酪農学園大学 環境システム学部 教授 中原 准一
家畜ふん尿の処理対策の1つとして、バイオガスプラントが日本で稼働し始め て数年が経過した。すでに、京都府八木町、酪農学園大学(インテリジェント牛 舎施設の一環)、帯広畜産大学、独立行政法人北海道開発土木研究所の別海町や 湧別町での研究事業、江別市の有限会社町村農場等々でバイオガスプラントが稼 働中である。平成15年3月18〜19日、この分野の先進国デンマークから研究 者5名を迎えて「積雪寒冷地におけるバイオガスプラントの利用に関する国際シ ンポジウム」(会場:札幌市・北海道大学学術交流会館)が開催された。両日の 報告数は、27題に上り、内容はバイオガスプラントの発酵条件、消化液(メタン ガス発酵後の液体、いわゆる液肥部分)の成分や栄養効果、消化液の散布方法、 等々に関するものなど、広汎多岐にわたるものであった。いずれにしても今回の シンポジウムは、バイオマス利用への関心の高さと研究の深まりを反映している ようにみえる。 上記27題の報告の中には、これらのプラントの稼働実績をフォローアップし たものが多かったが、これも今回のシンポジウムの特徴の1つだ。 私は、このバイオマス事業を日本で普及させる場合の課題について考えること にしている。その際、デンマークの取り組みは長期的に見て示唆に富むように思 われる。
デンマークの家畜ふん尿の排出量は年間約4,000万トンといわれる。共同バイ オガスプラントは、現在、全国に20基を数える。この20基のプラントの家畜ふ ん尿処理量は、年間約100万トンほど(1998年)。なお、2003年時点で、個別 農家レベルに45基のバイオガスプラントが設置されている。従って、デンマー クの家畜ふん尿量(年間)の約3%ほどが、バイオガスプラントで処理されてい るとみられる。 共同バイオガスプラントとよばれるのは、表1に示すように、稼働している20 基のうち、9基が農業者組織、5基が地域暖房利用者組織などと、所有形態がな んらかの共同関係に基づいている。複数の農家(家畜ふん尿提供)やコジェネレ ーション(熱電併給)の享受者である地域暖房利用者(市民)が共同で資本出資 しているからである。他に農業者による株式会社形態や地方自治体によるプラン ト所有もみられる。 デンマークでこのような共同利用型のバイオガスプラントが中心になるのは、 農業者が自主的な協同組合組織を縦横に組織して、自らの経済的利益の維持向上 に努めているからである。日本の農協は、販売・購買事業、信用事業、共済事業、 営農指導事業など4種兼営の総合農協が主流だ。しかし、デンマークは単品毎の 専門農協制度を採る。例えば酪農家は、酪農協同組合を組織しているが、この場 合、酪農家は具体的には乳業工場の所有者である。農協乳業は、バターやチーズ を製造し、それを輸出して利益を上げ、利用高配当金を組合員酪農家にいかに還 元していくかに全力を挙げる。同国は豚肉製品と乳製品を中心に農産物販売高の 3分の2を輸出に依存しており、文字通り輸出に死活的利害を有する国だ。 デンマークでは酪農家といっても、基本は有畜複合経営である。つまり畑作(小 麦や大麦の麦作が主流)と結合している。酪農家の生産する大麦などは飼料農協 が買い上げる。1戸の農家が複数の専門農協に加入しているのが常態だ。酪農家 の畑作部門の収穫調製作業は機械請負協同組合(マシンステーション)が引き受 けている。同国の農業は協同組合ネットワークに支えられている。 同国のバイオガスプラントは、各種の共同組織の所有・運営する大型(1990 年代になると、発酵槽の容量が6000・〜7000・に達したものもある。)のも のからスタートした。特に1980年代に設置された1〜3号機は、メタンガス発酵 技術の形成途上で事業として採算性に乏しいものであった。また、設置経費も巨 額であり(1号機で邦貨約11億円)、導入した農民の経済的負担は大きかった。 結局、農業団体はバイオガスプラント事業の「アクションプログラム」を作って 再建に乗り出した。その後、中央政府から設置経費の30〜40%を助成する措置 が講じられることとなった。また、メタンガス発酵を円滑にするものとして、食 品加工場(特に食肉と場・スローターハウス)の廃棄物(内臓含有物、脂肪・ス ラッジ浮遊物等)や一般家庭から排出される生ゴミを添加剤として利用すること が有効となった。1988年の4号機以降、ほぼ技術的にも採算性の点でもバイオ ガスプラント事業が軌道に乗り、1990年代を通じて全国へ普及するようになっ た。 デンマークは、ドイツやオランダなどと同様に環境税(二酸化炭素税)を導入 している。この環境税を財源に、バイオガスプラント事業や風力発電に対する各 種助成が実施される仕組みだ。日本においても、政府は環境保全型社会の構築を 標榜しているが、税制度の面から改革していくことが必要となるであろう。それ は、エネルギー政策とも密接に関連しているように思われる。同国は、エネルギ ー自給率100%を達成しており、バイオマスや風力など再生可能エネルギーの活 用が国是となっている点も見逃せない。
