明治大学 農学部 教授 纐纈 雄三 明治大学 農学部 亀山 知子
近年、農場を教育の場として一般に開放する教育動物ファームが畜産農家の 多面的機能の1つとして注目されるようになっている。この背景には、都会で は農業と接する機会が減少したことにより食と農の不一致ということがいわれ、 農業について知識・経験のない人が増えていることがある。また、人と動物の 絆という考えが高まってきたことにより、動物が人間に及ぼす精神的な影響に 注目が集まっている。同時に、欧米を中心に動物福祉に対する思想が高まり、 その対象が農業動物にまで及んできている。消費者に農業と生産現場を知って もらうためにも、生産の現場を公開し、動物福祉に対する理解を求めることが 重要となる。 この研究は日本の食農不一致が進行しているといわれている大都市で生活を 営む若年代層(都市若年層)が、畜産農家と農業動物に対してどのような意識 をもっているかを調査し、動物農場が持つ教育動物ファームとしての新たな社 会貢献の可能性や、今後の畜産業における動物福祉の方向性を検討することを 目的とした。
都市若年層を標的集団とし、明治大学生35,495人(平成13年7月現在)をそ の研究集団としてその中から調査集団としてモニターを募集した。また、文系 と理系の比、男女の比を一定間にするために各学部男女75名ずつをモニター数 の上限とした。応募者の利便性や集計業務の簡略化などを考慮し、アンケート の実施方法としてインターネットを用いた。アンケートは13年11月3日〜12月2 1日の間、ホームページ上で行った。なお本研究では、イヌ・ネコを含む動物 という言葉を使わず、牛・豚・鶏を示す農業動物という言葉を使用した。集計 は男女別に行った。
応募者総数は497人であり、男女比は58:42(286人:211人)であり、平均 年齢は20.7歳で、モニター応募者の男女による年齢差はなかった。理科系学部 と文化系学部の比は51:49となり、標的集団として狙った男女比と文化系と理 科系の比率をともに同程度にすることができた。出身地は関東地方が74%を占 めた。ペット飼育経験のあるモニター応募者は約73%に達した。
動物一般を好きと答えた人が全体の82.1%であるのに対し、農業動物を好き と答えた人は32.6%であった。動物一般では「好き」が多い(82.1 %)のに 対して、農業動物については「どちらでもない」が多かった(56.1%)。 農業動物に対する経験については、農学部の学生を除けば、「世話をしたこ とがある」が13.6%、「触ったことがある」が56.4%、「見たことがある」が 29.2%、「全くない」が0.9%となった。さらにその農業動物との経験のうち 最も新しいのはいつかという質問に対しては、農学部の学生を除けば、46.3% が「小学生以下の時」、17.6%が「中学生の時」と答え多数を占めた。このこ とから、都市若年層は農業動物を触ったことはあっても世話をしたことはあま りなく、それも高校生くらいからは農業動物と触れ合った経験があまりない、 ということが示唆された。
6種類の動物について若年層が幸せだと思う動物の順位と必要だと思う動物 の順位を付けてもらった。若年層が幸せだと思う1位はペット動物、2位は介護 ・救助動物、3位は動物園動物、4位は競争馬、5位は農業動物で、6位は実験動 物であった。農業動物については、実験動物よりは幸せだが、介護・救助動物 や動物園動物よりは幸せでない、と思われているようだ。しかし、必要な動物 の順位となると農業動物が断然と1位、2位はペット動物、3位は介護・救助動 物、4位は実験動物、5位は動物園動物、6位は競争馬となった。 若年層が一番好きな動物、一番かわいそうだと思う動物、日常生活で一番犠 牲にしていると思う動物を表1に示した。若年層が一番好きな動物はペット動 物(68.4%)であり、農業動物(2.21%)を好きな動物として選択した回答者 は少数であった。一方、農業動物を一番かわいそうだと思う人の割合(2.62%) は、ペット動物(2.21%)や介護・救助動物(1.41%)と同じくらい少ない。 都市生活若年層が農業動物との体験が少ないために農業動物への関心をあまり 持っていない、と考えられるのではないだろうか。しかしそのような若年層も 日常生活で一番犠牲にしていると思う動物で、農業動物(31.2%)は実験動物 (48.9%)についで多かった。 表1.都市若年層が好きな動物、かわいそうだと思う動物、 日常生活で犠牲にしていると思う動物
都市若年層の抱く農業動物のイメージは、かわいそう(73.2%)、汚い(59 .4%)、動物の性格がおおざっぱ(48.1%)というものが多くなった。都市若 年層が抱く農業動物のイメージは農場での自己体験を通して作られたものでな く、テレビ等の映像から得られている可能性がある。農業動物を日常生活で一 番犠牲にしていると思う人(31.2%)もいるが、新聞やテレビで報道される情 報を基に、農業動物は狭くて汚い場所でつながれていて、かわいそうであると 考える若年層が多いのかもしれない。さらに、農業動物はそんな環境でもあま り気にしないような、おおざっぱな性格だとも思っているようである。 畜産農家のイメージは、やりがいはある(60.6%)のだろうが、重労働で (95.0%)、仕事が汚く(44.3%)、低収入である(40.2%)、と考える若年 層が多かった。そのため畜産農家になりたいと思う人は少数派であった。しか しその一方で、畜産農家の仕事を「体験してみたい」が38.6%、また「自分の 目で見てみたい」が26.4%となったことから、ある程度の農家への関心や好奇 心は持っているということが伺われる。
