★ 農林水産省から


「乳用種に係る肉用子牛生産者補給金制度の
運用の在り方に関する研究会」報告書の概要

農林水産省生産局畜産部食肉鶏卵課
課長補佐 藁田 純




 肉用子牛生産者補給金制度は、わが国の肉用牛経営にとって基幹的な制度であるが、制度創設後、15年近くが経過し、乳用種に係る制度運用に関しては、種々の問題が関係者から指摘されている。そこで、肉用牛生産者、消費者、学識経験者などから成る「乳用種に係る肉用子牛生産者補給金制度の運用の在り方に関する研究会」が農林水産省によって主催され、本年5月より6回にわたって議論を重ねた結果の報告書が取りまとめられた。本稿では、この研究会報告の概要を紹介する。


1.はじめに

(1)乳用種牛肉については、酪農経営から生まれるヌレ子を育成・肥育して生産されるが、手ごろな価格の国産牛肉として我が国の牛肉生産の約4分の1を担ってきた。[図1]

 乳用種牛肉の肉質は、一般的には米国産牛肉以上との評価を得ながらも、肉質のバラツキがやや大きく、かつ、小売・流通業者が求める定時定量供給やロット対応などの「取引上の利便性」の点では米国産牛肉の方が優れていたことから、価格面ではかなり厳しい状況にあった。

図1 乳用種牛肉生産の流れ


(2)一方、肉用子牛生産者補給金制度は、平成2年に創設されてから15年近くが経過し、乳用種に係る制度運用に関して種々の問題が顕在化している。具体的には、(1)乳用種の保証基準価格が生産コストを上回る水準に設定されるようになってしまったこと[図2]、(2)一時的ではあるが、子牛育成経営における原材料であるヌレ子(体重50キログラム程度)が製品である子牛(体重270キログラム程度)の価格を上回る、いわゆる、価格の逆転現象が現れたこと[図3]、(3)恒常的、かつ、多額の補給金が交付されていることの三つが大きな問題点として関係者の間で認識された。

図2 保証基準価格の水準と生産コストの比較
図3 乳用種の枝肉価格、子牛価格及びヌレ子価格の推移


(3)本年3月の食料・農業・農村政策審議会の畜産物価格等部会において、「乳用種の牛肉の生産、流通、消費の実態や今後の見通しを検証した上で、乳用種子牛の保証基準価格の算定方式の在り方などについて検討し、適正な方式を導入する」旨、審議会の建議に盛り込まれた。これを踏まえ、乳用種に係る補給金制度の運用の見直しを検討するための研究会を本年5月から開催し、現地視察も含めて6回にわたって検討を行い、その結果を報告書として取りまとめた。研究会としては、本報告書が乳用種牛肉の再評価やこれからの販売戦略に活かされ、さらに、補給金制度の運用が国民一般に理解されうる形に改善されることを切に希望する。

2.乳用種牛肉の果たしてきた役割と将来展望


乳用種牛肉の果たしてきた役割

(1)酪農経営を営んでいく中で必然的に生じるヌレ子は、かつては出生直後にと畜され食肉加工品の原料として利用されていたが、わが国の牛肉需要の急速な増大に対応して、貴重な牛肉資源として活用されてきた。その後、牛肉の輸入自由化やウルグアイ・ラウンド農業合意などによって輸入牛肉との競争が激化し、乳用種牛肉の枝肉価格も相当程度低落したが、肉用子牛生産者補給金制度[図4]や肉用牛肥育経営安定対策(いわゆる「マルキン制度」)などの経営安定対策に支えられつつも、わが国の牛肉生の約4分の1を担ってきた。

図4 肉用子牛生産者補給金制度の仕組み


乳用種牛肉に対する評価

(2)乳用種牛肉の将来展望を考える上で、(1)乳用種牛肉の実需者が誰であり、また、どのような形で消費されているのか、また、(2)実需者からどのような評価を受けているのか、すなわち、乳用種牛肉のいかなる点に価値を見いだし、いかなる点に不満を感じているかを把握することが極めて重要である。乳用種牛肉の用途としては、量販店や生協などを通じて家庭のテーブルミートとして消費される割合が大宗を占め、外食や加工向けの割合は低い。[図5]