第一次オイルショック(1973年)時点のデンマークのエネルギー自給率は、 わずか2%台であった。殆どを中東産の原油に依存していた。第一次オイルショ ックを機に同国は、果敢にエネルギー自給に取り組む。特に北海油田の開発が功 を奏し、1997年には自給率100%を達成している(表2参照)。 食料とエネルギーの自給は、同国の国是として位置付けられている。先述した ように、農産物販売額の3分の2が輸出向けで達成されているということは、食 料自給率300%と置き換えてもよい。デンマーク農業理事会など農業団体は、「わ れわれは1,500万人の食料を供給できる」と自国農業の紹介で述べている。ちな みに同国の人口は、530万人である。同国は、北海道の面積(約8万3,000平方 キロメートル)の約2分の1の4万3,000平方キロメートルの国土面積に、約530 万人の人口を擁している(北海道の人口は、約560万人)。1998年の世界の農 産物純輸出国ベストテンにヨーロッパからEU3カ国が含まれている。EU3カ国 とは、オランダ(第2位、純輸出額126億ドル)、フランス(4位、同上額117 億ドル)、デンマーク(8位、同上額50億ドル)の順となる(FAO資料より)。 デンマークでは、第一次オイルショックの時から10年以上を費やして原子力 発電について国民的議論を重ねた。結果、国民の意思として原子力発電を否定し た。原子力発電の安全性への疑念が解けなかったのである。原子力利用に対する、 国民の意思は、政権交代でも変わらない。対原子力利用についても国是となって いるのである。結局、同国は1980年代から原子力代替エネルギーの開発に全力 を挙げることとなる。中東原油依存脱却のための北海油田開発が1つの対策とな った。同時に石炭火力利用に切り替えたり、風力やバイオマス利用など、再生エ ネルギー活用に積極的に取り組むのが、もう1つの対策となった。 1990年代 になって、北海油田開発が成功し飛躍的にエネルギー自給率を高めた。表2に見 るように、1997年にエネルギー自給を達成し、現在、同国はエネルギー輸出国 に転換しているのである。2000年に同自給率が138%を示し、これは驚異的で すらある。北海油田から石油と天然ガスが豊富に供給されるからだ。さらに、1997 年以降、エネルギー消費量を漸減させつつあるのも注目される。これは、国民一 体となっての省エネルギー・リサイクル社会実現に向けての努力の反映と思われ る。例えば、建築基準法が改定されて、個人住宅の断熱材使用義務を強化し、暖 房機器の燃焼温度を引き下げるなど、対策は徹底している。いわば、省エネ・リ サイクル社会実現に向けて、エンドユースから製造過程をとらえ直す取り組みが 着々と進んでいるといえる。地球温暖化防止の目安である「CO2排出量」は、1996 年の7,300万トンをピークに翌1997年からエネルギー消費量に並行して漸減傾 向を示している(表2参照)。 2000年の再生エネルギー供給量は、89.0ペタジュールであり、同年のエネル ギー総消費量の約11%弱を占める。同国の政府や科学者たちは、「2030年に再 生エネルギーをエネルギー総消費量の35%にすることは可能」と見ている。20 世紀が「大量生産・大量消費・大量廃棄」社会とするなら、21世紀はそれからの 転換がなにより求められている。表3は、そのための再生エネルギー生産の資源 別内訳を見たものだ。 これによると、廃棄物利用が再生エネルギー全体の3分の1以上を占めている。 ここでいう廃棄物とは、下水処理や各種廃棄物(産業用、民生用)の終末処理分 野を指す。終末処理で単に廃棄してしまうのではなく、やはりコジェネレーショ ン(熱電併給)による再生エネルギー利用が図られているのである。次いで木材・ 廃材等(木材チップ等)の燃焼によるエネルギー利用が勧められている。 2番目に風力発電である。2002年、同国の風力発電機は、約6,400基に達して いる。1基当たり1,500KWhから2,500KWhの出力を持つ、大型の発電機も登場 している。風力発電機の寡占的メーカーの1つのNEG MICON社は、10年前ま では従業員30人程度の小規模企業であった。同社は、現在ではデンマークを代 表する輸出企業の1つであり、従業員もかつての30倍以上に増加している。農 業分野の環境規制の1つは、ほ場での麦わらの燃焼禁止である。