はじめに
脱脂粉乳の過剰在庫問題が酪農・乳業界の大きな課題の一つとなっている中で、関係各方面では脱脂粉乳のもつ栄養成分や機能性に着目しつつ、消費の促進や新しい需要の開発などに努力を傾注しているが、まだ、ざん新かつ有効なアイディアなどは見出されていなかった。そこで、脱脂粉乳に関心を持つ有志の集まりである「脱脂粉乳の利用を考える会」(世話人代表:独立行政法人農畜産業振興機構、菱沼 毅副理事長)では、その高い栄養成分や機能性を活用しつつ、消費を拡大するため、毎日食べる新しい脱脂粉乳(以下、スキムミルクと呼ぶ)を利用した食品開発を基本理念として掲げ、活躍してきた。その結果、伊藤ハム株式会社中央研究所中村豊郎顧問、ヤマエ食品工業株式会社久寿米木一裕製造部長、宮崎大学との共同研究により新規かつ良好な成果が得られ、それらの結果の一部は、東京農工大学で開催された日本畜産学会第103回大会(平成16年3月30日)で発表し1)、さらに東京大学で開催された同学会第104回大会(平成17年3月27日)では、宮崎大学医学部や東京医科歯科大学との共同研究による動物試験の結果を発表した2)。新しく開発された用途は、原料の一部にスキムミルクを用いることによって、高血圧予防効果を持ち、かつカルシウムが強化されるなどの機能性と栄養成分を高めたニュータイプの機能性みそである。なお、本技術は既に特許申請をし、すでに伊藤ハム株式会社から「21世紀みそやその他の関連商品」として販売されている。また、ヤマエ食品工業株式会社からも商品化を間近にしているところである。以下にそれらの概要を記載する。
目 的
スキムミルクは製菓、製パン、乳飲料および家庭用スキムミルクなど多方面で原料として利用されている。これにはタンパク質、乳糖、カルシウム、リン、ビタミンなどがバランスよく含まれている。特に、乳タンパク質は人間の成長、健康、美容などに欠かせない必須アミノ酸のすべてを含んでいる最も優秀なタンパク質の一つと言われている。一方、みそは千年以上の歴史を有し、わが国食文化の形成に重要な役割を果たしてきた。このようにわが国の食文化形成に深く関わってきた基本調味料であるみその生産については多数の研究開発があるが、植物性原料のみそに動物性原料であるスキムミルクを利用し新たな栄養価や機能性が付与されて、日本国内だけでなく国際的にも受け入れられるみその開発・研究が望まれていた。
そこで、良質の栄養素を含むスキムミルクを利用して、わが国で栄養所要量にまだ到達していない栄養素であるカルシウムも豊富に含み、醸造技術によりさらに乳由来の生理活性機能性も付加されたニュータイプのみその開発研究を行ってきた。その結果、わが国で栄養所要量にまだ到達していないカルシウムも豊富に含み、醸造技術によりさらに乳由来の生理活性機能も付加したニュータイプのみその開発に成功した3,
4)。
この「機能性みそ」はスキムミルクを一部加えたみそでクリーミーな風味を有すると共に必須アミノ酸含量が増加し、カルシウム含量も高く、さらに、高血圧予防効果が期待できるアンギオテンシンT変換酵素(ACE
)阻害活性も有していた。
そこでさらに、ACE
阻害活性を示すペプチドの分離・精製を行い、それらを同定するとともに、それらの機能性を動物実験で確認する試験を行ったので合わせて報告したい。
研究方法
みそ原料としての豆類には大豆を、穀類としては米、大麦を使用した。食塩原料は国内産の並塩を使用し、目標とする仕込み食塩濃度を10.5%、水分約43%とした。スキムミルクを混合したみそを製造する場合は図1に示すように、原料のうち大豆、米、大麦の使用量を減じて、市販のスキムミルクで代替した。なお、予備的に様々な割合でスキムミルクを添加したみそを試作し検討した結果、みその全配合量の10%以上をスキムミルクで代替することを基本設計とした。最終的なスキムミルクの代替率は10〜40%の範囲で可能であることを認めたが、本報告では16%代替した時の結果を示す。こうじ菌にアスペルギルス・オリゼを用いて調製した米こうじ、麦こうじ1.4に対して1の割合で大豆蒸煮物および塩を混合し、さらに耐塩性酵母としてのチゴサッカロミセス・ルキシーおよび耐塩性乳酸菌としてのペディオコッカス・ハロフィラスを混合し、こうじ混合材料を仕込んだ。熟成工程では、仕込んだこうじ混合材料を20〜25℃の製造室で発酵熟成した。スキムミルクの混合は製造工程の途中で行い、スキムミルクを混合後約2ヵ月間熟成した。そのほかの研究については実験方法の詳細を省略し、実験項目のみを表1に示した。