図5 国産牛肉の消費構成割合
家計消費全体における品種構成
出典:食肉鶏卵課調べ(平成14年)、日本食肉消費総合センター調べ(平成14年)
 注:「乳用種等」には、交雑種を含む。


(3)乳用種牛肉は「国産牛肉」の形で表示・販売されている例が多いが、消費者は、「輸入牛肉」と比べて「国産牛肉」は、「おいしい」、「新鮮」、「安全・安心」とのイメージを持つ一方で、「価格は高い」と感じている。[表1]

表1 国産牛肉と輸入牛肉に関するイメージ
                           出典:(社)中央畜産会
                           「牛肉の選択基準や乳用種牛肉に関する消費者の意識調査」


 また、流通・小売業者などの実需者に対するインタビュー調査によると、実需者は、乳用種牛肉を交雑種牛肉と米国産牛肉の間に位置するものとして捉えている。[図6]

図6 乳用種牛肉の位置付けと評価


[乳用種牛肉に対する評価]

・肉質は米国産牛肉の大宗を占める「チョイス」よりは上で、最高級格付である「プライム」と同程度である。[図7]

図7 米国産牛肉の格付


・国産の方を安全であると感じる消費者が多い。

・牛肉を発注する際の取引条件(スペック、ロット、納期など)に対する対応力、すなわち、取引上の利便性の点では、米国産牛肉の方が優れている。

・肉質等級が2等級の乳用種牛肉でも、味の点では輸入牛肉よりも概して優れているが、全体としてやや肉質のバラツキが大きい。特に、ドリップ(肉汁)が出やすい肉は売りにくいので、なるべく締まりの良い肉を生産して欲しい。[図8]

図8 国産牛肉の肉質等級別の格付割合(15年)

 

乳用種牛肉の販売方法・戦略

(4)流通・小売業者などの実需者は、これからの乳用種牛肉の販売方法・戦略について、次のような方向を指向している。

[これからの販売方法・戦略]

・これからの方向性としては、「低コスト化」と「高品質化」の2つに分けられるが、いずれにしろ実需者のニーズに合わせて考えることが大切である。品質については、肉質等級は3等級までは求めず2等級で良いから、締まりの良い肉が欲しい。

・本年12月より、小売段階でもトレサ制度が施行されるが、この施行によって消費者・流通業者の安心感を向上させる面の効果が期待できる。トレサ制度によって生産履歴が明らかになることから、生産者・流通業者にとってはブランド化が進めやすくなる一方で、生産者・流通業者の自己責任が明確になる。

・今後は、「トレサ制度を軸とした情報提供 → 安心感の醸成 → 高付加価値化と輸入牛肉との差別化」を指向すべきではないか。[表2、3]

表2 消費者の「トレサ制度」に対する認知度
表3 消費者が「トレサ制度」に期待すること(複数回答)
                           出典:(社)中央畜産会
                          「牛肉の選択基準や乳用種牛肉に関する消費者の意識調査」


(5)このような実需者からの評価などを踏まえると、乳用種牛肉については、その肉質や安心感の点では、米国産牛肉以上との評価を得ており、手頃なテーブルミートとして期待されている。しかしながら、乳用種牛肉生産は、補給金制度やマルキン制度からの多額の財政支出によって支えられている側面があり、「生産コストの低減」と「高付加価値化」の両面から積極的に取り組んでいくことが必要である。

 より具体的に言うと、今後の販売戦略としては、(1)価格競争力の強化、(2)肉質の向上、(3)肉質以外の面からの付加価値の向上の3つの側面からそれぞれ真剣に検討していく必要がある。そのためには、実需者が求める肉質を確保しつつも、その肉質を実現するために要する生産コストの低減に真摯に取り組んでいくことが重要であるが、乳用種牛肉の肉質については、脂肪交雑の点では限界があり、実需者も乳用種には交雑種や和牛ほど高い肉質を求めているわけではないことに留意する必要がある。