従って、自治体 の運営する燃焼施設を中心に、終末処理の各種廃棄物、木材・廃材等、麦わら等々 が再生エネルギーに転換されているのである。 デンマークでは、電気配線やガス配管等は既に1930年代に地下埋設に切り替 えてあるなど、社会的インフラストラクチュアの完備も見逃せない。これらの既 存施設が、上記のコジェネレーションによって生み出された電力や温水の市民の 住宅等への供給を容易にしているのである。もちろん、共同バイオガスプラント と同様に、風力発電の施設投資は、農家同士や都市住民の共同出資、地方自治体、 電力会社等の参画するものなど多様な形態をとって行われている。ともかく、バ イオガスプラント事業は、省エネ・リサイクル社会形成を担う一翼に位置付けら れているのである。
既存の電力会社は、法律で再生エネルギーに由来する電力購入を義務付けられ ている。このような優先買い入れ制度の持つ意義は大きい。また、右記の資料は、 共同バイオガスプラント事業の採算性に関する、プラントメーカーの1つである BWSC社(Burmeister& Wain Scandinavian Contractor A/S)の試算例である。 右記のBWSC社の試算例は、デンマークの共同バイオガスプラント20基のほ ぼ平均的な事業収支を模したものとみてよいだろう。ここでは、6つの前提条件 を踏まえた事業展開が想定されている。もし、発酵槽をはじめとするプラントの 建設費償還を自前で行うならば、バイオマス1トン当たり1年当たり22.5デン マーククローネの赤字を計上せざるを得ない。 ところが、税財政制度を通じて、再生エネルギー活用に向けた種々のインセン ティブ(誘導・促進策)が用意されているのは見逃せない。1つは、プラント建 設費に対する20%助成を実施していることだ。1986年に「アクションプログラ ム」を策定し、1988年以降事業再建が軌道に乗ったのも、このプラント建設費 助成に負うところが大きいといえよう。 しかも、電気税や化石燃料税は、環境汚染防止のための財源として位置付けら れる。言い換えるなら、これらの税制は、従来の化石燃料使用に対しては抑制的・ 懲罰的な意味を持つ。ただ、バイオガスプラントや風力発電事業に対しては、逆 に配分することによってそれらの普及・一般化を促進する効果を持たせているの である。このことが、2つ目に強調しなければならない点だ。政策誘導の妙が、 いかんなく発揮されているといえる。この税財政制度によるインセンティブが、 事業の赤字を相殺しているのである。
デンマークでは、共同バイオガスプラント事業を本格化させて20年の経験を 誇る。当該事業について、彼らは次のような評価をしている。
■共同バイオガスプラント事業のメリット
第1.コジェネレーション(熱電併給)なので、都市住民に電気と集中暖房の熱源 (温水)を提供できる。 第2.共同組織参加農家の経営効率化を実現できる。 第3.ガスエンジンを効率的に利用できる。 第4.共同組織なので家畜ふん尿の入手が円滑に行われる。
■共同バイオガスプラント事業のデメリット
第1.運賃コストがかかる。 第2.参加農家間で家畜ふん尿を混合することにより、病原菌の拡散の恐れがある。 もちろん、この共同バイオガスプラント事業は、家畜ふん尿を嫌気発酵させる ことにより、直接的には農業に起因する環境汚染(地球温暖化等)を防止する点 で有意義である。さらに、EUの「硝酸塩規制」(1991年)は、紆余曲折を経な がらも着実に実施されつつある。デンマークは、EUの環境規制の実施の面でも 先進的な取り組みを示している。 例えば、高井久光博士(デンマーク国立農業科学研究所・主任研究員)は、「1985 年から17年間にわたり多くの環境規制が施行され、それに伴い農業の現場にお いても窒素放出抑制のために多大な努力がなされたが、生態系の変化や地下水・ 河川・海水の窒素濃度低下などハッキリした効果は現れているものではない」1)、 と慎重な評価を加えている。他方、高井博士は「1985年以前5年間における窒 素化学肥料の年間平均消費量は約39万トンであったのが、1997/98年には約28 万トンに減少」2)したことを指摘している。ともかく、化成肥料の投入量は着 実な減少をみせており、家畜ふん尿含有窒素利用率の飛躍的な向上が確認される のである。これらのことは、デンマークが畜産環境保全のためにねばり強く取り 組んできた事実を雄弁に物語る。 翻って、わたしは日本でバイオガスプラント事業の普及を展望した場合、次の 3点を指摘したい。 第1.バイオガスプラント事業はコジェネレーション(熱電併給)と結びつくこ とによって本来のメリットを発揮すると思われる。