◎今月の話題


自給飼料の生産拡大に向けて

日本大学動物資源学部動物資源学科
教授 阿部 亮


 平成14年度、日本は221万トンの梱包乾草を輸入している。アルファルファキューブの量を加えて計算するとアメリカ、オーストラリアを中心に約23万ヘクタールの草地を借地していることになるという。

 14年度の都府県の飼料作物作付面積は32万ヘクタールであるから、いかにその面積が広いかが想像できよう。

 このような牧草生産の外国依存を、「農業のアウトソーシングの一部と見なせばよい」と考える人もいるだろうし、自給率の低さを種々の側面から憂慮する人もいる。種々の側面とは、(1)酪農とは本来、土−草−家畜の連携を基礎とするものではないか、窒素やリンにおける投入と排せつのアンバランスが引き起こす環境負荷の増大や地産地消、身土不二といった視点で考えると、今の姿は健全なものではない、(2)品質や安全性の面で時には問題が生ずる場合がある、(3)今後も恒常的に安定的な供給は得られるのか、などである。また遊休農地を牧草・飼料作物生産に活用して健全緑地化し、畜産物の生産を行うという行政課題もこれに加わる。

 輸入乾草の増大は昭和60年のプラザ合意と62年の牛乳取引基準における乳脂率の3.2%から3.5%への改定を引き金とし、その後の一戸当たりの飼養頭数の増加による労働力配分の乳牛への傾斜が拍車をかけた結果による。60年の乾草輸入量はわずか20万トンに過ぎず、その用途の大半は競走馬用であったろう。それが62年には50万トンと倍増し、以降は急速な勢いで右肩上がりが続き、今もそれは止まらない。

 皮肉なことに転換期となった昭和60年代初頭は通年サイレージシステムの興隆期であった。夏作はトウモロコシあるいはソルガム、冬作はイタリアンライグラスあるいはエンバク、麦を栽培し、年間を通して一定量のサイレージを給与して、それまでの課題であった牛乳の季節生産性をなくし、日本の高泌乳牛飼養の路線を敷いた。そのころは飼料作物生産に元気があった。50年の牧草飼料作物の栽培面積は84万ヘクタールであったのに比べ62年には102万ヘクタールにも増加している。しかし、平成15年には93万ヘクタールと約10万ヘクタールも減少している。60年代中庸からは輸入乾草と穀類多給が乳牛飼養の太宗へと変化し、今に至っている。

 理念として、誰もが自給率の向上を願っている。元気を出すにはどうしたらよいだろうか。手一杯に牛を増やした酪農家にこれ以上畑を作るのは無理、稲作をはじめ耕種の人に個としての支援を頼むのは、これも無理。

 幸いにコントラクターの事業数が増加している。事業所数は、平成9年に全国で122事業所が、14年には267事業所と増加し、利用農家数も6020戸から14万8900戸へと拡大している。飼料稲サイレージ、牧草サイレージ、トウモロコシサイレージの作付面積の拡大と生産量の増加が期待される。

 農林水産省はコントラクターを従来の「飼料作物生産作業請負組織」から、一歩進めて、「飼料供給組織」への進化を誘導しようとしている。これは、私も賛成である。その中味は自給飼料を利用した地域TMRセンターでの混合飼料(穀類、油粕類、牧草・飼料作物が混合され、それだけで乳牛が飼養できる)の生産と酪農家への供給である。その兆しは各地に既にある。

 TMRセンターでは大量の飼料を製造するところから、濃厚飼料原料の購入価格が酪農家個人で購入するよりもかなり安価になり、その結果、酪農家は飼料費の低減を図ることができる。また、コントラクターは計画的に地域の飼料作物の刈り取り調製ができるところから、現在よりも品質のよい自給飼料が生産でき、その結果、乳牛の消化器の健全性が今よりも高度に保たれるということが期待できる。さらに、TMRセンターは地域の雇用拡大にも貢献する。酪農家には余暇時間が生まれ、ゆとりのある経営は後継者問題の心配をも解除する。

 そして、何よりも土−草−家畜のリンクが誰の目にも分かるところから、都市の論理に立つ消費者にも「酪農」の姿を胸張って開示できる。

 これだけで終わりではない。さらに、TMRセンターでは地域の食品製造副産物を利用して欲しい。探すと地域には廃棄・焼却されている有用な資源が実に多い。乾燥するとコストがかかるから、高水分のまま、ほかの素材と混ぜて、乳酸発酵サイレージを製造することによってさらに安価な飼料が供給出来るし、食品製造業は廃棄物の処理費用を低減することができる。

 もう一つ、コントラクターには耕畜連携の中心ともなることを期待したい。耕種農業への家畜たい肥の施用、耕種農業からの農場副産物のTMRセンターへの搬入、飼料素材としての利用である。そのためには、地域の異種業種が一体となって新しい農村産業を構築する意気込みを持って連携することが何よりも大切である。キーワードは「稲・トウモロコシ・牧草サイレージ通年給与システムの再構築」、「コントラクター」、「TMRセンター」、「土−草−家畜」である。地域の活性化を図り、新しいパラダイムを構築するという発想の転換が自給飼料生産拡大の基礎となる。

あべ あきら

プロフィール

 日本大学生物資源科学部教授。農学博士。

昭和41年宇都宮大学農学部農芸化学科卒業。同年農林省畜産試験場入所。同所企画科長、農林水産省農林水産技術会議研究開発官、畜産試験場栄養部長を経て、平成10年より現職。主な著作に「未利用有機物資源の飼料利用ハンドブック」「食品製造副産物利用とTMRセンター」「飼料ハンドブック」(共著)「動物の栄養」(共著)などがある。現在、農林水産省農業資材審議会飼料分科会会長、農林水産省飼料安全性部会長、農林水産省遺伝子組換え委員会委員長など。


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