◎専門調査レポート


小グループで運営し、自力で販売するたい肥センター
―分散配置型「豊酪方式」の成功要因を探る―

東京農業大学
名誉教授 新井 肇



はじめに

 家畜排せつ物法が施行され、畜産農家にとってふん尿処理の適切化は待ったなしの課題となっている。処理の仕方いかんが経営の成否を分けると言っても過言ではない。

 個別農家の対応に限界があることから、行政の支援もあって全国的に普及したのが「たい肥センター」である。効率的、集中的に良質なたい肥を生産し、流通・販売させようという共同利用施設である。たい肥センターの数はおそらく2,500カ所ある(平成11年農水省統計情報部調べでは2,326カ所)と推定されるが、その50%が営農集団、20%がJA、5%が第3セクターを含む自治体、残り25%が民間会社その他の経営となっている。いずれも耕畜連携のかなめとして地域で大きな役割を果たしていると同時に、もし「センターがなかったら、今度の規制でやめる人が増えたかも知れない」というところが多い。しかし、問題点も多く、どこのセンターも「施設の老朽化」「施設が狭い」「品質が悪い」「販路がない」「労力不足」「採算がとれない」など、解決を迫られるさまざまな課題を抱えている。

 ここに取り上げる愛知県豊橋市の愛知県酪農協同組合豊橋支所(以下「豊橋支所」という。)管内のたい肥センターは、小規模センターを分散配置して、小グループの自主的運営にゆだねるという、ユニークな運営方式(「豊酪方式」)で全国的にも注目されてきた事例である。14年間の歩みを通して、その成功要因と現時点での問題点を検討し、たい肥センターのあり方を考えてみたい。

1.「豊酪方式」の誕生

(1)組合の概況

 
  豊酪方式を熱心に主張した河合正秋氏(当時の豊橋酪農組合長、現在東海酪農協連合会会長)
   

 たい肥センターの生みの親は旧豊橋市酪農農業協同組合である。その後、平成12年に県下一円の酪農協が大合併して現在は愛知県酪農協豊橋支所となっている。合併前、県下21組合中、戸数、頭数共に2位の地位にあった。

 組合員96名、職員21名。乳牛頭数7,092頭、うち経産牛4,679頭、総出荷乳量38,531tで、牛乳プラントは持っていない。設立は昭和23年と古い。

(2)豊橋市の農業と畜産

 たい肥センターの立地条件として、この地域の特徴を見ておく必要がある。

 愛知県豊橋市は南に遠州灘、西に閉鎖性海域である三河湾に接し、人口37万人、名古屋に次ぐ県内第2の都市である(図1)。ここでの畜産は海洋汚染や都市住民との共生という重い課題を背負わされている。しかも農業産出額は496億円で市町村別では全国1位(過去20年以上も)、畜産産出額は142億円で全国5位という農業都市となっている。豊橋市は渥美半島の入り口にあるが、隣接する田原市の農業生産額は全国4位、またその隣の渥美町は3位という具合に、農業・畜産の濃密な生産地帯を形成している。つまりこの地帯は家畜ふん尿の一大「生産地」であると同時にその需要地帯でもあるという2つの性格を持っている。

 渥美半島の農業は半島を貫通する豊川用水を背景に、花、野菜、稲作など多岐にわたってっており、種類や作型が多様で、品質についてもニーズは多様である。需要家も多いがそれ以上に畜産農家が多く、たい肥は決して売り手市場ではない。渥美半島からは「たい肥が押し出されてくる」のが現状で、たい肥をめぐって販売競争、品質競争が熾烈な地帯であるといってもよい。

図1 豊橋市の位置

(3)分散配置方式を選んだ理由

 
 
