◎専門調査レポート


宗谷黒牛の産地ブランド化と 大阪いずみ市民生協との
産直取引への取り組み

−全農安心システムの第1号認証商品の産直取引−

宮城学院女子大学 生活文化学科 教授 安部 新一

 




はじめに

 平成3年の牛肉の輸入自由化によって、特に乳用肥育牛は大きな影響を受け、
出荷頭数は減少傾向にある。また、近年ではイギリスをはじめとする複数の国々
でのBSEや口蹄疫の発生、わが国でも病原性大腸菌O−157に続いてBSEの発
生により、食肉の安全性に対する関心が急速に高まる状況下にある。

 今日、国産牛を取り巻く環境は厳しい状況にある中で、調査対象先である北海
道稚内市にある社団法人宗谷畜産開発公社宗谷岬肉牛牧場(以下「宗谷岬肉牛牧
場」という。)では、頭数の規模拡大を図ってきていることが注目される。そこ
で、産地と生産過程が明らかな「安心・安全」をセールスポイントとし、12年7
月4日に「全農安心システム」の認証第1号を受けた宗谷黒牛の産直取引の実態
について明らかにすることを目的として現地調査を行った。生産者側である宗谷
岬肉牛牧場と流通業者としてのホクレン、JA全農、さらには小売側である大阪い
ずみ市民生協までの生産から流通、小売に至る流通過程の実態調査である。生産
側では安全性を高めた肥育生産の飼育管理状況と肥育素牛(育成牛)の調達方法
を明らかにする。また、産直取引の経緯と取引内容および契約締結後数年間を経
過しての取引の現状と各流通段階における担い手の機能と役割および産直取引を
推進していく上での課題を明らかにしたい。

宗谷岬肉牛牧場と大阪いずみ市民生協との産直取引の概況

産直取引開始の経緯
 宗谷岬肉牛牧場と大阪いずみ市民生協による宗谷黒牛の産直取引は8年に開始
された。前年に全農とホクレンとの仲介により、牧場と市民生協側との話し合い
の場を設けて取引に向けた協議が始まった。市民生協側では当時、鶏肉と豚肉に
ついての産直取引ルートを開拓していたが、牛肉についての産直取引は行われて
いなかった。このため、生協側でも産直取引先の開拓を必要としていた。生協側
では産直取引を行うに当たっては、@生産者の顔が見える取引先であること、A
給与飼料等を含め、肥育飼養管理が明確であること、B生協組合員と生産者との
交流を行っていけることなどが条件となっていた。その中で宗谷岬肉牛牧場との
産直取引開始を決意した背景には、特に、安心・安全のみならず牧場および周辺
海岸の環境に対する対策も行われていたことが、市民生協側の考え方とも合致し
たためであった。さらに、8年に発生した病原性大腸菌O−157食中毒事件に対
して、牧場側では生体段階での検便検査を行う対応策を実行し、生協組合員の信
頼を得たことも取引促進に結び付いた。一方、牧場側では当初は繁殖基地であっ
たものを、7年に現在の氏本長一氏が場長に就任後、肥育経営部門を導入し繁殖・
肥育一貫経営へと転換を図ったことから、肥育牛の安定した販売ルートの開拓を
模索していた。また、生産理念として、「宗谷岬の大地の健康・牛の健康・消費
者の健康を大切にした牛肉生産」を目指し、さらに自然環境保全の重要性を認識
し、牧草地の無化学肥料化、除草剤の散布の中止など環境への負荷の少ない資源
循環型肉牛生産を推進した。こうした牧場側の肉牛生産指針に対して高い評価を
もって取引を開始したのが市民生協であった。従来の牧場で生産した肉牛は北海
道チクレン農業協同組合連合会(以下「北海道チクレン」という。)、食品大手
のマルハおよびホクレン、全農を経由しての取引であった。それをホクレン、全
農経由であっても生協との産直取引を開始したことは、安定した販路確保の他に、
生産した肉牛について消費者側からの直の声を聞くことにより、従業員の「生き
がい・やる気」につなげるためでもある。こうして、大阪いずみ市民生協との産
直取引が開始された。