結果および考察
1.みその一般成分分析
表2 みその一般成分分析値 |
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図2にスキムミルクを利用したニュータイプの機能性みその試作品の写真を示した。写真は合わせみその試作品であるが、対照区に比べて試験区の色が白みを帯びた淡色であることが特徴であった。まず、基準みそ分析法に準じ各項目の測定を行った(表2)。今回の実験では仕込み食塩濃度および対水食塩濃度はほぼ目標とするレベルとなっていることが確認された。試験区は対照区に比較して仕込み時からpHが高く、写真からも明らかなように色が白く、窒素成分が高い傾向にあり、特に水溶性窒素や低分子化したフォルモール窒素の熟成後の増加が顕著であった。みその有機酸含量指標となる酸度Iは対照区が勝り、水溶性窒素成分などが主体的に関与する酸度IIは試験区が高い値を示した。この遊離アミノ酸にも関連する水溶性窒素は熟成期間1ヵ月で2倍以上となり、さらに2ヵ月後にも顕著に増加しており、良好に熟成が進んでいることを示していた。全糖は、熟成1ヵ月では対照区が若干高かったが、熟成期間2ヵ月では試験区および対照区ともにやや減少した。これは醸造物中での糖化、発酵作用などによるものと推定された。対照区、試験区ともに2%程度のエタノール生成を認め、耐塩性主発酵酵母による小規模仕込み特有の活発な発酵作用が示唆された。このように、両者ともに醸造物はみそとしてほぼ正常な分解および発酵作用が行われ、硬さも適切であることが確認された。
次に、全アミノ酸の分析結果は図3に示すとおりである。リジン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、バリン、スレオニン、トリプトファンなど赤字で示したアミノ酸は必須アミノ酸である。対照区に比較して試験区では、全体的にアミノ酸含量の増加が認められ、さらに9種類の必須アミノ酸含量もすべて多くなることが明らかになった。遊離アミノ酸含量も対照区に比較して試験区が顕著に高くなり、また、アミノ酸組成比における必須アミノ酸の比率も高くなったことから、アミノ酸バランスの向上が認められた(図4)。
このようにスキムミルク添加みそは色調や一般成分、アミノ酸含量などにおいて従来のみそと明らかな違いを示している。
2.スキムミルク添加機能性みそのカルシウム含量
現在、国民の栄養所要量のうち唯一不足しているのがカルシウムと言われている。牛乳は100ミリリットル中に100〜120ミリグラムのカルシウムを含み、カルシウム含量が高いだけでなく、その吸収や生体利用性が優れていると言われている。今回使用したスキムミルクも100グラム当り1,100ミリグラムの良質なカルシウムを含んでいる。そこで、ICP*発光分析計を使用し、作成した検量線からカルシウム濃度を求め、各サンプルのカルシウム含量を測定した。対照区に比較して試験区中の含量が約5倍高くなることが確認された(図5)。
*高周波誘導結合プラズマ
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図2 通常みそ(左)とスキムミルクを利用した機能性みそ(右)
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図3 全アミノ酸量(g/100g)
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図4 遊離アミノ酸量(g/100g)
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図5 カルシウム含量(mg/100g)
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3.スキムミルク添加機能性みそのACE阻害活性
みそにはすでに多くの生体調節機能成分の存在が知られている。大豆タンパク質の部分分解物であるペプチドの機能としては活性酸素消去能や抗酸化能、血圧上昇抑制、降コレステロール作用などが報告されている5)。中でも、ACE阻害活性を有するペプチドに関する研究が注目されている6〜10)。