 さらに、肉質以外の面からも付加価値を高める方向を模索していくべきであり、特に、トレサ制度を活用した情報公開を通じて消費者に安心して購入してもらえるような環境作りが今後特に重要になるものと考えられる。

[乳用種牛肉の販売方法のイメージ]



 本年12月より、小売段階においてもトレサ制度が施行され、牛肉の生産流通履歴を把握できるようになる。[図9] このことは、消費者により安心して牛肉を購入してもらうことができるようになるとともに、トレサ制度を軸とした情報提供を進めることによって、より信頼性の高いブランド化を進めていくことが可能となり、生産・流通段階における積極的な活用が期待される。[図10]

図9 牛肉トレサ法の個体識別データベースと連携したこれからの乳用種牛肉生産システム
図10 トレサ制度を活用したより信頼性の高いブランド化の事例

 

3.補給金制度の果たしてきた役割

(1)補給金制度は、わが国の肉用牛生産、すなわち、乳用種にあっては、子牛育成経営と肥育経営の安定を図るために創設された。牛肉の輸入自由化後、乳用種牛肉の枝肉価格も相当低下したが、補給金制度は、肉用牛生産者の経営安定と再生産確保において重要な役割を果たしてきた。特に、12年の口蹄疫の発生、13年の国内BSE発生の際には、肉用牛経営におけるセーフティーネットとして極めて有効に機能した。

(2)また、本来的には肉用牛経営を支えることを予定した制度ではあるが、育成経営にとってのもと畜、すなわち、ヌレ子の購買活動を通じて、結果的にヌレ子を買い支えてきた側面もある。しかしながら、近年、酪農経営において、生産規模の拡大や乳牛1頭当たりの生乳生産量の増加に伴って、生乳の販売収入などが大きく増加する中、ヌレ子販売収入の占める割合はかなり減少してきている。[図11]

図11 酪農経営1戸当たりの販売収入の内訳(北海道の平均的経営における推計)
注:農林水産省「農家の形態別にみた農家経済」、「農業経営部門別統計」などによる推計である。

 

4.補給金制度運用上の問題の顕在化と保証基準価格の算定方法


乳用種における問題の顕在化

(1)これまでの制度運用の中では、品種によって補給金の交付状況は大きく異なり、黒毛和種については、市場価格が大きく低落した時期に限って交付されてきたのに対して、乳用種については、相当額の補給金が恒常的に交付されてきた。[図12]

 乳用種牛肉は、国際競争激化の影響を大きく受けた品種であり、補給金交付の頻度、あるいは、その単価水準が高くなるのは、ある程度までは致し方がない面もあろうが、より一層の自助努力が必要ではないかとの指摘がある。

図12 平均売買価格の推移と生産者補給金の交付状況



(2)また、平成12年以降、枝肉価格と子牛価格の間の連動は見られるものの、子牛価格とヌレ子価格の間の相関関係がややあいまいになり、一時的ではあるが、ヌレ子価格と子牛価格の逆転現象、すなわち、原材料の方が製品より高いという現象が生じた。

 このような現象が生じた理由として、育成経営が自らの経営を維持・継続していくためには、一定の出荷頭数を確保する必要があり、そのためには多少価格が高くともヌレ子を手当せざるを得ないという事情も挙げられる。しかしながら、通常では考えられない原材料と製品の逆転現象が生じた基本的要因は、生産コストを上回る水準まで補給金が交付され、その結果、ヌレ子価格が上昇し、さらに子牛価格が下がってもヌレ子価格が下がらなかったことにあるものと考えられる。

(3)補給金制度は、子牛価格が下落した際に一定の補給金を交付することによって、肉用牛経営におけるセーフティーネットとして大きな役割を果たしてきた。しかしながら、最近の運用状況などを検証したところ、補給金制度発足後、規模拡大の進展などによって生産コストが急速に低減したが、このコスト低減が保証基準価格の算定に十分には反映されず、保証基準価格が生産コストを上回る水準に設定された結果、再生産を確保するために必要な水準を超えて補給金が交付されている。[図13〜15]

