平成16年5月23日から28日にかけてパリにおいて、第72回国際獣疫事務局(OIE)総会が行われた。この会合には、167カ国のOIEメンバー国政府の代表が一堂に会した。OIE総会には、メンバー国や国際食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)などから約500人が参加した。
今回のOIE総会では、BSEに関する国際動物衛生規約の改正が行われたので、その概要などについて報告する。
1 OIE−動物の安全に関する問題を取り扱う国際機関
OIEは、1924年(大正13年)に設立され、本部はパリに置かれている。わが国は1930年(昭和5年)に加盟し、2004年5月現在167カ国が加盟している。
OIEは、条約を締結して加盟する政府間ベースの国際機関であり、国連の機関ではないが、野生動物、水棲動物を含むすべての動物の安全に関する技術的問題を担当するものとして、WTOと協定を結んでいる。
OIEは以下の活動を行っている。
(1)国際貿易上重要な意味を持つ家畜の伝染性疾病をその経済・社会的影響度に応じて分類し、その防疫のために適当と認められる家畜衛生基準を策定すること
(2)世界各国における家畜の伝染性疾病の発生状況などについての情報を収集・提供すること
(3)家畜の伝染性疾病のサーベイランスおよび防疫に関する研究の国際的調和を図ること
従って、牛海綿状脳症(BSE)の国際動物衛生規約についてもOIEが作成しており、その内容としてはBSEのステータス評価基準、生きた牛、牛肉、肉骨粉などの国際取引基準、BSEのサーベイランスの基準などとなっている。
そして、今回の総会においてBSEの国際動物衛生規約の改正が行われた。
OIE国際動物衛生規約(2003年5月採択)に基づくBSEステータスの区分の考え方
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注)○届出・検査(2条3)
○サーベイランス等とは、教育・奨励プログラム、サーベイランスおよび認定ラボ検査(2条2)、4)、5))
○同居牛の扱いは、発症牛のほか(1)〜(3)の牛が国(地域)内に生存している場合、と殺または死亡時に完全に処分
(1) 発症牛の発症前後2年以内の出生仔
(2) 1歳までの時期に発症牛と同じ飼料を摂取した個体
(3) (2)の個体が確定できない場合は発症牛が1歳未満の時期に同居群内に生まれた個体
○発生率を算出する成牛とは24月齢以上 |
2 BSEに関する国際動物衛生規約の改正案の概要
OIEから加盟国に提示されていた改正案の概要は以下の通りである。
(1) 安全物品規定の創設
現在、制約なしに輸入を承認すべきとされている牛乳などに加え、ステータスに基づく管理がなされている牛、牛肉などを安全に貿易できる物品として位置づける。
ア 絶対的安全物品
BSEステータスに関係なく従来から「条件を課さずに輸入を承認すべきである」とされていた物品(改正案では無条件に「安全に貿易することができる」とされる)。
(ア)牛乳および乳製品
(イ)精液および国際受精卵移植学会の勧告にしたがって採取、処理された生体牛由来受精卵
(ウ)タンパク質を含有しない獣脂(不溶性不純物の最大濃度は重量あたり0.15%)および獣脂由来製品
(エ)第 2 リン酸カルシウム
(オ)獣皮および皮革
(カ)獣皮または皮革のみから調整されたゼラチンおよびコラーゲン
(注)下線物品は改正案において条件付安全物品へ移行。
イ 条件付安全物品
改正案で新たに、ステータスごとに規定された条件さえ満たされていれば「安全に貿易することができる」とされた物品
(ア)生体牛
(イ)牛肉および牛肉加工品
(ウ)骨由来のゼラチンおよびコラーゲン
(エ)獣脂および獣脂由来製品ならびに第2リン酸カルシウム
(2)特定危険部位(SRM)の変更
中リスク国および高リスク国のSRMについては、対象月齢を6カ月から12カ月に引き上げるほか、現在「回腸遠位部のみ」としているものを「腸全体」とし、かつ、全月齢のものから除外すべきとする。
また、背根神経節と三叉神経節については、それぞれせき柱と頭蓋に常に含まれているということで、削除している。なお、胸腺、脾臓については、感染性は検出されていないということで削除されている。
(3)サーベイランス(監視)の基準明確化
BSE症状牛、リスク牛(死亡牛、ダウナー牛など)、健康牛それぞれのサンプル数の基準を明確化する。
現在のOIEのコード上は、原則としてBSE様症状牛(BSEにかかった牛が示す典型的な症状、一般的には中枢神経症状)を対象として検査を行うこととなっている、必要なサンプル数については、各国の30カ月齢以上の牛の飼養頭数ごとに、規定されている。しかし、BSE様症状牛で必要なサンプル数がとれなかった場合には、リスク牛なり通常と畜牛の検査によって補充することになっている。しかし、現行ではその換算の基準が明確化されていないため、リスク牛については100倍(リスク牛100頭のサンプルをとった場合にBSE様症状牛1頭)、通常と畜牛については5,000倍から1万倍(通常と畜牛5,000頭から1万頭のサンプルをとった場合にBSE様症状牛1頭)という換算係数が提案されている。
(4)BSEカテゴリーの簡素化の検討(来年のOIE総会に向けて)
BSEカテゴリーは現在5段階(清浄、暫定清浄、最小リスク、中リスク、高リスク)から、リスク評価と強化されたサーベイランスにより3段階(無視できるリスク、管理されたリスク、不明なリスク)に簡素化することを検討している。
このため、今回の総会において、簡素化されたカテゴリーのコンセプトについて議論し、2005年以降の総会においてBSEコードを簡素化されたカテゴリーに基づくものに改正する予定である。
カテゴリーの簡素化
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3 日本からの改正案に対する意見
OIEから示されたBSEに関する国際基準の改正案に対し、平成16年4月22日にOIE/BSEコード改正に関する専門家会合を、4月26日に食品に関するリスクコミュニケーション