みその生理活性機能の評価として、血圧調節に関与しているレニン-アンギオテンシン系でアンギオテンシンIから昇圧物質であるアンギオテンシンIIの生成を触媒するACEの阻害活性を測定することにより、高血圧予防効果を検討した。ACEはその活性中心に亜鉛を有するメタロプロテアーゼの一つで、10個のアミノ酸よりなるペプチドであるアンギオテンシンI
に作用し、そのC末端2残基を切断するジペプチジルカルボキシペプチダーゼである。ACEの作用により生体内に生成するアンギオテンシンII
(アミノ酸8残基より構成されるペプチド)は、非常に強力な昇圧物質であり、血管平滑筋の収縮や副腎から強力なナトリウム貯留ホルモンであるアルドステロン分泌を促進することなどにより血圧上昇を引き起こす(図6)。
そこで、50%ACE阻害活性発現に要するタンパク質濃度(IC50)を測定すると、出来上がったみそにスキムミルクを添加したサンプルではACE阻害活性は対照区と同などの低いIC50値であったが、試験区のみそではその活性は4倍以上の高い値を示した(図7)。この結果は、試験区のみそ中には、単にみそとスキムミルクを混合した場合には生成することのない新規ACE阻害物が発酵・醸造過程中に生成していることを示している。
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図6 ACEの作用
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図7 スキムミルクを利用した機能性みそのACE阻害活性(mg/ml)
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4.こうじ菌酵素によるスキムミルクタンパク質の分解
スキムミルクはみその熟成過程で加水分解され、新規な乳タンパク質由来ACE阻害ペプチドの生成が示唆された。そこで、みその製造過程でスキムミルクに生じている変化を推測するために、こうじ抽出液によるスキムミルクタンパク質の消化に及ぼすモデル実験を実施した。スキムミルクにこうじ抽出液(麦こうじ5グラムに蒸留水20ミリリットルを添加し20℃で3時間抽出)を40%濃度のスキムミルク(基質液)になど量添加して30℃で反応させ、その反応液を12,000×gで20分間遠心分離後、反応液および上清画分の変化をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で検討した。反応液の分析でスキムミルクの成分であるカゼイン、βーラクトグロブリンやαーラクトアルブミンが加水分解されて低分子化することが明らかになった。また、その上清画分でも低分子化の進行が認められた(図8)。
図8 こうじ抽出液によるスキムミルクタンパク質の消化
さらに、こうじ抽出液によるスキムミルク消化物の分子量分布をゲルろ過カラム(TSK-G2000SW)を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。図9は1時間消化物を、図10は6時間消化物を12,000×gで20分間の遠心後に得られた上清画分のHPLCパターンを示している。矢印で示した既知の分子量マーカーの溶出時間を参考にして分子量分布を推定した。その結果、低分子化したペプチドの割合が増加することが認められた。また、その傾向は消化時間が長くなるとより低分子化することが明らかになった。
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図9 こうじ抽出液による脱脂粉乳消化物の分子量分布(消化1時間)
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図10 こうじ抽出液による脱脂粉乳消化物の分子量分布(消化6時間)
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それら上清画分のACE阻害活性を測定するとこうじ抽出液を添加して15分間の反応にもかかわらず、すでに高いACE阻害活性が認められ、さらに反応1時間では0.17mg/mlの高いIC50値を示しさらに6時間の消化でIC50値は0.096mg/mlに増加した(図11)。これらの結果は、こうじ抽出液に含まれる酵素は直接スキムミルク構成タンパク質を比較的速やかに分解し、その後の反応によりさらに分解されてACE阻害活性を増大させることを示しており、みその製造初期にスキムミルクを添加して製造した発酵・醸造過程でも同様の効果が発揮されていることは明らかである。みそ中では、高濃度食塩存在下でのプロテアーゼ活性の低下が予想されるが、試醸みそのACE阻害活性に顕著な差異を認めたことから、みその熟成とともにスキムミルクタンパク質の加水分解が着実に行われていることが示唆された。
