◎専門調査レポート


酪農経営の発展と雇用・外部化
〜北海道・山本牧場のケース〜

東京大学大学院 農学生命科学研究科
 教授 生源寺眞一 大学院生 末宗範子




はじめに

 雇用労働の導入と作業の外部化は、近年のわが国酪農経営に顕著な特徴である。雇用も外部化も、酪農家の家族によって内給されていた労働投入の一部が、対価の支払いを伴いながら外部から調達される点で共通している。言うまでもなく、現代社会の農業生産は、深く市場経済に組み込まれており、農業経営は多くの投入要素を購入し、生産物の大半を販売している。酪農も例外ではない。雇用労働の導入と作業の外部化という現象は、農業と市場の交渉のいっそうの深まりにほかならない。

 けれども、飼料や機械・設備のような物的な投入要素の購入と、雇用や外部化のあいだに質的な違いが存在することも明らかである。それは、雇用労働の導入や作業の外部化が、一面では人間労働の購入だという点である。雇用や外部化は、生身の人間の労働を経営の内部に取り込むことを意味しているのである。ここに雇用や外部化をめぐる経営判断と経営管理のむずかしさがあると言ってよい。

 このように雇用労働の導入と作業の外部化は共通する面を持つが、両者の間にはむろん違いもある。雇用が、通常は労働のみの調達であるのに対して、外部化の多くは、機械や資材と労働がセットになったサービスの調達だからである。畜舎や通常の搾乳設備のように移動不可能な施設のもとで行われる作業が雇用労働の対象となり、輸送用の車両やトラクターのように移動可能な機械による作業が外部化されている。見方を変えるならば、作業の外部化は、機械や資材と労働を結合してサービスを作り出すプロセスについて、これを外部化された作業を受託する側、例えばコントラクターが担当することを意味する。生身の人間について労務管理を行うのは酪農経営ではない。

 のちに多少触れるように、酪農で雇用や外部化が進んでいることにはそれなりの理由がある。そして酪農部門においては、雇用労働の導入と作業の外部化を同時に行うことで、酪農経営の新たなステージを切り開いているケースも少なくない。今回は、雇用と外部化を巧みに組み合わせて合理的な経営を築き上げた一人の酪農家を紹介する。先進的な経営者に注目することによって、今日の酪農生産における雇用と外部化の意義を考えてみようというわけである。

無理のない規模拡大

 山本隆さんは、高等学校を卒業すると同時に酪農に従事した。それも最初から経営判断の重要な部分を担うかたちでスタートする。12歳の時に父親を亡くしていたため、卒業後ただちに、それまで母親の手で継続されていた酪農経営を支えることになったのである。1982年のことである。したがって現在41歳の山本さんであるが、酪農経営者としてはすでに20年を超えるキャリアがあると言ってよい。2003年には163床のフリーストール牛舎と8頭ダブルのミルキングパーラーが完成した。ラグーンを核とするふん尿処理のシステムも整えられた。施設がフルに稼働する予定の5年後には、1,500トンの出荷乳量を確保したいと考えている。

 北海道標茶町は道東の草地型酪農地帯の一角を占める。2002年度には、町内の乳牛飼養農家414戸が平均100頭の乳牛を飼養し、年平均433トンの生乳を生産している。標茶町の酪農生産は、広大な草地から生産される自給飼料をふんだんに利用する点を特徴としている。とくに山本牧場の立地する虹別地区は町内でも平坦な農地に恵まれた地域であり、約100戸の酪農家の多くはチモシー主体の牧草サイレージをベースとする給与体系を採用している。山本牧場も73ヘクタールの農地を保有し、そのすべてを草地として利用している。このうち借地が4割弱である。

 山本牧場の経営発展の歩みを振り返ってみるとき、無理のない規模拡大という表現がぴったりくる。規模拡大のテンポがゆったりしていたという意味ではない。経産牛頭数は平成の初頭から今日までに40頭から100頭へと増加し、出荷乳量も300トンから900トンへと伸びている。5年後にはこれをさらに1,500トン規模にレベルアップする構想のあることは、すでに触れたとおりである。

