◎専門調査レポート


流通事情

耕畜連携による
稲WCS(ホールクロップサイレージ)生産システムの確立

岡山大学大学院環境学研究科
教授 横溝 功


はじめに

 平成16年の稲発酵粗飼料(ホールクロップサイレージ以下、「稲WCS」と略す)用のイネの 作付面積は、平成15年の作付面積(5,200ヘクタール)を下回る。順調に伸びてきた稲WCSにも陰りが見られる。(注 1)この背景には、水田転作にかかわる助成が大きく削減したことがある。わが国の農作物作付延べ面積は450万ヘクタール弱、うち飼肥料作物は100万ヘクタール強である。これらの数値と稲WCSの面積を比較すると、確かにけたが違う。しかし、(1)主食としての米の需要の減少傾向、(2)米の国境貿易措置の今後、(3)水田における米に代替する目ぼしい作目がないことを考慮すると、稲WCSはわが国の水田という資源の有効利用にとって、重要な作目の一つであろう。また、稲WCSという粗飼料の自給率向上が、わが国の供給熱量自給率の向上にもつながることになる。

  以上のように、稲WCSの展開は、わが国の農業の展開に大きな貢献をもたらすといっても過言ではない。前述のような稲WCSの停滞は、耕種農家と畜産農家の「連携」によって乗り越えていくことが求められる。確かに、稲WCSの展開に金銭的な助成が果たしてきた役割は大きかった。耕種農家には、「水田農業経営確立対策」の助成金として10アール当たり最高 7万3千円が支払われ、畜産農家には、「国産粗飼料増産対策事業」として10アール当たり2万円が支払われていたのである。これらの助成の減少が、稲WCSの作付減につながっているのである。従って、今後は助成が減少していく中での稲WCSの展開が求められるのである。

   本稿の目的は、耕種農家と畜産農家の「連携」に焦点を当てて、稲WCS生産のシステム作りに必要な要因は、助成以外に何があるかについて言及することにある。本稿で取り上げる調査対象地は、WCS用イネの最大の作付県である熊本県の中山間地域の事例である。

 
WCS用イネの生産ほ場


WCS用イネの導入・維持

 
図1湯前町の耕畜「連携」
 
 
  注:『平成14年度 全国農業システム化研究会現地実
  証調査成績書』を参照。
   

 本稿で取り上げる調査対象地の球磨郡湯前町は、熊本県の南東部に位置し、東部が宮崎県と隣接している。周囲は、九州山地などの標高1,000メートル級の山に囲まれている。町の北部を東から西へ球磨川が流れており、平坦な盆地を形成している。この盆地で稲作を中心とした農業が展開しているのである。主要な作目は、水稲、野菜、畜産、葉たばこである。

 本町の農業に対する支援は非常に熱心で、防除用の無人ヘリコプターを町で所有していることからもうかがえる。本町でWCS用イネの導入が始まったのは、平成13年度からである。熊本県、球磨農業改良普及センター、球磨地域農業協同組合(JAくま)の上球磨営農センター、湯前町の経済課の 3者が密接に協力をしながら、WCS用イネの栽培の導入を進め、稲WCS生産のシステムを強力に支援しているのである(図1参照)。さらに、平成13年度には専用収穫機を用いて収穫実演会を開催するとともに、平成14年度〜15年度には普及センターが主体となり、全国農業システム化研究会の現地実証調査事業を本町でも実施し、WCS用イネの栽培、収穫・調製、給与において貴重な知見を獲得し、現地に還元している。その結果、平成13年度の約 3ヘクタールから、16年度の約7ヘクタールへ面積を伸ばしているのである。

 
酪農グループ(右側)からのヒアリング
 
   

 本町での稲WCS生産のシステムの主役は、図1のように、葉たばこグループと酪農グループである。WCS用イネ導入の当初、地主である葉たばこグループと、酪農グループとの間の関係はそれまでは接点がなかったため必ずしも親密なものではなかった。しかし、 4年間のWCS用イネの作付け、収穫・調製作業が経過し、両グループの間には「信頼」が芽生え、耕畜「連携」が構築されつつある。

