◎調査・報告 


消費動向

畜産物の地域ブランドに対する
消費者評価に関する計量分析
(16年度畜産物需給関係学術研究情報収集推進事業より)

北海道大学大学院農学研究科 助教授 山本 康貴
東京農業大学国際食料情報学部 講師 岩本 博幸


1 はじめに

 近年、わが国においても、産地名などを冠した地域ブランド名をつけ、産地と何らかの自然・風土的、歴史・文化的な関連性などを有して生産した畜産物に対する関心が高まりつつある。このような地域ブランド化への取り組みを、各地方自治体独自の地域ブランド認証制度を設立するなどして、支援する地方自治体も多く見られるようになってきた。食の安全安心や食の本物志向への消費者ニーズが高まる中で、畜産物の高付加価値化や他産地との差別化を図るため、地域ブランドを確立して行くことは、わが国農政上の重要な課題になりつつあるといえよう。

 本研究は、畜産物の一事例として牛乳を分析対象に採り上げ、消費者が牛乳の地域ブランドに対し、その対価として、どれだけの支払い意志があるかを実証的に解明することを課題として、昨年(平成16年)度に実施された。なお以下では地域と産地を同義で用いる。


2 分析方法およびデータ

(1)分析手法、分析対象品目・都道府県の選定
 本研究では、地域ブランドに対する消費者の相対的な評価を金額として求めることができる手法として、選択型コンジョイント分析を用いることにした(注1)。

 地域ブランドの消費者評価額だけをうまく抽出して分析するには、アンケート回答者が品目名を告げられたときに想定する品質に、回答者間で大きな違いが生じない品目が望ましい。このため、本研究では「種類別『牛乳』」(以下、牛乳)を分析対象とした。分析対象とした地域ブランドの産地レベルは都道府県単位である。

 評価対象とする牛乳の地域ブランドは、生乳生産量において上位に位置する地域を基本として選定した。また、次の(2)データで述べる通り、アンケート回答者を首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)、関西圏(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県)に限定したため、アンケート回答者にとって地場産あるいは近県産となる地域も考慮した。そのほか、プレテスト結果なども加味し、評価対象となる牛乳の地域ブランドを北海道、岩手県、岡山県、千葉県、兵庫県の5つとした。

(2)データ
 分析に用いるデータは、インターネットリサーチによるアンケート調査で収集した。インターネットリサーチの利点としては、対象者はインターネット利用者だけに限られるものの、地域・男女・年齢の分布を反映した必要サンプル数の確保が容易である点などがあげられる。

 調査対象地域は大消費地とし、具体的には、首都圏から1都3県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)、関西圏から2府2県(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県)とした。分析対象者は、インターネットリサーチ会社(マクロミル)のモニターとして事前に登録している調査対象地域在住者の20代から60代の男女とした。2,000人を回収目標数に、総務省統計局の平成15年10月時点の『推計人口』における人口分布に合わせて都府県、男女、年代別に調査対象者を無作為抽出した。インターネットによる調査は平成17年1月に実施し、2,195人から回答が得られた。そのうち、分析に不備なデータを除き、1,804人の回答を本分析に用いた。


3 分析結果

(1)牛乳の産地表示に関するアンケート集計結果
 アンケート調査では、選択型コンジョイント分析に用いるデータを得るための質問以外に、畜産物の購入実態に関する質問項目なども設定している。ここでは紙面の都合上、産地表示に関する質問の集計結果のみを以下に示す。

 図1は、畜産物の購入時に、国内産と外国産のどちらを重視して購入しているのかを尋ねた質問の集計結果である。「国内産を重視して購入している」との回答率が5割を超えていた。

図1 畜産物購入時に重視する産地レベル
(国内産、外国産)
 

 図2は、図1で「国内産を重視して畜産物を購入している」と回答した者だけに、国内産畜産物の産地表示に対し、どの程度の地域レベルの詳しさを求めているのかを尋ねた質問の集計結果である。「国内産であればよい」という回答率が最も高く、58.1%を占めた。また、国内産表示以上に詳しい産地表示については、「都道府県名まで」とする回答率が最も高く、29.2%となった。

図2 国内産畜産物購入時に重視する産地レベル
(都道府県名、市町村名、生産者名など) 
 

 以上の結果から、畜産物の購入にあたって消費者が、まず重視する産地表示は「国内産」かどうかであり、「国内産」よりも詳細な産地表示としては「都道府県名」レベルの表示を重視していることが示された。このことは、また、本研究において、地域ブランドを「都道府県」レベルで分析することの妥当性を示唆するものといえよう。