 無理のない拡大と表現した理由は二つある。一つは図1のようになだらかな増頭・増産であり、ジャンプアップする規模拡大が避けられている点である。規模拡大の最初の画期は、1992年に36床のつなぎ牛舎から倍の72床のフリーストール牛舎に転換したことであった(ほかに育成牛舎や乾乳牛舎を利用)。このとき同時に、旧牛舎で簡易パーラーによる搾乳が開始される。ここから本格的な規模拡大が始まるのであるが、拡大のプロセスには充分に長い時間をとっている。増頭はすべて自家育成による。

 無理のない拡大であったとみるもう一つの理由は、規模拡大に伴って生じがちなさまざまな歪みを詳細に観察し、これに適時・的確に対処してきた点にある。図2は規模拡大の過程で生じた問題点と改善策について、山本さん自身が整理したものである。何度かスランプのあったことが分かる。ただし、これらはいわば大きな停滞期であって、細かな問題の発見と対策の導入を数え上げれば、飼養管理から自給飼料生産、あるいは財務管理に至るまで、それこそキリがないほどである。

 こうした経緯について、山本さん自身は「経営目標達成のプロセスを楽しむ」と表現している。今このように振り返ることができるのは、時間をかけた規模拡大によって、それぞれの時点における経営の対処能力を超えるような問題の発生が回避されてきたからであろう。つまり、経営者能力の成長の度合いと経営自体の成長の度合いの間にギャップが生じていないのである。学ぶことで一歩進み、一歩進むことで新たなページを学びとることができるというわけである。

雇用労働の導入と作業の外部化

 さまざまな問題点に対する改善策の内容を大括りにしてみると、規模拡大の当初の目標であった出荷乳量700トンが達成された1998年頃を境として、その前後でタイプが異なっていると言ってよい。すなわち、1998年頃までは家族労働による自己完結的な経営を前提とした改善策に取り組んでいるのに対して、その後は同じ方向の改善をさらに積み重ねると同時に、パートの雇用労働の導入と飼料生産に関する作業の外部化の方向にも進むのである。規模拡大に伴って家族労働力に対する負荷が高まり、自給飼料も不足気味に転じたことが、このような経営転換に結びついている。

 もっとも、予想外の問題が生じたために、これに対する対症療法として雇用と外部化に取り組んだというわけではない。山本牧場には、山本さん自身の確固たる経営理念が「譲れない3つの目標」としてうち立てられており、さまざまな経営対応はいずれもこの理念の実現に貢献する限りにおいて、積極的に取り入れられているのである。「譲れない3つの目標」とは、第1に乳牛と経営全体の健康度を示すバロメーターとしての衛生乳質の確保であり、第2に立地条件を最大限活かした自給飼料中心の生乳生産であり、第3に負債圧が可能な限り軽減された安定経営の構築である。

 理念なき規模拡大ではない。確たる経営理念の及ぶその範囲の着実な拡大、これが山本牧場の歩みであったと言ってよい。3つの具体的な目標が経営の進路をコントロールする羅針盤として機能している。羅針盤がなかったならば、乳牛の購入拡大や購入飼料への依存度の上昇という道を進むことも充分にありえた。けれども実際には、羅針盤の指し示す方向において、自己完結的な酪農経営から地域の人的資源を経営に組み込んだ酪農経営への転換が図られているのである。

 現時点の雇用と外部化の状況を整理しておく。まず雇用であるが、3名のパートを導入している。1名(女性)は朝夕の搾乳を担当している。もう1名の女性は育成牛の世話を担当する。この女性については勤務時間を固定していない。このほかに男性1名が、給餌を中心に夕方の畜舎作業を担当する。3名の年齢はいずれも50歳前後であり、山本牧場以外にも仕事を持っている(自営業の手伝い、パート職員、運転手)。

 作業の外部化については、第1に飼料の収穫作業をコントラクターに委託している。ただし、今のところ自前の機械を所有していることもあって、すべての収穫作業を外部化しているわけではない。借地を含めて草地面積が次第に拡大する中で、収穫期間を短縮することによって、サイレージの品質向上を図る点に外部化のねらいがある。なお、標茶町には農協系のコントラクターが活動しているが、山本牧場の場合は、比較的早くからつながりのあった釧路在住の個人のコントラクターを利用している。

