◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究から 消費者の牛乳選択行動における鮮度、安全性、グリーン購入志向のコンジョイント分析

帯広畜産大学 畜産学部 教授 澤田 学




はじめに

 平成12年に発生した雪印食中毒事件は、消費者の牛乳の安全性に対する関心
を従来にも増して高めただけでなく、食品安全性確保手法であるHACCPの認証
制度のあり方についても問題を投げかけた。他方、牛乳の原料生産段階におい
ては、家畜ふん尿の適切な処理を畜産業者に義務付ける「家畜排せつ物の管理
の適正化及び利用の促進に関する法律」が11年11月に施行され、環境と調和し
た資源循環型酪農経営の確立が求められることとなった。

 牛乳の安全性に対する関心の強まりと家畜ふん尿処理規制への対応には相当
の費用負担を伴う。では乳業メーカーや酪農家は経営努力によって安全性確保
対策や環境対策実施に伴う生産費用の増嵩をどの程度までに抑えることを目標
にすべきだろうか。その目標値を設定するためには、適切な表示情報が提供さ
れた場合に、牛乳市場における需要側の支払い許容額がどの程度であるかを明
らかにする必要がある。

 また、消費者の生鮮食品に対する鮮度志向は、牛乳についても例外ではない。
実際、量販店においても品質保持期限に近づいた牛乳が値引きシールを付けら
れて売られている光景をよく目にする。では、消費者は品質保持期限までの残
り日数の違いに応じてどの程度の価格プレミアム(ディスカウント)を支払う
(要求する)用意があるのだろうか。これは、牛乳の製造・販売関係者にとっ
て、非常に関心のある問題である。

 そこで、本研究では、牛乳への、加工段階の安全性確保に関する認証表示と
してのHACCPラベルと、生乳生産段階の環境対策(家畜ふん尿処理対策)認証
表示としてのエコ・牛乳ラベル(エコラベル)、そして、品質保持期限日まで
の残り日数に対して、消費者がどのような価値評価をしているのか、アンケー
ト調査データに選択型コンジョイント分析法を適用して実証することを課題と
した。

 なお、本研究で対象とする牛乳とは、乳等省令に定める種類別「牛乳」であ
り、低脂肪乳などの加工乳、カルシウム添加牛乳などの乳飲料は含まれないこ
とを予めお断りしておく。


分析方法

 エコ・牛乳ラベルは、現在市販されている牛乳には表示されていない。この
ような仮想的ラベルを含む牛乳の生産履歴表示の評価を行うには表明選好法を
用いる必要がある。本研究では、表明選好法の中でも、HACCPラベル、エコ・
牛乳ラベルのほか品質保持期限日など、牛乳を構成する複数の属性を同時に考
慮し、各属性単位で価値評価が可能である選択型コンジョイント分析を採用し
た。選択型コンジョイント分析は、属性の水準が異なる複数の商品の中からア
ンケート回答者に最も望ましい商品を選択してもらい、その選択回答結果を統
計的に処理して、属性別の評価額を推定する手法である(栗山[1])。 

 ここでは、牛乳の属性として、@HACCPラベル、Aエコ・牛乳ラベル、B品
質保持期限日、C価格の4つを取り上げ、各属性値(レベル)を表1の通り設定
した。

表1 牛乳の評価対象属性とそのレベル一覧

註:1) 品質保持期限は「保存の方法」(設定では10℃以下で保存)に従い、
   未開封の状態で保存した場合、品質が保たれる期限とし、期限日までの
   残り日数で表示。
  2) HACCPラベルはHACCP認定工場での生産を認証する表示。
  3) エコ・牛乳ラベルは平成16年適用予定の「家畜排せつ物の管理の適正
   化及び利用の促進に関する法律」に従って生産された牛乳であることを
   認証する表示。
  4) 価格は1リットルパック1本当たりの価格。

 HACCPラベルは、乳業メーカーにおける加工段階の食品安全性に関する属性、
エコ・牛乳ラベルは、生産段階の環境対応に関する属性、品質保持期限日は、
消費者の鮮度志向を評価するための属性である。ただし、品質保持期限日のレ
ベルは、回答者によってアンケート調査票が異なる日に届く可能性があるため、
日付けではなく期限日までの残り日数として設定した。これらの属性以外の
「飲用乳の表示に関する公正競争規約」に基づく表示内容は、すべての選択肢
において同一であることを調査票に明記した。そして、上記の4属性を組み合
わせたプロファイルの3パターンに「どれも買わない」を加えた4つの選択肢か
らなるチョイスセットを1人の回答者に8回にわたって質問する「選択実験」を
実施した。アンケート調査で回答者に提示したチョイスセットの例を図1に示
す。

