★ 機構から


レンタル牛を活用した荒廃棚田での放牧の取組

調査情報部 調査情報第1課 課長 藤 野 哲 也
                              佐々木 奈穂美  


1 耕作放棄地の拡大と和牛放牧の必然性

―和牛の舌はタン練された草刈機

 中山間地域等は、国土面積の69%、耕地面積の42%を占めており、わが国の農業、農村の中で重要な位置を占めている。また、中山間地域等は、食料の供給だけでなく、国土保全、水源かん養、自然環境の保全や景観維持といった多面的機能の役割を果たしている。しかしながら、農業生産条件が不利なことなどから過疎化、高齢化の進行が著しく耕作放棄地が増大している。2005年農林業センサスによると、耕作放棄地は38万5千ヘクタールで、2000年の前回調査と比べ12.3%増加している。

 平成15年の飼料作物作付面積は、92万9千ヘクタールであるが、このうち、都府県における飼料作付面積が31万8千ヘクタールであるので、いかに耕作放棄地が拡大しているかがわかる。

 このような中、中山間地域等の耕作放棄地、野草地、林地や水田における放牧の推進の取組が全国で行われている。現在、黒毛和種の繁殖雌牛を利用した耕作放棄地や水田での放牧が定着しつつあるが、これは飼料基盤の拡大だけでなく、肉用牛の生産基盤の拡大にもつながるものと期待されている。

 中でも、この取組の元祖といわれているのが、いわゆる山口型放牧である。

 山口型放牧は、中山間地域等の生産条件が不利な地域において、棚田や急傾斜地などの条件を生かした低コストで省力的な飼養管理ができる放牧(草地造成を伴わないもの)と定義されている。

 山口型放牧マニュアルによれば、放牧に必要な経費は放牧面積1ヘクタールに黒毛和種繁殖雌牛2頭について、(1)電牧柱、電牧線、ソーラーパネルなどの電気牧柵施設190,890円、(2)給水タンクなどの給水施設104,360円、(3)給水運搬用水中ポンプなど100,643円、(4)移動式スタンチョン90,752円となっている。

 このうち、給水施設については、湧き水などの利用ができれば最小限のもので対応が可能なため、必須施設は電気牧柵のみである。

 このように低コストで放牧による牛の飼養管理が可能になり、耕作放棄地の解消と合わせて期待できる効果は下表のとおり耕種農家、畜産農家とも大きいものとなっている。

表 耕作放棄地などへの放牧の利点

 今回、レンタル牛を活用した荒廃棚田での放牧の取組を調査する機会に恵まれたのでその概要を報告する。

 

2 東広島市西条町下三永福成寺地区の水田放牧の取組

(1)福成寺地区の概要
 福成寺地区が位置する東広島市は、広島県中央部に位置し、広島大学を中心とした学園都市として発展している。

 2000年世界農林業センサスによると、旧東広島市(現在の東広島市は、平成17年2月に旧東広島市と5町が合併している)の2000年の販売農家戸数は3,947戸で1995年の5,397戸と比較して年率で6.1%の減少となっている。また、2000年の耕地面積は、3,435ヘクタールであるが、そのうち94.4%を水田が占めており、肉用牛、乳用牛の農業産出額に占める割合は1割にも満たないという稲作中心の農業が営まれている。

 地区の名ともなっている福成寺は、標高500メートルの東広島市の町を見下ろす山に建立されている。福成寺は、奈良時代、聖武天皇の治世の開基といわれる真言宗の寺で、国の重要文化財である本堂内厨子を始め、県の天然記念物に指定されている巨樹群やほかにも県の重要文化財がある。

 下三永福成寺地区の集落は、山の傾斜地を開墾した棚田が並ぶ行き止まりの奥地であり、訪問時には彼岸花が咲き誇るなど、昔ながらの風景を色濃く残している。しかしながら、高齢化や近郊の都市化の影響から、農家戸数は20年間で30戸から13戸にまで減少し、耕作放棄地が増加した。耕作放棄地は雑草が生い茂り、景観が損なわれるのみならず、イノシシが頻繁に出没するなど地区の生活環境への影響も顕在化してきており、その対策が求められていた。