 このほかの作業の外部化としては、たい肥のほ場撒布と育成牛の飼養管理がある。たい肥のほ場撒布は、7年に1回のペースで行う草地更新の際に実施する。育成牛の飼養管理については、その一部を近隣の田和平公共牧場と、育成のベテランである個人の牧場に委託している。不足がちな自給飼料を節約することや、育成牛のための施設投資を回避することが意図されている。外部からサービスを調達しているという点では、さらに年間15日程度利用するヘルパーと税務処理の委託の二つが加わる。このうち後者は、近い将来の法人化に向けた準備の意味合いがある。

山本牧場のミルキングパーラー
昨年導入したばかりで現在8頭ダブルだが、いずれ12頭に増やす予定

雇用労働を活かすために

 雇用労働の導入や作業の外部化に際しては、自己完結的な経営のそれとはかなり異なる管理能力が要求される。とくに雇用労働の導入については、労務管理に関する経営技術の巧拙がその成否を左右すると言ってよい。もちろん作業の外部化についても、しばしば委託先や契約方式の選択次第で、酪農経営にとってのメリットは大きくもなり、小さくもなる。山本牧場の場合について言うならば、育成牛の委託先が一本化されていない点は、危険の分散や将来の委託頭数の拡大に向けた選択肢の確保としての意味を持つように思われる。また飼料の収穫に関して、農協系のコントラクターが移動距離や時間で料金を積算するのに対して、山本牧場では委託先の個人コントラクターとの間に、面積当たり定額の作業料金を設定している。こうした料金の設定方式についても、それぞれの経営の特徴によって、どれが適当な方式であるかの判断は異なることであろう。

 さて、ここでは山本牧場の3名の雇用について、その内容をやや詳しくを紹介することにしたい。一言で言うならば、雇用労働を利用することに伴うさまざまな意味での費用を圧縮し、同時に長期的に勤労意欲を引き出すための工夫が図られているところに、山本牧場の経営管理の優れたところがある。

 まず、畜舎の作業が分割され、先に述べたように3名のパート従業員がそれぞれ分割された仕事に従事している点に、山本牧場の雇用労働をめぐる一つのポリシーを見出すことができる。作業を分割するのではなく、全てについて1名のフルタイムの従業員が担当することも、あるいは不可能ではないかもしれない。けれどもそうなると、従業員とその家族の生活に対して重い責任を負うことにもなる。いわば心理的な負担の発生である。何人もの従業員を雇うことのできる会社組織であれば別であるが、家族経営の発展形態としての雇用型酪農にはいささか荷が重い。少なくとも現在の山本牧場にとって、フルタイムの従業員を雇うことは賢明な選択とは言いがたい。また、使用人が同居する場合には、双方にさまざまな負担を生じがちであることも、過去に実習生を受け入れた際の経験などを通じてリアルに認識している。

 分割された作業単位で担当していることもあって、3名の従業員の責任はそれぞれに与えられた作業を忠実に遂行することに限定されている。自ら判断を求められるような内容の作業ではない。仮にルーチンワークの範囲を超える対応が必要になった場合には、その都度経営主である山本さんに判断を仰ぐことになっている。このようにルーチン化を図るには、例えば乳房炎の搾乳牛の発生を極力抑えるための牛群管理が必要になる。それによって、マーキングされた乳牛の別扱いといった面倒を防ぐことができるからである。そうした配慮を重ねることで、雇用労働の導入に伴うトラブルというコストを回避しているわけである。そもそもフリーストールとミルキングパーラーの体系自体が、畜舎作業の分割とルーチン化を可能にしている面がある。

 フリーストール牛舎を案内して下さる山本さん

 通常は、パートの従業員同士が顔を合わせることはない。このことは勤務中は仕事に専念できる環境を作り出すとともに、従業員の間に生じるトラブルの種を取り除いておくことにもつながる。現在の従業員の3名はいずれも長期間勤務している(女性2名が6年と3年、男性が5年を超えている)。しかも、われわれが実施した簡単なアンケート調査によれば、3名は今後とも現在のかたちで勤務を続けたいとの意向を表明している。山本牧場の従業員に対する接し方は、経営上の合理性に裏付けられたものであるが、同時に従業員に対しても、働きやすい職場環境を作り出すことに成功しているようである。