産直取引の担い手と流通ルート

 宗谷岬肉牛牧場における肥育素牛調達ルートは、繁殖部門における自家生産と
地域内の酪農家と農協を通じて仕入れるルートがみられる。自家生産はアバディ
ーンアンガス種(以下「アンガス」という。)繁殖雌牛と黒毛和種のF1(一代
雑種、以下「BA交配種」という。)であり、繁殖から肥育までの一貫飼育方式
である。また、ホルスタインと黒毛和種のF1(以下「BD交配種」という。)の
子牛(濡れ子)を地元の酪農家と農協との提携により、導入し肥育を行っている。
BD交配種の子牛は地域の元酪農家(酪農ヘルパーを行っている農家)5戸へ生
後2週齢から7ヵ月齢まで共通の飼料マニュアルで預託を行っている。生後13
ヵ月齢から肥育開始し、26ヵ月齢で出荷を行っている。その後、北海道畜産公社
上川事業所でと畜解体し部分肉加工処理される。その後の物流は、チルド部分肉
セットで流通するルートとフローズン部分肉で流通するものに分けられる。主に
チルド部分肉は生協店舗販売向けルートであり、フローズン部分肉は主に生協の
共同購入向けルートである。主にチルド部分肉の店舗販売向けルートは、上川事
業所からチルド部分肉セットで兵庫県鳴尾浜にある全農近畿畜産センターへ輸送
され、その後インストアーパックの生協店舗へは、近畿畜産センターから店舗へ
直送される。また、アウトパックの店舗には、近畿畜産センターから大阪いずみ
市民生協センターへ配送、生協センターでパック包装後に生協店舗へ配送されて
いる。ただし、季節により不需要部位は消費地営業冷蔵庫(恩地)にチルド部分
肉を冷凍保管しておき、共同購入向け冷凍部分肉として利用している。また、産
地段階からフローズン部分肉形態での共同購入向けルートとしては、上川事業所
でと畜解体し部分肉加工後に旭川市内の営業冷蔵倉庫で凍結保管され、その後、
恩地の消費地冷蔵倉庫へ輸送される。営業冷蔵倉庫から摂津の全農近畿畜産セン
ターへ搬送され、そこでパック包装後に、いずみ市民生協の配送センターへ配送
される。そこで、選別が行われ、共同購入者である生協組合員へ配達される。

 商流については、肥育素牛は自家生産と農協を通じて買い入れるルートがみら
れる。肥育後は枝肉形態でホクレンに販売され、部分肉加工後フルセット形態で
ホクレンから全農へ販売される。全農が部位別調整機能を果たしていることから
セットをバラして、大阪いずみ市民生協へはパーツ別販売となっている。

 宗谷黒牛の産直取引には、このように宗谷岬肉牛牧場の他に、ほ育・育成農家、
農協、ホクレン、営業冷蔵倉庫会社、全農、大阪いずみ市民生協が関わっている。
その中でも中心的な役割を担っている宗谷岬肉牛牧場、ホクレン、全農、大阪い
ずみ市民生協について、それぞれの果たしている機能と役割を見てみる。



宗谷黒牛を生産する宗谷岬肉牛牧場の役割

宗谷岬肉牛牧場の概況

 社団法人宗谷畜産開発公社は、北海道北部、天北地域の宗谷丘陵地区に、肉用
牛の草地利用型大規模生産団地を建設し、宗谷岬肉牛牧場の管理運営主体として
昭和58年12月に設立された。出資母体は宗谷管内の稚内市、歌登町等7市町村、
JA歌登、JA北見枝幸等7農協の他に、北海道チクレンの15会員である。宗谷岬
肉牛牧場には、公社常勤役員である牧場長の下に、事務職2名、生産職6名、非
常勤嘱託獣医師1名が勤務している。施設のうち牛舎は、繁殖牛舎9棟、育成牛
舎6棟、肥育牛舎6棟等23棟、その他施設として、バンカーサイロ12棟、牧草
舎6棟を含め24棟の他に、管理棟1棟である。総面積1,580ヘクタールのうち、
採草放牧地は1,170ヘクタールであり、内訳は採草地420ヘクタール、放牧地550
ヘクタール、兼用地200ヘクタールである。その他に施設用地30ヘクタール、
防災用地380ヘクタールである。