 その耕畜「連携」を維持するために、換言すれば、両者の「信頼」を維持するために、両グループの会合が年に 2回熊本県経営技術課専門技術員室の指導のもと開催されている。この会合には、前述の支援機関の3者も参画している。会合の開催は、酪農グループの搾乳が終わる夜 8時からであるが、両グループの成員が全て参画し、お互いの意思疎通を図っている。筆者は、この会合が稲WCS生産システムの維持に貢献していると考えているのである。

 異業種が一緒になって事業を行う場合、わずかな考え方の相違が、大きな対立に発展することになりかねない。それによって、事業の解消ということにもなるのである。ゲームの理論によれば、「囚人のジレンマ」と呼ばれる状態である。事業の継続が双方にとって望ましいものであるにもかかわらず、それぞれのグループが自分の利得を最大にしようと行動する結果、事業が継続できなくなるのである(ナッシュ均衡と呼ばれる)。この状況を打破するためには、お互いに「協力」することが必要になる。そして、「協力」における重要な要因が、両グループ間の「信頼」なのである。

 「信頼」を生み出すものとして、前述の両グループの会合が有効である。話し合いを持つことによって、考え方の相違がなぜ生じたかを「理解」でき、その相違を埋める「努力」が可能になるのである。この「理解」・「努力」がまさしく「協力」であり、この「協力」が「信頼」の創造につながるのである。また、両グループの「連携」を強く望んでいる支援機関が、会合へ出席することは、当然のことながら、両者の議論のベクトルを前向きなものにする。そして、いったん、両グループの「連携」が確固としたものになった段階で、支援機関によるコミットの程度が弱くなっても、「連携」はスムーズに持続されるのである。

稲WCS生産を支える助成の概要

 WCS用イネ導入の契機として、助成金の果たす役割は大きい。平成13年度の助成金と比較して、平成16年度の助成金は大きく減少している。しかし、本事例では、現在も稲WCS生産は継続している。そこで、現在の助成金の概要について簡単に整理しておくことにする。

 なお、本事例では、地主である9戸の葉たばこグループがWCS用イネを作付けし、9戸の酪農グループが糊熟期から黄熟期にかけて収穫するのである。

 耕畜連携推進対策として、10アール当り1万3千円の助成金、国産粗飼料増産緊急対策事業(稲発酵粗飼料給与技術確立型)として、10アール当り 1万円の助成金が国によって準備されている。この合計10アール当り2万3千円が、本事例の場合、酪農グループの収入になるのである。

 水田転作に対する湯前町の水田農業構造改革交付金(産地づくり交付金)は、稲WCSの場合、下記のとおりである。

基本部分 1万円/10アール+担い手部分 4万円/10アール=5万円/10アール

 ただし、交付金総額に限度があるので、調整後の配分額は、約7割の3万5千円/10アールになる。この金額が地主である葉たばこグループに支払われるのである。

 ところで、WCS用イネを作付けをしない場合でも、葉たばこグループはクリーニングのため湛水をするので、WCS用イネの作付けに要する新たな経費は下記のとおりである。

 種苗費(10アール当たり) 473円/箱×20箱 = 9,460円

 農薬費 除草剤(10アール当たり) 2,500円

      殺虫剤(10アール当たり) 100円/箱×20箱 2,000円

 種苗費に関しては、本町単独で5分の1の助成があるので、葉たばこグループの負担額は10アール当たり約7,500円になる。従って、約 1万2千円(=7,500円+2,500円+2,000円)の経費が10アール当たりに要することになる。また、葉たばこグループが負担する耕起・代かき、移植、田植え後の管理の労働を、湯前町管内の標準作業料金で評価すると、それぞれ10アール当たり7,350円、5,985円、3,000円(注 2)になる。これらの合計金額は、約1万6千円になる。従って、種苗費・農薬費の1万2千円と合計すると、2万8千円になる 。

 この2万8千円が、農機具の減価償却費や労働の機会費用も考慮に入れた、稲WCS生産に要する新たな経費であり、葉たばこグループが負担する経費でもある。

 現在、葉たばこグループが受け取る産地づくり交付金は、前述のように10アール当たり3万5千円であるので、稲WCS生産に要する新たな経費を、約 7千円上回っていることになる。