設立当初のたい肥センターの外観

 昭和58年頃、混住化が進む中で畑がふんの捨て場になっているという現実があり、ふん尿処理施設を作りたいという声が高まり、組合の重点項目にもなっていた。平成2年から3年にかけて、管内に1グループ3戸から成る13カ所のセンターを設置した(図2)。国の広域畜産環境事業の他、県、市の補助事業も活用、事業費5.4億円、補助率80%(国50、市30%)と条件は有利であったが、設置方式で難航した。大型施設を集中的に設置するのが常識と考えられ、国の方針もそうであったことから、小規模施設の分散設置は非効率ということで、行政の理解が得られなかった。事業実施区域は市面積の4分の1程度に過ぎないが、分散している酪農家が集中して利用するには遠すぎること、大きな敷地と環境が確保できないと主張した。曲折の後、結局、うち3カ所にメインセンターを併設し、他のサブセンターで生産したたい肥の販売拠点とすることで折り合いがついた。このため、各センターの規模はそれほど大きくない。

図2 たい肥センターの配置図

(4)運営主体は3人単位の小グループ

 各センターの運営主体は、はしがきで述べた分類ではJA(ここでは酪農協)ではなく、「営農集団」である。13グループは農事組合法人「豊橋酪農リサイクル組合」を構成している。しかし酪農組合がたい肥センターの設立や運営に係わることについては、当時、組合内部ですら組合本来の業務から逸脱すると反対する空気があり、組合一丸となっての支援体制には少し時間がかかったという。組合は設立に大きな役割を果たしたが、運営の主体はあくまで組合員のグループにある。

 その後、平成6年度には新たに5グループが5カ所のセンターを設置、農事組合法人「豊橋バイオたい肥組合」を結成している。この組合もやはり分散型で、経験に学んで最初からメインとサブの区別は付けていない。当初予定したメインセンターの販売機能は各サブセンターが自己完結的に行う方式になっている。この方式はやがて「豊酪方式」といわれるようになり、全国から見学が殺到することになる。ちなみにこの組合は平成9年度「ゆたかな畜産の里づくり」選定事業で農林水産大臣賞を、平成10年度畜産大賞地域振興部門で最優秀賞を授賞している。

2.センター運営の現状と特色

(1)組織と装備

 たい肥センターの組合は2つ。平成2、3年にできた「豊橋酪農リサイクル組合」は13グループ、各グループ3戸ずつで39戸、平成6年に出来た「豊橋バイオ堆肥組合」は5グループで15戸、計54戸の酪農家などがいずれかのセンターに所属していることになる(図3)。組合員の96戸に対して利用者率は56.3%と比較的高い。

図3 たい肥センターの組織とたい肥流通

 
 
現在のたい肥センターのひとつ

 センターの設置場所はその土地の所有者である酪農家とし、これに2戸を加えて3戸で1グループを構成している。各グループはたい肥場の他、運営に必要な車輌、機械を一式持つなど、装備の点では大きな違いがない(但しメインセンターはメインとしての機能の分だけすこし大きい)。当初はサブセンターが生産したたい肥をメインに持ち込んでそこから売ることにしたが、サブごとの品質格差や耕種農家との連携もあり、必要に応じてサブに単独販売機能をもたせている。

 各センターの装備は、最初にできたリサイクル組合の場合、それぞれ1〜2棟のたい肥舎(1グループ平均758m2)をもち、ブロワー2〜3台、ショベルローダー各1台の他、メインセンターにたい肥運搬車、マニアスプレッダーを配置し共用することとなっている。たい肥舎の面積は全国平均の1,530m2(前出農水省調べ)の約半分と小さい。

(2)各センターは独立採算

 各センター構成員は組合(農事組合法人)に対して利用料を支払う。つまり減価償却費、光熱費、車輌運搬費など、各センターでかかった費用で、農事組合法人が支払った分から、たい肥の販売額を差し引いた残額が利用料となる。利用料はたい肥2t車1台3,000円が基準であるが、組合を通したたい肥の販売額が多くなればそれだけ各センターの負担は少なくなる。その場合、たい肥の売上を差し引いた残額が実質の利用料となる。

 
 