宗谷岬肉牛牧場の発展経緯

 牧場の建設工事は昭和63年に開始、昭和63年から繁殖牛の導入が開始され、
平成2年度で全体が完了した。当初は繁殖牛経営でスタートしている。その背景
には、宗谷地区は酪農経営に特化した地域であったが、1980年代に入り牛乳の
過剰生産により、生産調整が行われたことから、酪農以外の農業の柱を造ること
が求められた。地域の立地・環境条件からも畜産以外に有利な作目がないため、
肉牛生産基地を目指した。生産者の肉牛経営を推進する支援の意味からも、経営
的・技術的に難しい繁殖部門を宗谷畜産開発公社が担当し、肥育部門は個別生産
者が行うことで、繁殖基地として地域の肥育牛生産者へ肥育素牛を供給する目的
で宗谷岬肉牛牧場が建設された。しかし、繁殖飼養技術が難しいこと、特に繁殖
素牛として導入したアンガス種の子牛の死亡率が高く、生存率が65%前後にとど
まっていたため、1頭当たりの生産コストが高くなり、また販売面においてアン
ガス種の子牛は相対的に低い評価であった。このため、7年に現在の氏本長一氏
が3代目場長として着任してから、北海道チクレンのアドバイスも受け、これま
での繁殖専門から、肥育部門を導入し肉牛生産一貫経営に転換を図った。肉牛肥
育の導入に当たっては、国内のマーケットをターゲットとすることから、これま
でのアンガス種に替わって黒毛和種を活用して、交配種F1を生産し、サシを入
れて商品力を高める方向を目指した。

 販売先についても、当初、会員である北海道チクレンとの取り引きから開始し、
翌年の8年にはホクレン、その後マルハとも取引を開始した。ただし、牧場側で
は立地している「宗谷」の名称を使用して、肥育牛をブランド化していきたいと
の考えがあった。その点で北海道チクレン、マルハともそれぞれ独自ブランドで
の販売ルートを持ち、宗谷のブランドでの販売は困難であった。そこで、新たな
販売ルートを開拓すべくホクレンへ相談した。ホクレンは全農に対して「宗谷黒
牛」を銘柄牛として確立できる販売ルートの開拓を依頼した。そこで、7年から
8年にかけて、宗谷岬肉牛牧場と大阪いずみ市民生協とが話し合う場を設けた。
生協側は牧場が立地する宗谷岬のロケーションが大変気に入ったこともあるが、
それ以上に先に述べたように、牧場側の肉牛を生産理念に基づいて生産を行って
いることが、生協側の考え方とマッチングしたことが取引開始の最も大きな理由
となっている。こうして、8年に宗谷岬肉牛牧場と大阪いずみ市民生協とは産直
取引を開始した。その後に、北海道チクレン、マルハおよびホクレンを通じての
大阪いずみ市民生協等との取引が行われた。しかし、13年9月のBSE発生以後
は、北海道チクレン、マルハとの取引は中止となり、ホクレン、全農を経由した
取引ルートのみとなった。特に、これまでの生産理念であった安心・安全の生産
指針が、BSE発生後に評価され注目を集めたことにより、ホクレン、全農を経由
したルートでの取引が拡大傾向にある。
飼養管理の特徴
 肥育素牛調達ルートは、繁殖部門における自家生産と地域内の酪農家と農協を
通じて仕入れるルートがみられる。自家生産はアンガス種の繁殖雌牛を飼養し、
黒毛和種との交配種F1の子牛を生産し肥育素牛としている。アンガス種の繁殖
雌牛の飼養頭数は9年には895頭であったが、その後減少傾向にあり13年には
266頭へ減少している。この背景にはアンガス種は放牧地での自然分娩であり事
故率が高いこと、また放牧期間中の交配により分娩時期が6月から7月に集中す
る。そのため、その他の時期には肥育素牛の導入が必要となる。そこで、ホルス
タインと黒毛和種の交配種F1の子牛を地元の酪農家、農協との契約生産により
生後2週間で導入し、7ヵ月齢までのほ育・子牛段階を地元の元酪農家5戸に預
託を行っている。さらに近年の特徴は、自家生産として13年からホルスタイン
に黒毛和種の交配種F1の雌牛を繁殖雌牛として120頭飼養し、これに黒毛和種
を交配した子牛を肥育素牛としていることである。







 アンガス種繁殖雌牛と黒毛和種との交配は夏季放牧地での種雄牛または人工授
精であり、分娩も夏季放牧地での自然分娩である。ほ育期も母牛による放牧地で
の自然ほ育方式をとっている。離乳は生後90日から150日、体重は100〜180
キログラムに達すると牧場内で自家育成を行っている。一方、ホルスタインと黒
毛和種の交配種F1の子牛は地元の酪農家から契約により購入後、7ヵ月齢まで
預託を行い、その後牧場内で自家育成を行っている。また、地域外からの子牛導
入を行わず、地元からのみ子牛を導入する理由としては、疾病汚染の予防のため
である。次に12ヵ月までの育成段階(牧場では肥育素牛期と称している)では
丈夫な骨格と消化器官作りを目指した飼養管理方法となっている。また、医薬品
は8ヵ月未満の疾病子牛に投薬治療する以外は、伝染病ワクチン、寄生虫駆除剤
に限り投与を行うなど安全に対する厳重な配慮がみられる。