 さらに、稲WCSの収穫調製作業は、酪農グループが行っているが、前述の10アール当たり2万3千円の国からの助成以外に、本町が単独に、ラップフィルム代の全額助成を行っているのである。

有畜の葉たばこ農家の存在

 現在の葉たばこグループの代表者は有畜経営である。この農家の存在が、葉たばこグループと酪農グループの「連携」に大きく貢献している。すなわち、代表者が耕種部門と畜産部門の両方の視点を持つので、両グループの緩衝作用を果たすことになる。

 そこで、葉たばこグループ代表者であるA氏の経営の概略について記すことにする。A氏は40歳代で、湯前町の農業を支える貴重な人材でもある。労働力は、経営主であるA氏本人、夫人、義母、義妹の 4人である。A夫妻の年間労働日数がそれぞれ300日、義母と義妹の労働日数が250日である。労働力に恵まれているといえる。それ故、雇用はない。

 A氏の経営面積は、表1に示すとおりである。葉たばこ面積は125アールであるが、熊本県の葉たばこ面積の平均160アールと比較すればそれほど大きな面積ではない。葉たばこの技術水準は高く、上(規格A)が 7割、中(規格B)が3割を占め、並(規格C)の葉たばこはほとんどない。10アール当たりの売上高が平均で54万円にも上っている。

 また、葉たばこ以外に労働集約的な果菜類も栽培しており、農産物はJAの選果施設に出荷している。さらに、繁殖牛を7頭飼養しており、そのため、飼料作物も積極的に作付けしている。この繁殖牛については、将来、20〜30頭まで増頭予定であり、牛舎の新築も目指している。ただし、増頭しても自給飼料中心で飼養する方針である。ちなみに、和子牛は球磨家畜市場(錦町)へ出荷している。

表1 A農場の経営の概略
 
 
 
注1):聞き取り調査による。
注2):稲WCSの面積は湯前町役場の資料
   ※一部自家用も行っている
 
   

 飼料作以外の農機具は、ほとんど個人で所有しているが、飼料作にかかわるヘイベーラーやタイトベーラーは、共同で使用している。大きな固定資産投資を回避し、必要最低限の機械装備を図っている。ちなみに、個人所有の主要な農機具は、41馬力のトラクター、 2条刈りのコンバイン、葉たばこ収穫のための高架型作業機(AP1)、管理機・畦立機・培土機などである。

 以上のように、A氏は土地資源、労働資源を有効に利用するような複合経営の構築に取り組んでいるのである。会計面では、20年以上、夫人が簿記記帳を行い、青色申告を行っている。

 なお、WCS用イネ導入の際の葉たばこグループの代表者は、A氏ではなく前任者であった。前任者の時の耕畜「連携」の萌芽を、A氏が引き継ぐ形になっている。

 WCS用イネの作付けは、湛水だけよりも、葉たばこの品質に良いとのことであった。なぜなら、湛水だけでは、連作障害の原因である立枯菌に完全に対応できないからである。しかし、(1)WCS用イネの品種の中で、球磨地域で主流となっている専用品種「モーれつ」には脱粒をしやすいという問題があった。(2)WCS用イネの収穫のために、作業機によってほ場が鎮圧され、耕起の際にトラクターに負荷がかかるというデメリットがあった。また、(3)WCS用イネの残稈が後作のたばこ栽培において施肥設計に影響を及ぼすという問題も挙げていた。ただし、A氏によれば、葉たばこの品質の向上効果プラス産地づくり交付金( 3万5千円/10アール)が、これらデメリットと稲WCS生産に必要な経費(2万8千円/10アール)を大きく上回っているとのことであった。

 
稲WCSの生産について語るたばこ農家代表者
 
ほ場に並ぶ収穫調製後のラップサイレージ
   

 さて、A氏個人の見解では、現在の産地づくり交付金の額(3万5千円/10アール)が、今後、下がっても稲WCSに積極的に取り組みたいとのことであった。そして、将来、繁殖牛を増頭した場合には、酪農グループに収穫調製をしてもらい、自らの自給飼料として利用したいという希望を持っていた。