 地域の平均的な水準に比べてかなり高い給与が支払われている点も大きい。基本的には時間給であり、このほかに若干のボーナスが支払われる。ただし育成牛を担当する女性の1名については、時間給と月給制のいずれかを選んでもらった結果、月給制をとることになった。短時間のうちに所定の作業を終えることができれば、それだけ従業員にとってはメリットが生じると言ってよい。出来高制の支払形態に近い。もっとも、出来高制のシステムによって作業が雑になるようでは困るが、長期継続的な雇用関係のもとにあることから、こうした懸念も生じていないようである。

むすび

 山本牧場では1,500トン搾乳に向けて、雇用と外部化をさらに進めることを検討している。ひとつは3回搾乳への挑戦である。この場合にさらに追加的に雇用を導入することも考えられるが、育成部門を完全に外部化することも見込んでおり、育成部門の従業員が搾乳に回ることも一つの選択肢である。他方で、飼料の収穫作業についてもコントラクターへの依存度を高めることが検討されている。

 形態はさまざまであるが、近隣の大規模酪農家においても雇用労働の導入と作業の外部化は着実に進んでいる。これを地域として捉えてみるならば、酪農家の家族以外のさまざまな人的資源が、多様な形態で酪農部門に就業する構造の深化である。また標茶町のように酪農を基幹産業とする地域社会には、酪農生産をめぐっていわば網の目のように雇用・被雇用の関係が形成される条件が生み出されている。

 山本牧場の事例は、酪農の生産工程を分割し、これをルーチン化した上で雇用労働が担当するシステムであった。このような形で雇用関係が生まれるためには、当然のことながら、酪農経営に一定以上の規模が実現されていなければならない。ある程度の規模に達しているからこそ、分割された生産工程のそれぞれが一人の従業員の雇用に充分な作業量になるからである。

 他方で、雇用労働の供給側の条件も考慮しなければならない。ここで注目しておきたいのは、山本牧場の従業員の3名がいずれも現在もしくは過去に、山本牧場とは別に、酪農関係の仕事に従事していることである。すなわち女性従業員の一名は元酪農家であるし、もう一名の従業員の家族は農業機械の修理業を自営している。また、男性従業員は集乳用のタンクローリーの運転手でもある。3名が3名とも酪農に関与している点は、やや特異なケースかもしれない。けれども稠密な酪農生産地帯であれば、何らかの形で酪農にタッチしている労働力は少なからず存在するはずである。いわば酪農に親和性の高い人材の存在である。

 酪農経営は地域の雇用機会としても重要な役割を果たしはじめている。必ずしもフルタイムの就業機会ではない。けれども、メインの仕事を補完するサブの就業機会であっても地域に一定の雇用機会と所得をもたらすことの意味は小さくない。酪農部門は多様な就業形態のネットワークの形成に貢献している。加えて、まとまりのある比較的小さな地域の雇用には、それ自体として安定的な雇用・被雇用関係の形成を促す面があることも注意されてよい。すなわち、仮に劣悪な就業条件を強要するような酪農経営が出現するとすれば、そのような行動に関する情報は地域社会の中に評判として伝播されるであろう。あるいは逆に、むやみにトラブルを引き起こす従業員に対するチェック機能も働くはずである。同じことは、作業の外部化についてもある程度当てはまる。

 いずれにせよ、酪農における雇用と外部化の実態の把握は今後ますます重要性を増すとみてよい。そして実態を把握するに際しては、個別の経営管理をめぐる課題という視点と、地域の雇用機会形成をめぐる課題という視点を、明瞭に意識しておくことが大切である。

[付記]

左から雪印乳業の野崎さん、搾乳パートの原田さん、
山本智津子さん(奥様)山本さん、筆者

 調査に際しては、山本さん御夫妻のほか、雪印乳業野崎則彦さんをはじめとする関係者の皆さんにお世話になった。記して篤く御礼を申し上げる。






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