図11 こうじ抽出液によるスキムミルク消化物のACE阻害活性
5.ACE阻害活性のペプチドの単離・精製と同定
スキムミルクを利用したニュータイプの機能性みそ特有のACE阻害活性物質の単離・精製を行うために、こうじ抽出物によって6時間消化されたスキムミルク酵素消化物をサンプルとして用いた。
こうじ抽出物によって6時間消化されたスキムミルクサンプルをSuperdexTM 30 prep
gradeカラム(1.6cmI.D×95cm)を用いたゲルろ過カラムクロマトグラフィーにて分画した。その結果No,31〜36画分で高いACE阻害活性が認められたため次の精製に用いた(図12)。次に、InertsilR
ODS-2(6.0×150mm)を用いた逆相カラムクロマトグラフィーによる5段階の精製ステップを経ることにより、溶出時間約45分で画分A、溶出時間約55分で画分Bの2つのACE阻害活性を持つ画分が得られた(図13)。この最終精製カラムにより得られた画分Bは、疎水性相互作用に基づき溶出する性質を有する逆相カラムからの溶出時間が長くなることから判断して、疎水性が比較的高く、一方、画分Aは疎水性が比較的低いことが示唆された。高いACE阻害活性を持つ既知のペプチドは疎水性アミノ酸残基を多く含み11)、疎水性を示すものが多いことが報告されており、それらと同様の結果であった。
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図12 スキムミルク分解物のゲルろ過マイクロパターン
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図13 最終精製画分の逆相高速液体クロマトグラフィーパターン
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図14 ペプチドAのアミノ酸配列
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図15 ペプチドBのアミノ酸配列
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G1000A型プロテインシークエンサー(Hewlett Packard社製)を用いて解析したアミノ酸配列の解析結果から、画分Aは分子量が278.3のTyr-Pro(YP)であり、画分Bは分子量が280.3のVal-Tyr(VY)であることが確認された(図14,15)。また、NCBI Entrez Protein(アメリカ)を用いてホモロジー検索した結果から、ペプチドAはαS1-カゼインの146〜147番目の残基に相当し、ペプチドBはαS2-カゼインの183〜184番目の残基に相当することが明らかになった。Mizunoら12)はアスペルギルス・オリゼ由来のプロテアーゼでの加水分解は主にジペプチドないしトリペプチドのような短いペプチドが生成され、N末端にProをもつと述べており、本実験において単離・精製されたペプチドもこの条件に符合していた。分解された一般的に強い競合阻害作用をもつACE阻害剤はC末端側にプロリンや芳香族アミノ酸残基を持ち、N末端側に疎水性アミノ酸残基か、塩基性アミノ酸残基をもつとされている11)。両ペプチドはその条件を満たしているため、これらの2つのペプチドの活性発現には両端のアミノ酸残基が重要な役割を示すことが示唆された。また、これら両ペプチドは既知のペプチドあったが両者ともにジペプチドであり、生体内ではほぼ消化を受けずに吸収されて作用する可能性が示された。また、ペプチドB(Val-Tyr)はヒト単回経口投与時の血漿Val-Tyr濃度変化が報告されており、それによるとペプチドAは実際に吸収されることが明らかにされている13)。このことから、これらのペプチドを含むスキムミルクを用いたニュータイプの機能性みそを摂取することで生体内での血圧降下作用を示す可能性が示唆された。