 前述のように飼料作のための農機具は共同利用であったが、現在、近隣の肥育経営(300頭)に、イタリアンライグラスの収穫調製を委託していた。

結束力の強い湯前酪農組合

(頭、ha)
 
 
注:湯前町役場の資料  
   

 湯前町の酪農グループは、任意組合の湯前酪農組合を結成している。現在、酪農家の戸数は9戸で、経営主の年齢は、30歳代が1戸、40歳代が 4戸、50歳代が3戸、60歳代が1戸である。なお、60歳代の経営主には、後継者が同居しており、現在、他産業に勤務している。就農については未定とのことであった。

 9戸の酪農家は、球磨地区を管轄している球磨酪農農業協同組合の組合員である。球磨地区には、ほかにも酪農業協同組合があるが、湯前酪農組合のメンバーが全て同じ酪農専門農協の組合員であることが、メンバー間の結束力を強めることにもなっている。

 9 戸の酪農家の経産牛飼養総頭数が226頭、育成牛の飼養総頭数が103頭である。1戸当たりの平均飼養頭数が、経産牛25頭、育成牛11頭ということになる。頭数規模的にはそれほど大きくはない(表 2参照)。

 酪農の技術水準は、(1)経産牛1頭当たり搾乳量が、7,500〜10,000キログラム、(2)平均乳脂率が、3.6%以上、(3)平均無脂固形分率が、8.6〜8.7%、好成績を収めている。また、(4)平均分娩間隔が、400日、(5)経産牛更新産次が、4.5産とまずまずの成績を収めている。

 WCS用イネ以外の飼料作面積(転作面積)は12.4ヘクタールで、1戸当たりの平均面積は1.4ヘクタールということになる。経産牛1頭当たりの飼料作面積は5.5アールにとどまっている。それゆえ、平成16年度における、WCS用イネ 7ヘクタール(1戸当たりの平均面積は0.78ヘクタール)の自給飼料に占めるウエイトが、いかに高いかが理解できる。ちなみに、飼料作の種類は、トウモロコシとイタリアンライグラスである。

 湯前酪農組合は、飼料作の機械について、共同で利用するなど、コスト削減に努めている。昭和44年から始まる第2次構造改善事業で7戸共同で機械を導入したことが、共同利用の契機になっている。なお、 2戸は個人ですでに機械を所有していたため、共同利用に参画しなかったのである。このような機械の共同利用に見られるように、酪農家のまとまりの良さを窺うことができる。

 現在、7戸が、飼料作の収穫調製作業に関して、任意組合のロールベーラ利用機械組合を作っている。組合では、ロールベーラ2台、ラッピングマシーン 2台、トラクター(ロールベールグラブ)1台を所有しており、2グループに分かれて組作業を行っている。出役は平等で、小さいロールの場合に700円/個、大きいロールの場合に1,500円/個のロール利用料金をロールベーラ利用機械組合に支払うことになっている。なお、ロールに大小の大きさがあるのは、ロールベーラの機種が異なるためである。

 

稲WCSの一時保管場所

 
酪農グループによる収穫作業

 たい肥処理施設については、6戸の酪農家が、共同のたい肥処理施設を建築している。たい積式で、副資材にはオガクズ・モミガラを用いている。土地200万円、建物 6千 100万円の投資であるが、耕種連携・資源循環総合対策事業と本町単独の助成で、6戸の酪農家の負担は事業費の3%で済んでいる。残りの酪農家は、 1戸が畜環リースでたい肥舎(個人)をすでに建築しており、1戸が公社営事業のセットでたい肥舎をすでに建築していた。そして、1戸は肥育農家との共同でたい肥処理施設を建築していた。以上のように、たい肥処理に関しては、後顧に憂いがない状態になっている。