 肥育段階について牧場側では12ヵ月齢までを「肥育素牛期」と呼び、通常の
肥育段階である13ヵ月齢から20ヵ月齢までを「肥育中期」、仕上げの21ヵ月
齢から26ヵ月齢までを「肥育後期」と区分して肥育を行っている。特に、仕上
げ段階である肥育後期の最後の4ヵ月を、これまでの群飼いから、生年月日の近
い肥育牛を集めて1マス毎に10頭に分けて、個体間格差をなくす努力が払われ
ていることが大きな特徴である。



【冬期間の放牧風景】

飼料給与と飼料調達方法
 当牧場での飼料給与の特徴は、粗飼料多給型の給与体系をとっていることであ    
る。育成段階である肥育素牛期から肥育中期、後期に分けて粗飼料と配合飼料の    
給与割合を変化させている。飼料給与は1日当たり乾物換算で10キログラムの    
給与を目安としている。育成段階である肥育素牛期には粗飼料6に対し配合飼料    
4、肥育中期には粗飼料3に対し配合飼料7、肥育後期には粗飼料1.5に対し配合    
飼料8.5の割合である。 

 このように、肥育素牛期に良質の粗飼料を飽食させることは、丈夫な骨格と消    
化器官をつくるためである。こうした粗飼料多給を可能としているのは、採草地    
420ヘクタールに放牧地との兼用地200ヘクタールから、年間にグラスサイレー    
ジ3,000トン、ロール乾燥3,500個を生産し、繁殖雌牛、育成牛および肥育牛を    
含め年間給与する必要量の粗飼料を確保していることによる。当牧場では健康な    
土壌から健康な牧草が生産されるとの考えから、環境に優しい牧場を目指してい    
ることが大きな特徴である。具体的には、牛舎で発生するふん尿をオガクズに吸    
着させ、これを有機たい肥化し、牧草地に還元している。牧草地への肥料にはこ    
の有機たい肥のみを利用し、化学肥料は使用せず、また除草剤、農薬等も使用し    
ていないことも大きな特徴である。 

 一方、仕上げ段階となる肥育段階では、配合飼料の多給となっている。特に21    
ヵ月齢以降の肥育後期には粗飼料1.5に対して配合飼料8.5の割合であったが、    
22ヵ月齢以降出荷月齢である26ヵ月齢までの4ヵ月間は粗飼料1に対して配合    
飼料9の割合へと、さらに配合飼料の割合を高めている。また、13ヵ月齢から21    
ヵ月齢までは1群を50頭単位での飼養であったが、22ヵ月齢からは1群を10    
頭単位での飼養へと切り替え、十分な個体観察による栄養障害等の健康管理を徹    
底し、最後の肥育仕上げを行っている。 

 給与する配合飼料の主要穀物原料であるとうもろこしには、非遺伝子組み替え    
(nonGMO)種子で、かつ収穫後農薬不散布(ポストハーベストフリー)のもの    
を輸出国から分別輸入し、国内の飼料製造工場においても専用製造ラインで特別    
配合により製造したものを使用している。さらに、給与する配合飼料には、抗生    
物質、抗菌剤、成長ホルモンなどについても無添加による安全な飼料である。こ    
うした配合飼料を使用できるのは、ホクレン、全農の協力支援体制によるもので    
ある。給与する飼料については、2ヵ月に1回の間隔で、ホクレン、全農、飼料    
メーカーをメンバーとした「飼養管理検討会」を開催し、1日当たりの飼料給与    
量をパソコンに入力し、計数化したデーターを基に検討を行い、飼料給与の合理    
的な判断ができる体制を確立していることが大きな特徴である。
宗谷黒牛の販売先と大阪いずみ市民生協の位置付け
 宗谷岬肉牛牧場の出荷頭数は、7年の肥育開始段階に600頭から開始し、9年
812頭、11年1,032頭、12年1,265頭と順調に増加した。さらに、BSEが発生
した13年も1,296頭へと増加したが、14年には、1,262頭へとやや減少したの
は出荷適齢牛の頭数変動によるものである。市場での取引頭数が大幅に減少して
いた状況において、宗谷黒牛の取引希望頭数はむしろ増加していることは注目に
値する。



 そこで、宗谷黒牛の販売先は、先に見たように13年9月のBSE発生以後は、
北海道チクレン、マルハとの取引は中止となり、ホクレン、全農を経由した取引
ルートのみとなった。

