◎今月の話題



プロバイオティクスとその多様な機能

日本大学 生物資源科学部
教授 上野川 修一





はじめに

 わが国は世界一の長寿国となった。これには、食生活の改善によるバランスのとれた栄養の摂取と生活習慣病の予防が大きく貢献している。このような食生活と医療、健康に関する話題の中で、現在注目を浴びているのがプロバイオティクスである。プロバイオティクスとは、われわれのからだに有益な働きをする生きた微生物のことである。その代表的なものを表1に示した。乳酸菌や納豆菌、酢酸菌などの菌、ヨーグルトなどの発酵乳、乳酸菌飲料などにプロバイオティクスが含まれている。今、これほどプロバイオティクスが注目されるようになった理由は、プロバイオティクスの経験的な有効性に先端的な生命科学による科学的根拠が与えられたためである。

       多くのものは腸内細菌から得られている

 

プロバイオティクスの働き

 プロバイオティクスの機能は多岐にわたる。例えば、腸の運動を活発にして便秘を解消し、下痢の症状を改善し、免疫賦活作用あるいはアレルギー症状、炎症性大腸炎の症状を改善する。プロバイオティクスの効果として期待されるものを表2に示した。プロバイオティクスの多くのものは、腸内細菌に由来している。そこでまず、この腸内細菌と免疫やアレルギーについて述べ、さらにプロバイオティクスの働きのうち、免疫・アレルギーに関与するものを述べる。

腸内細菌と免疫・アレルギー

 腸内細菌とは、そのほとんどが大腸に生息している。嫌気性であり、その総数は約100兆個、総重量にして1.0kgある細菌群で、その種類は少なくとも400である。その代表的なものの菌名とその数、形状などをまとめたものを下に示した。この中で、有益菌、日和見菌、有害菌と分けてあるのは、通常の環境下で生体に対してどのような作用をするのかという視点で分けたものである。大腸内にバランスよく生息している場合には、日和見菌でも有害菌でも、特に生体に悪い作用をする訳ではない。バランスのよい腸内菌叢(フローラ)は次のような要因で決まる。まず、個人の免疫に関与する遺伝子のタイプが第一の決定要因になる。免疫系の遺伝子は、個人個人で少しずつ異なっており、排除しないで共生させる腸内細菌もこの遺伝子で決まってくる。

 つぎに、腸内の細菌同士の関係も重要である。腸内の細菌には、抗生物質を出すもの、あるいはビタミンなどを出すもの、未知の相互間情報物質もあるから、他の菌と共生しなければ生きていけない菌が多い。菌同士が仲良くできることも重要な要件である。このような生体と菌、菌同士の関係以外にも、宿主の摂る食事や年齢、ストレスの度合いなどによっても大きく影響を受ける。

 以上のような条件が最適になった環境に腸内細菌がいるときに、宿主も最も理想的な体調を維持できる。

 しかしながら、この最適条件の腸内細菌バランスから外れると、多くの疾病、例えば免疫系の疾患、アレルギー、自己免疫疾患、感染症、がんなどを発病することになる。また、免疫系疾患以外でも、腸内細菌のバランスの崩れが便秘、下痢などの原因となるのである。

 したがって今、これらを予防・治療するにはプロバイオティクスによる腸内フローラの正常状態への復帰が重要とされている。

プロバイオティクスの抗アレルギー作用とその作用機構

 アレルギー患者にはラクトバチルス菌が少ないことや、抗生物質を服用して腸内細菌叢が破壊された子供の場合に、アレルギー患者の出現率が高いことが、これまで報告されてきた。したがって、腸内フローラを正常に回復させるプロバイオティクスに抗アレルギー作用が期待された。

 そして実際に、ラクトバチルス・ラムノーザ菌を妊婦および出産した乳幼児に摂取させると、アトピー性皮膚炎の患者が半減したとの報告がされた。また、ラクトバチルス・カゼイ菌を用いて動物実験系でもその抗アレルギー作用が確認されて以来、ラクトバチルス菌やビフィズス菌の抗アレルギー作用は科学的な根拠を得た。プロバイオティクスはアレルギーに効くのである。

 ここで、アレルギーの発症機構について説明しておきたい。アレルギーとは免疫反応が異常になった状態である。免疫反応とは病原細菌や病原ウイルスが体内に侵入した場合に、これを排除する仕組みである。アレルギーは、何らかの理由で免疫反応が外敵に向かわず、自分自身の器官・組織・細胞などに向かって攻撃し、炎症反応を起こしてしまった状態である。

 プロバイオティクス乳酸菌は、この異常なアレルギー反応を抑えるT細胞を誘導する働きがある。特にプロバイオティクス乳酸菌のほとんどはグラム陽性菌であり、その細胞壁に含まれているリポタイコ酸やペプチドグルカンが関与していると言われている。