左から林支所長、筆者(新井)、酪農家夏目さん、阿部庶務課長

 2つの組合の決算書を見ると、いずれも欠損額はわずか、実質収支トントンに近い。貸借対照表にも大きな繰越損失額は計上されていない。組合が徴収する利用料は、組合が所有し各グループが使用している施設の減価償却費・修繕費、車輌運搬費、水道光熱費などで、これからたい肥販売収入を差し引いた額を利用度に応じて各センターに割り振っているのであるから、組合に赤字が生ずることはない。損益発生場所は組合ではなく、各たい肥センターにあると言うことになる。

 各センターのたい肥売上はその全量が組合を通すわけではなく、自家消費や独自のルートで販売されるものがあり、実質的な損益は各グループで発生している。さらにグループによっては個人別に販売先を持っているところもある。そうなると、グループ内でも個人によって損益には差が生ずることになる。

 要するに、施設を所有する農事組合法人の経理は施設利用料の徴収によって収支が均衡するようになっているが、各グループの損益はそれぞれの営業成績で差がつく仕組みになっている。言い換えると、運営権と経営責任が同時にグループに与えられていて、実質的に独立採算性になっているといってもよい。

(3)グループごとに製造、販売

 製造と販売はグループごと、ないし個人ごとに行われる。顧客の開拓、製品の受け渡しなど、すべて責任を持って行う。取り引価格はそれぞれ相対で決められ、組合で統制はしていない。よい製品を作って、高く売るように、競争しているとも言える。

 センターの施設を個人別に仕切って、独自の品質管理、顧客対応を行っているところがグループ単位で行うところより多くなっている。購買者(需用者)が求める品質に見合った製品作りを各センターや個人が行っているため、供給と需要のミスマッチが少なく、全体として大きな需要を生み出しているのである。

 当初案ではたい肥の製造期間を3カ月とみなしていたが、実態は3〜6カ月と差が出てきている。それはユーザーが多様で、求める製品の品質が異なるためである。たい肥の需要も活発だが供給も多いため競争が激しく、ユーザーの意向を大事にしなければ売りさばけないからである。販売先の求める品質にマッチするよう、たい肥の生産技術(水分調整材の混入率、切り返し回数、熟成期間など)に相当の努力を払っている。

 また実需者への直接販売だけに頼れないため、肥料業者に対し製品素材として大量に一括卸売りも行っている。数量的にはこれがもっとも多い。この地域には多くの業者(園芸資材販売)がいることが特長である。加工度を高め袋詰めにしたりして小売品を製造すれば、付加価値が高まることはわかっているが、労力と施設の面でそこまでは無理、行っているのは1グループのみである。業者は車単位でバラで購入、加工、包装してホームセンターへ販売する者もあれば、県外へ売り込む者もある。業者は品質にうるさくなっており、6カ月物でないと買わない傾向がある。業者を相手にすることで高品質化の努力が加速されたと言える。

 たい肥の価格は、規制によってたい肥化がすすみ全国的に値下がり気味であるが、ここでも例外ではない。たい肥の販売価格は2t車1台5,000円が基準であるが、8〜9,000円で売っている例もあり、多様化している。価格はすべて品質によって決まり、品質レベルを左右するのは野菜作農家などユーザーのニーズである。

3.新たな問題点の発生と対応

 こうしてたい肥センターはいまや豊橋支所にとって欠かせない重要な役割を果たしている。しかし、設置後の情勢の変化によって、ここに新しい問題も発生している。どのような変化が起こったか、数字で見てみよう(表1)。