都市若年層が回答した農業動物にとってかわいそうだと思うこと、やめるべ きだと思うことを表2と表3に示した。狭い場所で飼育されること(27.4%)、 食肉になること(24.1%)、粗雑な扱いを受けること(22.9%)の3つが、一 番かわいそうだと思うことの上位になった。そのため、やめるべきだと思うこ との上位3つは、粗雑な扱い(39.6%)、清潔でない場所での飼育(21.1%)、 狭い場所での飼育(17.7%)となり、かわいそうだと思うことと近い結果にな った。品種改良(5.6%)、繁殖のコントロール(3.8%)、エサの種類や時間 を決めること(0.8%)など、畜産技術を否定した人も存在した。現代の畜産 技術を否定すれば畜産物が高価格になるということを理解している若年層は少 ないのではないかと思われる。これは動物福祉に対して、動物生産の意義や実 態を知ってもらうため、生産者側から消費者に常に働きかけなければならない 問題である。 表2.都市若年層が農業動物にとってかわいそうだと思うこと 表3.都市若年層が農業動物についてやめるべきだと思うこと 動物にとって幸せだと思われる方法で飼育することは、非常に必要である (50.3%)、またはやや必要である(37.6%)と答えた若年層が多かった。幸 せだと思われる方法で飼育することは非常に重要であるとする女性は57.8%で、 男性の44.8%より多かった。これは女性の方が男性より農業動物にとって幸せ だと思われる飼育方法を重視することを示している。 農業動物にとって幸せだと思うことを表4に示した。農業動物にとって幸せ だと思う事では、「愛情を持って扱われること」(32.8%)、「餌や水に困ら ないこと」(21.5%)、「安全が確保されていること」(8.9%)、「病気の 予防や治療がされること」(6.8%)、「風雨や暑さ寒さを避けられること」 (2.6%)を合計すると72.6%にもなる。上記5項目は畜産農家が日々の業務の 中で現実に行っていることである。このことを畜産関係者は、若年層を含めた 一般消費者にアピールしておく必要があるのではないか。 「広い場所で飼育されること(9.9%)」が困難である。例えば授乳豚は分 娩柵と呼ばれる柵の中にいるが、これは哺乳豚を母豚に踏まれるという事故死 から守る設備である。妊娠期は単飼ストールと呼ばれる柵の中で飼育される。 単飼で柵の中におくことは、動物権利擁護活動家にとっては、「豚が動く自由 を束縛されている」として攻撃の対象になる。しかし養豚家にとっては「群飼 すれば強い豚がたくさん食べる。豚が必要としている量の飼料を平等に与える ため」ということになる。やはり生産現場を体験してもらうこと、生産側から の教育宣伝は必要である。 表4.都市若年層が農業動物にとって幸せだと思うこと
農業動物にストレスを与えない方法で飼育することの重視の程度については、 大多数がストレスを与えないで飼育することは「非常に重要である」(66.0%)、 または「やや必要である」(29.4%)と答え、「全く必要でない」と答えた人 はいなかった。ストレスが最小限になるように飼育された動物生産物購入への 関心の程度を表5に示した。ストレスが最小限になるよう飼育された動物の生 産物については、ある程度の値段であれば買う(57.1%)人が多かった。また 少数ながら値段に関わらず買うと答えた人(2.4%)もいた。これらのことか ら、動物福祉考慮畜産物の商品化の可能性が示唆された。 表5.ストレスが最小限になるように飼育された動物の生産物を 買おうと思う都市若年層
消費者に生産農場で畜産を経験してもらうことは、食生活と畜産現場との距 離感を縮める重要な手段の一つとして多いに期待されている。しかし、教育フ ァームという言葉を全く知らないと答えた若年層は61.8%もいた。ただ農業動 物の飼育については、「体験したい」(25.8%)、または「少し体験したい」 (37.6%)と思う人が多かった。畜産農家の仕事の体験への一番大切な動機を 表6に示した。教育ファームへの動機付けとしては、食べ物の大切さを学べる (31.8%)、畜産業についての知識が得られる(26.6%)、命の大切さが学べ る(21.7%)が上位3位で多くなった。この結果からも動物の存在する農場で の体験は意義があるということが期待できる。 表6.都市若年層が個人または集団で畜産農家の仕事を 短期間体験するとして得られると思うこと
都市若年層の農業動物の飼育方法や飼育環境への興味は高い。食肉生産の現 場を知ってもらい動物性食品に対する信頼を維持していくためにも、実際に農 業動物の飼育を体験してもらうことは有効な手段であると思われる。 動物福祉に対する考え方について、農業動物にとって幸せだと思うことでは 「愛情をもって扱われること」が最も多く、やめるべきだと思うことでは「粗 雑な扱い」が最も多くなったことから、都市若年層は農業動物の飼育方法の中 でも特に動物の扱い方に関心をもっていることが示唆された。また動物にとっ て幸せだと思われる方法で飼育すること、動物にストレスを与えないようにし て飼育することのどちらについても必要であると答えた人が多かったことから、 都市若年層が農業動物に対しても動物福祉に配慮する必要があると考えている ということが示唆された。さらに、ある程度値段が上昇しても動物福祉に配慮 された生産物を購入すると答えている若年層が60%近くいたことから、動物福 祉考慮畜産物商品化の可能性が示唆された。 都市若年層の農業動物や畜産業についてのイメージはテレビや新聞の報道に 左右されがちであるため、メディアの報道などにより畜産農家が農業動物を虐 待しているという報道が流れれば、消費にも大打撃を与えることになりかねな い。畜産関係者は若年層を含めた一般消費者に、畜産農家が虐待行為をしてい るのではなく、知識と経験に基づいて適切な環境条件をつくり、生産効率を上 げているということをアピールする必要があると思われる。そのためにも教育 動物ファームにおいて、一般消費者に農場を公開し、農畜産業を体験してもら い、実際の生産現場について正しい知識と、動物福祉についての理解を得るこ とは重要である。