プロバイオティクスの免疫賦活作用

 これまでプロバイオティクスとして実験、研究が行われている細菌の種類は数多いが、その主要なものは腸内細菌由来のビフィズス菌やラクトバチルス菌である。いずれもグラム陽性菌であり、ビフィズス菌は腸内細菌のなかでの優勢菌である。ラクトバチルス菌は必ずしも優勢ではないが、小腸の大腸に近い領域にも局在しているのが特徴となっている。

 これらプロバイオティクスは、動物実験あるいはヒトでの臨床研究で、免疫系に作用し、低下した免疫機能を回復させることが確かめられている。

 このプロバイオティクスの免疫賦活作用は以下の通りである。すなわち、摂取された乳酸菌類の多くは、腸管のパイエル板のM細胞から取り込まれ、パイエル板中の抗原提示細胞である樹状細胞やマクロファージなどに結合、あるいは取り込まれる。あるいは腸管上皮細胞と相互作用する。パイエル板の樹状細胞やマクロファージ、腸管上皮細胞の表面には、これらと結合できる受容体、例えばToll-likeレセプターが存在し、これらを通じて免疫系を刺激し、活性化する。その結果、貪食細胞の活性化、抗体産生の増強など、免疫賦活が観察されている。

 このような免疫機能を高める働きは、さまざまな疾病の予防と関係があるものと考えられる。しかしながら現在のところ、ヒトにおいて、例えば感染症の予防、がん発症の予防への貢献の詳細な機構は明確ではない。

 しかし、多くの場合、これら貪食細胞の活性化や抗体量の上昇といった免疫機能の指標の改善は症状の改善とも並行している。したがってその効果は期待してよいと考えられる。

おわりに

 最後にプロバイオティクスにおける疑問点を提起し、まとめとしたい。

 その1は、なぜプロバイオティクスというのですかという疑問である。これに対して、プロバイオティクスは、アンチバイオティクスのように菌を殺してからだを守るのではなく、有益な菌を積極的に増やして、からだの健康を守るのであると答えている。プロバイオティクスという言葉は古くからある言葉ではなく、新しくつくられた言葉である。例えば英語の辞書によると、pro-は「…賛成の」、「ひいきの」意味で、その反対語はanti-であるから、生物をひいきするという意味でつくられたことがわかる。しかし、プロバイオティクスに良く似た言葉でプレバイオティクス(prebiotics)も使われ始めた。言うまでもなく、腸内の有用細菌のみを増やしてやるオリゴ糖などの物質を指している。プロとプレのみが異なるだけであるので、多くの人は両者を混同して、どちらがどっちかわからなくなってしまう。特に英語の辞書にはprebioticsの方は載っていて、生物(biotics)以前の(pre)という意味であると解説されている。

 生物以前、すなわち物質ですよと、probioticsに対比させるのに取り入れられた言葉と考える。

 疑問その2である。プロバイオティクスは生きた菌であると多くの解説書には記載されている。しかし、生きた菌を摂っても胃で死んでしまうのではないか、また生きて腸に届いても、そこで増えることはないのではないかと疑問を持つ人も多い。この疑問に対する解答は、現在のところ出されてはいないが、生きていなくてもからだに良い影響を与えると著者は考えている。プロバイオティクス菌体のもっている物質の中には、我々のからだに良い作用をするものが含まれていて、たとえ菌が死んでも、これらが作用すると思われる。

 疑問その3である。ヨーグルトに含まれているプロバイオティクスは、どのような機構でからだに良い作用をするのかという疑問である。もちろん良い効果のあることは臨床的に確認されている。大腸の中には1kgもの腸内細菌がいるのに、ヨーグルトにはその1/1,000から1/10,000ほどの量のプロバイオティクスしかおらず、それで腸内フローラを改善できるのかというのである。これについてはおそらく、菌体中に含まれている物質の中に腸内フローラを整えるものがあると著者は考えている。

 疑問その4である。プロバイオティクス菌には色々な菌があるが、ヒトに対するその生理学的効果には差があるのかという質問である。たとえば免疫系に対する作用では、ヒトの免疫遺伝型の違いにより、プロバイオティクスの効果は異なると考えられる。すなわち、ヒトとプロバイオティクスとは相性があり、ある人にとって良いプロバイオティクスも他の人には効果がないということもあるので、両者のこの遺伝的な相性の関係を明らかにする必要があると考えられる。将来、この問題は極めて重要になると考えられる。

 以上述べた疑問点には、実はプロバイオティクスを語るに欠くことのできない重要な点が含まれているような気がする。

参考文献

 上野川修一『免疫と腸内細菌』(平凡社新書)
 上野川修一『免疫学キーノート』
 (シュプリンガー出版)


かみのがわ しゅういち

プロフィール
平成元年 東京大学農学部農芸化学科教授、6年 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻教授、同年 東京大学生物生産工学研究センター長併任、9年 東京大学アジア生物資源環境研究センター長併任
平成15年日本大学生物資源科学部教授、東京大学名誉教授
日本農芸化学会監事、日本動物細胞工学会顧問、内閣府食品安全委員会新開発食品専門調査会座長

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