(OIEにおけるBSEルールの改正に関する意見交換会)を開催し、専門家、消費者および関係業界などからの意見を踏まえ、日本からOIEに対して意見の提出を行った。主な意見は以下の通りである。
(1)絶対的安全物品
新たな科学的知見が示されていないにも関わらず、生体牛等について、「安全に貿易できる」と位置付けることには反対する。これらの物品のBSEコード上の状態をより適切に表現するならば、「これらの物品に関するリスクは、適切に対処されているとみなすことができる」とすべきである。
リスクが対処されているというためには、現行コード上、リスク管理措置が欠落している部分を補完すべきである。具体的には、現在、国産感染牛については、その産子及び同居牛の処分が義務付けられているが、輸入感染牛については、必ずしもその同居牛の処分が求められていない。しかしながら、リスクのレベルは、国産感染牛の同居牛も、輸入感染牛の同居牛も同じである。このため、リスクが対処されていると位置付けるのであれば、すべての感染牛の産子及び同居牛について、国際的な通報義務を課するとともに、その処分を明文化することが不可欠である。
(2)SRMの定義の変更
ア 腸管全体の特定危険部位化
腸管全体を特定危険部位とする改正についての、OIE事務局の説明は、(1)すでにBSEの感染性が確認されている回腸遠位部をその他の部位から、と畜場において明確に分離することは困難であること(2)回腸遠位部以外の腸管においても、感染性を有するかもしれないリンパ組織や神経組織が含まれるかもしれないこと(ただし、これまでの実験では感染性は確認されていない。)を理由としている。
しかしながら、第1に、脊柱から分離することがほとんど不可能に近い背根神経節と異なり、回腸遠位部は、すでに確立された手続さえ従えば、腸管の他の部位から明確に分離することが可能である。
第2に、日本で、自然感染牛のいくつかの部位について、ウェスタンブロットによる異常プリオンたん白の蓄積を調べたところ、回腸遠位部には異常プリオンたん白の蓄積が確認されたが、回腸遠位部以外の腸管のその他の部分には、異常プリオンたん白の蓄積を確認することはできなかった。
これらの事実は、回腸遠位部以外の腸を危険部位であると断定することの反証となる。
このため、輸出国によって回腸遠位部が適切に分離されることが証明された腸管の他の部分については、特定危険部位から除外すべきである。
イ 特定危険部位を除去する対象月齢
OIEの説明によれば、対象月齢の下限を6カ月齢から12カ月齢に引き上げる科学的根拠は、BSE感染牛の脳を経口接種した後26カ月経過した牛から採取した中枢神経組織を、子牛の脳内に接種しても感染が確認されなかった一方で、経口接種した後32カ月経過した牛の中枢神経組織を子牛の脳内に接種したところ、感染が確認されたことであるとしている。
しかしながら、日本においては、21カ月齢及び23カ月齢の自然感染牛の脳幹部分に異常プリオンたん白の蓄積が確認されており、現在、OIEのリファレンスラボに指定されている動物衛生研究所において、感染性実験が行われているところである。この結果が出るまでの間は、現行の対象月齢の下限を6カ月齢とする現行規定を維持すべきである。
(3)サーベイランス(監視)の基準明確化
現行サーベイランス基準については、サーベイランスをまじめに行えば行うほど、ステータスが悪化し、逆に、正確なリスクを解明しようとする努力を行わない国のステータスが維持されるといった根本的な問題が残っている。このため、来年のカテゴリーの見直しに当たっては、これらの問題点の抜本的な見直しが必要であると考えている。
基本的な立場は、以上のとおりであるが、現状不明確となっている、リスク牛及び通常と殺牛の必要サンプル数を明確化しようとする今回の改正は、科学的根拠は不明確であるもののこのような抜本的な見直しと方向性を一にする取り組みとして評価できる。
4 OIE総会の概要
BSEに関する国際動物衛生規約の改正案は5月27日の総会において、以下のとおり合意され、28日に正式に採択された。
(1)安全物品規定の創設
「安全に貿易できる」との改正提案は否決され、現行の規定を条項移動するのみとなった。
(2)SRMの定義の変更
中リスク国および高リスク国でのSRMを除去すべき月齢を6カ月から12カ月に引き上げ、全ての月齢の腸全体をSRMと定めた。
これに対し、日本、韓国、シンガポール、カンボジア、タイ、台湾は反対したものの、受け入れられなかった。ただし、科学的根拠に関する懸念については、特別会合で検証されることとなった。
なお、SRMを腸全体に拡大するという背景には、西欧諸国では腸の価値が低く、と畜場で回腸のみを除去することは主に処理効率の面で困難なことが挙げられており、日本においては、適切に分離が可能となっているため、亀井農林水産大臣も国内の安全基準の見直しは現時点においては考えにくいとの考えを示している。
(3)サーベイランス(監視)の基準明確化
リスク牛、通常と畜牛のサンプル数を明確化する改正提案は否決され、来年総会で抜本的な見直しを行うこととなった。
特定危険部位に係るOIEコード見直し結果
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サーベイランス基準(改正案:採択されず)
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5 おわりに
BSEの潜伏期間は2〜8年といわれており、感染から発症まで非常に長い期間を要するため、科学的に未解明な点が多く残されている。また、国によってBSEへの対応が異なることも否定できない。来年にはBSEカテゴリーの簡素化の検討も控えているが、サーベイランス基準の明確化など今後、BSEの国際動物衛生規約をめぐり、その内容の抜本的な見直しが必要となってくるものと見込まれる。
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