図16にスキムミルクに含まれるペプチドAおよびBの上記以外の相同性を示す位置を示した。ペプチドAはαS1-カゼインの159〜160残基、κ-カゼインの45〜46残基および58〜59残基、β-カゼインの60〜61残基および180〜181残基にも相同性が認められた。一方、ペプチドBはβ-カゼインの59〜60残基、β-ラクトグロブリンの41〜42残基、ラクトフェリンの81〜82残基および399〜400残基にも相同性が認められた。これらのことから、スキムミルクを含むみそにはACE阻害活性を示すペプチドが、発酵・醸造過程で多く産生していることが示唆された。 |
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図16 ペプチドA,Bのスキムミルク成分中の
その他の存在位置
6.自然発症高血圧ラットによる機能性みその動物実験
次に、本研究において高血圧症患者の病態モデルとして、8週齢雄性の自然発症高血圧ラット(SHR)ラットを用いてスキムミルクを利用した機能性みその血圧上昇抑制効果の検討を行った。
図17 SHRラット投与試験スケジュール
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図18 機能性みそSHRラット投与試験
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スキムミルクを利用した機能性みそを図17に示したスケジュールに従って投与したSHRラットにおける血圧の変化を図18に示した。コントロール群の投与前の血圧は、207±5.4mmHg(ミリメートル水銀柱)であった。5%の食塩濃度を含む食塩水では投与後に血圧の上昇が確認されたが同程度の食塩含量を持つ両みそは血圧が上昇するどころか血圧の降下を示した。また、水や食塩水の投与に比較して通常みその投与では顕著な血圧降下は認められなかった。一方、スキムミルクを利用した機能性のみそを投与すると、投与後6時間で177.4±11mmHgに血圧が顕著に低下した(投与前に対して降圧値−29.6mmHg)。その後、9時間でも効果が認められた。
以上のように、SHRラットを用いた動物実験の結果からも、スキムミルクを利用した機能性みそはACE阻害活性の発現によると考えられる生理活性機能が向上したことが確認された。
生体内で昇圧調節を中心的に担っているのがレニン-アンギオテンシン系であり、アンギオテンシンTがACEの作用によって、昇圧物質であるアンギオテンシンUへと代謝される。このアンギオテンシンUは生体内で最も強力な昇圧物質であり、血管平滑筋を収縮させる直接的昇圧作用を有しているだけでなく、副腎でのアルドステロン分泌を刺激し、ナトリウムや水の貯留量増大を引き起こし、間接的な血圧上昇にも関与する14)。したがって、ACEの阻害薬は血圧上昇抑制に有効であるとされており、臨床的にも心臓系疾患の改善15)や、他の降圧剤よりも副作用が少ないことが明らかになったこと16)や、ACE阻害剤単独で本態性高血圧患者の約70%に効果を示していること14)などから、薬物療法において高血圧治療の第一選択薬の一つとして現在広く使用されている。
しかし、一般的に降圧療法は過度の血圧低下、空咳17)、一過性の腎機能低下、発疹、目まいなどの副作用の問題も指摘されている18)。そのため、日々の食事成分中に天然のACE阻害物質が含まれていれば、副作用もなく自然に高血圧症の予防、あるいは治療に結びついてくることが期待される。本研究により認められた機能性みそ中に含まれる血圧効果作用は、食塩が含まれているにもかかわらず、日常的な食品として摂取することにより血圧降下作用が認められることは生活習慣病の防止が期待される。
7.Wistar系ラットを用いたカルシウム含有機能性みその動物実験
次に、スキムミルクを利用した機能性みその骨への影響をWistar系雄性ラットを用いて調査した。図19にWistar系ラットを用いた動物実験のスケジュールを示した。今回の実験中の各群の体重変化を図20に示した。各群の体重は初日の絶食による影響を除いて体重低下は認められず、各群ともに正常Ca飼料群(1群)と同様な成長曲線を示した。本実験において低Ca飼料負荷および被験物質投与による体重への影響がないことから、本実験系は被験物質の骨への影響を評価することが可能であると判断された。
図19 Wistar系ラットを用いた動物実験のスケジュール
図20 Wistar系ラットの体重変化
図21 Wistar系ラットの骨密度