図13 乳用種育成経営における規模別飼養頭数シェアの推移
出典:農畜産業振興機構調べ
図14 酪農経営におけるヌレ子生産に要する経費(平成15年)
出典:(社)中央畜産会「乳用種ヌレ子生産費用調査」、農林水産省「農業物価統計」
図15 各段階における再生産可能な水準としての生産コストの検討

 

(4)また、育成経営にとっては、子牛価格が生産コストを大きく下回る水準でしか販売できなくとも、補給金制度によって一定水準までの収入が確保されることから一部の育成経営に対しては、ややもすると、子牛の資質向上努力を阻害している面も懸念されるところである。今後は、実需者からのニーズに応じた乳用種牛肉生産を進めていくためには、肥育経営と育成経営の連携を強化し、肥育経営が子牛に対して求める資質を満たすべく、育成経営におけるより一層の資質向上努力が期待される。さらに、ヌレ子段階の飼養管理の良否がその後の育成・肥育にかなりの影響を及ぼすが、酪農経営においても、今後より一層飼養管理技術の向上を図っていくことが期待される。


算定方式見直しの基本方向

(5)乳用種に係る補給金制度の運用についての種々の問題が生じている原因としては、補給金制度発足後の生産コストの低減が保証基準価格の算定に十分には反映されていないことにあるもの。そこで、保証基準価格の算定方式[図16]を見直す必要があるが、乳用種牛肉がわが国の牛肉生産において果たすべき役割と補給金制度の趣旨を踏まえると、特に以下の3点に留意して見直していく必要がある。

図16 現行の算定方式とその算定要素


[見直しに当たっての基本的な留意事項]

(1) 乳用種牛肉がわが国の牛肉生産において、大きな役割を果たしてきたことを踏まえて、また、本制度の趣旨に従って、育成経営にとって再生産可能な水準を見極めた上で、その水準が確保されること

(2) 育成経営における子牛の資質向上努力を阻害することなく、かつ、もと畜であるヌレ子の取引において子牛の需給状況が的確に反映されること

(3) 補給金制度によって多大な財政支出がなされている現状にかんがみ、納税者である国民の理解が十分に得られる形での運用が実現されること

具体的に見直すべき点

(6)保証基準価格の算定方式の要素としては、(1)基準期間の農家販売価格、(2)生産費指数(生産コストの変化率)、(3)農家販売価格から市場取引価格への換算係数の3つがある。このうち、(2)の生産費指数については、乳用種の生産コストが大きく変化してきたのに対して、生産費指数が硬直的であり変動を十分に反映できていないなどの問題が生じており、その推計方法を見直すべきである。見直しに当たっては、生産費指数を構成する要素のうち、労働費ともと畜費の推計方法が重要である。

 労働費については、近年、育成経営における大規模化が急速に進み、相当程度低減したものと考えられるが、これまでの推計ではこの低減が十分には反映されていないため、規模拡大に伴う労働費の低減などをより反映できるよう推計方法を見直すべきである。また、もと畜費については、生産コストに占める割合が高く、かつ、ほかの費目と比べて、その変動の幅も大きいことから、より適切に推計する必要がある。


5.終わりに

(1)研究会では、わが国の牛肉生産の約4分の1を担うまでに成長した乳用種牛肉の位置付けとその市場性について再確認し、さらに、今後の将来展望について議論した。これからは、消費者にいかに安心して消費してもらえるかが重要であり、トレサ制度のスタートが信頼性の高いブランド化を進めるための良い機会であり、関係者が協力して取り組んでいく必要があることなどが確認された。

(2)肉用子牛生産者補給金制度については、肉用牛経営に係るセーフティーネットとして十分な機能を果たしてきたが、乳用種に係る運用については、種々の問題が生じていることが確認された。乳用種に係る問題が生じた原因としては、保証基準価格が乳用種育成経営の規模拡大などに伴う生産コストの低減を十分に反映できずに、生産コストを上回る水準に設定されていることにあることが確認され、その推計方法の問題点について議論し、その見直し方向についての結論を得た。

(3)本研究会としては、今回の議論がこれからの乳用種牛肉の生産、販売方法に活かされ、また、乳用種に係る補給金制度の運用が国民一般に理解され得る形に改善されることを強く希望する。


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