までの管理期間が長いこと、食品の製造・加工段階のような煮沸滅菌等病
原体を殺滅する工程がないこと等、安全性対策に関わる内容は非常に複雑・多
岐にわたり、その実施には困難をきたす恐れがある。

 しかし、家畜の生産段階においても同様に、上記HACCPシステムによる衛生
管理方法の考え方に基づき、従来は「疾病に罹患した家畜の摘発」に重点を置
いた衛生管理方法であった。これからは、飼養の全段階について危害(病原微
生物、抗菌性物質の残留等)が発生する恐れのある作業や管理のすべてを調査
・分析し、その危害防止のためにはどの段階でどのような対策を講じれば危害
を避けられるかという管理点をあらかじめ定め、この作業を日常的に実施する
予防的衛生管理方法に転換することにより、効果的かつ効率的な衛生管理と危
害の的確なコントロールが可能となり、健康な家畜の飼養へとつながることに
なる。

 さらに、上記の実施状況を記録し、定期的に第3者機関によるモニタリング
ならびに衛生管理方法の検証を行うことにより、生産者自らが問題点を把握で
き、また、これらの記録を消費者に提示することにより、畜産物の安全性を証
明することができるようになる。従って、生産段階にHACCPシステムを導入す
るメリットは大きいものと考えられる(図1)。

◇図1 生産段階における衛生管理の特殊性◇



衛生管理ガイドライン作成に向けた取り組み

 現在、すでに農場においてHACCPシステムに基づく衛生管理を実施している
先進的な畜産経営もある。しかし、本システムを導入するためには、作業工程
の調査・分析や細菌の汚染状況調査等を基に、危害分析を実施し、農家独自の
システムを作っていく必要がある。しかしながら、実際には畜産農家ごとに飼
養環境(生産形態、施設の環境、素畜の導入状況、飼料の導入先等)や家畜の
飼養管理方法が異なっているため、農家が個々にこれらの調査・分析等を行う
ことは困難な場合が多い。

 このため、HACCPシステムを生産段階に円滑に導入し、かつ全国的に普及さ
せていくため、8年度から13年度までの6年間にわたり、「畜産物生産衛生
指導体制整備事業」において、専門委員の助言のもと、都道府県および家畜保
健衛生所とともに、農家ごとのHACCPシステムを構築する際に参考となる指針、
いわゆる衛生管理ガイドライン作成のための取り組みを以下の3段階に分け、
進めてきた(図2)。

 第1段階:HACCPシステムによる衛生管理モデル導入に係る調査・検討
     ・普及・啓発

 危害要因の調査すなわち対象危害を決定するため、モデル農家における家畜
の飼養概要、生産工程(フローダイヤグラム)、危害特性要因等の生産衛生状
況実態調査、危害分析のための微生物汚染実態調査および一般衛生管理状況調
査を実施

 第2段階:HACCPシステムによる衛生管理基準の作成

 第1段階で得られた調査結果を基に危害分析を行い、衛生管理総括表、CCP
整理票、一般衛生管理マニュアル等、衛生管理ガイドラインの原案の作成を実
施

 第3段階:衛生管理ガイドラインの検証・策定

 衛生管理ガイドラインの原案の検証・見直し作業を行うとともに、生産現場
で利用可能なモニタリング機器の検証、各畜産農家での本ガイドライン適用の
際の問題点の把握等を実施

 これらの段階を経て、本ガイドラインでは、乳用牛についてはサルモネラ菌、
腸管出血性大腸菌O-157、抗菌性物質の残留、肉用牛についてはサルモネラ菌、
腸管出血性大腸菌O-157、抗菌性物質・注射針の残留、豚についてはサルモネ
ラ菌、抗菌性物質・注射針の残留、採卵鶏についてはサルモネラ菌、抗菌性物
質の残留、ブロイラーについてはサルモネラ菌、カンピロバクター菌、抗菌性
物質の残留を危害として設定している。

 なお、本ガイドラインは、14年9月30日に策定されたところであり、以下の
内容で構成されている。

@一般衛生管理マニュアル

家畜の飼養管理において、基本となる以下の

項目ごとに衛生管理の作業内容を記載。

ア 素畜の搬入、飼料の搬入・保管等
イ 施設・設備等の衛生管理、洗浄・消毒等
ウ 家畜の健康管理方法等
エ 家畜の運搬・出荷時の注意事項等
オ 従事者の衛生管理、教育等

A衛生管理総括表

作業工程ごとに、主要な危害要因(危害が侵入または発生する原因)、防止措
置(それを防止するための措置)、管理基準(適切に実施するための方法)、
モニタリング方法(適切に実施されていることの確認方法)、記録内容等を記
載し、農場全体の作業工程の危害分析の検討に利用

BCCP整理票

上記の作業工程のうち、危害を効率的かつ効果的に管理するために、特に重要
な作業工程について、詳細に実施方法等を整理したもの

Cその他

生産工程図、危害特性要因図等、農家個別に衛生管理方法を定める際に、参考
となる資料

◇図2 畜産物生産衛生指導体制整備◇



今後の課題と取り組み

 HACCPシステムは、基本的には、日常の飼養管理や作業内容の点検、そして
重点的に実施すべき点検箇所の把握とその箇所の的確な作業の遵守、そして作
業の実施状況の記録から成り立っている。一般的には特別な設備・装置や特殊
な技術は必ずしも必要ではなく、導入できるか否かは、個々の畜産農家の畜産
物に対する安全性、飼養管理に対する意識の持ち方によるところが大きい。

 このような中、今後のHACCPシステムの畜産農家への導入に当たっては、衛
生管理ガイドラインを参考にして、

@ 日常の飼養管理や作業内容の点検・確認
A 危害防止上の重要な作業箇所の確認
B @及びAを踏まえた作業マニュアルの作成
C 作業の実施状況を記録

を行っていくことになる。

 ただし、一点注意しなければならないのは、本ガイドラインに基づいて衛生
管理を行うことが、HACCPではなく、その後、定期的な検証、細菌検査成績等
を踏まえ、衛生管理上の問題点を改善しつつ、その農家独自のHACCPシステム
を作り上げていくことが必要であるということである。

 このため、定期的な検証体制の構築と、危害分析を行い衛生管理上の問題点
を改善指導できる指導者の養成が今後の課題となっている。このうち、検証体
制の構築については、14年度からの「生産衛生管理体制整備事業」において、
地域一体となった推進体制、管理体制等の検討を、モデル地域を設定して、生
産者団体および食肉衛生検査所等とも連携しながら、取り組んでいくこととし
ている(図3)。

 一方、畜産農家や生産者団体等畜産関係者を牽引し、生産段階へのHACCPシ
ステムの普及・定着を推進していくことのできる専門知識を有する指導者の養
成については、国としても今後、検討を進めていく必要があると考えており、
本ガイドラインが畜産農家において有効に活用されるよう、関連事業の一層の
充実・推進を図っていきたいと考えている。

 最後に、本ガイドラインの作成に当たり、多大なご助言・ご協力を賜りまし
た「畜産物生産衛生指導体制整備事業」専門委員会専門委員の諸先生方に厚く
御礼申し上げます。

「畜産物生産衛生指導体制整備事業」専門委員会

専門委員(敬称略)

茶薗  明(鹿児島大学客員教授、東京食糧安全研究所主宰)
小川 益雄(日本食品分析センター 学術顧問)
小久保 彌太郎(日本食品衛生協会 技術参与)
元井 葭子(独立行政法人農業生物資源研究所 監事)
酒井 建夫(日本大学生物資源科学部次長・教授)

◇図3 生産衛生管理体制整備事業◇


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