そのため地下埋設のパイプラ インなど、社会的インフラストラクチュア整備が必要となろう。 同時に、バイオガスや風力など再生エネルギーに由来する電力の優先買 い上げの制度化などが、論議のそ上にのせる段階にきているように思われる。そ のためには、税財政制度の柔軟な運用が期待される。上記で指摘した、いわゆる 当該事業を促進するためのインセンティブの導入が課題だ。結局、これはエコビ ジネスの創出にも関わる分野でもある。これらのことは、「平成大不況」に風穴 を開ける可能性もあるからである。 第2.発酵槽の容量が3,000・を超える大型プラントを設置する場合など、何 らかの公的助成が必要と思われる。プラント建設投資に対する、時限的で効率的・ 合理的な公的助成の実現が望まれるところだ。 第3.特に、都府県の都市住民との混住社会およびほ場の零細分散錯圃状態を考 えると、バイオガス発酵後の消化液の処理が懸念される。例えば、京都府八木町 のバイオエコロジーセンターでは、消化液の水稲部門への施用に向けて水口を活 用するなど実用化を目前にしている。消化液活用の制約条件を解消するための試 験研究が待たれるところだ。
注:1)高井 久光「デンマーク農業と環境政策」
(2002年12月7日、酪農学園大学における研究会資料、2頁)
2)同上資料
前提: 第1. 発酵槽の容量は、50〜60戸の農家(養豚および酪農)を中心に年間10万 トンのバイオマス(家畜ふん尿および有機性廃棄物)を処理する能力を有する。 第2. 家畜ふん尿提供農家は、プラントからほぼ5〜6キロメートル以内に分布す るものとする。 第3. プラント建設費を3,000万DDK(デンマーククローネ/邦貨約5億円)と設定。 第4. バイオマス1トン当たり20・のバイオガス(メタンガスおよびN)が生産されると仮定。 第5. バイオマス1トン当たり200KWhの電力を生産すると設定。 ガスエンジンにより、35%の電力=1トン当たり 70KWh 50%の温水=1トン当たり 100KWh 第6.添加剤としての有機性廃棄物を食品加工企業が1トン当たり50DKKを共同 バイオガスプラント側に支払うものとする。有機性廃棄物の発酵槽内の濃度を 20%と設定。従って、バイオマス1トン当たり0.2トンの有機性廃棄物を含有し ているとする。
投資 | 借入金負担額:年金利7.5%・償還期間20年 |
22.5
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経常経費 | バイオマス運搬費 |
15.0
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プラント運営費・維持費(含、減価償却費) |
15.0
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経費総額 | バイオマス運搬費 | |
バイオガス1・ 当たりの国際価格を1DKKと設定 |
20.0
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有機性廃棄物受け入れ収入 | 有機性廃棄物1トン当たり50DKKの受け入れ料金を設定 |
10.0
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収入総額(補助や支援金に依存しない) |
30.0
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赤字 |
22.5
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補助および支援 | 投資助成:プラント建設費の20%を助成 |
4.5
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電気税払い戻し部分:電力1KWh当たり0.27DKK |
18.9
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化石燃料税還元分(助成):電力1KWh当たり0.1DKK |
10.0
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助成総額 |
33.4
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注: 1)2002年9月、科研費調査(研究代表者:甲斐 諭・九州大学大学院 農学研 究院教授)の一環としてデンマークのBWSC社での聞き取り時の資料に基づく。 2)上の右端の数値は、バイオマス1トン当たり1年当たりの金額(デンマーククローネ)を示す。