牛丼一周忌
2005年2月11日、吉野家に牛丼が復活した。
一日だけのイベントであったが、マスコミも大騒ぎをして国民行事のような賑わいであった。実際、全国の約1千店舗の吉野家では、牛丼販売開始後数時間で売れきれる店が続出した。
この騒動は、2003年12月24日にアメリカでBSEの疑いのある牛が見つかり、わが国では即日アメリカからの牛肉輸入を停止したことに端を発する。吉野家では、アメリカからの輸入在庫が払底するまで販売を続けたが、2004年2月11日をもって牛丼が消えた。
上のイベントは、その1周年を記念した行事であった。
吉野家は、同ブランドの味と価格を実現するのは、アメリカ産牛肉(ショートプレート=ばら肉)だけと決めつけ、ほかの牛丼チェーンがオーストラリア産牛肉や中国産などにシフトを試みていることと、基本戦略を異にしている。
そこで、吉野家は、この1年間、アメリカ産牛肉の流通在庫(2003年12月24日までに輸入されていた牛肉)150トンを密かに買い付け、この日に備えた。各店舗約1千5百食分である。通常の客数は6〜7百人まで下がっていたので、この食数でも優に通常の客数2日分であるが、結果は上記の通りであった。
外食企業は動く
ところで、吉野家も業界関係者も、当初 アメリカ産牛肉の輸入禁止措置は比較的短期間に解消すると踏んでいたようだ。しかし、輸入禁止措置はすでに1年を経過して、なお再開のめどが立たない状況にある。
こうした事態は、業界関係者をして、どのような行動を誘導しているのであろうか。
代表的な事例を二つ、紹介しておこう。
一つは、吉野家のライバル松屋(松屋フーズ)の動静に代表される中国シフトである。
牛丼チェーン2番手の松屋は、2004年11月より横浜・大黒ふ頭に新しい物流拠点(中央物流センター)を稼動させ始めた。アメリカ産牛肉に代えて中国産ばら肉の使用量が急増しているが、そのほか豚汁などの中国産食材の大量調達を想定して、保税倉庫と直結する体制を仕組んだ。
こうした物流システムが構築されると、コスト競争力を発揮するために、その他の食材も中国シフトが効果的だということになろう。
内食も動く
二つは、外食のライバル「内食」のレトルト市場の急拡大である。
レトルトのどんぶり市場で、牛丼のシェアは、おおよそ3分の1程であったが、この1年間で半分近くまで急上昇している。アメリカ産牛肉への依存度が高かった外食メニューの牛丼が無くなって、その分の一部が内食にシフトしたとみられる。また、マスコミでの連日の話題がレトルト牛丼の購買を誘発した。
この機に、ヱスビー食品は、2005年2月7日にレトルトパック「なっとくの牛丼」を発売した。
これまでのレトルト牛丼の内容量はだいたい200グラム前後(150〜255グラム:220〜300円)であるが、本品は100グラム(120円)で、(ご飯200グラムとあわせて)小腹を満たそうというコンセプトである。
同製品の場合は、オーストラリア産とニュージーランド産牛肉を使用している。そして調味が、限りなく吉野家の牛丼(ヨシギュウ)に似せているところが、巧妙なのである。
商品政策の再設計
以上を敷延すると、業界で最強のメニューといわれていたヨシギュウが消えて、フード市場は、かなり動いているということが指摘できる。
第一に、食材市場について。
食材の調達先としては、もちろん国産牛肉に対する需要もある程度は喚起されたであろうが、外食産業や食品メーカーでは、さまざまな事情から引き続き海外産牛肉を調達したいという意向が強いようである。
しかも、松屋の例は、牛肉食材調達の変更先で、牛肉以外のさまざまな食材の調達活動をも活発化するように作用するようだ。
第二に、内食市場への影響である。
国民食とも言える外食メニューの大きな話題は、内食メニューの強力な提案力を有するようで、内食のメニュー開発を大いに刺激するようだ。
そして第三に、価格問題である。
ヨシギュウが最強メニューといわれる要因の一つには280円(並盛)という絶対価格の低さにあった。が、2月11日の1日だけの復活祭では、300円で販売した。
思い起こせば、2000年2月14日からのマクドナルドの平日半額バーガー(65円)キャンペーンは、既に過去のものとなった。また、吉野家の牛丼(並盛)価格が400円から280円に価格改定されたのは2001年8月であった。デフレ潮流の立役者であった両者が、今では、それぞれ理由は別として、価格戦略の変更を余儀なくされた。
価格は、商品設計の際の最も重要な要素である。
フード市場のトップリーダー2社の価格改定は、フード市場全体に対して強い影響力を持つ。内食・外食・中食を問わず、各社のメニュー政策、商品政策を再設計する契機となっているはずである。この点からも、フード市場は、少しずつ流動化している。
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