◎調査・報告


原因究明はどこまで進んだか?

東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 吉川 泰弘


 BSEパニックから1年が経過し、6・7例目の反応を見ても人々はかなり冷静に
なってきた。しかし、一方で原因究明が進まないことに苛立ちを覚えている。
過去のデータを調査することは容易ではない。また通常の感染症のように抗体
や病原体の遺伝子検査が出来ないため、疫学調査はもっぱら聞き取りと帳簿検
査に限られる。

 初発国の英国では対策が後手に回ってしまいアウトブレイクになってしまっ
た。EUの高汚染国は物流、資源移動、経済圏のボーダレス化により、一定期間、
定常的にBSE汚染を受けた可能性がある。しかし、日本の場合BSE汚染は小規模
に不連続的に起こった可能性が高い。日本のBSEのリスクシナリオは導入シナ
リオ(英国からの生牛輸入3回、ドイツからの輸入牛1回、肉骨粉輸入はイタリ
ア、香港、デンマークの3カ国、およびオランダからの輸入獣脂)、と日本の
ウシへの曝露シナリオおよび国内での増幅シナリオ(国内牛でのレンダリング、
獣脂等による汚染回路)からなる。

 農水省の調査により、かなりの情報が収集されたが、ほとんどは1995・96年
生まれの7頭の発症牛を中心とした、輸入時点の導入リスクと発症個体を中心
とするボトム・アップ調査による汚染経路の解明である。7頭のウシは出生日
が非常に近く、東日本に分布していることから、汚染源がそれ程広汎に行き渡
っていないことを推測させる。7頭に共通する因子は95・96年の輸入獣脂、国
産獣脂あるいは汚染肉骨粉飼料の交差汚染に絞られつつあるが、コホート群や
症例対象調査のような疫学専門家による原因解析が必要である。

 重要なことはリスクシナリオに見られるように汚染経路の可能性は複数考え
られることである。複数の導入リスクから、それぞれの曝露リスクについてシ
ナリオを作成し、疫学調査とエビデンスから各シナリオを検証する必要がある。
98年のイタリアからの肉骨粉のロットや2001年BSE汚染牛がレンダリングに回
っていると、95・96年とは別のロットによるBSE陽性牛がこれから(平均5年の
潜伏期として2003年〜2006年)、検出される可能性も考えられる。

 単一の汚染シナリオを頭に描いて原因究明を推し進めていくと、これから出
現する過去の負の遺産を読み違えることになる。その意味でも現在進めている
原因究明だけですべてが解決されると思わないほうが良い。EUではBSE陽性牛
がと場検査で見つかるよりも、異常・死亡牛で見つかる頻度のほうが高いこと
からすると、4月から始まる死亡牛全頭検査により、原因究明が進むことが期
待される。

 パニック時は冷静になることを要求したが、喉もとを過ぎるとすぐに忘れる
人が多いので、これからはBSEに対する監視を忘れないで行くことを要求しな
ければならない。まだ終わったわけではないのである。清浄国宣言をするのに
最終発症牛から7、8年間検査を継続する必要がある。従って2015年頃まで検査
が必要な長丁場の勝負になるという覚悟がいる。

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