◎今月の話題


食料自給率向上の道筋

筑波大学大学院・生命環境科学研究科
教授 永木 正和

世界の食料自給は?

 2005年現在の世界の人口は65億人である。この内、栄養失調人口が8億人もいる。国連の予測による2050年の地球上の人口は、中位予測値で91億人である。45年先だから、今の子供たちが体験することを考えると人ごとではない。今から食料の確保に向けて策を講じておかなければならない。

  栄養失調人口が多い、中部南部アフリカ、南アジア、南アメリカの慢性的な食料不足や、ロシアや中国のような急速に経済発展している国における食の多様化など、世界における食料需要が緩和する要素は見当たらない。人口を養うためには資源を積極的に有効利用する技術が、そしてその一方では、食の安全性の確保と資源劣化や枯渇を防ぐ持続的農業技術が求められる。相反する技術課題を背負って、今、農学の研究最前線では、総合的病害管理(IPM)、IT精密農業(PF)、総合的植物栄養体系(IPNS)、遺伝子組み換えによる環境耐性品種(GM)の開発などの挑戦が始まっている。人類の生存がこれらの研究に託されている。


わが国の畜産の自給率向上は大家畜の飼料自給率に依存

 将来的に食料需給が緩和する要素が見当たらない中、わが国はカロリー・ベース自給率は40%を維持できるかどうかの瀬戸際にある。こんなに自給率の低い国は、先進国ならずも特異な国であるが、今年の3月に閣議決定された「新たな食料・農業・農村基本計画」は、基本的には5割以上の自給率を目指すも、計画期間内の実現可能性に考慮して平成27年度の食料自給率目標を45%(生産金額ベース目標は76%)に設定した。

  畜産物に関しては、牛乳・乳製品が平成15年の69%から平成27年度目標75%に、肉類計は54%から62%に、鶏卵は96%から99%に、そして問題の飼料はTDNベースで23%から35%への引き上げを政策目標として掲げた。本当に達成できるのだろうか。同目標は、「諸課題が解決された場合に実現可能な」という条件付きであるから、諸課題そのものを吟味しないと評価できないが、畜産の自給率向上は飼料の自給率に大きく依存しているのは言うまでもない。平成15年度の純国内産飼料TDN自給率は23%である(粗飼料の自給率は76%)。飼料の自給率の低さが畜産物の自給率を引き下げていると共に、総合食料自給率の低さの大きな要因の一つでもある。ただし、養鶏、養豚、肉牛肥育は輸入原料の配合飼料に依存した施設型畜産である。酪農と肉牛繁殖で飼料の自給率を向上させることが食料自給率の向上につながる。


酪農における自給飼料生産の現実

 酪農の場合、飼料自給率は都府県が18%、北海道ですら55%であることから、筆者を含めて、酪農の研究者、指導者は自給飼料生産労働の所得形成力を唱え、放牧や繊維質粗飼料給与が乳牛個体の健康に重要であると唱えてきたが、しかし、今日の日本の酪農経営において、「自給飼料給与の向上によって収益が向上する」と確信を持てる経営者が何割を占めるであろうか。皮肉なことに、現実は、自給飼料の生産増大、そして飼料自給率向上が、むしろ酪農の生産性を低下させ、牛乳・乳製品自給率を低下させる懸念がある。

  現実に自給飼料多給の有利性を見いだしている経営が少ない理由はこうである。第一に、飼養頭数が増大して、自家の飼料収穫・調製作業に従事する労働力が不足していること、個体能力が向上して安定・高品質の粗飼料を給与しなければならないのに、高温多湿な日本では収量も品質も不安定、その一方で安価に輸入乾草を購入できるようになったことなど、自給飼料生産の不利な面が強まったことによる。自給飼料生産を経済的にするためには一定以上の面積と機械装備が必要であるが、分散ほ場、一定の牧草・飼料作地面積確保が困難で、これらの障害を突破できないためである。

  さらに、草地拡大の困難な都府県酪農は、一般作物に対する地代競争の優位性を見いだせず、稲転、そのほかの補助金、奨励金にほんろうされつつ作付け面積が変動してきた。そして、この10年間についてみると、新規飼料生産は定着するどころか、面積は減少の途にあった。反収も伸び悩んでいる。品種改良、経済的な草地更新技術への改良はあったのか。

  しかし、近年は家畜ふん尿の還元の場として牧草地、飼料作地は重要である。中山間の条件不利地域では、経営者の高齢化とも相まって耕作放棄地が出ている。こうした安価な地代の農地をサイレージよりも安価な牧草地・放牧地として積極的に利用できる。

  従来からのTMRセンターやコントラクターによる自給飼料生産・調製、たい肥散布などの外部化は効率的な飼料生産を実現するカギである。また、稲作減反の1つの出口として、耕畜連携を軸にした効率的な稲発酵粗飼料(稲WCS)や飼料稲栽培の試験研究の成果が蓄積されてきている。

  以上は、飼料作への新しい追い風になっている。技術的課題、経済性問題はまだあるが、経営間連携や組織化メリットを生かし、試験研究の進展と相まって、飼料作生産が有利性を見出せることを期待したい。ポスト公共草地整備事業として、自給飼料生産の増強に向けた強力な施策があったであろうか。国は経営的観点から飼料の自給率向上、そして国民経済的観点から地域資源や環境の保全・管理を含めて、ゆるぎない政策体系として構築し、具体施策を推進して頂きたい。


3段ロケットの自給率向上戦略

 わが国が食料自給率向上にとり得る策は、3段ロケット方式である。(1)まずはコスト競争力のある農業経営を育成することである。しかし、それを達成し難いのは言うまでもない。(2)市場経済下にあって、消費者ニーズにマッチングさせた商品づくりであり、コスト競争から品質面、安全性面、鮮度面などでの“もうひとつの競争:商品差別競争”である。地産地消や産直もこの中に含む。(3)第3段目は、農村という空間だけがもつ属性を無形サービスとして社会の全体に提供することである。いわゆる「多面的機能」の提供である。

  今、西欧では「CSA : Community Supported Agriculture:地域社会に支えられた農業」が浸透し始めており、日本にはこれに類するオーナー制度がある。こうした消費者や社会との積極的な交流の仕掛けが、実は食料自給率を高める上での重要な戦略になる。

  もちろん、第一段推進エンジンが力強くなければならない。大家畜の場合には、まずは自給飼料作である。そこをあいまいには出来ない。


ながき まさかず

プロフィール

筑波大学大学院教授(生命環境科学研究科・国際地縁技術開発科学専攻)
九州大学大学院博士課程修了(農政経済学専攻)・1977年農学博士
専門は農業経済学・酪農経済学、地域農業政策学


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