北里大学獣医畜産学部 講師 石川 伸一
はじめに 栄養成分強化卵
また、共役リノール酸(conjugated linoleic acid : CLA)は、リノール酸の異性体として反すう動物の産物である牛乳や牛肉中で見つかっており、脂質代謝改善作用、動脈硬化抑制作用、免疫賦活化作用、骨代謝改善作用など、さまざまな健康増進機能が認められている。現在、産卵鶏に2%の共役リノール酸が含まれる飼料を添加すると、卵一個当たり300ミリグラムの共役リノール酸蓄積卵ができることが報告されている。今後、共役リノール酸が持つ医薬効果への期待の高まりとともに、共役リノール酸強化卵にも注目が集まってくるものと思われる。 (4)カロテノイド色素強化卵 ルテインやゼアキサンチンなどのカロテノイド色素は、眼の黄斑と網膜に蓄積し、通常の視力維持に極めて重要な役割を果たしている。また、このカロテノイドは、酸化ストレスや加齢に伴う網膜変性や白内障に対しての眼の保護にも重要な役割を果たしていることが近年明らかとなっている。 卵黄の黄色の色素成分はルテインであり、餌の成分が卵へ移行したものである。ルテインが多く含まれるケールやホウレンソウをニワトリのエサに添加すると、卵中に容易に移行し、卵黄の色を鮮やかにする。さらに、この卵中のルテインは、調理したホウレンソウ中のルテインや、結晶ルテインをサプリメントとして摂取した場合よりも3倍ほど生物学的利用性が高いことが明らかとなっている。 (5)大豆イソフラボン強化卵 近年、大豆と健康との関わりが世界的に注目されている。大豆イソフラボンは女性ホルモンのエストロゲンと似た働きをし、骨粗しょう症や更年期障害、乳がんなどの女性疾患に対する有効素材として盛んに研究されている。現在、大豆イソフラボンを強化した卵の開発がウズラを用いて行われている。ニワトリに大豆イソフラボンを与えることで、将来、ヒトにとって有益な卵を提供するだけでなく、ニワトリの健康維持にも役立つのではないかと考えられている。 免疫強化卵と経口受動免疫 母ウシが子ウシに与えるミルクや、ニワトリが産む次世代の生命カプセルである卵などの畜産物には、母親からの移行抗体である免疫グロブリンIgGやIgAなどが含まれており、生体防御系が未熟な子ウシやヒナの感染防御に役立っている。 卵黄中の移行抗体は、IgY(Immunoglobulin Yolk)と呼ばれており、特定の抗原でニワトリに免疫すると、卵黄からその抗原に特異的な抗体を容易に得ることができる。このIgYは、臨床検査薬や免疫研究試薬として利用されているだけでなく、ヒトや動物が経口的に摂取することで、消化管内での病原菌の付着感染を阻害する治療薬として応用されている。これは経口受動免疫と呼ばれており、ここではIgYを用いた例をいくつか紹介する。 (1)虫歯の予防 虫歯は口腔内の常在菌である虫歯菌(Streptococcus mutans)による感染症である。虫歯菌がグルコシルトランスフェラーゼの作用を介して粘着性多糖であるグルカンを産生し、歯の表面へ強固に付着しプラークを形成する。このプラーク中の細菌が作り出す酸によって、歯のエナメル質が溶かされることが虫歯の原因である。ラットを用いた虫歯感染実験において、抗虫歯菌IgYが歯の表面への虫歯菌の付着を抑制するかどうか検討された。虫歯菌のグルカン結合タンパク質B(glucan binding proteins B: GbpB)をニワトリに免疫感作して得られたGbpBに対するIgYは、実際虫歯菌に対する感染予防効果が認められた。抗虫歯菌IgYは、虫歯の予防に有効であると思われる。 (2)ピロリ菌の除菌 ピロリ菌(Helicobacter pylori)は、初めてヒトの胃の中に生息していることが見つかった細菌である。日本におけるピロリ菌の感染者は、全人口の約50%、約6000万人と推定されており、欧米の約2〜3倍の感染率であるといわれている。ピロリ菌は胃粘膜に定着して毒素を出し、粘膜を傷害して空洞化させ、その結果、胃や十二指腸の粘膜が、胃酸の攻撃を受けやすくなり、胃炎や消化性潰瘍を発症する。また、この胃炎の一部から胃がんなどが発生する場合があるともいわれている。 現在、このピロリ菌に特異的なIgYがピロリ菌を免疫感作したニワトリの卵黄から調整され、ピロリ菌感染症の治療に効果的であるという研究が報告されている。また、ピロリ菌感染者に抗ピロリ菌IgYと抗生物質を併用処置することによって、抗生物質単独(除菌率88%)よりも高いピロリ菌の除菌効果がみられた(除菌率94%)。 現在、韓国の企業などにより抗ピロリ菌IgYが配合されたヨーグルトなどが発売されている。 (3)ウイルス性下痢症の予防 ヒトや家畜のウイルス性下痢症の感染予防方法として、抗ウイルスIgY抗体を経口投与し、腸管内でのウイルス付着を抑制する経口受動免疫研究がさかんに行われてきた。特定の抗原を免疫感作した牛の初乳はロタウイルスや病原性大腸菌の治療に効果的であることが示されたが、大量調整が難しいためその利用が限られている。