表1 計数から見た豊橋支所の変遷
(注) 1.愛知県酪農協豊橋支所の資料から作成。
   2.端数切りすてで計算したため計算結果に不整合がある。 

 
表2 出荷乳量別農家数の変化
 
(注)愛知県酪農協豊橋支所調べ 

 豊橋支所の生乳出荷量(集乳量)は平成8年度をピークに減少しており、これは全国の傾向と一致する。この間(平成2年度対14年度)に、表には示していないが、管内の乳牛頭数は5,565頭から4,679頭へ16%も減少している。これだけ見ればふん尿処理の困難性は緩和に向かっているように見えるが、そうではない。第1に、この間に1戸当たり飼育頭数が約10頭増加し、多頭化が進んでいるからである。平成2年当時、1戸当たり最高でも600トン止まりであった生乳出荷量が最近では1,000トンを超える生産者も出てきて、階層分解が進んでいる(表2)。第2に、さらに1頭当たり乳量が同期間に約1,500キログラム増加しているが、このことは飼料給与量の増加、ふん尿排出量の増加に結びついていることを想像させる。第3に、水分調節のためにオガくずなどの調整材の投入が増加していることもふん尿量の増加要因となっている。

 ふん尿量の増加と並んで、たい肥舎の回転率が悪くなっていることも問題である。第1に、需要に季節性があるため、一時的にセンターの在庫が満杯になる。これはどこでもあることだが、第2に、規制強化により、従来行ってきた一時的な露天のたい積もできなくなってきていること、第3に、熟成度の高い品質のよいものでないと売れないため、たい肥の製造期間が長くなっていることが挙げられる。ちなみに当初の計画は3カ月で1回転であったが、実際は3カ月以上、最長6カ月かかっている。

 そこで高品質化、滞留期間の短縮のため、個人で乾燥施設を持ったり、あるいは規模拡大によりセンターにふんの全量を持ち込むことができなくなった経営がやはり個人で施設を作るケースが出てきている。メンバーの半数が何らかの個人的な増設を行っている。この追加投資は当時予想されなかったもので、二重投資と言えなくもない。しかし個人の施設とセンターを使い分けることによって、機能分担しているとも言えるわけで、センターから離脱して「独立」するような気配は全く見られない。

個人が作ったふん乾燥施設

4.むすびー豊酪方式の成功要因

 行政が主導した大規模集中生産方式に対し、この組合はあえて小規模センターの分散配置方式を主張し、一部にメインセンターを付けるという妥協もしたが、14年経過した今日、設立時の判断の正当性が立証されたといえる。しかし成功した原因は分散配置したことだけでけではない。

 センターの立地場所を土地提供者としたことで、周辺住民との汚い、くさいとの苦情を回避したこと、その土地提供者と親しい人でグループ化し、かつ3人というまとまりやすい人数にしたことも成功の一因であろう。センターへの距離より人間関係の近さを重視したのであるから、物流の効率から見ると一見不合理のようであるが、これがセンター運営の円滑化に大きく貢献したのである。

 しかし最大の要因は、運営の実権と責任をグループに帰属させ、グループの自主的運営にゆだねたことであろう。18カ所のセンターは2つの農事組合法人に組織されているが、運営の実権と責任は各センターにある。まして大規模センターをつくって、農協や自治体が運営の主体となり、農家は生ふんを搬入するだけで、利用料さえ払えばよいという、運営者と利用者を分けてしまうやり方とは全く正反対である。

 しかもさらにグループの中の個人が品質向上や販路確保で努力すれば、それぞれが報われるという余地が残されている。責任と実益が個人段階でも自覚されており、集団の中に埋没して無責任になるということがないようになっている。豊酪方式が提案されたときにここまで意識されていたかどうかわからないが、分散方式が自主運営を生む下地になったことは確かであろう。横溝功氏(岡山大学農学部教授)は、「豊酪方式は個々の酪農家が持つ潜在能力や個性を引き出すことに成功している。」と評価し、成功要因として「市場原理を適正に導入したことが大きい」と分析している(本誌2001年1月号)。

 公共性のある共同施設はいろいろあるが、運営主体と利用者(生産者)が対立、矛盾するケースが多い。その意味でもこの事例の経験には、学ぶべき点が多くある。

 最後に、この度の取材に際し、ご協力いただいた愛知県酪農農業協同組合豊橋支所をはじめ調査先農家などの多くの方々に厚く御礼申し上げます。


元のページに戻る