16年5月21日、名古屋市中村区の愛鉄連厚生年金基金会館において「食品に関するリスクコミュニケーション(名古屋)」(主催:内閣府食品安全委員会、厚生労働省、農林水産省)が開催され、2人の講演と食品安全全般についての意見交換が行われた。会場は行政関係者、報道関係者、一般消費者など約200名が参加した。
開会に先立ち、あいさつに立った食品安全委員会小泉直子委員は、BSE問題には様々な立場から、現状把握や今後の見通しなどについて懸念を持っている人が多いこと、新しい食品安全行政が発足して11ヵ月経過し、新たに導入されたリスク分析という考え方は、世間に必ずしも定着していない状況であるため、リスク分析に関する考え方、BSEに関して正しい科学的情報の共有、食品の科学的安全性の必要性を訴えた。
1人目の講演者である、東京大学大学院教授 熊谷進氏から「食のリスク分析−BSEを例として−」と題して講演が行われた。同氏は、リスク分析がリスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションの3つの要素から構成され、これら3つの要素が相互に作用し合うことによって、リスク分析はよりよい成果が得られることを紹介した。
人間の健康被害をもたらすハザード(危害要因)には、ウイルス・リケッチャ細菌、原虫・寄生虫、プリオンなどの生物学的危害と、天然化学物質、意図的に用いられる化学物質、偶発的に入り込む化学物質の化学的危害が存在することが説明された。特に病原性微生物は食品の中に存在しないことが前提であるが、現実には自然界に存在するため、それらを全て排除した食品を生産の段階から消費者の口に入る段階までゼロリスクとすることは不可能であるが、そのリスクを減らさなければならないと述べた。
また、(1)リスク評価は、科学的に評価されなければならないこと、(2)科学的な評価を歪めてはならないことから、リスク管理と分離させなければならないこと、(3)食品の安全性に関して、結論に至ったプロセスの透明性の確保が重要であることが説明された。ただし、リスク管理は、食品の安全性において宗教、国の慣習や経済的な問題を考慮した上で行われるべきであることが強調された。参加者からもリスク評価とリスク管理の分離については、非常に重要であるとともに、国民に対して分かりやすく説明すれば消費者の安心感も一層増すであろうといった意見が出された。
また、既報の専門誌の数値を用い、ヒトの発病事例におけるBSEのリスクの推定を紹介し、イギリスと日本における将来予測発病者数の比較が、イギリスでは発病者数が121人であるが、日本では発病者がいないため、日本における将来予測発病者数の推定は非常に低いものとなるであろうとの説明があった。
また、国立精神・神経センター部長の金子清俊氏から「BSE(牛海綿状脳症)と、その食へのリスクについて」と題して講演が行われた。
BSE検査はBSE感染牛の広がりを確認する手段であり、特定危険部位(SRM:specified risk material)の除去は食の安全を確保する手段であることが紹介された。
牛のBSEはプリオン病の一種であり、プリオン病には様々な種類があることを紹介した。ヒトでいえば、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD:Creutzfeld-Jakob
Disease)など、牛ではBSE、羊ではスクレイピー、シカでは慢性消耗性疾患(CWD:Chronic Wasting Disease)などがあり、プリオン病は罹患すると治らない病であり、ヒトや動物が共通して感染するため人獣共通感染症といわれているとの説明があった。
また、日本と米国におけるBSE検査方法と特定危険部位の除去の違いについて説明した。米国は30ヶ月齢以上、日本は全月齢をSRM除去の対象としているとの説明があり、食の安全を考えた場合、SRMの除去は完全でなければならないと訴えた。
最後に食品安全委員会梅津事務局長が、食品安全委員会のプリオン専門調査会でBSE全般の科学的な検証を行っており、国内300万頭に及ぶ検査データを基に専門的な議論を続けていること、全国各地でリスクコミュニケーションを実施していることを紹介して閉会した。
(注)リスクコミュニケーション:リスク分析の全過程において、リスク評価者、リスク管理者、消費者、事業者、研究者その他の関係者の間で、情報および意見を相互に交換することを言い、リスク評価の結果、リスク管理の決定事項の説明も含まれる。
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