図21に大腿骨骨密度の結果を示した。低Ca飼料飼育による大腿骨骨密度の変化は2群に示されるように正常Ca飼料群(1群)と比較し約17%の有意な低下を引き起こした。この低Ca飼料飼育に伴う骨密度の変化に対し、被験物質投与の影響について比較検討した。投与量は、みそに含有される塩分負荷による影響を考慮し、ヒトにおけるみその1日摂取量15g/dayを参考に投与量を決定した。すなわち、ヒトの体重を60キログラムとし1日摂取量250mg/kgより、本試験のラットに対する投与量も、250mg/kgが妥当と考えた。低Ca飼料飼育下で3種類の被験物質を4日間経口投与した時の大腿骨骨密度を3群および4群、5群に示した。その結果、スキムミルクを利用した機能性みそ投与群(3群)のみが2群との間に有意な差を認め、約5%の改善効果を示した。一方、通常みそ(4群)あるいは通常みそにスキムミルクを利用した機能性みそと同など量のCaを添加した群(5群)は2群との間に有意な差を認めなかった。なお、3群と4群(通常みそ)および3群と5群(通常みそ+Ca添加)間にも有意差が認められた。
図22に被験物質投与前および投与期間中の尿中総デオキシピリジノリン排泄量を示した。デオキヂピリノジンおよびピリノジンはコラーゲン繊維の構造維持に重要な分子内、分子間架橋物質であり、特にデオキシピリジノリンは骨に特異的に分布している。デオキシピリジノンおよびピリジノリンともにコラーゲン繊維の成熟過程で生成され、成熟したコラーゲンの崩壊に伴い放出される。その後は再利用されることもなくほとんど代謝されずに尿中に排泄される。従ってコラーゲンの崩壊を正確に反映し、デオキシピリジノリンは骨吸収のよい指標と考えられている19, 20)。本実験において、デオキシピリジノリンは正常Ca飼育では20〜50(μmol/クレアチニン)に対し低Ca飼料負荷では負荷後より上昇を示しday8では正常Ca飼料群と比較して約2.5倍の排せつ増加を示し骨吸収が進行していることが示された。スキムミルクを利用した機能性みそ(3群)では投与前(day5)と投与後(day8)を比較するとデオキシピリジノリンの排せつ量の抑制傾向が認められ、骨吸収の抑制効果が示唆された。また、通常みそ+Ca添加(5群)は投与前(5day)と投与後(8day)を比較し横ばい傾向を示した。一方、通常みそ(4群)では2群と同様なデオキシピリジノリンの排せつ増加を示し、骨吸収を抑制する効果はほとんどないと考えられた。
本試験に用いた実験系は、閉経後骨粗しょう症を反映する病態モデルとは異なり、Ca欠乏による骨密度の低下を短時間で引き起こす系である。本試験において通常みそに含有されるイソフラボンなどの効果は、大腿骨骨密度およびデオキシピリジノリン排せつの2つの指標を用いた評価では確認できなかった。しかしながら、スキムミルクを利用した機能性みその大腿骨骨密度低下に対する有意な抑制作用はデオキシピリジノリン排せつの減少により裏付けされたと思われた。一方、通常みそ+Ca添加ではデオキシピリジノリン排せつに横ばい傾向を示しているものの骨密度の増加までには至っていない。 |
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図22 Wistar系ラットの尿中デオキシピリジノリン排せつ量 |
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このことからスキムミルクを利用した機能性みそは単にCaの補充だけでは骨密度の増加作用が説明できない。スキムミルクを利用した機能性みそ中のCaが添加した炭酸Caとは異なり極めて腸管からの吸収がよいか、あるいはスキムミルクを利用した機能性みそ中に骨形成系を促進する物質(たとえばスキムミルク中の成分)が存在し、それらの協力作用により骨密度の増加作用を引き起こしていることが考えられる。スキムミルクを利用した機能性みそが骨吸収に抑制的に作用することが示されたことから、今後骨吸収メカニズムへの詳細な作用の検討とともに、スキムミルクを利用した機能性みその骨形成系への作用についても検討し、骨形成を促進する作用があるか否かについても明らかにする必要がある。
8.スキムミルク添加機能性みその官能評価
みその官能評価は重要な検討事項であると考えられた。スキムミルクの添加率が10%以上になるとみそ汁は従来のものと明らかに異なり、専門家の評価では、従来のみその風味が弱まるとともに、新規かつクリーミーな風味となることが確認された。そこで官能試験の一例としてスキムミルク添加率16%のみそを用いて行った官能評価を下記に示した。