 たい肥の利用に関しては、前述の12.4 ヘクタールの飼料作、たい肥・稲わら交換、耕種農家への販売で、時期的なストックの増加はあるが、年間を通じて順調にさばけている。耕種農家への販売は、現在のところ、相対で行われている。ただし、 7ヘクタールのWCS用イネには、日本たばこ産業(JT)の指導もあり、たい肥は投入されていない。

 簿記記帳に関しては、4戸の酪農家がパソコンを所有し、民間のソフト会社・熊本県酪連が開発したソフトを利用している。パソコンを所有していない酪農家は、パソコン所有の酪農家に固定資産のデータを入力してもらい、データの管理をしてもらっている。ここでも、酪農グループの結束力の強さをうかがうことができる。

 さて、酪農家は、販売用または飯米用として、現在、合計140.5アールの水稲を作付けしている。1戸当たり約16アールの作付面積である。

湯前酪農組合のWCS用イネの収穫調製作業

 前述のように、稲WCS生産に取り組むようになったのは、農業改良普及センターや支援機関からの提案があったことが契機になっているが、そのころは、宮崎県で口蹄疫が発生した時期と重なっており、自給飼料のウエイトを高める気運が、酪農家の中で高まっていたことも忘れてはならない。WCS用イネの収穫調製作業に関しては、ロールベーラ利用機械組合の農機具、 2戸の個人有の農機具を総動員して、7ヘクタールの面積を一斉に行うのである。それ故、2.5日で作業が終わるとのことであった。収穫調製された稲WCSのロールは、 9戸の農家に平等に配分される。大きいロール(120×120cm)が14個、小さいロール(100×100cm)が14個の合計28個くらいのロールが、個々の酪農家に配分される。作業時期は、10月下旬で、たい肥と稲わらが交換される繁忙期ではあるが、稲WCSの収穫調製作業が2.5日で終わるので、酪農家にとってそれほどの労働制約になっていない。 9戸の葉たばこグループによって分散して作付けされているWCS用イネに対して、酪農グループの収穫調製作業がいかに効率的に機能しているかを物語っている。

 稲WCSの乳牛への給与期間は11月から翌年の2月頃までとのことであった。給与量は、乳牛の頭数規模に応じて1日当たり0.5個から1 個である。それ故、小規模の酪農経営で約2カ月、大規模の酪農経営で約1カ月の粗飼料を、稲WCSによって供給できることになる。

 なお、酪農家による稲WCSの評価は、(1)乳量を高める、(2)嗜好性が良いと、高い評価が与えられていた。このことからも、WCS用イネが、酪農経営の中にしっかりと組み込まれていることが分かる。

 WCS用イネの品種は、平成13年度が、「モーれつ」であり、嗜好性が良く、単収も多いとのことであった。その後、「モーれつ」の種もみの入手が困難で、平成14年度は「クサホナミ」、平成15年度は「ニシアオバ」、平成16年度は「ホシアオバ」と主要な作付品種は推移した。なお、16年度は台風の襲来があったものの収量は低くはなかった。しかし、嗜好性は今ひとつで「モーれつ」を超える評価は得られなかった。WCS用イネの品種をどのようにするかが、今後の課題である。

 

牛の嗜好性も良い稲WCS

 

 さて、平成16年度まで、制度的に収穫時期は糊熟期から黄熟期までと限定されていたが、平成17年度以降、制度上の条件緩和で出穂期から黄熟期までと収穫時期が伸びるので、酪農グループにとっては、収穫適期の幅が広がることになる。また、平成15年度全国農業システム化研究会の現地実証調査事業の試験結果においても、茎葉収量は乳熟期または糊熟期に最大となることを明らかにしており、当該条件緩和は、酪農グループにとって、非常に望ましいものである。