◇図1 本アンケート質問票における選択実験質問例◇
店頭で以下の3種類の牛乳が売られていたとしたら、あなたはどれを購入しま
すか?
1つ選んで番号に○印を付けて下さい。


 選択型コンジョイント分析では、第n番目の回答者が選択肢jを選んだときの
効用関数Ujnは、(1)式のように、当該選択肢の商品属性ベクトルの値で決定さ
れる部分V(.)とランダム(確率的)に決まる観察不能な部分εjnから構成され
ると想定する。
ただし、xj,pjはそれぞれ牛乳jの、価格以外の評価属性水準、価格水準を表し、
znは回答者の個人属性値を示す。ここで、εjnに特定の確率分布を仮定すると、
第n番目の回答者が選択肢jを選ぶ確率Pjnは(2)式のようになる。
 牛乳の各属性の価値評価は、V(.)の関数型を特定化した後、(2)式を最尤推
定して得た結果を利用して行う。本研究では、V(.)を(3)式に特定化した。



ただし、Djnは回答者nが、「どれも買わない」を選んだときにi0i、それ以外
の選択肢を選んだときに1の値をとるダミー変数である。このとき、牛乳の属
性xkの1単位増加に対する限界支払意志額MWTPkは、(4)式によって推定される
(栗山[1])。
 

結果と考察

アンケート回答結果

 分析に供するデータは、郵送アンケート調査によって収集した。調査対象地
区を札幌市北区(以下、札幌市という)、帯広市、松戸市、茨木市とし、選挙
管理委員会の選挙人名簿からサンプルの無作為抽出を行った。抽出数は、札幌
市、松戸市、茨木市はそれぞれ300名、帯広市200名である。

 アンケート調査は、13年11月下旬から12月中旬にかけて実施した。宛先不明
を除いた協力依頼状実発送数に対する調査票回収数の回収率は、札幌市36.7%、
帯広市46.5%、松戸市36.1%、茨木市30.2%となった。選択型コンジョイント
分析を適用するために、1つでも回答していない質問がある回答不備サンプル
を除外した結果、有効サンプル回収率は、札幌市21.8%、帯広市21.2%、松戸
市18.2%、茨木市14.9%となった。有効サンプル回収率が低い水準に留まった
のは、アンケート調査実施の約1カ月前に、米国で炭疽菌入りの郵便物が発見
される事件が発生した影響によるものと考えられる。

 アンケート調査票は、@牛乳の消費実態と品質表示に関する認識を尋ねる質
問群、A「選択実験」の質問群、B回答者属性についての質問群、から構成さ
れている。ここでは、食品安全性と品質表示、牛乳生産と環境に関する質問に
対する回答の単純集計結果から、回答者の認識を紹介する。

 表2は、牛乳を買うときに重視する表示について集計した結果である。いず
れの調査地区においても、品質保持期限の日数が最も重視される表示であり、
品質保持期限の日数に次いで重視される表示は、価格であった。食品安全性に
関連する表示であるHACCP表示の有無は、札幌市と松戸市で8項目中7位(ただ
し松戸市では生乳の産地も7位であるため、実質的には最下位)、帯広市で最
下位、茨木市で8項目中5位となった。

表2 牛乳を買うときに重視する点(複数回答)

 註)単位は人、カッコ内は各地域の回答者総数に占める割合を示す。
 出所)アンケート調査集計結果


 表3は、「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」の認
知度について集計した結果である。法律が制定されたことを知っている回答者
の割合は、本州の調査地区よりも北海道の調査地区で、そして、北海道では、
札幌市よりも帯広市の方が高かった。ただし、法律が制定されたことは知らな
くても、家畜ふん尿問題に対する対応が求められている状況にあることを知っ
ている回答者の割合は、札幌市で42.2%、帯広市で40.5%、松戸市で35.8%、
茨木市で52.3%だったことから、法律の存在が北海道よりも知られていない松
戸市と茨木市においても、家畜ふん尿問題への対応が必要とされている状況に
あることは、認識されていると考えられる。