(2)放牧実施の選択まで
―集落の意思決定はリーダーシップを発揮


 福成寺集落放牧研究会の代表である有川賢三さんが中心となり、集落の耕作放棄地対策として、和牛放牧の取組の話を聞き、平成16年10月頃、東広島市に対して放牧の実施を要望した。その後11月に第1回放牧実施検討会を開催し、12月に放牧についての集落説明会を実施した。今岡良夫さんは、現在電気工事業に就いているが、父親から引き継いだ棚田が耕作放棄地となっていたことから、放牧に取り組むことを決意した。今岡さんは、長い間耕作放棄地となり、草木が生い茂って見る影もなかった棚田を昔の記憶をたどって地形図を描いたそうだ。

 その後、平成17年5月には、広島市佐伯区湯来町小多田地区の放牧先進地を調査し、5月下旬には牛の放牧の実施を決定した。

 6月5日に70アールの耕作放棄地に福成寺集落全員で電気牧柵を設置し、6月7日に和牛繁殖農家久保喜明さんと現地打ち合わせを実施、6月22日には黒毛和種の繁殖雌牛(妊娠牛)2頭の放牧を開始した。集落における放牧決定から実施までわずか1カ月という驚異的スピードで放牧が実現した。これは、有川さんや今岡さんなど地域の中心的人物の放牧への強い意欲の現れであるともいえる。もちろん、全員が賛成ということではなく、集落の人の中には、脱柵などの不安から「牛なんてとんでもない」と反対もあったそうだ。

 また、電気牧柵は、地上60、90センチメートルの所に2本設置したが、設置に当たっては、本職の今岡さんが主体的に作業を行うとともに、従来からイノシシ対策として、有刺鉄線などの設置に周辺農家も熟知していたことから、手間的にも費用的にもほとんど負担にならなかったそうだ。濃厚飼料供給(ふすま)、駆虫、馴致などは繁殖農家の久保さんが行っている。また、損害保険は山口県の前例を参考に加入し、牛の運搬費、牛のレンタル料を含めてもそれほどの費用はかかっていない。また、給水用の水甕を設置しているが、そこではあまり飲まず、棚田の水路から水を好んで飲むとのことだった。

 なお、実施に当たっては、東広島市技術者部会(現在は広島中央農業技術者部会)が経費の一部を負担した。


山の一部となっている放牧前の放牧地

放牧により棚田の原形がうかがえる

(3)放牧開始
― 牛も元気に


 繁殖雌牛をレンタルしている久保さんの農場は、福成寺から北西へ約9キロメートル、車で30分ほどの所にある。当初、放牧予定地を見た久保さんは、あまりにも草木が生い茂っていることから、胎仔の発育不良や親牛の事故などを心配し、牛がかわいそうなのでやめるといったそうだ。

 しかし、農協に勤めている息子さんの説得もあり、飼養している雌牛6頭の中で馴致しやすい2頭を選びレンタルしてくれた。レンタルの際、生い茂る草木に隠れてしまう牛の居場所がわかるように、首に鈴を付けて鈴の音で居場所がわかるように工夫した。牛は普段から畦草を食べさせていたため、すぐに馴れたが、舎飼い中心のためやや太り気味で、繁殖成績はあまりよくない状況であったという。

 農業も営んでいる有川さんが、毎日朝夕に牛が脱柵していないか、確認している。給与飼料はふすまをわずかに与えているだけということであったが、牛は元気である。当初放牧に反対だった人も、牛の様子に何か変化があると、有川さんに連絡するまでになった。牛が非常に馴れたこともあり、その飼養管理に特段問題もなく、当初不安もあったが、それも杞憂に終わった。9月に出産のため1頭を交換した。その際、下牧する牛が放牧地から出るのをいやがっていたように見えたそうだ。