 現在、WCS用イネの作付けは葉たばこグループが担当していて、収穫調製作業を酪農グループが担当しているが、このシステムでの継続を両グループは望んでいる。

 また、WCS用イネの作付面積の拡大については、団地化が課題である。そのためにも、他の葉たばこ農家とのより広い「連携」が求められるのである。

地域内のファームサービス市場の整備と本事例の意義

 現在、JAくま・上球磨営農センター管内の多良木町・湯前町・水上村3カ町村で、上球磨地域農業支援センターが設立されている。そして、上球磨営農センターが事務局になって、JAのスタッフ 1名が専任で業務に当たっている。この業務は、図2のとおりである。農村で従来慣行として行われていた「ゆい」や「手間換え」を、市場として整備しているのである。例えば、農作業受委託に関しては、上球磨地域農業関係賃金・標準作業料金表が作成されている。このことのメリットは、労働提供を含めたファームサービス価格が標準的な定価で公表されたという点にある(注 3)。従来、「ゆい」や「手間換え」は、農家間の労働繁閑の時期的なタイムラグを利用して、お互いの余剰労働を融通し合うことによって、より収益性の高い営農方式を採用できるところに、その意義があった。また、そのタイムラグは、世代をまたがる場合もあった。そこでは、金銭的なやりとりはほとんどなく、短期的に、または世代をまたがる長期的に、労働量の収支バランスはとれていたのである。

 しかし、第1に、農村における農家間の異質化が拡大するにつれて、長期的にも労働量の収支バランスがとれない事態が生じつつあり、ファームサービスの供給者と需要者に分化している実態がある。第2に、厳しい国際競争の下、農畜産物の価格低迷が続く中で、農機具の更新ができない、高齢の小規模農家が多く生じている実態がある。第 3に、逆に、担い手農家の中には、過剰な農機具を所有し、時期的には農機具のオペレーターとしてファームサービス提供が可能な経営が存在する実態もある。

 以上のように、従来、多くの農家は、ファームサービスの需要者であり供給者でもあった。それが、ファームサービスの需要者と供給者というように分化してきているのである。ファームサービスの需要者と供給者が、相対で取引することが基本ではあるが、需要者と供給者の情報が不完全な状態では、地域内で最適な取引をすることができない。この情報の不完全性を補うものとして、(1)上球磨地域農業関係賃金・標準作業料金表があり、(2)上球磨地域農業支援センターが仲介機関となって、登録された担い手農家への農作業の再委託という業務(図 2参照)があるのである。

図2 上球磨地域農業支援センターの業務
注:上球磨地域農業支援センターの資料

 本事例の酪農グループと葉たばこグループによる、稲WCS生産の取り組みは、上述のファームサービスとは異なり、極めて特殊なファームサービスの形態といえる。すなわち、酪農グループから見れば、葉たばこグループに稲WCS生産の耕起・整地、移植、管理作業のファームサービスを委託している形になる。また、葉たばこグループから見れば、酪農グループに稲WCS生産の収穫、調製作業のファームサービスを委託し、稲WCSを現物給与している形になる。お互いがファームサービスの需要者であり、供給者でもある。従って、このようなケースでは、市場に基づいて取引相手を安易に変更するということは不可能である。長期の固定的な取引がお互いに求められるのである。筆者は、この長期の固定的な取引の継続を、「連携」と呼んでいるのである。従って、「連携」の場合、お互いに交渉できる代替の相手方を見つけることが容易ではなく、取引はお互いの「信頼」に基づいてなされるのである。従って、この取引はall or nothingということになる。そして、allの場合に、すなわち取引が成立する場合にのみ、両グループの経済厚生を高めることができるのである。

おわりに

 本稿では、わが国で稲WCS生産が最も盛んな熊本県の中山間地域、球磨郡湯前町の稲WCS生産システムを事例として、耕畜「連携」の視点から考察を加えてきた。筆者は、本稿の最後に、「連携」を、長期の固定的な取引の継続と定義した。この長期の固定的な取引は、ファームサービスの市場が整備されても、市場機能で代替できないことを明らかにした。「連携」の最も重要な要因が、「信頼」であること、その「信頼」を産み出すものが、お互いに「理解」する「努力」であり、換言すれば「協力」することであるとも述べた。そのためには、利害の異なるグループの成員が一堂に集まる場が必要であることを強調した。

 本事例では、年に2回そのような会合が設営され、酪農グループと葉たばこグループの意思の疎通が図られていた。また、大切なことは、両グループを調整する支援機関のメンバーも会合に参画していたことである。両グループの「連携」を切に望む支援機関の参画は、当然のことながら、両グループの議論のベクトルを前向きなものにする。