表3 「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」の認知度

 註)単位は人、カッコ内は総計に占める割合を示す。
 出所)アンケート調査集計結果

 表4は、今後、現在の品質表示以外に必要とされる表示項目について集計し
た結果である。いずれの調査地区においても、牛の飼料の安全性に関する表示
が必要であるとする回答者の割合が最も高かった。これは、遺伝子組み換え飼
料作物の安全性に対する不安に加え、本研究のアンケート調査が、日本でBSE
が確認された後に実施されたため、家畜飼料に対する関心が高まっていたこと
が集計結果に現れたものと考えられる。それに次いで、高い回答割合だったの
は、牧場での衛生管理認証である。ただし、札幌市では、牧場での衛生管理認
証よりも、環境に配慮した生産を示すエコラベルの方が高い割合を示した。な
お、環境に配慮した生産を示すエコラベルの順位は、帯広市で8項目中5位、松
戸市で8項目中3位、茨木市で8項目中4位であった。牛が快適な環境で飼養され
ていることの認証に対する必要性を挙げる回答者の割合も高く、欧米で高まり
つつある動物福祉に対する関心が、わが国でも存在していることが示唆される。

表4 現在の品質表示項目以外に今後必要な情報(複数回答)

 註:単位は人、カッコ内は各地域の回答者総数に占める割合を示す。

 表5は、HACCPの認知度について集計した結果である。札幌市、松戸市、茨木
市では、HACCPを知らない回答者の割合がHACCPを知っている回答者の割合を上
回った。これに対し、帯広市では、HACCPを知っている回答者の割合の方が高
かった。表6は、HACCP表示を安全性の認証として信頼できるかについて集計し
た結果である。「信頼できる表示だと思う」と「ある程度は信頼できる表示だ
と思う」の合計は、札幌市で76.6%、帯広市で85.7%、松戸市で79.2%、茨木
市で84.1%となった。いずれの地区においてもHACCP表示は安全性の認証とし
て高く評価されている。

表5 HACCPの認知度

 註:単位は人、カッコ内は総計に占める割合を示す。

表6 安全性の認証としてのHACCP表示の信頼度

 註:単位は人、カッコ内は総計に占める割合を示す。


牛乳の属性別価値評価額の推計結果

 選択型コンジョイントモデル(2)・(3)式は、各調査地区別に統計的に推
定した。紙幅の関係で、(3)式のパラメータ推定結果の掲載は省略するが、
関心のある方は澤田ら[2]を参照されたい。ここでは、パラメータ推定結果
を利用して推計した牛乳の属性別価値評価額を紹介する。

 表7は、(4)式に従って算出された、HACCPラベル、エコ・牛乳ラベル、そ
して品質保持期限日までの残余日数の変化に対する回答者の限界支払意志額で
ある。なお、限界支払意志額の推計に当たり、回答者の個人属性水準zは表7の
註2の通り、所得と週当たり牛乳購入額についてはサンプル平均値、i0i−1ダミ
ー変数である「子どもの有無」、「HACCPラベルとエコラベルの重視度」、「H
ACCP表示の信頼度」についてはi0iの値を設定した。

表7 牛乳の属性別価値評価額の推計結果

 註:1) 上段の数値は限界支払意志額(単位:円)、下段の数値は限界支
     払意志額の牛乳の小売価格に対する割合。なお、牛乳小売価格は、
     札幌市と帯広市は150円、松戸市と茨木市は200円とした。
   2)限界支払意志額を推計するに当たり、回答者属性については、
    「所得732万円(札幌市)、615万円(帯広市)、723万円(松戸市)、
     935万円(茨木市)、「子供なし」、「週当り牛乳購入額525円
    (札幌市)、690円(帯広市)、575円(松戸市)、536円(茨木市)、
    「HACCP ラベルとエコラベルを重視しない」、「HACCP表示を信頼
     しない」に設定した。

 同表によれば、消費者は牛乳にHACCPラベルが付加されると、1リットル当た
り20〜36円追加的に支払う意志のあることがわかる。HACCP認証工場で製造さ
れたという意味での、牛乳製造段階における安全性に対するこの限界支払意志
額は、牛乳の小売価格の12〜24%に相当する。また、エコ・牛乳ラベルで表さ
れる生乳生産段階での適切な家畜ふん尿処理に対する価値評価額は、牛乳1リ
ットル当たり14〜23円(牛乳小売価格の8〜11%)と推定された。さらに、品
質保持期限日までの残り日数が2日短くなるごとに、消費者の牛乳に対する価
値評価額は4円〜16円(牛乳小売価格の2〜8%)だけ低下すると推定された。
調査地区の中では茨木市のサンプルが品質保持期限日までの日数で測った鮮度
を最も高く評価しているが、これは同市が雪印食中毒事件の発生地近辺に立地
していることが関係していると考えられる。