 現状における宗谷黒牛の出荷頭数は、1週間に24頭であり、そのうち関東向
け12頭、関西向け12頭となっている。関東向けの販売先は秋田、青森県内を中
心に店舗展開している食品スーパーの伊徳と東京にある百貨店の高島屋である。
伊徳への販売ルートは北海道畜産公社上川事業所でと畜解体後に部分肉加工(45
カット部位)後に直接、秋田県の伊徳へ直送される。また、高島屋へは上川事業
所から東京の全農中央畜産センターを経由して高島屋へ搬入される。関東向けと
して1週間12頭仕向けのうち、伊徳へは3等級を中心に1週間に4頭、高島屋
へは4等級を中心に8頭の販売となっている。また、関西向けの販売先は大阪い
ずみ市民生協(一部わかやま市民生協)と京都のヘルプである。関西向けは2等
級を中心に12頭のうち、ヘルプへは1頭、大阪いずみ市民生協へは11頭の販売
となっている。このように、宗谷黒牛の販売頭数の約半数が大阪いずみ市民生協
へ販売していることになる。宗谷岬肉牛牧場におけるホクレン、全農を経由して
の大阪いずみ市民生協との産直取引ルートは極めて大きな販売ルートとなってい
る。

大阪いずみ市民生協の機能と役割

生協の牛肉販売に占める宗谷黒牛の位置付け

 大阪いずみ市民生協(以下「市民生協」という。)は、大阪のおよそ南半分26
市町村にまたがる販売エリアとする生協であり、組合員29万5,000人、供給高
485億円と関西でも有数の生協である。売上高に占める共同購入367億円、店舗
売上げ75億円であり、現状の店舗数は19店舗である。市民生協における牛肉の
種類別取り扱い構成比は、宗谷黒牛8%、黒毛和牛20%、乳用肥育牛72%であ
る。市民生協における食肉の産直取引は、鶏肉ではマルイ農協、豚肉では大里ミ
ートセンターとの取引がみられるが、牛肉では旧来、産直取引が行われていたが
中止され、和牛における長崎和牛の1%取り扱いのみであった。そこで、牛肉の
産直取引先について市民生協側からも要望がみられたのであった。前述した市民
生協側が求める3つの条件に、宗谷岬肉牛牧場が適合したことから、ホクレン、
全農の仲介で産直取引が8年より開始された。当初の取り扱いは牛肉取り扱いの
4〜5%であったが、肉質の向上もあって10年頃には8%へと取り扱い量は高ま
っていった。取り扱い増加の背景には、肉質の向上の他に店内活動する生協委員
による試食会、地域の運営委員会による料理講習会活動の他に、産直交流会に参
加した生協組合員を中心に根強い支持がみられたことによる。それでも、13年9
月のBSE発生後、国内では牛肉消費の大幅な減少がみられ、宗谷黒牛もBSE発
生直後の1ヵ月半後には取り扱いは発生前の半分にまで落ち込みをみせた。しか
し、店頭にパネル、POP、全農安心システムの認証書を掲示し、さらに日常の試
食会、地域での料理講習会さらに産直交流会に参加した生協組合員を中心に根強
い支持があったことから、その年の12月には8割にまで回復し、翌年の2月か
ら3月になると宗谷黒牛の需要がさらに高まり、供給量を高める要望を出したも
のの、出荷頭数が早急には拡大できないほどの購入量の増大がみられた。このよ
うに、市民生協における宗谷黒牛の位置付けは高まりをみせている。
産直取引の内容 
 宗谷黒牛の取引は、宗谷岬肉牛牧場と大阪いずみ市民生協との直接取引とはな
っていない。宗谷岬肉牛牧場はホクレンとと畜解体後の枝肉形態で、個体毎に相
対での取引を行っている。取引価格は全農相場(関東の3市場加重平均価格)等
の枝肉相場を考慮しながら1頭毎に評価を行い取引価格を決定している。価格交
渉を行う前に牧場側では、1頭毎の取引価格と格付け評価の希望をホクレン側に
提出し、それを踏まえてホクレンとの取引交渉が行われている。ホクレンと全農
との取引はフルセットでの取引であり、枝肉価格に部分肉加工経費とマージンを
加算して取引価格となる。全農から市民生協への取引には店舗向けと共同購入向
けの2つのルートでの取引がみられ、店舗向けはチルド形態のパーツでの販売で
ある。店舗向けは1週間毎に木曜日に翌週の必要部位(モモとカタの部位)を全
農に発注し、取引価格は1ヵ月間、部位別に同一価格での取引となっている。モ
モとカタ以外の部位は共同購入向けとなり、消費地冷蔵庫においてチルド部分肉
形態のものを冷凍保管により長期貯蔵を行っている。さらに、産地側で凍結保管
していた関西向け冷凍部分肉フルセット(1週間10頭分)についても共同購入
向けとなる。長期保管を行っていた冷凍部分肉は共同購入の定番商品として、ま
た季節限定商品としてカタログ掲載により販売が行われている。共同購入商品は
全農近畿畜産センターで、最終商品形態であるパック包装形態で市民生協の配送
センターへ納品される。このため、部分肉の原価とパック包装費、さらに配送費
等を加算した納入価格となっている。
宗谷黒牛の販売ルートと部位別コントロール

