◎今月の話題


スポーツと食育
〜ジュニアアスリートの現場から〜

島根大学医学部附属病院栄養管理室
室長 川口 美喜子

 近年、社会全体が複雑になり、食生活を含めた食環境の状況も複雑になってきた。われわれの世代では、学校給食が栄養の安定供給源でもあり、ごちそうに思えた。しかし、食への関心が薄れた現代の生徒は、例えば女子生徒たちでは給食のパック牛乳をストローで飲む時の音が恥ずかしいために牛乳を残しているという現実がある。食事をする第一の目的は、生きていくために必要な栄養を摂取することにある。特にカルシウム摂取の充実は、高齢になってからの骨粗しょう症による骨折を予防し健康寿命を伸ばし心豊かな生活を過ごすことにも通じる。食育を通し現代のカルシウム不足の食生活を改善することは、青少年の健全な身体を築くために大きな貢献となる。

現場で求められる「食品」の実態

 最近、私はジュニアのスポーツ栄養と食育の講演に招かれる機会が多くなった。会場ではジュニアアスリート、保護者の方やコーチから、強じんな筋肉や疲労回復のために即効性のある食品の質問を受ける。みんな勝つために一生懸命である。日頃の食事をおろそかにしないことが日々の練習に耐え、ゲーム中の体力を維持出来る体作りとなると回答すると、会場は納得しても物足りない表情になる。その原因の一つに、アスリートや生徒などは、テレビ・雑誌・新聞などのマスメディアからはんらんする食生活に対する情報にほんろうされ、食べると直ちに効果が現れるポパイのほうれん草のような食品や、不足している栄養素を完璧に補える魔法のサプリメントを求めようとしている。しかし、健全な食生活には食欲を満たす情緒と栄養の補給による体力維持の両面が必要であり、それ故に後述の「食育」が重要なのである。

食生活の現状とスポーツが中学生の食生活におよぼす影響

 地域の青少年健康増進対策として、島根県内のある地区の中学生487名(回収率93%)に協力して頂きスポーツ部所属群と非スポーツ部所属群に分けて食習慣などを調査した。その結果、スポーツ部所属群では運動は食生活や精神・身体に望ましい効果を与えることが判明した。スポーツの継続は、生徒の慢性疲労やストレスを軽減し、食生活にも大きく貢献することが示唆された。スポーツをしている生徒の食生活では、食品摂取数、量ともに多い傾向にある。しかし、スポーツ群および非スポーツ群に共通して摂取機会の少ない食品として、野菜、きのこ、海藻、大豆製品についで牛乳および乳製品があった。日常の食生活の大切さに対する認識が希薄になり、家庭の食品選択が不十分であると感じられた。日本人の食生活において最も不足しがちなカルシウムの補充には、牛乳をはじめとして野菜、海藻、大豆製品の摂取が大切である。特にスポーツ選手は発汗によるカルシウム損失と骨代謝が速く必要量は増加する。サプリメントで補おうとすれば過剰症の危険もあり栄養のバランスを崩すことになる。毎日、最も安定してカルシウムを摂取できる方法は、冷蔵庫に牛乳を常備し牛乳を飲む生活習慣を作ることである。スポーツをする生徒達に、栄養を取ることが身体を作ることであり、練習効果を上げることであると指導を行うと、これまで習慣化していなかった牛乳摂取が改善されるケースが多いと感じられた。

「食育」とは、食を通じて自己管理できる力を養うこと

 「食育」は家庭・学校と社会が「食」を取り巻く環境を整え、子供たちが健全な身体作りと望ましい食習慣を身につけるための正しい知識の習得と体験を積み重ねることにある。アスリートにとって望ましい食習慣の獲得は財産である。好き嫌いが少なく、食べ慣れない食品にも手を出せる、身体に大切な食事を理解して食べることは充実した栄養摂取の第一歩であり、望ましい食習慣の確立になる。練習、体調に合わせた食事を摂るために自身の身体を大切にする選手ほど、出会った時には力強い目をしている。アスリートの食事は決して勝つための道具ではない。しかし、食育で身についた自分の身体、体調に合った食事を選択し摂取できることは人生に勝つための能力かもしれない。食育とは、自身の体調に敏感となり、身体と心を健全で豊かに保つために食を通じて自己管理できる力を養うことであると考える。

食環境の整備はスポーツと食の両面から

 中高生のカルシウム摂取の充足率は、食事に対する意識・理解の普及に追従するように感ずる。カルシウムに対する正しい知識を身につけ、しっかり摂取することは、彼らが成人となり社会に出て行き、そして高齢を向かえた時に骨粗しょう症や骨折のリスクを減らすことになるとともに、次世代にも正しい食の知識を継承することになる。
 食環境は、良好な家族関係・友人関係ひいては社会環境を通じ、一人一人が食べることで身体を作るという意識を持つことで整う。スポーツと食の両面から望ましい食事・栄養摂取の普及を勧めることも重要と考える。食育の評価は指標がないため難しいが、ジュニアアスリートの食生活は、カルシウム摂取の普及も含め少しずつ前進しているように感じる。


かわぐち みきこ

プロフィール

昭和56年 大妻女子大学家政学部食物学科管理栄養士コース卒業
     管理栄養士取得
平成 5年 島根医科大学研究生(第一内科)終了 博士(医学)学位取得
平成 8年〜16年島根大学医学部附属病院第一内科文部教官(助手)
平成 8年〜16年島根県立看護短期大学講師(非常勤)
平成16年4月 島根大学医学部附属病院栄養管理室 室長に就任
 大学病院内における栄養治療と県内の食育活動・ジュニアアスリートの望ましい栄養摂取の取り組みの支援をしている。現在、日本スポーツ栄養研究会山陰・山陽地区ブロックリダーとして活動するとともに島根県スポーツ栄養研究会の立ち上げをしている。


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