(2)地域ブランドの消費者評価額
 地域ブランドに対する消費者評価額は次の手順で求めた。まず第一に、アンケートにより収集したデータを用いて選択型コンジョイントモデルを推計する。第二に、生乳生産量が全国最大であり地域ブランドの消費者評価が最も高いと見込まれる北海道産牛乳を、ベース牛乳(1リットル190円:平成16年9月、総務省統計局『小売物価統計調査』の牛乳小売価格を参考に設定)とする。第三に、選択型コンジョイントモデルの推計結果を用いて、ベース牛乳である北海道産牛乳と選択確率が等しくなる他地域産牛乳の価格を求め、それを北海道産牛乳と比較することで、地域ブランドの相対的な消費者評価額を求める。このように本研究では、地域ブランド価値の地域別差異が推計された牛乳価格の地域別差異だけに反映されるという分析フレームワークになっている。

 図3が地域ブランドの消費者評価額を推計した結果である。北海道産牛乳価格の1リットル当たり190円(100.0)と比較すると、岩手県産牛乳価格は179円(94.2)、兵庫県産牛乳価格は177円(93.2)、千葉県産牛乳価格は176円(92.6)、岡山県産牛乳価格は171円(90.0)となった。従って、北海道産牛乳の北海道産としての地域ブランド価値は、分析対象となった他産地に比べて1割前後高いことが示されたといえよう。

図3 牛乳における地域ブランドの消費者評価額 

 図4は、北海道における農業・農村の景観(水田、ジャガイモ畑、トウモロコシ畑、野菜畑、牛の放牧風景、馬の放牧風景)で、アンケート回答者がどの景観に魅力を感じるかを尋ねた質問(複数回答)の集計結果である。魅力を感じるとした回答率が最も高かったのは、牛の放牧風景(75.5%)となった。次いで、ジャガイモ畑(59.2%)、馬の放牧風景(51.1%)、トウモロコシ畑(50.1%)の順である。

図4 魅力を感じる北海道の農業・農村景観(複数回答) 

 このように牛の放牧風景は、アンケート回答者の多くに、魅力ある北海道の農業・農村景観として認識されている。牛の放牧風景といった北海道に特徴的な農業・農村景観の魅力は、北海道産牛乳の地域ブランド価値を高めている一つの要因と推察される。


4 おわりに

 本研究は、畜産物の一事例として牛乳を分析対象に採り上げ、消費者が牛乳の地域ブランドに対し、その対価として、どれだけの支払い意志があるかを計量的に分析した。分析の結果、北海道産牛乳の地域ブランド価値は、他産地(岩手県産、兵庫県産、千葉県産、岡山県産)に比べて1割前後高いことが示された。また、牛の放牧風景といった北海道に特徴的な農業・農村景観の魅力が、北海道産牛乳の地域ブランド価値を高めている一つの要因と推察された。

 いうまでもなく地域ブランド価値を高める要因は、農業・農村の景観以外にも、産品や地域の違いにより多様なものが想定できる。このため、近年、各自治体は、地場産品が独自に有すると見込まれる地域ブランド価値に注目し、地域ブランド確立のため、各自治体独自の地域ブランド認証制度を設立する動きが見られるようになってきた。しかしながら、本アンケート分析結果では、6割を超える回答者が、このように地域ブランドの認証制度が自治体ごとに独自に策定され、多様化しつつある状況を「基準が多すぎて分かりにくい、混乱する」と評価している点も明らかにされた(図5)。確立した品質特性が産品の産地と結び付いている場合に、当該産品の産地を特定する表示は国際的には「地理的表示」と呼ばれる。EUは畜産物を含む食品の地理的表示を保護する制度を有しており、その保護措置は原則としてEU域内国で共通に適用される。地域ブランド認証制度の多様化による消費者の混乱を回避し、地域ブランドの価値を高めていくために、今後、わが国においても、畜産物を含む食品の地理的表示を保護する仕組みを確立し、その仕組みを国内で共通に適用して行く可能性について検討することは有益だと考える。

図5 多様な地域ブランド認証制度の存在に対する認識 

(注1)コンジョイント分析とは、アンケート調査などを用いてデータを入手し、評価対象財を構成する属性ごとの消費者選好を評価する分析手法の総称である。選択型コンジョイント分析は、このコンジョイント分析の一つであり、消費者の効用最大化モデルと統計モデルを結びつける理論(ランダム効用理論)を理論的基礎とするなどの望ましい性質を持っている。詳しくは、澤田学編著『食品安全性の経済評価 −表明選好法による接近−』農林統計協会、2004年の用語解説などを参照されたい。


[付記]本稿は近藤功庸氏(旭川大学助教授)、笹木潤氏(東京農業大学講師)との共同研究成果を山本・岩本が取りまとめたものである。本研究は主として平成16年12月までの情報に基づき、昨年(平成16)度実施された点に十分に留意されたい。

 本研究を遂行する機会を与えていただいた独立行政法人農畜産業振興機構に深く感謝を表する。インターネットリサーチを用いたアンケート調査では、調査票の設計・構成など、小池直氏(現在は株式会社マクロミル、研究実施当時は北海道大学大学院生)のご協力を頂いた。記して謝意を表する。


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