 宗谷黒牛は毎週火曜日に肉牛を出荷し、翌日の水曜日に北海道畜産公社上川事
業所でと畜解体、金曜日に格付け後、ホクレンとの取引となる。この枝肉段階で
ホクレンとの協議により、1頭毎に市民生協向け、伊徳向け、高島屋向けの選別
と仕分け作業を行っている。翌週の月曜日に部分肉処理加工、火曜日に秋田県の
伊徳、東京の全農中央畜産センターおよび全農近畿畜産センターへ輸送される。
チルド形態で輸送されたフルセットから、生協の店舗での定番商品として、モモ
とカタ(ウデ)部位を利用した「小間切れ」と「切り落とし」等、3から4アイ
テムの品揃えを行っている。その他残部位のカタロース、ヒレ、サーロイン、バ
ラ等の各部位は消費地の営業冷蔵倉庫に凍結保管される。これに、産地側で凍結
保管を行っていた冷凍のフルセットが、ともに共同購入に仕向けられる。共同購
入では、モモとカタの「切り落とし」が年間の定番商品である。さらに、夏季間
にはバラの焼肉用、また11月から12月の冬期間にはカタロースのスライス「す
きやき用」、「しゃぶしゃぶ用」、さらにスポット的にバレンタイン、母の日、
父の日などの催事用として、年に1回から2回、サーロインやヒレのステーキ用
に冷凍の宗谷黒牛を利用している。

 従来の産直取引ではフルセットでの取引であるため不需要部位の処理が大きな
問題であった。本事例の大きな特徴は、部位別需要の需給調整を全農が行い、販
売する小売側である市民生協では必要とする単品部位毎の仕入れが可能となって
いることである。このため、これまでの産直取引にみられた、小売側での残部位
の新たな商品開発や在庫管理等の煩雑な処理を行うことがなくなった。今後の産
直取引を推進していく上で、大きな課題となっている残部位処理の解決方法の1
つであることを示している。

ホクレンと全農の機能と役割

 宗谷黒牛の産直取引では、従来多くみられた生産・出荷者側と生協との直接取
引ではなく、ホクレンと全農が中間流通業者の担い手として重要な役割を担って
いる。そこで、本事例での産直取引を円滑に推進していく上でのホクレンと全農
の機能と役割を見てみよう。


ホクレンの機能と役割

 ホクレンは宗谷岬肉牛牧場からの出荷計画に基づき、と畜解体作業を行う北海
道畜産公社上川事業所への生体出荷申請を行っている。上川事業所でと畜解体後
に宗谷岬肉牛牧場からホクレン側へ枝肉形態で販売される。取引価格は前週の全
農相場(関東の3市場加重平均価格)等の枝肉相場を考慮しながら、牧場側とホ
クレンとが1頭毎に相対で取引価格が決定される。取り引きされた個々の枝肉毎
にグレードを考慮しながら、牧場側とホクレンとの話し合いにより、個々の枝肉
の販売先を決定している。その後、上川事業所において全農からの指示により、
販売先別のスペックに部分肉カット処理加工が行われる。その後、ホクレン側が
配車の手配を行い、販売先へと輸送される。ホクレンから全農への販売はフルセ
ットでの販売であり、販売価格は宗谷岬肉牛牧場からの枝肉仕入価格に1キログ
ラム当たり部分肉加工料に、プラス販売マージンを加算して取引価格を決定して
いる。