まとめと今後の課題

 本研究の目的は、牛乳への、加工段階の安全性確保に関する認証表示として
のHACCPラベルと、生乳生産段階の環境対策(家畜ふん尿処理対策)認証表示
としてのエコ・牛乳ラベル(エコラベル)に対して、また、品質保持期限日ま
での残り日数で測った牛乳の鮮度表示に対して、消費者がどのように価値評価
するのかを明らかにすることであった。

 選択型コンジョイント分析法をアンケート回答データに適用して分析した結
果、エコ・牛乳ラベルは消費者の牛乳購入選択行動に有意な影響を与えること
が実証された。すなわち、消費者はエコ・牛乳ラベルの付加された牛乳に対し
て、同ラベルの付いていない牛乳に比べ、8〜11%高い価格を支払う用意があ
ることがわかった。また、消費者はHACCPラベルの付加された牛乳について、
同ラベルの付いていない牛乳に比べ、12〜24%高い価値評価をすること、品質
保持期限日までの残り日数が2日短い牛乳については、2〜8%低く価値評価す
ることも明らかにされた。 

 以上の結果は、特定地区の少数サンプルに基づくものであるため、その一般
性に問題を残している点を断ったうえで、政策的含意に触れておく。HACCP導
入に伴う製造経費の上昇は、牛乳価格換算で、12〜24%のアップ、酪農経営の
ふん尿処理対策費用の増加は、牛乳価格換算で、8〜11%のアップまでに抑制
する努力が生産側に求められる。認証・表示にかかる費用を考慮すれば、この
数値は最低目標値であるとみなければならない。実際の小売市場では、交渉力
の強い量販店の意向によってHACCP認証表示付加牛乳は、認証取得前と同じ価
格で販売されており、消費者が1リットル当たり20〜36円の純余剰を得ている
ことになる。その純余剰総額に相当する公的補助をHACCP導入支援に実施する
ことは理にかなっていよう。また、家畜ふん尿の適切な管理を実施している旨
の情報がエコラベルとして消費者に提供されるならば、消費者はエコ・牛乳表
示付加牛乳を通常の牛乳に比べ、1割程度割高であっても優先的に購入すると
予測されたことから、信頼できる適切な情報を牛乳に表示することで、牛乳購
入の「グリーン化」を通して、酪農生産の環境負荷軽減を促すものと期待でき
る。ただし、法律の完全施行によって将来的に酪農家が当たり前のこととして
家畜ふん尿を適切に管理する状況になった段階では、消費者の牛乳に対して支
払うプレミアム部分は大幅に縮小し、エコラベル表示は製品区別化の役割を果
たさなくなることに留意する必要がある。

 最後に、本研究で得られたHACCPラベルに対する消費者の価値評価額は、HAC
CP認証工場でありながら食中毒を発生させた雪印食中毒事件の影響を受けてい
る可能性もあることに注意すべきである。以上の点を踏まえるならば、消費者
の表示への信頼・関心の時間的変化が、牛乳の価値評価にどのように反映され
るかを吟味するために、全国規模での定期的な調査研究を実施し、結果を比較
検討することが強く望まれる。また、今後必要とされる牛乳表示項目として、
牛のえさの安全性、牧場での衛生管理認証、牛が快適環境で飼養されているこ
との認証を挙げるアンケート回答者の割合が高かったことから、牧場段階での
生乳安全性確保、家畜福祉などの認証に対する消費者の潜在的な価値評価を明
らかにすることも、今後の重要な課題である。

[付記]本稿は、山本康貴氏(北海道大学大学院助教授)、松田友義氏(千葉
大学大学院教授)、丸山敦史氏(千葉大学講師)、浅野耕太氏(京都大学大学
院助教授)との共同研究成果を取りまとめたものである。アンケート調査の設
計・実施とコンジョイント分析には、児玉剛史(宇都宮大学講師)、岩本博幸
(日本学術振興会奨励研究員)、佐藤和夫(酪農学園大学酪農学部講師)の各
氏に多大なご協力をいただいた。これらの方々に記して謝意を表する。

参考文献

[1] 栗山浩一「コンジョイント分析」(大野栄治編著『環境経済評価の実
  務』、勁草書房、2000年、pp.105〜132)。 

[2] 澤田学、山本康貴、松田友義、丸山敦史、浅野耕太「消費者の牛乳選
  択行動における鮮度、安全性、グリーン購入志向のコンジョイント分析」
 (農畜産業振興事業団『平成13年度畜産物需要開発調査研究事業報告書』、 
  2002年、pp.1〜28)。

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