まず、対照区(Cみそ)のみそおよび試験区のスキムミルク混合みそ(Tみそ)を用いて、それぞれ、お湯にて10倍に希釈した希釈液を調製し、嗜好調査型パネルによる2点識別試験法に準じて官能評価を行った。パネラーは男性9名、女性6名で、年齢構成は20代から40代で、20代から30代が中心である。その結果、両者を同じものであるかとの質問に対し、パネラーのうち80%が違うと回答した。そのうち33%のパネラーがこのサンプルを好むと回答した。どちらも好むと回答した割合を含めると肯定的な回答が41%を占めた(図23)。
図23 みそ官能検査(希釈液) |
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図24 みそ官能検査(みそ汁)
次に、サトイモ、ニンジン、大根、椎茸、こんにゃく、骨付き鶏肉を素材としたみそ汁(さつま汁)を調製し官能評価を行った。さつま汁サンプルでは100%のパネラーが明らかに異なると回答した。20%のパネラーが好むと答え、どちらも好むと回答した割合は40%であった(図24)。そのほか「それほど違和感なし」、「クリーミーな風味を感じる」、「みそはこういうものとの先入観があれば受け入れる」などのコメントが得られた。みそ汁ということで希釈液とはまったく異なるにもかかわらず、これだけ評価されている事は、今後の料理の仕方によっては消費者から受け入れられる可能性が十分にあるものと考えられた。
要約
醸造技術により良質な栄養素を含むスキムミルクを利用して、わが国で栄養所要量にまだ到達していない栄養素であるカルシウムを豊富に含み、さらに乳由来の生理活性機能も増強したニュータイプのみそを開発することが本研究の目的である。
スキムミルクをみその醸造に利用することで、アミノ酸含量やバランスに優れ、かつ、カルシウム含量の多いみそを作ることができた。また、みそにスキムミルクを混合添加し発酵させることによりACE阻害活性の高い、生体調節機能に優れたみそを醸造することができた。
ACE阻害活性ペプチドの単離・精製を行った結果、Tyr-Pro(YP)およびVal-Tyr(VY)の2つのペプチドの単離・精製に成功した。SHRを用いた動物実験ではスキムミルクを利用したみそを投与したラットは投与後6時間において最大の血圧降下を示した。さらに、投与後9時間まで血圧降下作用が持続した。一方、骨への影響を検討した結果、Wistar系ラットを用いた動物実験においてスキムミルクを利用したみそにおいて骨密度の改善が認められた。また、尿中デオキシピリジノリン排出量は減少し骨吸収の改善効果も確認された。
おわりに
今回の研究は、毎日食べる新しいスキムミルク利用食品開発を基本理念として実施したものである。原料の一部にスキムミルクを用いることによって、高血圧予防効果を持ち、かつカルシウムが強化されるなどの機能性と栄養成分を高めたニュータイプの機能性調味料(みそ)を開発できた。ちなみにみその年間生産量は約53万トン程度、原料としては輸入物が中心の大豆16万トン、米9万トン、麦2万トンが使用されている。この一部をスキムミルクに置き換えることによって、スキムミルク需要の拡大を可能とするものであり、畜産業への寄与・貢献は多大であると考えられる。
以上のように、スキムミルクを利用したみそは栄養性分、機能性が向上し、クリーミーな風味を有し、みそと乳タンパクの特徴を合わせ持ったニュータイプのみそとなった。通常の栄養、機能性用のサプリメントとは異なり、日常性の高い、しかも食塩を含有するみそに、このような機能が付与されることが効果の上で大きなメリットが期待できる。
現在、調味原料としての最適なスキムミルクの選択やヒトによる臨床試験を産学官の緊密な連携により継続して検討中であり、血圧調節だけでなく、機能性みその日常摂取により、各種病気や生活習慣病の予防に貢献し、ヒトの健康増進や医療費の節減につながるような効果を期待している。
謝辞
本研究は、社団法人畜産技術協会の平成15年度および16年度畜産新技術開発活用促進委託事業による研究のご支援を受けて実施したものであり、心から厚く感謝申しあげる。
【参考文献】
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