 ホクレンの産直取引での基本的な役割は、生産する側と販売する小売店(生協)
側とを結び付けることにある。生産された肉牛を消費者(組合員)に安心して食
べてもらうためにも、「品種と子牛生産」、「飼育管理・環境」、「飼料」、「動
物用医薬品」、「加工工場および加工方法」、「包装」など生産・加工工程の全
般にわたる、生産から流通までの履歴についての情報開示を行うことが、宗谷岬
肉牛牧場とともにホクレンにも求められ、それを積極的に行ってきたことが消費
者・組合員さらには販売する小売側にも評価されてきたのである。これにより消
費者側の牛肉に対して抱えている不安を解消し、安心して食べてもらえることに
つながったと考えられる。一方、生産する側でも消費者に理解され、評価される
肉牛の生産が求められている。このため、肉質・品質の向上への取り組みのため
の、牧場、ホクレン、全農および飼料メーカーによる飼養管理検討会を開催し、
配合飼料の給与方法を検討し、さらに配合飼料の主原料のとうもろこしに非遺伝
子組み替え種子で、かつ収穫後農薬不散布(ポストハーベストフリー)の原料を
使用し、安全な配合飼料を製造し給与を行っている。この点でも中心的役割を果
たしているのがホクレンである。こうして生産した肉牛について、宗谷黒牛とし
て産地ブランドの確立を図り、販売ルートを開拓することもホクレンの役割とな
っている。

全農の機能と役割

 宗谷黒牛について産地ブランドを確立するための販売ルートの開拓は、全農が
中心となって行ってきている。さらに、宗谷黒牛のブランドを定着させるために
牧場側、ホクレン、全農と販売する生協がそれぞれともに協力しながら、宗谷黒
牛のネーミングを定着させてきた。特に、生産から流通・加工までの履歴が記録
され追跡調査が可能な全農安心システム(トレーサビリティシステム)を確立す
ることが、生協組合員の不安を解消しブランドの確立と定着活動に果たしてきた
役割は大きい。その中でも、産直取引を推進していく上で全農の果たしてきた大
きな役割の1つは、宗谷岬肉牛牧場が生産した肉牛のグレード別の販売ルートを
開拓したことである。当然のことながら、生産する肉牛は生き物であるから、個々
の生産した肉牛の肉質・品質にバラツキが生じる。このため、グレード別に必要
とする販売先を開拓しなければ価格を含めた取引の面でも有利販売ができないこ
とになる。このため、主に2等級は市民生協向け、3等級はスーパーの伊徳向け、
4等級は高島屋向けとグレード別の販売ルートの開拓を行っている。もう1つの
重要な役割は、部位別需給調整機能である。これまでの産直取引ではフルセット
のみで取引を進めると、取引先である生協側の部位別需給調整が困難となり、産
直取引が長期安定した取引として継続できない事例が多くみられた。こうしたケ
ースにならないように、ホクレンからの取引段階ではフルセット仕入れであるが、
生協への販売では単品毎のパーツ販売を採用している。宗谷黒牛の産直取引にお
ける全農の部位別需給調整機能の特徴は、「小間切れ」、「切り落とし」の商品
形態に使用するモモとカタの部位以外は冷凍保管を行い、先に述べたように夏期
間、冬期間およびスポット的な催事用向けに供給を行っている。また、生協の共
同購入向けについては、全農側でパック包装形態に加工処理を行い、最終商品形
態で生協の配送センターへ納入を行っている。全農では部位別調整機能と加工包
装機能、配送機能の他に、先の季節別、催事用に販売する商品形態の企画提案に
ついても生協側に提示している。さらに、全農の役割としては生協組合員が宗谷
岬肉牛牧場を訪問し産地交流会を開催する際に助成を行い、交流促進活動の支援
も行っている。

宗谷黒牛の展開方向と課題

 大阪いずみ市民生協との宗谷黒牛の産直取引は、当初は肉質が硬い、サシが入
っていない等クレームの嵐であったと生協担当者、全農近畿畜産センター担当者
は述懐している。それが評価に変わったのは先に述べたように、8年に発生した
病原性大腸菌O−157食中毒事件に対する牧場側での対応策として、検便検査を
即時に実行したことにより、生協組合員からすばらしい産地であるとの信頼を得
たことによる。その後、牧場側ではホクレン、全農、飼料メーカーと「飼養管理
検討会」を設けて、肉質・品質の向上への取り組みを行ってきたことも評価につ
ながっている。さらに、13年9月のBSE発生以前の12年7月に、すでに「宗
谷黒牛」が全農安心システムの認証第1号として、消費者へ「安全・安心」な食
材を提供するシステムを確立していたことである。全農安心システムとは、生産
農場段階での生産基準等、畜産生産資材供給者と生産資材メーカー(飼料工場)
での飼料原料・配合、資材、と畜・加工場段階での加工・保管・輸送方法、製品
出荷計画等、消費地物流センター・包装加工センター段階では加工・保管・輸送
方法、製品販売計画等、小売段階では使用資材・仕分け方法等の生産・流通・加
工に関する情報が生産段階、流通・加工段階、小売段階でそれぞれ情報開示し、
生産者と生協等販売先、消費者との間において相互方向に情報が流れるシステム
である。この安心システムの確立によって、わが国でのBSE発生後に宗谷黒牛
が一躍注目を浴びることになったわけである。

