このたび、肉用牛の広域後代検定による共同利用種雄牛の能力評価値(育種価)がわが国で初めて公表された。そこで、肉用牛広域後代検定の事業が開始された背景と併せて、事業の内容や共同利用種雄牛について紹介する。
1.はじめに
国が肉用牛の改良を目的に行う補助事業として、平成11年度から肉用牛広域後代検定推進事業(現:肉用牛広域後代検定)が実施されている。この事業は、今まで都道府県単位で行われてきた種雄牛造成を、育種資源の多様性を活用しつつ、選抜の強化を図ることによって能力の高い種雄牛を作出する事業である。成果については、優良な育種資源を広域的に利用し、かつ全国規模での能力評価体制を確立することにより、さらなる県域を越えた高能力種雄牛の造成・利用を促進するものである。このように、肉用牛の全国レベルでの能力の向上と広域的な利用を図ることにより、高品質牛肉の低コストで安定的な生産性の向上を図り、輸入牛肉に対する競争力を高めることを目的としている。
2.広域後代検定事業開始の背景
(1)種雄牛造成・利用上の課題
県単位での種雄牛造成は、基本的に県内の遺伝資源を利用している。しかし、図1に示したように、肉用牛子取り用雌牛の全体の飼養頭数は平成5
年をピークに減少している。最近徐々に増加する傾向にはあるが、顕著な増加が見られるのは、北海道と沖縄だけであり、その他の地域では、横ばいないしやや減少傾向である。また、主要な種雄牛の生産地域である中国地方での減少が著しく、この15年間程で約半数にまで減少している。このように、県内の改良用雌牛頭数が減少してきている中で、種雄牛造成用の雌牛側の遺伝資源については限られてきている状況にある。また、造成された候補種雄牛については、県域という小さな単位の中での選抜であることから選抜圧が低くなり、改良速度の停滞を招いていると考えられる。
選抜された種雄牛の利用についても、県内に限定して利用する状況が多く、限られた種雄牛を多用することによる供用期間の長期化(改良速度の停滞)や近交度の上昇が懸念される。もし、優秀な種雄牛が作出された場合にも、県外への供用が制限されることにより、これら優秀な遺伝資源の波及効果が小さく、国全体のベースアップにはつながらない状況にある。
一方、県を超えた種雄牛の能力の比較ができないことから、全国水準での能力が不明瞭なため、低能力牛の温存につながる可能性も指摘されていた。
図1 肉用牛子取り用雌牛頭数の推移
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資料:畜産統計:農林水産省大臣官房統計部
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(2)広域化のメリット
これらの問題点に対比させて考えた場合、検定・評価の広域化を行った場合の利点として、
(1)より多くの種雄牛から共同で利用が可能な種雄牛(共同利用種雄牛)を選抜するため、能力の高い種雄牛が選抜できる
(2)毎年新しい共同利用種雄牛が出てくるため、利用できる種雄牛に幅ができ、特定の種雄牛への利用の集中が回避できる
(3)種雄牛の能力を共通の土俵で比較するため、改良のレベルを把握できる
などが挙げられることから、都道府県の枠を超えた後代検定・能力評価の実施による改良効率の向上および育種資源の確保と有効利用を通じた、全国ベースでの能力の向上を目的として広域後代検定が開始された。
3.事業の具体的内容
(1)検定方法
検定方法は、基本的に(社)全国和牛登録協会の検定方法(表1)に従い、ステーション検定(間接法)とフィールド検定(現場後代検定法及び一般肥育を含む)の
2つの異なる方法を採用しており、能力評価値も検定方法別に推定されている。しかし、間接法から現場後代検定法へ移行している検定実施県が増加していることや、物差しの統一が望まれていることから、平成17年度の調整交配(調査子牛を生産するための交配)からは、フィールド検定に一本化することとなっている。この移行過程措置として、フィールドにおける一般肥育牛のデータを用いた広域後代検定への参加も認めている。
表1 後代検定方法の比較