 放牧は、平成17年6月22日から10月20日までの4カ月間実施した。放牧して判明したことは、放牧地は、長い間耕作放棄地だったことから、木が多く茂り、日が当たらず下草があまりなかった。このため、放牧開始後すぐに草を食べ尽くしてしまった。また、牛が棚田の下位を好み、草を食べるため、道を作って上の棚田に行けるようにし、牧区を小さく区切り、こまめに移動させてまんべんなく牛が草を食べるように気を配ったそうだ。

 現在の放牧地のさらに下方にも耕作放棄地が広がっている。残念ながらこちらは水はけが悪く、放牧に適さないということでそのままになっている。


ゆったり過ごす放牧牛

牛と一緒に、左から今岡さん、藤澤住職、
吉川専門員、宇田主任技師

 放牧開始後は、県東広島地域事務所の職員が毎週のように様子を見に来ており、行政の指導、援助体制が確立し、このことが集落の人々への信頼感の向上にも寄与していると感じられた。

畜産農家の仲間入り(研究会代表の有川さん)



(4)今後の方針
― 牛は最高の家畜


 放牧により、耕作放棄地は草が刈り取られ、見違えるようにきれいになったが、この棚田をどう生かすかは今後の課題となっている。

 今岡さん自身は、棚田に郷愁はあるものの、自分の子供たちにはそのような意識はない。また、仮に棚田を再生するとしても莫大な労力がかかることから、稲作利用には否定的である。集落では、梅林や畑に転用するなどのアイデアはあるが、今後この地をどのように活用するかについては、あくまで地元の意向が尊重されるという。さらに、集落の入り口にも耕作放棄地があり、見栄えも悪いことから、牛を放牧したいと考えている。これを実現するためには、さらなる地元の理解が必要であり、今後の課題であるということであった。

 しかし、牛に対する地区の理解は深まっている。有川さんによれば「和牛はもともと役牛として農家で利用されていたものであり、放牧は、中国地方では本来の飼い方である。牛は、おとなしい性格で、草を食べて(刈って)くれる最高の家畜、牛はすごい」とその想い入れは相当なものである。有川さんは、牛に草刈りだけをさせるだけでは寂しいと、来年3月には初妊牛2頭を購入する予定だ。

 さらに、放牧で、雌牛が健康になり、よい子牛が生まれれば、畜産農家の耕作放棄地の活用に対する理解も高まるのではないだろうか。

 

3 山口県長門市油谷向津具地区の水田放牧特区の取組

(1)向津具地区の概要
 長門市油谷地域は、本州西北端に位置し、同地域の日本海側には棚田が広がり、日本棚田百選に指定された後畑がある。

 油谷地域の中でも特に向津具地区の農地は、ほぼ全体が急傾斜面にあり、棚田で占められている。この棚田が高齢化や後継者不足から耕作放棄地となり、その数が拡大していた。平成8年以降、ソーラーシステムを活用した電気牧柵、ダニ駆除剤の普及により、棚田に肉用牛を放牧し、飼養管理の省力化や飼料コストの低減に取り組んでいた。いわゆる山口型放牧は、同地区では15カ所、17ヘクタールで実施されている。


棚田跡地である放牧地から一望する日本海

(2)水田放牧特区
― 地域活性化に向けて


 肉用牛を活用した特区として、(1)放牧で遊休農地ゼロに、(2)美しい農村景観、棚田の再生を生かした魅力ある地域作り、(3)農家・非農家を含めた外部参入促進、地域農業の担い手を増加、(4)定住人口拡大―を目的として、特区を申請し、平成16年12月に承認された。特区事業としては、
(1)農地貸付方式による株式会社などの農業経営の参入の容認、(2)新規参入者を容易にするため農地取得後の農地下限面積要件緩和(申請時:50アール以上から10アール以上で取得可※)により、新たな放牧地、貸借農地の拡大を目指す。