 これまでの宗谷黒牛の展開方向として、豊富な放牧採草地を有効利用する観点
からアンガス種の子牛生産を行ってきたが、販売力を高めるためにアンガス種と
黒毛和種の交配種F1肥育生産の導入へと展開を図った。ただし、放牧中の自然
分娩で事故率が高く、さらに6月から7月に集中する季節分娩であったことから、
他期間の肥育素牛導入の必要性が生じた。そこで、ホルスタイン種と黒毛和種と
の交配種F1の肥育素牛を牧場外から導入を図った。さらに、近年では肉質・品
質向上を図るためホルスタイン種と黒毛和種の交配種F1を繁殖雌牛として、さ
らに黒毛和種を交配した交配種の肥育を開始している。

 このように、黒毛和種の導入と畜種毎の配合飼料と給与方法の改善による肉
質・品質重視へ移行したことにより、出荷頭数に占める3等級以上の割合は、BA
交配種の肥育牛においては9年28%から14年には65%、同様期間にBD交配種
の肥育牛は100頭から1,088頭へと10倍強へと大きく増大した。このように、
肉質・品質重視もあってBD交配種へと大きく移行してきたことが大きな特徴で
あった。この点について牧場側でも再度検討していく考えが聞かれる。宗谷岬肉
牛牧場の立地条件、気候条件からみて、また冬期間の飼養に強く、放牧を含め粗
飼料の利用効率の高いアンガス種利用について再検討を行っていくことが、今後
の重要な検討課題となっている。

 このことは、宗谷黒牛を販売する市民生協側からも聞かれた。生協組合員への
アンケート調査結果によれば、宗谷黒牛は他の同じグレードの牛肉に比べ小売価
格が高いと回答した組合員は約8割にも達している。事実、他産地の交配種F1
と比較すると約2割前後小売価格が高い。地域内のスーパー店頭の牛肉小売価格
との価格差は顕著であり、それでも生協組合員の中の一定の固定ファンが宗谷黒
牛を支えている。それは当然のことながら価格問題ではなく、安心・安全な牛肉
を購入したいと考えている生協組合員であり、宗谷黒牛の産地交流会、学習会お
よび試食会等へ参加し、宗谷岬肉牛牧場の経営理念に共鳴した生協組合員である。

 こうした生協組合員は共同購入者が圧倒的に多い。ただし、生協の販売方法に
占める共同購入者の割合は減少傾向にあり、新たな生協組合員となる若い層を中
心に個配購入が多くなってきている。共同購入方法は組合員へ商品の良さを直接
伝えられることにあったが、個配が多くなると荷受けに出てくる組合員は少なく、
宗谷黒牛の良さを理解し評価してくれる組合員が少なくなると考えられる。その
ため、ブランド牛である宗谷黒牛の持つ良さをどのように組合員に伝えていくか
が重要となってくる。将来、5年、10年先にわたって安定した産直取引を継続し
ていく上での重要な検討課題となっている。

 次に、宗谷黒牛の生協向け部分肉の大部分は部位別調整のため冷凍保管し、共
同購入用に仕向けを行っているが、冷凍保管した宗谷黒牛のグレードは生協向け
2等級を中心に3等級、4等級も含まれるようになってきている。この背景には
先に述べたように宗谷黒牛の販売方法の特徴として、販売ルート別に2等級から
4等級までを振り向けているが、それでも3等級以上が7割を超えるようになっ
た現在では、市民生協向けに貯蔵保管を行っているフローズン牛肉の中にも2等
級から4等級まで必然的に含まれることになる。共同購入向けは店頭販売のよう
に肉質・品質をみて生協組合員が購入しないため、共同購入向け商品により品質
格差が生じる問題がみられると考えられる。また、冷凍牛肉を使用する共同購入
向けは週単位での販売であり、催事用の特定の企画商品対応が難しく、このため
商品形態も小間切れ、切り落としなど日々の日常の料理に使用する形態での販売
となっている。宗谷黒牛の消費拡大の観点から販売方法を含め新規の商品アイテ
ムの検討も必要となっている。

 こうした問題と課題はあるとはいえ、宗谷黒牛は大阪いずみ市民生協組合員の
熱烈な支援に支えられてBSE発生後、その取り扱いが拡大してきたことは注目
に値する事である。今後の肉牛の販売戦略および産直取引を推進する上での重要
な示唆を与える事例である。
【草を飼む宗谷黒牛】

【パドックでの日光浴】
 

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