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*一部抜粋・要約(和牛登録事務必携:社団法人全国和牛登録協会.H12)
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(2)広域後代検定参加県
現在、23道県が国の事業で黒毛和種の検定事業を実施しているが、そのうち広域後代検定に参加しているのは20道県(ステーション検定5県、フィールド検定15道県)である(図
2)。
(3)検定から選抜まで
検定成績と血縁情報が広域後代検定参加道県から家畜改良センターに提出され、アニマルモデルBLUP法により遺伝的能力評価が行われる(図3)。これらの検定成績・能力評価値などを基に、改良専門委員会と中央協議会を通じて共同利用種雄牛の選定が行われる。遺伝的能力評価方法についての詳細は、家畜改良センターのHP(http://www.nlbc.go.jp/)に掲載している。
(4)共同利用種雄牛
共同利用種雄牛の選定に際しては、検定成績および能力評価値のほか、特定形質系統(希少系統のうち、維持改良する必要があると国が認める系統)の種雄牛の遺伝子保有率も考慮されており、遺伝的多様性の確保にも配慮している。
ステーション検定では検定成績と能力評価値が、フィールド検定では能力評価値が、また、共通項目として特定形質系統の遺伝子保有率が選定基準の対象となっている(図
4)。
これらの要件のいずれか1つでも満たしている種雄牛の中で、広域後代検定実施道県から精液の利用希望がある種雄牛および改良専門委員会が特に必要と認める種雄牛が共同利用種雄牛に選定されている。今回公表された評価値は、こうして選定された35頭のものであり、今後も定期的に公表していく予定である。
図4 共同利用種雄牛選定基準
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注1):DGとは1日平均増体量(Daily Gain)のこと。数字が大きいほど増体能力が高い。
注2):TDNとは、可消化養分総量(Total Digestible Nutrients)のこと。飼料中のエネルギー量を示す。TDN要求率は、1kg増体するのに必要なTDN量のことで、TDN要求率が低いほど飼料利用性が高い。
注3):BMS(No.)とは、牛肉の脂肪交雑の程度を示すもの。12段階に分かれ、数字が大きいほど、サシ(筋束や筋繊維間に蓄積された斑点状の脂肪組織)が細かくて多く、上級とされる。 |
(5)共同利用種雄牛の利用について
選定された共同利用種雄牛の精液は、全都道府県からの希望を基に、家畜改良センターが精液の利用調整を図った上で、(社)家畜改良事業団が精液の取り扱い窓口となり、共同利用種雄牛所有道県から利用希望のあった都道府県へ配布される(図
5)。
4.能力評価値(育種価)利用についての注意点
この事業で公表される育種価は、県単位で評価している育種価とは評価に用いている集団が異なることから比較することはできない。また、育種価は評価時点で利用可能なデータに基づいた推定値なので、新たなデータが追加されることによってその値は多かれ少なかれ変動する。育種価を利用する際には、育種価の正確度や、信頼幅(真の育種価が特定の確率で入る幅)を事前に確認するなど、十分な注意が必要である。評価に用いた調査牛の数や育種価の信頼幅などについての詳しい情報は、家畜改良センターのHP(http://www.nlbc.go.jp/)に掲載している。
5.おわりに
広域後代検定は、都道府県の枠を超えた優良な育種資源の確保・有効利用と高能力種雄牛の造成・利用を促進することにより、全国ベースでの肉用牛の能力の向上、高品質で低コストな牛肉を安定的に生産することにより、輸入牛肉への競争力を高めることを目的としている。今後も、遺伝的多様性の確保に配慮しつつ、育種資源の有効な利用と種雄牛造成のあり方などについて、育種県、関係団体、国が協力しあい、発展させていく必要があると考えている。評価値の公表を機に、より多くの皆様のご理解、ご協力を賜りますようお願いしたい。
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