 両グループが、お互いに不満を持ちながら、稲WCS生産に取り組んでいては、必ず、「連携」に破たんを生じることになる。それ故、会合において、不満の具体的な内容について話し合い、それを解消する対策を立てる努力が肝要である。また、技術的な問題点に関しては、支援機関との連携で克服していくことが肝要である。本事例では、全国農業システム化研究会の現地実証調査事業の対象地でもあり、貴重な情報と知見の蓄積がなされていた。このことは、耕畜「連携」の財産ともいえる。

 今後の課題は、第1に、最良のWCS用イネの品種をいかに確保するかということである。前述のように、酪農家にとって給与面で好評な品種、「モーれつ」の種もみの入手が困難になっていた。また、葉たばこ農家からは、「モーれつ」の脱粒の多さを問題にしていた。それ故、両グループが満足するような品種の選定が重要である。

 第2に、収穫・調製の際の作業機によるほ場鎮圧の問題、WCS用イネの収穫・調製後における残稈の問題の克服である。これについては、WCS用イネの収穫調製時期が、酪農グループの農繁期と重なることから、対応が難しい。それ故、葉たばこ農家が葉たばこの準備をするまでの農閑期に、両グループが協力して、残稈の収集と、ほ場の耕耘を行うなどの作業が考えられる。

 第3に、本町のほかの葉たばこ農家にまで「連携」を広げ、稲WCSのほ場の団地化を図ることである。この「連携」を広げる際には、上球磨地域農業支援センターの機能が求められるのである。

 上述の第2の課題は、両グループの「理解」する「努力」で克服できる課題でもあり、この克服によって、さらなる「信頼」が構築され、耕畜「連携」が強化されるものと、筆者は考えている。

注1)平成17年5月7日「日本農業新聞」を参照。

注2)耕起・代かき(7,350円/10アール)、移植(5,985円/10アール)は、
 「平成16年度上球磨地域農業関係賃金・標準作業料金表」を参照。田植え後の管理(3,000円/10アール)は、参考文献[6]のp.74を参照。

注3)ファームサービスの詳細は、参考文献[1]を参照のこと。

【参考文献】

 [1]稲本志良編著『新しい担い手・ファームサービス事業体の展開 −徳島県の挑戦−』農林統計協会,1996年,東京

 [2]原野幸子「熊本県(球磨地域)における飼料イネ生産の取り組みと課題」『平成16年度 飼料イネの研究・普及に関する情報交換』(独)農業・生物系特定産業技術研究機構 畜産草地研究所・(社)全国農業改良普及支援協会

 [3]原野幸子「飼料イネの省力栽培技術体系の組立と経営効果に関する調査」『平成14年度全国農業システム化研究会現地実証調査成績書』(社)全国農業改良普及協会・全国農業システム化研究会

 [4]原野幸子「飼料イネの省力栽培技術体系の組立と経営効果に関する調査」『平成15年度全国農業システム化研究会現地実証調査成績書』(社)全国農業改良普及協会・全国農業システム化研究会

 [5]宮川公男・大守 隆編『ソーシャルキャピタル』東洋経済新報社,2005年,東京

 [6]『稲発酵粗飼料生産・給与技術マニュアル』稲発酵粗飼料推進協議会・飼料増産戦略会議・(社)日本草地畜産種子協会・(編集協力 農林水産省生産局),2002年 3月

 今回の現地調査に際して、熊本県球磨郡湯前町の湯前酪農組合の皆様方、熊本県たばこ耕作組合湯前支部代表の野田一久様、九州農政局・生産経営流通部・畜産課の戸高和人様、熊本県球磨地域振興局・農林部・農業振興課の大島 深様、木庭正光様、熊本県球磨農業改良普及センターの原野幸子様、湯前町・経済課の永濱 洋様、吉村圭二様、赤池寛子様、球磨地域農業協同組合・上球磨営農センターの野田幸二様にたいへんお世話になりました。深甚なる謝意を表します

稲WCSは、酪農経営の中にしっかりと組み込まれている

 


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