◎今月の話題



鳥インフルエンザへの対応と課題

(独)農業・生物系特定産業技術研究機構
動物衛生研究所感染病研究部長 山口 成夫



1.鳥インフルエンザ(AI)とは

 AIとは鳥類がインフルエンザウイルスに感染して起こる疾病である。鳥類に感染しているウイルスはA、B、C型インフルエンザウイルスのうち、A型のみであり、鳥インフルエンザウイルス(AIV)と称される。自然界での主な保有動物は、カモなどの水きん類と言われている。カモの保有するウイルスは、腸管内だけで増殖し、ふん便に排せつされ、カモには全く病気を起こさない。また、このウイルスは鶏などには容易に感染せず、たとえ感染しても軽い呼吸器症状を起こす程度で、死亡させることはない。当然、ヒトに感染発病させることもない。  

  カモのウイルスは鶏には容易に感染しないが、たまたま感染が成立したウイルスが鶏から鶏へ感染できるように変異し、鶏に馴化したウイルスが出現すると考えられる。鶏に馴化した弱毒ウイルスの一部は、鶏や七面鳥などの間で感染を繰り返しているうちに強毒に変異することが知られている。現在までに、強毒に変異したあるいは強毒性が確認されたのは、H5またはH7亜型のウイルスのみである。したがって、H5、H7亜型のウイルスはたとえ弱毒でも、強毒に変異する潜在能力を保持していると考えられ、家畜伝染病予防法では、弱毒のH5またはH7ウイルス感染も高病原性AIとして対処する。


2.日本における発生と防疫体制

 AIの世界的な流行動向を踏まえ、平成15年9月17日農林水産省消費・安全局衛生管理課は「高病原性鳥インフルエンザ防疫マニュアル」を都道府県に通知した。この中で動物衛生研究所は病性鑑定等を担当することになっており、動物衛生研究所内に「高病原性鳥インフルエンザ対策委員会」を設置するとともに診断体制を整備した。  

 平成16年1月10日、衛生管理課からの第1報で、山口県で異常鶏が確認され病性鑑定を実施しており、その結果によっては鑑定を動物衛生研究所に依頼する可能性があることが知らされた。翌11日に緊急病性鑑定依頼の第2報があり、同日21時30分に検査材料が到着、直ちに検査を始めた。その結果、12日午前1時20分にH5亜型のA型インフルエンザウイルスであることを確認した。また、同日に鶏を用いた病原性試験を開始し、接種後1日で全羽死亡が確認され、H5N1亜型の高病原性AIVであると判定した。日本では、現在までに山口県(1例目)の発生を皮切りに、2月に大分県(2例目)、京都府(3例目)3月に京都府(4例目)の合計4件の発生が確認されている。(平成16年3月18日現在)  

 マニュアルでは、高い死亡率などの異常鶏発見農場の管理者は、最寄りの家畜保健衛生所に通知し、家畜保健衛生所でウイルス分離を主とした病性鑑定を実施することになっている。分離ウイルス検査でAIVが疑われた場合は、検査材料を動物衛生研究所に輸送し、AIVの亜型判定、病原性検査等を行い、農林水産省消費・安全局の衛生管理課を通して県の畜産主務課に連絡する。高病原性AIと診断された場合は、殺処分、移動制限等の防疫措置を取ることになる。  

 1例目は、殺処分と汚染物品の埋却、農場の消毒等の防疫措置完了後、最短期間である28日間で移動制限措置が解除になった。2例目は、小規模飼育での発生で、ウイルス拡散の可能性が限定的であったことから、当初半径30kmの移動制限区域を指定していたが、清浄性を確認後、区域を半径5kmに縮小した。3および4例目は、30kmの移動制限措置の下で防疫措置が進行中である。移動制限区域内の出荷制限等が産業活動を圧迫しており、現在、安全性に関する科学的根拠に基づいて、設定半径距離、加熱処理卵等の搬出、ふん便等の処理等、マニュアルの見直しが検討されている。  AIの伝播は、主として、感染した鶏の移動、かご等の入れ物、えさ、ヒト、車等の移動、および野鳥などの侵入等の方法で成立する。日本で発生した4例とも、侵入経路は明らかにされていない。侵入経路の解明の目的で、動物衛生研究所では遺伝子解析を実施しており、1例目から3例目までの分離ウイルスの塩基配列は、99%以上の相同性が確認され、同一のウイルスが日本の3カ所の農場に侵入したと思われる。しかし、それぞれの農場間では、直接ウイルスが運ばれた証拠はない。国内のどこかにウイルスが保持されており、それが農場に持ち込まれた可能性も否定できず、さらに調査が必要であり、現在、緊急調査研究として、環境省と大学との共同で野鳥のウイルスを調査中である。


3.ヒトへの感染対策と課題

 従来、AIVは人には感染しないとの認識であったが、1997年香港で、高病原性AIVが直接ヒトに感染して、6名が死亡した事例の発生があって以来、AIVは人獣共通感染症の病原体との認識である。その後の発生においても、一部のAIVは感染家きんと濃厚に接触した場合、直接ヒトに感染し得ることが明らかになった。ベトナムおよびタイでのH5N1亜型による高病原性AIの発生でもヒト感染死亡者が20名以上認められた。ただし、ヒトからヒトへの感染は確認されておらず、現時点ではヒトでの流行の可能性はない。しかし、将来的に、このウイルスがヒトに感染しやすいウイルスに変異する可能性は否定できず、万が一に備え、ヒトに有効なワクチンの早急な開発が望まれている。    

 ヒトへの感染の源は、大量のウイルスを排せつし、ヒトと身近にいる感染家きんである。したがって、感染家きんを最少に抑えることが、養鶏産業を再興させる上でも、公衆衛生上からも最重要課題である。日本国内では、監視の目を更に強くして、国内感染鶏をすべて摘発し、早期に清浄化を達成すべきである。また、日本で発生した要因として、アジア地域諸国での発生よる地域内でのウイルス絶対量の増大があり、国際協力による、アジア地域の発生を抑えることが今後の最大の課題となっている。


やまぐち しげお

プロフィール

 昭和46年 農林水産省(家畜衛生試験場)入省
 平成13年10月より現職


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