一方、卵黄から得られる特異的抗体IgYは、大量に生産・調整することが可能であり、安全性も明らかになっているため、腸管内での病原体に対する受動免疫食品用の抗体として最適である。 現在、乳幼児の腸管上皮細胞に定着して増殖し吐き気を伴う激しい下痢を引き起こすヒトロタウイルス(HRV)に対し、卵黄から得られた抗HRV抗体が乳児の下痢症を緩和することが、実験動物だけでなく臨床研究でも明らかにされている。この卵黄抗体の経口投与により腸管内でウイルス付着を抑制する方法は、ワクチンに代わる実用的な感染予防方法として大変有効であると思われる。 (4)セリアック病の治療 セリアック病とは、食事中の小麦などに含まれるグルテンによって引き起こされる小腸の自己免疫疾患である。セリアック病患者がグルテンを含む食品を摂取すると、小腸内において腸管粘膜の炎症や絨毛表面の重大な損傷が引き起こされる。この病気は、遺伝的要因が関係しており、アジア・アフリカ人ではめったに見られないが、ヨーロッパでは145人に1人、北米・南米では133人に1人がセリアック病患者であるといわれ、その総患者数は150万人にも上るとされている。 現在、このセリアック病患者のための卵がデザインされている。この卵は、グルテン構成タンパク質であるグリアジンやグルテニンのような炎症を引き起こす物質と特異的に結合する抗体IgYが一個あたり8〜15ミリグラム含まれている。この卵およびその加工食品は、北米のセリアック病協会と協力して特別な保健的食品として患者に提供されており、病気の予防および治療などに役立っている。 リスク低減卵 これまで紹介したデザイナーエッグは、「栄養成分の強化」または「新たな機能性を付加した」プラスの卵であるが、卵が持っているマイナスの要因を取り除いたリスク低減卵もデザイナーエッグとして開発が行われている。 (1)低コレステロール卵 卵は、あらゆる食品の中で最もコレステロール含量が多いため、食べることを控えている人が多い。過去40年にわたって、研究者らはさまざまな方法によって卵中のコレステロールを直接的に減らす努力をしてきたが、これらの実験の多くが失敗に終わっている。一方、スタチン(コレステロール降下剤)、ガーリックペースト、薬理学的な量の銅の投与によって、卵黄中のコレステロール含量をそれぞれ46%、32%、34%減少させたことが報告されている。また、近年の鳥類のトランスジェニック技術により、ニワトリ腸管におけるステロール吸収、肝臓のコレステロール・リポタンパク質の合成、成長卵母細胞へのリポタンパク質の取り込みに関与する遺伝子の発現を調節することによって、卵黄中のコレステロール含量を低下させる試みがなされている。 (2)低アレルゲン化卵 鶏卵アレルギーは頻度が高い食品アレルギーの一つである。乳幼児が発症することが多く、栄養価が高い卵を摂取できないことは、乳幼児の成長にとって不都合であるといえる。食物アレルギーの原因として頻度が高く、栄養学的にも消費量からしても重要なタンパク質源である鶏卵を低アレルゲン化することができれば、鶏卵アレルギー患者にとって臨床学的意義がある。これまで、消化酵素処理や加熱処理によって低アレルゲン化卵白を作製する試みがなされているが、現在のところ、商品化されている製品はない。現在、米、麦などではRNA干渉(RNA interference: RNAi)技術を利用した、低アレルゲン化植物の作製が試みられており、やがてこの技術が、低アレルゲン化卵の開発にも応用されるのではないかと思われる。 おわりに 現在、動物、植物、微生物などから新しい生理活性物質が次々と明らかになっており、今後それらを強化したデザイナーエッグが数多く開発されると予想される。強化卵は、サプリメントと異なり生鮮食品であるため、さまざまな食品に加工・利用することができるというメリットを有している。また、卵から有効成分を摂取したほうが、サプリメントとして摂取するよりも、有効成分を精製する必要がないため安価であったり、吸収性が高いなどのメリットが示せれば、今後栄養強化卵の市場はますます広がっていくものと思われる。 現在、医薬品に使う目的のタンパク質を大量かつ安価に生産するために、遺伝子組み換え卵を作製しようという研究が盛んになされている。組み換え卵は、その安全性が十分に示されれば、医薬品としての用途だけでなく、機能性食品としても利用されるであろう。 将来、糖尿病、高脂血症、高血圧などの方のために、その患者さんに合わせたテーラーメイド(オーダーメイド)のデザイナーエッグが開発されるかもしれない。その実現には、バイオテクノロジーを活用した次世代デザイナーエッグの開発が不可欠であると思われる。 【参考文献】 The 3rd International Symposium on Egg Nutrition for Health Promotion. Banff, AB, Canada (2004). 中村 良編、卵の科学、朝倉書店、東京(1998). 奥村純市、特殊卵の開発の現状と問題点、日本家禽学会誌、39: J63-J66 (2002). |
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