 また、都市住民との交流を促進するための放牧牛のオーナー、棚田オーナー制度を試験的に運用した後、サポーター制度を導入する予定としている。

 ※現在は、農地法が改正され、農地取得下限面積は10アール以上となっている。

(3)放牧の取組
― コスト削減に貢献


 地権者との調整後の平成17年2月、向津國十牛(むかつくじゅうぎゅう)放牧組合を設立した。電気牧柵、水飲み場などを設置後、17年4月から放牧を開始し、1ヘクタールに黒毛和種繁殖雌牛4頭を放牧した。今年度からは、放牧面積を拡大し、3ヘクタールとすることとしている。

 組合長の元永素さんによると、牛をよく見ていると、すべて牛が教えてくれる。妊娠牛はおとなしく、牛が隠れてしまうような耕作放棄地の茅やササをよく食べる。冬には草がなくなると竹も食べるようになる。棚田として復活するまでには、3年位かかるのではないか。もともと棚田なので、水は自分で探しているようだが、牛はいたって健康である。子牛の放牧もやったが、1頭が脱柵すると一緒になって逃げてしまう。すぐ、戻ってはくるものの、安全を考えて、分娩予定1カ月前には、牛を牛舎に戻すということであった。

 水田放牧により、飼料代のコスト低減にもなるし、繁殖雌牛は、放牧すると、発情がすぐわかるようになるし、種付きもよくなるので、生産性が向上すると、その利点を話してくれた。

 また、子牛の市場における評価もよく、経営的にもうまく行っていると、放牧による低コスト生産が奏功していると非常に満足の様子であった。

放牧棚田に設置された避難舎


(4)今後の取組

 放牧経験牛が不足していることから、試験的に畜産関係者による10万円の繁殖牛購入資金貸出し制度に取り組んでいる。現在12名の資金提供により、5頭の妊娠牛を購入した。今後は、(1)放牧地および組合員の拡充、(2)放牧牛のオーナーの拡大とオーナ牛の増頭、(3)補助事業を活用した共同畜舎などの整備、(4)放牧組合の運営支援のためのサポーター制度の導入、に取り組み、棚田の復活や肉用牛の生産基盤を拡大していく予定だ。

 

4 高まる和牛放牧への期待

 「食料・農業・農村基本計画」では、10年後の平成27年度に粗飼料の完全自給を実現するという目標が立てられた。また、飼料作物の生産努力目標524万トン(TDNベース)を達成するために取り組むべき課題の一つとして、低・未利用地などを活用した放牧の拡大が挙げられている。

 今回の事例のように、中国四国地方を中心として、今まで牛を飼養したことのない耕種農家がレンタル牛(放牧牛リース制度)などを通じて、牛のすばらしさを経験し、畜産に新規参入するといった農家や、耕作放棄地管理のために牛を地域で飼おうといった事例がマスコミなどにも取り上げられている。

 牛が放牧場で草を食む風景がさらに身近なものとなれば、消費者の畜産への理解もより深まってくるのではないだろうか。消費者の安全・安心への要求は、今後とも高まることはあっても低くなることは考えられない。このためにも行政、農協などの関係者のバックアップを背景に耕畜連携を進め、未利用資源の活用を推進し、ひいては中山間地域などの活性化の一助となれば、すばらしいことだと実感した。

 今回の取材に際して、福成寺集落放牧研究会の今岡良夫さん、福成寺の藤澤住職、また、広島県東広島地域事務所農林局農村振興課の宇田久康さん、吉川佳子さんにお世話になった。この場をお借りしてお礼を申し上げたい。

 参考資料:第5回放牧サミット
      (主催:全国飼料増産行動会議、 社団法人日本草地畜産種子協会)
 事例発表「山口油谷水田放牧(山口型放牧)特区について」
      (山口県長門農林事務所畜産部畜産振興課長 岡田講治)


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